第四話 3 Destroy Target
3 Destroy Target
妖怪の群れを倒し尽くした烈火は、灰色の天井を眺めながら一息ついていた。
地面に倒れている妖怪達は何一つ動かない。
悠一と似た学生服を着ながら、同じ高校生とは思えない力を発揮する。
それは鬼の一族の名に恥じない剛腕だった。
悠一、夢奈、綾の三人が去った後、烈火の成すべきことはもう一つあった。それは、祠を壊す事。
目的地に向かいながら、博士から聞いた話を頭の中で思いだしていた。
芹沢博士はとあるバーに居た。
彼女が現れる可能性をしらみつぶしに探していると、あっさり出会うことができた。
まるで、烈火達を待っていたかのように。
「遅かったじゃないか。五分遅刻だぞ」
「会う約束なんてしてなかっただろうが」
舌打ちしながら左隣に座る烈火。
博士の右隣には綾が座った。
「博士、お久しぶりです」
「綾は相も変わらずかわいいな。私の娘にしたいくらいだ」
むっとした表情を浮かべ、烈火は博士に向かって言葉を吐きつける。
「アンタのとこに居たら変な実験されるからダメだ」
「私がいつ綾に実験をしたというのだ?確かにこんなに可愛らしいのに強大な力を持って居るのには理由があるんだろう。そう考えると、益々調べたくなるな」
「ダメだっつってんだろうが!」
渾身のツッコミ。
博士はやれやれと両手を上げる。
「烈火の脳レベルは相変わらずだな。少しは腕だけじゃなくて頭も鍛えたらどうだ?」
「コイツ……」
頭の中がぐつぐつと煮えたぎってきた。
そこで綾の「めっ!」という注意が入ると、急速に冷やされて冷静になる。
「雑談しに来たんじゃねぇんだよ。マスターの使いで会いに来た」
「あの優男が私に用事だと?ま、大方理由に関しては見当が付いているけどな」
グラスに入ったお酒をくいっと飲み干すと、綾の頭を撫でた。
撫でられた綾は頬を染めながら喜んでいた。
「こんなに可愛い子が危険な目に遭うとは、可哀相な話だと思わないか?」
「お前の近くに居た方が危ねぇよ」
烈火のシスコンぶりはどこに居ても誰と居ても変わらないらしい。
博士はそれを知って居ながらも苛立つ言葉を敢えて選択している。
「世界に異変が起きている。その関連でマスターは何か事件に首を突っ込んでいるんだろう?」
「そうだ。表の世界から来た妻久詠悠一っていう男子学生がNに居る。そいつの友人達が、どうやら妖魔に誘拐されたらしいんだ」
「そりゃまた、難儀な話だ」
初めて聞いた話の筈であるが、博士はあぁそうですかと素っ気なさそうな反応をしている。興味が無いというよりは、もう知っているといった風である。
「どうやら、天魔世界大戦は終結していなかったらしい。烈火、綾。お前達二人に頼みがある」
芹沢博士は、神社の祠が起点かもしれないこと。妖魔の正体が紡夢という、天魔世界大戦時に暗躍した者であることなど、様々な話を二人にした。
どうしてそこまで知っているのか問うことは無かったが。
「マスターが“鍵”の片割れと一緒に居るならば、まだ世界は無事だということだ。鍵が二つ揃った場合、世界はとんでもないことになってしまう」
「一体、どうなってしまうんですか?」
綾がそう尋ねると、鼻で笑いながら博士はこう答える。
「私たちの存在そのものが消えて無くなるんだよ。笑えないだろ?」
確かに笑えない。
でも、どうして紡夢のような妖魔がそんな強大な力を持っているのか、烈火には疑問であった。
妻久詠悠一という男には、それ程の力を与える何かが備わっているんだろうか。
出会った時に掴みかかったが、非力だし魔力も持っていない。
ただ、微弱な霊力は感じた。
それを普段から使いこなしている様子は無い。
表の人間だから当然かもしれない。通常、特定の人間には霊力が備わっているという話をマスターから聞いたことがあった。
天魔世界大戦の時、人間は神に力を授かり霊力を自分たちの力とした。
次元が分断された今でも、その名残が表の世界に残っていても不思議ではない。
「紡夢を倒すこと、祠を壊す事、人質を救出すること。これが必要な任務だ。それができなければ世界の破滅。簡単な話だろう?」
「言葉だけ並べたら項目自体は少ないけど、その危険レベルは最高値じゃねぇか」
「それをこなせるのが、君達兄妹なんだよ」
そう言われたって……。
今まで、綾と共に危険な妖怪を相手にしたことは何度もある。
世界の破滅なんていう言葉は、裏の世界“リバース”の中じゃそんなに珍しいものではない。
