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ノベルRe;バース 0 "ノベルリバース ゼロ"  作者: 鳴海悠一
ノベルリバース ゼロ "ノベルRe;バース 0"
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第一話 3  cafe


3 Cafe


 恐竜の実物を見たことはないが、恐らく本物を見たら同じリアクションをしていただろう。そう思えるくらいに化け物の体は大きく、見ているだけで後ろに仰け反ってしまう程恐ろしく感じた。

 だが、順当に考えればもっと恐ろしい存在がそこに居た。

 人にしか見えない細身の男性が、数mはある化け物を一瞬で倒してしまったのだ。誰だって絶句するに違いない。

 彼の体をパーツごとに分けるとこうなる。


・ホスト顔負け。金髪が似合う涼やかな顔。

・マジックで二本線を書いたような細い目。

・少し曲げればぽっきりと折れてしまいそうな腕。

・少女漫画に出てきそうなすらっとした長い脚。

・コーヒーを淹れる姿を彷彿とさせる黒いエプロン。

・跨って空を飛ぶのにぴったりな藁箒。

※実際に跨って飛んでいるところはまだ見ていないが、あの化け物の頭の上に上がれるのだから、それくらいできても驚くことじゃない。


 傍から見た“マスター”のビジュアルはざっとこのようなものになる。成程これは確かに喫茶店の店員と言われればその通りに思える。

 しかし、黒いエプロンを着ていることから美容師という選択肢も有りえなくはないだろう。

 最近の理容師や美容師がこのようにエプロンを着けているのはあまり見ない。悠一が行きつけの美容室の店員さんは私服姿で、エプロンを着けているのは高校からの帰りで通りすがりに見る理髪店のおじさんくらいだ。

 よって、喫茶店の人と呼んだ方が彼を象徴するのにわかりやすい表現だった。

事実彼は、喫茶店を経営している店長だと言っているのだから、それに嘘偽りは無いだろう。喫茶店員以上の所業をまざまざと見せ付けられると、ただの店員さんで言葉を片付けてしまうのはどこか喉が詰まる。


「いやはや、お二人が無事で本当によかった。それにしても、どうやってこちらへ?」

「相談するだけで恋愛を成就してくれるかっこいい店員さんが居るって聞いて来たんです!」


 “かっこいい”は聞いたか?

悠一は首を傾げ、夢奈は前のめりに説明すると、マスターは細い目を更に細め、頬を緩ませた。


「おやおや、これはなんと嬉しいことでしょうか。今回は私の奢りでミルクティーをお出しします。さぁさぁ、こんな所で立ち話をしていても危ないだけです。お店へどうぞ」


 こうして二人は、西洋風の佇まいである建物の中へ入ることとなった。

招かれた喫茶店の店内は、最近の街中にあるお店とは一風変わった造りだった。

 クラシックやジャズの似合う、万人受けするような店というよりも、仕事終わりの大人たちが立ち寄るバーと言った方が適切かもしれない。

そんな雰囲気なものだから、ミルクティーよりもワインやウイスキーを置いた方がもっと客の入りが多くありそうだ。

 メニューに問題があるのか、そもそもの立地が問題なのか、というよりここは一体どこなのか。

 悠一と夢奈以外に客は誰一人として居ない。こんなわけのわからないSFゾーンにごく普通の人が居ることの方がよっぽどミステリーだ。

 天井の照明は小さなシャンデリアで、壁にはいつ描かれたのかよくわからないが、オークションに出せば十数個も0が付く桁の金額をはじき出しそうなものばかりが並んでいた。

 カウンター席が七席。四人掛けのテーブル席は奥に一つだけ。悠一と夢奈はカウンター席に座って、店主の出してくれたミルクティーをじっと見つめた。

毒は入っていないだろうか?

 毒じゃなかったとしても、突然変異するような意味不明成分が混入していないだろうか?

 鼻にすっと入ってくるこの甘い匂いは、人の心を惑わす効果があるんじゃないだろうか?

