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書き欠け世界と夢知少女  作者: 歌耶
突然の幕開け
1/14

01


 壁や床の境目がはっきりとしない室内、其処に高く聳え立つ本棚は大きさ厚み共に不揃いの本を収めていて、沢山の列を作りながら先が見えない程まで続いていた。


「……どうすれば」


 この“痛み”を修復出来る方法は、たったひとつだけ。

 修復は誰でも出来ることじゃない。


 本棚の壁が続く空間の端で突然風の渦が舞い上がり、渦が空気に溶けていくように消えると、ゆったりとした服を身に纏う青年が立っていた。


「僕はずっと待っているのに」


 腰下まで伸びる茶髪と長方形の髪飾りを揺らしながら、幼さを残した顔を苦しそうに歪めている。若葉色の瞳は周囲にある本棚を見つめ、本棚へそっと手を伸ばした。


 数冊の本が意思を持つように本棚から宙を舞い、その項を開いていく。英語の筆記体に似た字体は途中から掠れていて、果てには真っ白な項になっている。本によってその現象に差はあるものの、開いた本の全てに白い項が見られた。


「――……」


 青年が指先を動かすと本は収められていた場所へと戻っていくが、乾いた音を立てて戻っていく本たちを見つめる瞳は焦りを含んで揺れていた。


「前よりも御伽話が消えるのが早い」


 何とか、何とかしないと。


 本棚の間を通り抜けた先にある木製の扉を潜り抜けると、その先は果てが見えない薄暗い空間だった。水面のように絶え間なく揺らぐ空間が広がるその場所で、ぽつんと浮かぶひとつの小箱があった。


 青年の両手に納まるくらいの大きさの小箱はかなり古い物のようで、塗装が剥げくすんでしまっている。


「……もうそろそろ限界かもしれないけど」


 軋む留め金を外して蓋を開いた中には、様々な形状をした石が鎮座していた。静かに輝く石はその場にあるのにないような――まるで大気にも似た不思議な存在感を放っている。


 長い袖で覆われている手の指先を小箱の縁に滑らせた時、石が突然震え出し小箱から次々と浮き上がっていく。その現象は青年の意図していないことのようで、青年は目を丸くして息を飲んだ。


「まさか……今まで、こんなことは一度も――っ!」


 驚きを隠せない青年を他所に、石たちは光の尾を描きながら四方八方に散り、その尾は暗がりへと溶けるように消えていく。


 予想外の出来事に青年はしばらく呆然としていたが、驚きで緩んでいた口角は次第に弧を描き、震えていた喉から自然と笑い声が漏れ出てきた。


「は、ははは……」


 ようやく、ようやくまた帰ってくるんだ。


「あれが自分の意思で飛び出していくなんて今まで一度だってなかったから驚いたけど……今度は、前とは違うのかな」


 予想外のことで驚いているのに、どこかで期待してる。


「期待を裏切られるのは、もう十分だ」


 でも妥協はできない。僕は、お人よしじゃないから。


 目を伏せて青年が微笑むと風の渦が彼の体を包み込み、先程までの低く穏やかな笑い声は無邪気な少年の高い笑い声へと変わった。


「――君がまた、此処に帰ってくるんだ」


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