今更動揺する必要も無いかもしれない。
「ま、やることが決まっているなら話は早い。それを実行すればいいだけだ」
「烈火らしい回答だ。普段なら叱咤しているところだが、今は心強い。綾はまずマスターと妻久詠悠一と合流するんだ。烈火は祠へ向かい、その途中で妖怪の軍勢の目を惹きつけろ。そうすれば、紡夢の目を少しでも反らすことができる。祠の破壊には“鍵”が必要だ。ただ力をぶつければいいということではない」
「わかったよ。後は、全力でぶつかればいいだけだろう?」
そう言って、烈火と綾はバーを後にした。
二人は分かれて行動し、今に至る。
友人達を救出に向かった悠一か夢奈が近くに居れば、祠を壊すための“鍵”となる。
一旦場所を離れて暴れまくった烈火は、そのどちらかと合流する必要がある。
祠に向かう前に鍵と会うべく、地下への道を目指して烈火は歩みを進めた。
「探し物か?シスコン野郎」
不快な声が聞こえた瞬間、その発生源に殴りかかった。
手ごたえを感じることなく、拳は空を切る。
壁には大きな拳の跡が残っているが、烈火が振った拳は数m離れている。
そんな所にまで威力が弱まらず攻撃するとは実に恐ろしい奴だ。だが、品が無い。
他人事の様に、黒城は烈火の力を侮蔑する。
「テメェは俺が殺す。そこで立っていろ。楽にしてやる」
「随分な口の利き方だな。綾をたぶらかしている風情で、僕を殺そうとするなんて」
「たぶらかしているのはテメェだろうが!!!」
黒城の腕を掴むと、そのまま地面に叩きつける。
何度も何度も何度も叩きつけ、更には天井目掛けて投げ飛ばした。
ぶつかった天井は部分的に崩れ、外の景色が見えるようになった。外は薄暗く、月明かりが建物の中を照らす。
床に倒れ込んだ黒城は、ゆっくりと立ち上がりながら笑い出す。
「建物の光だけじゃ、僕の力を最大に発揮できない。敵に塩を送るではなく、敵に光を与える、だな」
月による夜の明かりが黒城の体を照らす。
すると、黒城の瞳は真っ赤に染まり、手の爪が鋭く尖る。
「僕は学園で出会った時から思ってたんだ。お前をぶっ殺したいってな」
「そいつぁ嬉しい話だ。俺も同じことを思っていたぜ。お前を殺したいってな」
月明かりを得た黒城の動きはいつにも増して俊敏となり、烈火は指一本触れることができない。
攻撃を仕掛けようにも先に鋭い爪が体を切り裂こうとする。
背中も、足も、腕も。
鬼の血が床に滴って行くのを見て、狼男は恍惚の表情を浮かべた。
「狼男と鬼の対決なんていうのは、どこの世界でも見られないだろうよ。見物客が居りゃ金でも取れただろうな」
「客に見せるものなんてないよ。烈火がすぐに死ぬからな」
喉元を狙い、鋭い爪で襲い掛かる。
鬼でありながら、俊敏性も備えている烈火は、その攻撃を回避することができる。
だが、相手は狼男。
月の光の力でスピードは更に上がり、烈火を翻弄していく。
どれだけ黒城の腕を掴んでぶん殴ろうとしても、度々すり抜けられてまた黒城の攻撃。
自分のターンが回ってこないと、烈火のストレスが段々と溜まって行き、顔がどんどん赤くなっていく。
「めんどくせぇんだよ犬野郎があああ!!!」
右足で地面を強く踏みつけると、巨大な爆発が起きる。周囲数mはその爆発に巻き込まれ、上に居ようが横に居ようが被害を免れることはできない。
爆発だけではなく、その衝撃で吹き飛んでくる瓦礫も防御しなければならない。
襲い掛かってくる弾丸のようなコンクリートの塊。
だが、それすらも黒城は呆気なく回避してしまう。
「残念だな烈火。今の僕の前じゃ、そんな攻撃全然当たらないんだよ。悪いね」
「構いやしねぇよ。俺がやりたかったことは、これでできる」
地面を割って作った巨大な“コンクリートの塊”。フロアの底が全て抜けてしまいそうだったが、烈火はそれを持ちあげ、天井目掛けて跳躍した。
穴が空いた天井の隙間を埋める様に、烈火は“床だった”コンクリートの塊をそこへはめ込む。
「いつから建物を修理する業者になったんだ?」
「短期バイトだ」
烈火が地面に着地しようとしているところで、黒城が攻めるタイミングを計る。
床がほとんど無くなったため、一つ下の階層に烈火は降りるしかない。
落ちてきたところで奴の首を狩る。
黒城は白い歯を見せると、自慢の俊足を活かして烈火に近づく。
「ようやく終わりだぞ烈火。これでお前と殺し合えなくなると考えりゃ、少しは寂しくなるもんだな」
考えていた通り、下の階層の床に降り立とうとする。その場所目掛けて一気に攻め入る黒城。
貰った……!