 疑問を挙げようと思えばいくらでも出てきそうだったが、二人は恐る恐る甘くとろけるような飲み物を喉に通した。


「どうですか?美味しいでしょう?」

「うん、美味しい。あまりミルクティーって飲まないけど、こんなに美味しいミルクティーは初めてかも」


 瞳からきらきらする星を飛ばしながらマスターと話をする夢奈。

 甘い物を飲んでいるはずなのに苦い顔をする悠一。警戒心というのは顔に出てしまうものだ。

 マスター以外の第三者が見たって、夢奈と悠一の反応は対照的だった。嬉しそうな顔と苦い顔。

 だが、悠一のミルクティーに対する感想は、嘘偽り無いものだった。


「確かに夢奈が言う通りこのミルクティーは美味しい。本当に御代を出さなくていいんですか?」

「はい。気にしないでください。お二人が美味しいと言ってくだされば、それが何よりも私にとって幸福なことでございます。それと、私に敬語は不要ですよ?お友達のように接して頂いて構いませんので」


 満面の笑み。

 宙に浮くんじゃないかってくらい、彼の気持ちが高揚しているのが手に取るようにわかる。比喩表現ではなく、本当に浮き始めるかもしれないのがこの店主の怖いところではある。

 二人がミルクティーを飲み終えると、マスターは軽くお辞儀をして、おかわりのミルクティーをポットから注ぎ始める。その仄かに漂う甘い香りが、張りつめていた神経を徐々に解していく。


「さぁ、おかわりをどうぞ」


 二人にミルクティーを再び口に付けたところで、店主は再び軽くお辞儀をする。

 客の心が落ち着いてきたのを察すると、マスターは畏まって話しを始めた。


「改めてご紹介させて頂きますね。私はこの喫茶店“N”の店長でございます。気軽に店長とお呼び頂いても結構でございます。他のお客様方は、私のことを“マスター”と呼ばれる方がほとんどですが」


 喫茶店だし、マスターと呼称しても違和感はない。

 マスターという言葉から年配の男性をイメージしやすいということはあるが、このマスターはどう見ても20代。若くして、この文字通り人里離れた土地で喫茶店を営むとは、謎が謎を呼ぶ人物である。


「差し支えなければ、お二人のお名前を伺ってもよろしいですか?」

「俺は悠一。妻久詠悠一」

「聞き覚えのある苗字ですね。ご先祖の方とお会いしたことがあるかもしれません」


 小粋なジョークなのか本気なのか。

 

「続いてお嬢様、お名前を伺っても?」

「お嬢様なんてそんな大それたもんじゃないわよ!」


 否定しているのか照れ隠しなのか。

 冷ややかな視線を夢奈に浴びせるが、悠一は右肩を何度も何度も何度も叩かれ続けた。


「私は夢奈。よろしくねマスター」

「素敵なお名前ですね。以後、よろしくお願い致します」


 ミルクティーの甘さではない。マスターの声帯から発せられる糖度100%は、夢奈の頬の熱を高めることくらい容易いものだった。

 マスターと同じ性別である悠一としては、なんとも面白くないことだ。


「重要なことを聞きたいんだけど、さっきのアレは一体何なんだ?本当に悪霊が鼠に憑りついていたのか?」


 真面目に質問しているが、普通は笑われるところだ。こんな質問する機会なんてそうそうあるわけがない。

 あくまでマスターは、冷静に回答を行なう。


「表の世界に居るお二人にしてみれば、“悪霊”等という言葉は物語の世界にしか登場しない架空の単語でしょう。ですが、この“裏の世界”では、日常であちこち見掛けるものなのです」

「あちこちって、じゃあこの喫茶店の中にも?」

「このお店には私しか居ませんので大丈夫ですよ。ご安心下さい。私が居る限り、お二人には指一本触れさせません」


 突けばいくらでも疑問が出てくる喫茶店だ。そりゃこのような所で働いているマスターに何を聞いたってクエスチョンマークが頭の上にいくつ出てきても足りやしないのは明白だった。

