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ノベルRe;バース 0 "ノベルリバース ゼロ"  作者: 鳴海悠一
ノベルリバース ゼロ "ノベルRe;バース 0"
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第四話 4  Last Stand

 4 Last Stand


 ゆっくりと目を開けた。

 ぼんやりとした視界がはっきりすると、そこが狭い倉庫のような場所だと認識した。棚に用途はよくわからない工具が置いていたり、つんと鼻に付く油の匂い。これは勿論、食用の油ではなく機械に使うものだろう。

 照明は一つだけ天井に付けられているが、薄暗くて気味が悪い。


 目を瞑って座っている夢奈が、赤と黒の拘束具で縛られている。

 はっとして声を掛けるが、彼女から返事は無い。

 体を擦ってやろうにも、何かが手足を締め付けていて動けない。

 両腕を背で縛られ、足首も同様に黒赤い縄で動かないように結ばれていた。


「夢奈!起きろ!」


 わずかに反応があった。

 瞼がゆっくりと動く。悠一と同様にゆっくり目を開けると、彼女は悠一の存在に気付く。


「悠一?本当に悠一なの?」

「偽物ならさっき綾が倒してくれたよ。本当に俺だ」

「だったら、証明してみせて?」


 どうやら、悠一の言っていることを信じていないらしい。

 妖怪が特定の人物を真似ることができるのを二人は先ほど知った。そう勘ぐってしまうのも無理ない。

 だが、証明しようにも、手足を縛られているから動いてジェスチャーもできないし、口で何か伝えようと言っても、一体何を言えばいいのかもわからない。


「何を言えば信じてくれるんだ?」

「悠一らしいことを言ったら信じてあげる」


 らしいことって言われても、これまた難しいことだ。普段から自分が口に出しているのは自分らしいことであって、他者からはそれが如実にわかるかもしれないが、本人からしてみれば他愛も無い言葉の連続だ。


「綾って、かわいいよな」


 体は縛られているが、顔は動く。

 悠一の額に向かった夢奈が頭突きする。

 一瞬意識が飛んで行った。

 多分、スカンジナビア半島あたりまで。


「その状況と相手を考えない無神経な言動は紛れも無く悠一ね」

「信じて貰えて何よりだよ……」


 痛みでじんじんする額を擦りたいところだが、この状態では何もできない。

 やっぱり、ここでも無力だ。

 できることと言えば、ため息をついてぼんやりするだけ。

 日常に戻っても、いつも自分はこうだ。

 ぼんやりとしていて、何も考えちゃいない。

 ただ気楽にしていたいだけで、自分から何かしようとも思わないし、何か力があるとも思っちゃいない。

 それは裏の世界であっても変わらない。

 マスターは何かを成す為に生を受けただなんて大層なことを言ってが、そんな大役が自分にあるなんてこれっぽっちも思っていない。

 悠一の心中を察するかのように、夢奈は静かに話を始めた。


「なんで私が喫茶店に行ったか教えてあげようか?どうせもう、隠したってしょうがないし」


 諦めるかのようにため息を一つ。

 悠一のため息が移ったかのようだった。

夢奈は、今まで悠一には言っていなかったことを話始める。


「このままだと、私たちの知る世界は無くなる。私達も、今までみたいには過ごせなくなる。だから、今言っておきたい」


 突然覚悟を強いられるような口調となり、悠一も表情を強張らせる。

 対して、夢奈はどことなく気楽な表情で、優しく語り出した。


「私は恋愛に疎いし、一回も恋をしたことがなかった。だから喫茶店に行って、少しでも気持ちを強く持とうって思ったの。そしたら、変な化け物は出てくるし、見かけによらず馬鹿力で妖怪を倒す喫茶店のマスターを見ちゃうし、頭の中がぐちゃぐちゃになったわ。悠一が知らないうちにこっそり恋愛相談をマスターにしたわけじゃないけど、今の私なら言える」


