第四話 5 Daily
5 Daily
「おっす!オラ翔!二人とも元気してっか?」
まったくもって不愉快だった。
人があれ程心配していたというのに、当人はけろっとした顔で接してくる。見返りを求めようとは思わないが、少しくらい労わって欲しいと願うのは嘘じゃない。だが、そう願った所で聞いてくれるわけがないのだ。
あの一件が解決すると、この世界は何事も無かったかのように、いつも通りに動き始めた。退屈で、平穏な生活が再び戻ってきた。
どんな事があったのか覚えているのは悠一と夢奈、それに裏世界の面々。マスターと綾、烈火と芹沢博士くらいだった。
最初に神社に向かった翔以外の4人は、何事もなかったかのように学校生活を過ごしている。
無事で何よりだが、釈然としないことだらけ。
まるで夢か幻を見ていたようだ。世界というのはそういうものなのかもしれない。
現実離れしたことが起きてもそれを感じるのは当人だけ。他の人は自分たちの“いつも”という時間に飲まれながら淡々と流れていくだけだ。
表も裏も関係ない。結局の所、自分の世界というのは一つだけなのだろうか。
悠一は翔の小ボケを適当に流して、遠く空を眺める夢奈に焦点を合わせた。
「おいおい。二人揃って何をセンチな気分になってるわけ?」
「たまにはいいじゃないか。空を眺めるっていうのも。お前も少しは見聞を広げた方がいいんじゃないか?」
「例えば、どうやってだよ」
「そうだな、希ちゃんみたいに小説を読むとか」
「よせよ。俺は小説が嫌いなんだ。活字嫌い日本代表選手エースだぞ」
適当に「はいはい、そーですか」と空返事をする。
すると、「ったくよぉ。いっつも一緒に居るんだから少しくらいは俺に構ったらどうなんだ?」という捨て台詞を一つ置いて、翔はその場を離れて行った。
「そんなにじっくり眺めていて面白いのか?俺もじっくり見てみるか。面白い空らしいからな」
「大したもんじゃないわよ。ただ、空を見ていると何故か落ち着くの。これは昔からだけど、誰かがいつも守ってくれているような、そんな気がするから」
一瞬だけ、心臓の高鳴りが激しくなった。
何か伝えなければならないと急かされる心情にも似ている。だけど、何を言えばいいかはわからない。
言いたいことは全てあの世界で言った。だから、今更交わす言葉も無いのかもしれないが。
そこで、悠一は一つ聞きたかったことを思いだした。今更掘り返す必要も無いのかもしれないが、折角ならば聞いておきたい。
「ちょっと話を戻すことになるけど、わざわざマスターに会いに行く必要はあったのか?そりゃまぁ、あの一件が無ければお互いに気持ちを伝えない人生を歩んだかもしれない。だが、わざわざ恋愛相談をしに行くなんて露骨なことしなくても良かったんじゃないのか?それも“対象”の俺を連れて」
「それをわざわざ聞いちゃう?」
「色々聞こうにも、忙しかったからな。落ち着いたから、ようやく聞けるタイミングが巡ってきたのさ」
夢奈はどこか余所余所しく、先ほどよりも声のトーンを落として話を進める。
「だって、このまま恋愛しない女で終わるのは嫌だったし。翔が言ってたのよ」
「翔が?何を?」
「乙女心を持つ女の方が、男の人は喜ぶって」
「乙女心ねぇ」
急に無言になり始め、彼女は何も語らなくなった。幼馴染が誰かを好きになることなんてまったく無いと思っていた。
散々言っている気がするけれども、夢奈は男気が強い女子だ。
長年を共にしてきた悠一としては、乙女心を持つ夢奈のことを想像できなかったのだ。
「お前が誰かを好きになるなんてな。相手のことを同情するよ」
「そうかしら?同情して欲しいのは逆だと思わない?」
「どうしてだよ」
「顔は少なくともイケメンじゃないし、性格も結構ねじ曲がっているし。そのねじ曲がり方はひどいものよ?矯正しようにも、あれは多分直らないわ」
「やれやれ、変な男を好きになったもんだな」
「でもね。重要な時には必ず助けに来てくれるの。まるで、ファンタジー世界の勇者って感じだったかな」
「へぇ。そりゃ大層な男も居るもんだな。今度そいつを紹介してくれ。会ったら是非とも夢奈の危険性について話してやるから」
頭の天辺に雷が走った。反動で思わず瞑った目をゆっくり開けると、夢奈の手が頭に乗っている。チョップをされたのは久しぶりだ。
意識が一瞬飛んだが、倒れる程の痛みではない。こういう所が女子っぽくないのだ……。
顔を赤らめながら、頬を膨らませる夢奈。
将来を憂いた悠一は、心の中で未来の自分に合掌した。
窓から運動系の部活メンバーが掛け声を出しながら走っている光景が見えた。朝から練習を進める体育会系の部活。
人生で一度も部活に入りたいと思わなかった悠一は、彼らが本当に心の底から楽しんでいるのか問いたくなった。
余計なお世話かもしれないが、嫌々やっているというならそれは無駄なことに感じるから辞めた方がいいのに、と言いたくなる。
とはいえ、何事も経験。その無駄かもしれない行動も、将来には役に立つ一面も無いとは言い切れない。
自分があの一件でその考えを活かしたのか、これから活かすのかはわからない。
要するに、未来のことなんて誰もわからないってことだ。
悠一と同じように窓の外を見て、夢奈がぽつりとつぶやく様に言葉を発する。
「あんなことが起きても、みんな覚えていないなんて不思議よね。私達二人しか知らないなんて」
「そんなこともあるんだろうよ。だけど、その答えを考えたって俺達にわかるわけがないだろう?だったら余計なことを考えずに……」
「嬉しいことや楽しいことを考える、でしょ?本当に悠一って昔から変わらないよね」
人生で写真に飾っておきたい場面ベスト3を作るなら、今の笑顔を残したい。
決して口にはしなかったが、頬の熱が自然と上昇していくのが触らずともわかった。
じっと見つめたまま動かない悠一を見た夢奈も、同じように赤面している。
明らかに誤魔化すための話題振りを夢奈から行う。
「ねぇ。行きたい場所あるんだけど、放課後一緒に行ってくれない?」
「心霊スポットと神社は止めてくれ。二度と行きたくない」
「それがね、ちょっと一人じゃ行きにくい場所なの。人の気配が感じられない場所で、昼間でもちょっぴり怖いかな。変な怪物は出てくるし」
「心霊スポットっていうか、ただの危険地域だなそこは」
放課後になると、悠一と夢奈は二人揃って教室から出て行った。
寄り道もせず、他のクラスメイトと話をすることもなく、二人は自転車を漕ぎ出した。
今や行きつけとなった、スーパーヒーロー並みの身体能力を持ったイケメン店長と、超絶かわいい女の子がメイド服を着ていて「おかえりなさいませ、ご主人様」という台詞をタダで言ってもらえる喫茶店を目指して。
心を躍らせ、楽しみにして行くのは間違いないのだが、一つだけ残念なことがある。
そこの店のメニューは、ミルクティーしか無いのだ。