右手を大きく振りかぶり、烈火の喉元を狙い振り下ろす。
切り裂いた感触が楽しみだった。
だが、空を切ったかのようにまったく手応えが無い。
笑みを浮かべていた黒城の目がまん丸くなる。
一体、奴はどこに行った?
着地するはずだった奴の姿が無い。
どこへ消えた?
速さで狼男が負けるはずが……。
「俺のことをそんなに大切に思っていてくれたとは。嬉しいぜ、ぶっ殺してやりたいくらいに」
なんと烈火は、黒城の背後に回り今まで当てられなかった分の攻撃を一発の拳に込めて後頭部に叩きつけた。
狼男のスピードを上回るはずがない……。
床を転がりながら、黒城は頭の中で否定を続けた。
「お前なんか、月の光が無けりゃ大したことないんだよバカが」
そうだ。あの時烈火は外界の光を遮断するために、床を外して天井を埋めた。
そんな知恵が回る奴だとは思っていなかった。
「一つだけテメェに良い事教えてやるよ。俺とお前も殺し合うのは今日が最後だ。地獄でゆっくり寝てろ」
最後の一撃を黒城に加えようとしたところで扉が開いた。
そこに居たのは、綾と悠一、それに夢奈だった。
一瞬の隙をついて、黒城がその場から逃げ出す。
逃げた先は、綾のすぐ真後ろだった。
「綾!」
烈火が声を掛けた直後、黒城は綾の首元に爪を当て、彼女を抱きしめるように後ろから腕を回す。
「烈火にしちゃ随分とやるじゃないか。だけど、形勢逆転て奴だろう。いいか?最後の最後まで戦いっていうのは何が起きるかわからない」
「テメェ……。その汚い手をどきやがれ!」
「シスコン野郎が何を言う。あぁ、麗しい綾の髪。あんな男と一緒に居るなんて勿体無さすぎる」
「絶対にぶっ殺す……」
涙目になっている綾。
首元に爪を向けられているため、烈火は下手に手出しできない。
大きな歯ぎしりをしながら、烈火は黒城を睨む。殺意だけで相手を殺してしまいそうな程、恐ろしい睨みつけだった。
「怖いよお兄さん。こうなったら仲良くしようじゃないか。綾が僕の伴侶になったら、烈火は義理の兄だ。ねぇ鬼ぃさん」
「殺す……。絶対に殺す」
「しかし、綾にここで万が一のことがあれば、烈火はすぐに僕を殺すだろう。そのために、保険を掛けさせてもらう。妻久詠悠一と、淺倉夢奈を大人しく僕に渡せ。そうすれば、綾は解放してやる」
狡猾な狼男の提示した条件は、綾を解放する代わりに夢奈と悠一を差し出せ、というものだった。
二人を盾にして逃げるつもりだろう。
あまりの怒りで、烈火の額の血管が数本切れて、血が飛び出ている。
「ダメだよお兄ちゃん!私と一緒に彼を倒して!悠一様と夢奈様を……。二人のご主人様を渡してはいけません!」
圧倒的に不利な状態。下手なことをすれば殺されかねない。
しかし、悠一の心持ちは、綾や烈火に比べて穏やかなものだった。
それもそのはず。自分の魂を目当てとしている紡夢は、ここで妻久詠悠一が死んでしまえば計画が破綻することとなる。それ以外に方法があるなら別だが、それしかないからこそ執拗に夢奈を使っておびき寄せたり、黒城を使って捕まえに来させたのだ。つまり、ここで黒城によって殺されるということはない。
そう思うと気分が楽になり、悠長なことを言っている場合ではないのだが、お気楽な冗談交じりの言葉もぽんと出てくるようになる。
「最低だよな、本当に。こういうのは三流の悪役がやることだ。安心しろよ、綾は俺が助けてやる」
悠一は黒城に近づいていくと、逆に取引の条件を持ちかけた。
「こうしようぜ。俺が代わりに捕まるから、綾を解放しろ。俺が紡夢の元に行けば、どうせ夢奈も来たがる。俺のことが好きでしょうがないからな」
冗談にしてももう少し言葉を選びなさいよ!