 夢奈の真っ直ぐ見つめる視線に、悠一の目は彼女にくぎ付けとなった。それと共に、心臓は今にもぴょんぴょん飛び跳ねてどこかへ遊びに行ってしまいそうだった。

 そして悠一は、ついに彼女の真意を知った。


「私は悠一が好き。幼馴染にこう言うと必ず失敗するって希には言われていたけど、私はこの想いを伝えたい。世界が終る前に、私の気持ちを知って欲しかった」


 真っ白な世界。

 それはまるで、一色も色を入れることを許さない限定的な世界。

 悠一の頭は今まさにそのような状況で、何一つ考えが頭の中で入っていかない状況になっていた。

 何かを考えることを拒むというよりかは、考えることを放棄している状態とも言える。

 まさか、彼女の口からこのような言葉を聞くことになると思っていなかったからだ。

 冗談や茶化す気になんて到底なれないし。

 普段であれば、「お前、翔に芝居を打てって言われたな?」くらいの返しをするところだが、彼女を見てわかる。本気だということが。

 この衝撃を受け止め、夢奈にどう返事をすればいいのか。どう言うのが理想の形なのか。

 考えようにもこんな時に思考がまともに働くほど心臓は強くないし、出来た男でもない。持ち前のネガティブ思考というのは、どんな時にでも働いてしまうものだ。

 あまりの恥ずかしさで涙目になっている彼女を見ていて、悠一はとある話を思い出した。それは、自分と彼女が中学時代、共に過ごした思い出のワンシーン。


「あれは確か、中学二年の学校祭だったかな。夜に花火をやっていただろう?あの時、翔を含める数人が学校の外に置いていた学祭の看板をド派手に壊して一緒に観られなかった。だから、その時花火を一緒に観ていたのは俺と夢奈だけだった。周りにあまり知り合いが居ないから気兼ねなく話していたが、正直あの時心臓が爆発しそうだったよ。夢奈はこう言ったよな。『なんだか、二人で観ていると恋人同士みたいだね』って。冗談だろうって思っていても、どこか嬉しい気がしていた。でも、逃げていたんだ。本当の気持ちを言えばそれは絶対に良くないことが起きるって、直感がそう告げていた。気楽に生きようなんて言ってるのは、自分のネガティブ思考の裏返しなんだよ。だからこそ今の今まで、俺は気持ちを隠していたんだ。その気持ちを世界の終わりに告げるなんて、男らしくないって思われるよな。それも、夢奈から言われたから尚更恥ずかしいよ。これを観た奴は笑うかもしれない。でも、後にも先にも関係ない。俺の気持ちは前から同じだ。俺も、夢奈のことが好きだ」