 悠一は果敢にも、その一個一個を潰しに掛かる。


「表とか裏とかってどういうことだ?俺達は変な世界に紛れ込んでしまったってことか」

「察しがいいですねぇ。悠一は前にも来たことがあるんですか?」

「そういうわけじゃないけど、あんな化け物を見た後だと何があっても不思議じゃないかなって」


 不思議なもの。

 UFOや心霊現象と言った類はよくテレビでも特集で組まれる事項だし、議論される話題でもある。小説の世界一つ取ったって、不思議なことばかりで溢れているのだから、その世界の住人達からすれば『何を今更。そんなことで驚くのか?』くらい真顔で返されるだろう。

 悠一は摩訶不思議ゾーンに対して否定的ではなかった。あくまで“そこに存在していたのであればそれはある”と思っている。

 つまり、悠一と夢奈の二人を襲おうとした巨大な化け物も幻覚ではなく、マスターも超人であることを否定しようとは一切思っていなかった。

 対して夢奈は不可解なことが多すぎて、あまり頭が追い付いていないようだった。様々な質問を投げかける悠一とマスターの答弁を聞いて、自分なりにゆっくりと頭の中で物事を片付けていこうとしているようだ。

 とはいえ、納得しようにも自分の今まで歩んできた経験上それらをすんなりと受け入れられる程寛容な話題ではない。

 多くの人はあの様な恐ろしい生物を見た後、本当に実在するのですと言われた所で、それを真に受けられなくて当然だと悠一は思っている。

 少なくとも“奇妙な体験”とはいつどこで起きてもおかしくないと、日ごろから用心にも似たサバイバル意識が常にある男子高校生としては、然程驚かなくなるのが他者には理解され難いところではあるかもしれない。

 

「この世界って、俺達の居る世界とは別の世界なんだろう?だったら、無事帰れるように協力してもらえないか?」

「勿論でございます。私の助力も必要ないでしょう」

「どうして?」


 ゆったりと、人の心を落ち着かせるような喋り方をするマスター。

彼の言葉に、夢奈が首を傾げた。


「簡単に言えば、互いの世界に行き来する鍵をお二人は持っていらっしゃる。それはドアを開ける鍵のように目には見えませんが、自然と裏の世界への鍵を開けてこちらへと入ってきた。つまり、逆のことも容易くできてしまうということですよ」

「そんなにすいすい上手く行くかねぇ」


 頬杖を付いて、マスターを怪しむかのようにじっと見つめた。

 対してマスターは満面の笑みで返す。

 彼の表情はいつも決まって笑顔だ。


「大丈夫ですよ。辿ってきた道を再び進んでみて下さい。そうすれば、お二人の世界に戻ることができますから」

「そうかい。なら、そんなに困らなそうだ」


 夢奈は眉を潜めた。

 それもそのはず。どうしてこんなにもほいほい受け入れ難い話を歴史の勉強よりも呑み込みが早いのか、疑問に思ってもしょうがないことだ。

 夢奈の視線を察した悠一は、両手を挙げて言った。


「俺達にはどうしようもないだろ?理解しにくいのはわかるが、マスターの言葉を信用する以外に無いんだ。そういう時こそ、流れに身を任せろ、だ」

「それ聞いて逆にほっとしたかも。だって、いつもの悠一だもの。あたふた喚くようなキャラじゃないしね。そんな悠一見たくないし」


 微笑み交じりにそう言われると、相手に自分の弱点を見抜かれているようでなんとも癪に触ることではあった。

普段からそんな目で見られていたとは……。


 むっとした顔をしていると、マスターは相も変わらずにこにこしながら話を始める。


「このお店は様々なお客様がいらっしゃいます。人間のお客様は実に数年ぶりですが、基本的には千客万来ですので、いつでも来たい時に、ごゆっくりどうぞ。お二人なら、いつ来ていただいても歓迎ですよ」