と、この期に及んで顔を赤らめてしまう夢奈。
同じように烈火も顔を赤らめているが、その原因はまるっきり違う。
「どうせこのまま膠着状態が続いたってしょうがないんだ。お互い、妥協でもいいから次に進展させたいだろ?」
「人間のくせに、物わかりがいいじゃないか」
綾は必死に逃げるように叫ぶが、悠一は黒城の左手で光爪の攻撃範囲内に入る。
すると、黒城は綾を解放し、悠一を腕で抱き抱えた。
「さて、これで一つ目の土産ができたってわけだ。それじゃ、次は淺倉夢奈だ。お前に取引の条件を持ちかけてやろうか?」
「そんなことする必要はねぇよ黒城。お前のやったことを俺は知っているぞ?」
腕を掴まれ、首も腕で締められているというのに、悠一は不敵に笑いながら話を始めた。
どうしてそんなに余裕があるのから、綾と烈火には不思議でならない。
彼は、普通の人間であり、16歳の高校生だと言うのに。
「貴様が一体何を知っていると?人間如きが余計なことを言うと首を捻じ曲げるぞ」
「烈火!こいつは綾の着替えをのぞき見しようとデジカメ持って更衣室前まで行った変態野郎だぞ!」
「はっ!僕がそんな姑息なことをするわけが…………」
一瞬風を感じた。
それはあまりの速さで悠一自身何が起こったのか目視できない。確認するまでもないので、目を瞑って次に起るであろう出来事に備えたのだ。
烈火は瞬時に悠一を掴む黒城の腕を取り、右手の赤く燃えたぎる拳で鼻っ柱を折ると、何度も何度も何度も腹を殴り続けた。
地面に倒れた黒城に跨ると、顔がわからなくなるまで殴る殴る殴る殴る。
やっと右手を掴むと、息も絶え絶えに黒城は叫んだ。
「貴様如きがこの僕の顔を殴るな!」
「うるせーよロリコン野郎」
掴まれた右手を振り払い、ゆっくりと立ち上がる烈火。
解放されたと思いきや、烈火の顔を見て黒城は凍りついた。
彼の顔は怒り狂う鬼ではない。
悍ましい悪魔のように、冷徹な笑みを浮かべていた。
「ここから先は綾に見せれねェ。来い」
ずるずると地面を引きずられながら、黒城が別の部屋に連れて行かれる。
一瞬の静寂の後に、思わず耳を覆いたくなるような大声が聞こえてきた。
その部屋から聞こえてくるのは強烈な打撃音と、黒城の痛烈な悲鳴だった。
悲鳴が収まると、烈火は拳に付いた血をぺろりと舐めながら部屋から出てきた。
黒城を倒し、自らの主人を守ってくれた兄の元へ、妹は抱きついた。
「ありがとうお兄ちゃん!やっぱり、お兄ちゃんは最強だね!」
「当たり前だ。人質を取るクズ野郎に俺は負けるかよ」
優しく頭を撫でている烈火を見て、悠一はぽつりと呟く。
その呟きは、なるべく烈火の耳に入らぬように小さめの音量だった。
「これが、妹を想う“鬼ぃちゃん”の力って奴かね……」
はっとした烈火が悠一に視線を向けたので、「ヤバい!今の聞かれたか!?」と慄いた。
だが、彼の顔に殺意は浮かんでこずに、むしろ落ち着いたものだった。
「ありがとよ悠一。お前のお陰で綾が傷つかずに済んだ」
「お、俺は何もしてねぇよ」
「人間にしちゃ、勇気あるじゃねぇか!」
バンバン!と肩を叩かれる悠一は、いつ首をぎゅうぎゅうに締め上げられるかが心配で、烈火の言葉が右から左へ筒抜け状態だった。
「祠を壊さないといけない。プラン通りにやって終わらせよう。壊したらすぐに二人の友人達を助け出す」
「そ、そうだな。マスターが紡夢と対戦していてくれている今がチャンスだ」
ほっと胸を撫で下ろし、悠一は全てにケリを付けるために、祠へと足を向けることにした。
未だに紡夢と戦い続けているマスターの安否も気になるが、世界の融合を防ぐのが先決だった。