 ずっと背負っていた荷が下りたようだった。

 悠一の気持ちを聞いた夢奈は、彼の胸に飛び込んだ。優しく抱きしめてやりたいところだが、腕をしばられていてできない。


「遅くなってすまん。これも神の書いたシナリオなのかもしれない。だけど、俺の気持ちは嘘偽り無い。本当の気持ちだ」

「私の気持ちも、誰かに作られた物なんかじゃない。神様が作ったかどうかなんて関係ないもの」


 そっと、互いに唇へと顔を寄せる……。


 轟音と共に、壁が崩れ去る。

 何かが激突し、白い粉塵が舞い上がる。黒い影がゆっくり動く。

 粉塵が風で吹き飛んでいき、二つの影が次第に何者かをくっきり映し出すと、悠一は叫ばずには居られなかった。


「マスター!烈火!」


 マスターと烈火のことだから、支障をきたすほどの怪我はしていないはずだ。

 しかし、あの二人を退ける程の力を持つものが居るとなれば、これは実に恐ろしい展開になってしまう。


「これは、少しいけませんねぇ……。烈火、大丈夫ですか?」

「鬼神を舐めたらどうなるか、絶対アイツに分からせてやる」


 壁が崩れ、倉庫の外がどこか見えるようになった。ぽっかりと空いた穴から、神社の外観が見える。

 そして、巨大な黒い影も。


「夢の管理人にどうやって勝つつもりなのか。甚だ可笑しい話だと思わないかね?」


 額から血が出ているが、烈火はまだまだやる気十分。紡夢の言葉に苛立ちながら、奴をどう引き裂いてやろうかとずっと考えていた。

 マスターは夢奈と悠一の両手両足を自由にし、再び紡夢へ拳を構える。


「このままだと二人ともやられちゃう!まずは逃げようよ!」


 夢奈が烈火のワイシャツの裾を引っ張るが、彼はまったく動く気配を見せない。


「いいから逃げろ、夢奈と悠一は現実世界に戻れ。こっから先は、俺とマスターで片付ける。高校生には見せられないグロテスクなシーンの連続だぜ」


 叫びながら再び紡夢に向かって行く烈火。

 彼の拳は確かに重い。そして、とてつもない威力を秘めている。

 しかし、その攻撃が紡夢に当たらない。

 まるで幻影のように、紡夢の体が透けてしまうのだ。

 烈火の攻撃に合わせて、マスターは紡夢の後ろ脚を狙って攻撃を仕掛ける。

 マスターの攻撃はしっかりヒットしているようで、攻撃が当たる度に紡夢は悲痛な声を挙げている。

 悠一は、一体どうしてそんなことが起きるのかを考えた。

 マスターができて、烈火が当てられない理由を。

 その間、綾は他に押し寄せてくる妖怪の軍勢を一人で相手していた。

 後一歩。後一歩でいいから届いて欲しい。

 紡夢さえ倒せば、この過酷な状況は終わる。

 だが、悪夢を体現したような巨体は、まだまだ倒されるには元気が有り余っているようだった。


「天魔世界大戦の時に学んだ筈だ。人間という存在は生かしておいても価値が無いということを。奴らは傲慢で、自分のことしか考えない。同族のことを殺すことも躊躇わない奴らに、どうして味方をするのだ?」

「そういうことを言っている貴方はどうですか?妖魔一族のことではなく、貴方自身のことしか考えていないのでは?」

「御託はいらねェんだよ妖魔の野郎!」


 紡夢の顔を目掛けて拳を振り上げるが、やはり烈火の攻撃は空を切ってしまう。


「無様だな、鬼の子よ」


 攻撃が空振りした瞬間に、烈火の体を薙ぎ払う。

 ゴム毬のように烈火の体が跳ね飛ばされ、地面にぐったりと倒れ込んだ。


「烈火!」

「ちっ……。クソが……」


 大勢の妖怪を相手していた綾も、数十本の触手を持つ妖怪に藁箒を奪われ、大きな巨人に蹴り飛ばされ、烈火同様に地面に倒れ込んだ。

 動くことのできない鬼と吸血鬼の兄妹。

 夢奈が駆け寄り声を掛けるが、どちらも反応を示さない。

 マスターも片膝を付いて、息も絶え絶えだった。


 また、自分は何もできないのか。


 みんな世界を守るために頑張っていると言うのに、自分はまた観ているだけなのか。

 自分にできることを探せ。

 今、俺にできることを……。


『私ではなく、悠一だけができることは、世の中にあるんですよ?』


 マスターの言葉が頭を過ぎると、それと同時に何かが見えた。

 それは、いつか見た光景、過去の断片。

 ふと、ビジョンが浮かんだのだ。

 とある場所で妖怪に襲われた時、自分がどうしたいか。

 何故あの妖怪は苦しんだ?

 その苦しむ要因が自分の中にあるとすれば?

 あの妖魔を倒す方法。

 どうすれば、奴を止めることができるか。


 これしかない……!


 悠一は、紡夢に向かって歩き出した。

 マスターは、左手を伸ばして悠一の足を掴もうとするが、彼の足はすり抜け、ゆっくり、ゆっくりと歩いて行く。


「マスター。俺は、俺にしかできないことをやるよ」


 その言葉から、マスターは何かを汲み取った。そして、よろよろとしながらも立ち上がり、悠一に笑みを向けた。


「どうした?とうとう、自分の宿命を全うする気になったか?」

「まぁ、そんなところかな。どうせ俺のできることは何もないんだ。烈火や綾みたいに戦えないし、マスターみたいに喫茶店を経営するのも無理だ」

「淺倉夢奈も、妻久詠悠一も面白いことを言う人間だ。安心しろ、痛みは伴わない」

「その前に確かめておきたい。夢の起動には俺の魂が必要なんだろ?」

「そうだ。妻久詠悠一と淺倉夢奈の魂。その二つを手に入れることができれば、世界は再誕するのだ」

「あっそう。そりゃよかった。最後に聞いておきたいんだけどさ、新しい世界って美人はちゃんと多いんだろうな?」


 紡夢は、妻久詠悠一の言葉を理解しかねた。

 一体この期に及んで何を考えているのか?