「人間のお客様は数年ぶりなら、他にはどんなお客さんが来るの?」

「幽霊や神様。宇宙を旅する旅行者の方々が多いですね。勿論それ以外にも、妖怪やヴァンパイアの方々も……」


 楽しそうに説明しているが、笑えばいいのか引けばいいのかツッコミで押せばいいのか。

 マスターは底知れぬ人で、どう言葉を投げれば妥当な言葉が返ってくるのか皆目見当も付かなかった。遥か高くでふよふよと浮いている雲の様な存在。

それが、マスターという男であった。


「どうしてお二人のことを把握できたのかは、私の能力によるものです。私は、人の魂が見えるのです」


 SF的な方面にシフトするかと思いきや、オカルト色の強い話が続きそうだった。怨念に取り囲まれているわけでも長い黒髪の女にじっと睨まれ続けているわけでもないから、なんとか心中を穏やかにして話を続けることができる。


「私と悠一の魂も見えているの?」

「えぇ。最初は不思議な色を見せていたのでハッキリとはわからなかったのですが、段々と見えてきたのです。お二人は実に美しい魂の輝きを発していらっしゃる。これ程美しい魂を見ることは中々ありませんからね。この美しい魂の中に、表と裏の世界を行き来する鍵があるのですよ。最も、持っている力はそれだけではないみたいですが」


 途方も無い話をいいだけ聞かされた。

 この喫茶店の居心地はそう悪くない。だが、帰りたいと思う気持ちが強いのも嘘ではない。

 マスターの話が正しいかどうかは、実行してみればわかる。


「とりあえず、危ない所を助けてくれてありがとう。ミルクティーご馳走様。頭の中はごちゃごちゃだけど、お礼だけは言わせてくれ」

「とんでもございません。お二人のために尽くすのが、私の仕事でありますので。夢奈も、また来てくださいね」

「う、うん」


 どうして顔を赤らめるんだそこで!


 悠一のむすっとした顔の回数を数えておきたいくらいだった。

 我儘な子供の表情に見えるからか、マスターはくすくすと笑みを零す。いつも笑っているのだが、更に笑う。笑いの二乗。そんな感じだ。


「遅くなりました~」


 普段は静かに鳴る鈴の音も、その扉を開く強さで大きく音を立てた。

店の入り口に、一人の“人間”が立っている。その格好は、どう見てもメイド。頭にはカチューシャを付けているし、フリフリのスカート。視界を覆わんばかりの大きな紙袋にパンや野菜等が詰め込まれている。


「お帰りなさい綾。お客様がいらっしゃっているから、掃除は後でいいですよ」

「まぁ!これは失礼しました。いらっしゃいませご主人様」


 袋で目の前が見えないというのに、足取り軽くテーブル席へと向かって行く。荷物をよいしょと降ろし、改めて笑顔で悠一達を見つめる。

 ピンク色の長い髪。エメラルドの瞳に悠一の心臓は思わず跳ね返りそうになる。

 ここはメイド喫茶なのだろうか?

 それにしてはメイドさんは一人しか居ないし、萌え萌え要素も店の雰囲気からは感じられない。

 更に困惑する要素がここで増えた。この喫茶店は計り知れない謎で満ち溢れていた。

 帰り支度をそろそろしようと思ったところで、再び悠一の足は席から動かなくなってしまう。


「私の名前は桜木綾“サクラギ アヤ”と申します。綾と呼んでも構いませんし、“あやたん”でもいいですよ?」

「あ、あやたん」


 蛇睨みという言葉があるが、蛇も怖がる睨みを夢奈の瞳が悠一に向けて放たれる。

そんなに怖い目で見られる覚えはないのだが。


「あやたん……。いや、綾さんは一体どうしてここで働いているんだ?てっきり、マスター一人で喫茶店を経営しているものかと。ここってメイド喫茶なのか?」


 てへっと舌を出しながら愛くるしいウインクをする。

 こうなると男子高校生の心は手玉に取られたのと同じだ。

 にやけ顔の悠一に、マスターが微笑みながら説明をしてくれる。


「綾は元々、妖怪の通う学校に居ました。色んな事情があって働き口を探していたのですが、その時丁度私と出会う機会がありまして。私一人ではお店を留守にしてしまうことも多かったので、ここで働いてもらう様にお願いしたのです」

「こんな世界でよくもまぁ……。綾さんも何か特殊技能があるのか?マスターみたいな」

「彼女はヴァンパイアですから、魔力も長けていますし、何よりかわいいのでお店に来るお客様は大層喜んで帰りますね。看板娘とは、正に彼女のことを指すでしょう」

「恥ずかしいお話はしないで下さいマスター……」


 やっぱり、彼女もまた“ごく普通”の人間ではなかった。

 しかし、顔を赤らめ恥じらう姿はまさに天使。

 あぁ!生きていて良かった!

