エピローグ3 終幕
エピローグ3
よれよれと蠢く妖魔。
その姿は元の体とは比較できない程悲惨だ。
見ている男に慈悲の目は無かった。恍惚とした、自分の欲を満たした時の瞳が紡夢を映し出す。
妖魔には彼の考えが読めなかった。
計画が失敗したというのに、一体何故この男は笑っていられるんだろうか?
妻久詠悠一という男、それに淺倉夢奈という女。双方、人間の中では比較的に面白い存在だとは思っていた。“この男”も、違わぬくらい面白い。
話を持ちかけられた時から不思議な男だとは思っていた。人間であるにも関わらず、妖魔と対峙しても怖気づくこともなければ足が竦むことも無い。普通の人間は虚勢を張って話をするのが精いっぱいだと言うのに、この男だけは違った。
あの妻久詠悠一ですら、初めて出会った時は恐怖で目を丸くしていたというのに。
「鍵っていうのは、一番必要な時に使うもんだ。手当たり次第探りながら使えばいいってもんじゃない。お前にはそれがわからないらしい」
「お前の計画とやらに乗ったが、結果は散々なものだった。妻久詠悠一の魂と、淺倉夢奈の魂。双方を手に入れ表の世界を潰すという計画が無駄になった」
「当然だ。そうなっちゃ俺が困るからな」
「困る、だと?」
潰れていない左目は、じっと彼を見ていた。その者の考えを読み取ろうと考えを巡らせてみたが何も解が得られない。
右頬だけ上に動かすと、彼は別の話を始める。
「今、この裏の世界じゃとある仮説が信憑性を帯び始めているのを知っているか?表と裏の世界を1つの次元と考え、更にその“裏”があるかもしれないって奴さ」
「天魔世界大戦の時に、処刑された男が考えていた説だろう。どうして今頃そんな説がまた持ちあがったのか、お前は知っているのか?」
「何も知らないらしいな。妖魔なのに知識不足じゃあ、計画もすんなり進まないってもんだ。そんなんじゃ、夢奈と悠一の魂は喰えないぜ?」
人差し指で大きな円を宙に描いて見せる。
妖魔はその円をじっと見つめた。
「運命には抗えない。だからこそ、それをぶっ壊さなきゃ生きたいように生きられない。俺は不自由な生活なんてまっぴらごめんだ。だからこそ、とある計画を立てた。お前の知らない計画ってものもあるんだぜ?」
目の前の男がとても恐ろしく感じられた。
妖魔として長く生きてきたが、人に恐怖心を抱いたことは決して無かった。
だが、紡夢が抱いたのは間違いなく恐怖であった。
妻久詠悠一といい、この男といい、人間は弱いながらも時折不思議な力を見せつける。
霊力も魔力も操ることができないというのに、一体その力はどこから発揮されるのだろうか?
「人の子でありながら恐ろしい奴よ。何を考えているのかさっぱり読めぬ」
「だろうね。だって俺は、この世界の“真実”を知っている。お前は所詮知ることしか知らない。一つの世界の御山の大将やるのが精いっぱいだろう」
「お前は、一体何を目的としているのだ?」
男は笑った。しかし、目はまったく笑ってなかった。歪めているのは口元だけだ。
「よし、いいことを教えてやろう。一つだけ喜ばしいことがあった。この一件で別世界の扉が開けるんだ。鍵はちゃんと役立ったってこと。そのお礼をしなきゃ……」
男の手が紡夢の首を掴む。
常人が紡夢の首を絞めた所で、赤子が触った程度にしか感じないのだが、万力でギリギリと締め付けられるのと似た圧迫感が否応なしに紡夢の首へかかる。
「用済みと証拠は消せ。これが犯人の鉄則って奴さ」
「き、貴様……何を……」
男は紡夢の耳元でゆっくり囁く。
「どんな気持ちだ?人を喰らう妖魔が、人にこき使われて最後に殺される心境は?」
首にかかる力は更に増し、瞬間移動で逃げようにも不可視の抗力がかかって動けない。腕を振り払おうにも力が強すぎて抗えない。
この男は、この男は一体何者なんだ?
その疑問を払拭できないまま、紡夢の意識はどんどん遠退いて行った。
「人間を、舐めんじゃねぇよ」
今や動くことが無くなった妖魔を地面へと叩き付けた。指先に付いた黒い血をワイシャツで拭い、一呼吸つく。
「お陰で助かったよ悠一。お前が弱らせてくれなかったら、俺一人じゃコイツを殺すのは大変だった」
紡夢の体から浮かび上がった紫色の物体。
それは円形で、人が片手で持つことのできるくらいの大きさだった。
「これが“魂”か。有り難く使わせてもらうよ、紡夢」
男はその魂を自分の胸に当て、大きく深呼吸する。
彼の瞳が紫色に光、口元を大きく歪めた。
「さて、これから楽しくなる。本当の“表”の世界を潰すのはこれから。奴らも、コイツも知らない。あぁ、でも知っている奴らが居た。“これ”を傍観している奴らだ。いいか、お前らの知る“小説の世界”は俺が壊す。運命なんてものは無い。この先に待っているのは、破滅だけだ」
宙に一冊の本が現れた。その本は分厚く、まるで辞書か何かに見える。
あの時、男から渡された物。
それは、この世の真実を記している残酷な書。
「俺の一族の命運なんて知ったこっちゃないし、未来の俺が過去の俺に向けたメッセージをそのまま受け取るつもりもない。だけどな、“草薙翔”って人間は、簡単にはくたばらねぇぞ」
彼は本を手に持ち、とあるページを開いた。
葉っぱ型のしおりが挟まっているページ。そこからまた、誰も知らぬ別の物語が始まった。
最後まで読んで下さって本当にありがとうございました。
もし”創作主”の方がこれを読んでくださっており、尚且つ少しでも楽しんでいただけたのであれば光栄でございます。
よければ、”Re;バース”というタグがついた小説も合わせて読んでいただけると光栄です。
そうすれば、草薙翔が喜びます。