 百戦錬磨の妖魔であっても、この人間の言葉はまるっきり理解できなかった。

 余裕な表情。

 小粋な冗談交じりの会話。

 ただの高校生がどんな度胸を持てばそんな事を言えるのか。

 ふと、紡夢は昔を思い出した。

 1000年前のこと。

 妻久詠家の人間と対峙した時も、奴らは不敵に笑っていた。

 人間と妖魔。

 どう見ても絶望的な構図であっても、奴らは笑っていた。

 どうしてそんな風に思える?

 何故余裕がある?

 どうして、笑うことができる?

 泣き叫び、恐怖に震えるしかない筈だ。

 圧倒的な絶望というのはそういうものではないか。


 妖魔に投げかけた言葉はあくまで時間稼ぎ。

 虚勢を張ってそれっぽく見せているだけで、悠一の心臓は今にも破裂しそうだった。

 まだマスターは動ける。少しで良い。少しで良いから、マスターがきっちり動いてくれるのであれば大丈夫。

 マスターが動けるならば、まだ勝つ算段は建てられる。

 ここで悠一は、とある賭けに出ることにした。

 保障も無ければ誰かから聞いた話でもない。あくまで自分の中の仮説にすぎないことだが、あの“夢”をぶち壊すには、現状で考えられる方法として浮かばない。

 悠一は突如、紡夢に向かって走り出し、その前足に“掴み”かかった。


「マスター!」


 一瞬で召喚した藁箒が紡夢の顔を切り裂く。右目から血を吹き出し、よれよれと地面へ崩れる用に倒れた。

 今までまったく切ることができなかった体を、ようやく藁箒がダメージを負わせることができた。

 この状況を信じられなかった。

 妖魔である自分の体をここまで傷つけることができたのは誰一人として居ない。

 封印した時のマスターですら、紡夢に傷一つ負わすことはできなかったからだ。

 つまり、紡夢を殺す力を持った者は、それまで存在しなかったのである。

 だが、この妻久詠悠一という男の力によって、事態は急変した。

 彼は神から与えられし力を用いて、マスターに上手く作用するように動いたのだ。

 神の子と称される男とは言え、結果的に人間によってダメージが与えられたことは、妖魔としてはプライドも傷つく問題だった。


「ば、バカな……。この私が……」

「俺が一緒に付いて居れば、お前は“具現化”するんだろ?」


 一度の攻撃で怯んだが、まだ致死的なダメージには至らない。

 追い打ちをかけるために、悠一は全力で叫んだ。


「俺が掴んでいるうちに早く!」


 両目をぎゅっと瞑りながら、悠一は必死に紡夢の体に張り付いていた。

 マスターは両腕両足を狙って次々と攻撃を掛ける。

 口から吐血する紡夢は、抵抗する力を失っていった。


「勇気と無謀は、時として同じ場所に在るのだな。この私を現実化するとは……」


 悠一の中にある微弱な霊力。

 魂にある鍵は、夢を現実にする力を持って居る。

 それらの効果は紡夢に反作用し、彼の力を結果的に鈍らせることとなった。


「夢から醒めろよ。そうすりゃ、少しは現実見直すだろ」


 悠一は夢奈をしっかりと抱きしめ、全てが終わることを感じ取った。


 紡夢が最後に目に焼き付けたのは、妻久詠悠一という一人の“人間”だった。


「これで終わったと勘違いしているようだが、まだ終わったわけではない。必ずや……必ず成し遂げてやるぞ。それが、私の生きる意味なのだから」


 紡夢の体が宙を舞う砂のように掻き消されていく。

 瞬く間に体が消え、奴の赤い左目もじんわりと透明になった。

 紡夢が居なくなると共に突然襲ってくる眠気。マスターの呼び声も遠くなり、眠気に抗えず、悠一も夢奈も瞳を閉じた。




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