 悠一が心の底で神に感謝していると、夢奈は爆発しそうなくらい頬を膨らませて席を立った。


「マスター。そろそろ私たちは帰るね」


 丁度いいタイミングでメイドさんが入って来たのにもう帰るのか!

 そそくさと店を出ようとする夢奈。

悠一は少々ではなく、大層名残惜しそうだ。


「帰りがあまり遅くなってはいけません。今日はここまでとしましょう。綾、お二人を表の世界の入口までご案内して下さい」

「かしこまりました」


 ご案内というより護衛だろう。

 二人で歩いて居る時に、また化け物が出てきては太刀打ちできない。

 マスターの下で働くヴァンパイアとなれば、その力は一騎当千の爽快感物だろう。

 その力を知る機会があるかどうかは別として、彼女がかわいいメイドさんであることだけは間違いなかった。ヴァンパイアというステータスが無くても、彼女は喫茶店で働くのに十分なスタイルを持ち合わせていた。

 ついつい視線が綾を追ってしまう自分を律し、悠一は再度マスターへ挨拶をする。


「今日はありがとうマスター。また機会があれば来させてもらうよ」

「はい。お待ちしております」


 ようやく喫茶店の外に出た。マスターは店の外まで出て、二人に手を振って見送った。

 幸い自転車は化け物に壊されていなかったので、そのまま乗って元来た道を走っていけばいいだけだった。

 表の世界へ行く境界がよくわからないため、綾が一緒に付いている間は、二人揃って自転車を押しながら歩いた。

 

「今日はご来店ありがとうございました。もうすぐ表の世界へ切り替わりますので、私はここで失礼します。是非また御越し下さいね」


 メイド服の女性に見送られたのは初めてだったが、なんとも言えない気恥ずかしさと恍惚感で包まれるのは嫌いじゃなかった。

 綾にさよならと手を振り、言われた通り元来た道を自転車に乗って走り出した。

 白い霧がどんどん晴れていくと同時に、辺りの暗さが増していく。

 誰も住んでいない古民家が並ぶ風景が一変して、どんどん見慣れた道のりへ変わっていった。

 文房具屋、玉ねぎ畑、車が何台も通っている道路、白色光を発する街灯。

 この景色を見るだけで、自分は無事元の世界に戻って来れたのだとわかる。

 アニメなどでよくあるワープしている時の音や景色がぐにゃりと変わるようなエフェクトもなく、ただただ道を走っていただけでいつもの場所に戻ってきた。

 それはそれであまりにも単調。普通すぎる。

またあの喫茶店へ出向くことが無ければ、マスターと話をしたことや化け物を見たことが本当だったのか疑わしくなってしまう。


「マスターって、いくつくらいに見える?」


 ぽつりとつぶやく様に質問する。

 夢奈は、それにすぐさま答えた。


「21くらい」


 早い。

 そのスピードで回答をした意図よりも、あの世界に居たのは自分だけじゃないという確証を持てる嬉しさが悠一の中にあった。

 ちゃんと戻って来れたことと、未知の領域に踏み込んだという冒険した勇者の気持ちを味わう様な、童心をくすぐられる体験だった。

 だがしかし、悠一の心には未だいくつか引っかかることがあった。

 どうしてあの店にはミルクティーしか置いていないのか。

 そして夢奈は、一体誰のことが好きなのか、ということだ。

 翔か、それとも悠一の知らない男子か。

 いかんせん恋に落ちているのが夢奈のため、相手が誰か想像するのは、容易ではなかった。




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