綾と烈火が居ると、どんな妖怪や悪魔が襲ってきても怖くない。
片やヴァンパイア。片や鬼。
誰がこの二人の兄妹を止めることができようか。
神社の境内へと戻ってきた一行。
悠一と夢奈、それに綾と烈火。
不気味な紫色の靄が、御社の中に在る小さな祠を守るようにして覆っている。
「鍵を持った悠一と夢奈なら、その防壁を簡単に崩せる。その靄を触ってくれるか?」
烈火の言う通りその靄を二人で触ると、祠を覆っていた不気味な紫色は消え、祠が剥き出しの状態となった。
「儚いもんだよな、紡夢さんよぉ」
烈火が右手の拳に力を入れ、躊躇なく祠にパンチを決める。
すると祠は原型を留めない程に爆散し、跡形も無くなってしまった。
「よし、これで終わりだ。夢奈、翔達を助けに行くぞ!」
「うん!」
「これで儀式は完遂できなくなりましたね。ご愁傷様です」
力の変動を感じたマスターは、悠一達が祠の破壊に成功したことを察した。
紡夢は歯ぎしりをたて、マスターを睨み付ける。
「祠が消えても、私の存在が消えない限りこの世界の統合は止まらぬ。まだ私が捕えた人間達は、私に力を送っているぞ。それを、貴様はどうするつもりだ?」
「祠を破壊した悠一達は、友人達を助けるでしょう。貴方の軍でも止められることはできないでしょう」
「それは、どうだろうな?」
両腕でマスターを潰そうと勢いよく振り下ろす。
どんな状況になって、紡夢は執拗にマスターを殺そうと攻撃を仕掛けてくる。
「お前を仕留めるのが、私の生き甲斐でもある。世界の統合の次に大事なことだ」
「おやおや、人から好かれる性格なのですが、そんなに恨みを買っているとは知りませんでした」
「私が人間では無いからだろう」
「それも、そうかもしれませんね」
うんうん、と頷くマスターに光線を放つ。
何度爆発を回避しようとも、紡夢は光線を放ち続けた。
最上階が全て崩壊しそうな程の巨大な爆発。
鼠色の煙がもくもくと上がり、視界がまったく見えなくなる。
「残念だが、私の軍勢は優秀なのだよ。脇役は舞台から降りてもらうとしよう」
「一体、何を……!」
城内に残っていた軍勢が、悠一達に押し寄せていた。
綾と烈火は大勢の妖怪達を境内で迎え撃っていたが、二対一万では流石に守りきることができない。
あまりの数の多さに悠一と夢奈は妖怪に捕まり、どこかの場所へ連れてかれてしまう。
抵抗しようにも、夢奈と悠一の力では、拘束具を外すことはできない。
綾と烈火が妖怪達を蹴散らしながら近づいていくが、数が多すぎて辿りつけない。
黒城との戦いで力を消耗しているため、全員を一気に片付けることはできない。
「悠一!夢奈!俺達が必ず助けに行くから待っていろ!」
そう叫ぶ烈火の声は遠く、大勢の妖怪達がまるで灰色の海原のように見え、烈火と綾はその波に呑まれていくようであった。
悠一達が連れて行かれる光景を、壁に映し出しマスターへと見せる。
マスターの感情に動揺や恐怖が生まれるだけで、紡夢にとっては恍惚だった。
「夢奈!悠一!」
「友人達を解放しようとしたのが仇となったな。人間の弱点が露呈しただけの話。甘さ故のミスというものだ」
改めて深呼吸し、紡夢をじっと見つめるマスター。
「貴方だけは、絶対に許しません」
縦に振り下ろした箒を左腕で防ぎきると、右腕で箒を掴み、半分にへし折ってしまった。
実体を具現化するかどうかは紡夢次第。
呆気なく居られた箒は、地面に放り投げられる。
「こんなもので私と戦うとは、なんとも忌々しい男だ。貴様は一体、何者なのだ?」
紡夢の問いに、お客様用の笑顔を見せる。
それは、万人に対して向けてきた、喫茶店店長の微笑み。
「私はただの、マスターです」




