第四話 2 Savior
2 Savior
城を下り、外へ出る。
綾は芹沢博士から指令を受けていた通り、悠一達と合流できた。
次に向かうのは、祠のある神社。城の中を粗方片付けた後に烈火が向かう予定だったが、未だに姿を見せない。
夢 奈、悠一、綾の三人は神社に辿り着くと、すぐ近くの場所から爆音が聞こえた。誰かが戦闘を行っているのだろうが、それは烈火以外に考えられない。三人は揃って、爆音が絶えずしている方向へと向かって行く。
神社から少し離れた場所にある無人の廃墟。
そこは元々工場か何かで使われていた場所のようで、ここも神社に引けを取らない不気味さが漂っている。心霊スポットと言われてみれば納得のいく要素が揃っている。
紡夢とマスターが戦っている間に、囚われの翔達を救出しなければならない。
マスターのようにかっこいい霊力みたいな何か得体の知れない力を発揮できればいいのだが、残念ながら持って居る能力は“死なない”ということ。正確に言うならば“殺されない”能力だ。
紡夢の話が本当だったとして、そんなものは一体何の役に立つと言うのか。交通事故が起きて死なないのは嬉しいことではあるかもしれないが、怪我をしないとか痛みを感じないという能力は無いわけだから、包丁で切り付けられたら、死なないにしても血を流しながら痛みを感じ続けなければならない。生きながらにしての地獄ということだ。
それに引き替え、隣に居るメイドさんはこれまたかわいらしい姿からはまったく想像もできない戦闘力を有している。
メイド喫茶でメイドさんが着ているものとほとんど同じ格好だ。ゴスロリ系の服でよくまぁ外に出られるなと別な関心もしてしまうところだが、どうにも胸元が気になってしまうのは思春期男子学生だからしょうがないことなのだろうか。いや、これは別に学生がどうとか関係なく、男として正しい反応だろう。
悠一は生唾をごくりと喉に通すと、夢奈の冷ややかな視線を浴びながら廃墟の一階から探索を開始することにした。
「それじゃ、手当たり次第に探していこう。どっかで爆発音が聞こえりゃそこに烈火が居ると思う。まずは烈火と合流して、なんとか翔達を救い出そう」
「かしこまりました。もし変な奴が出てきても、綾にお任せ下さいねご主人様」
「あ、はい」
鏡を見なくても鼻の下が伸びているのがわかる。その姿を見ただけで夢奈は激昂するのだが、その理由を悠一は未だに解明できていない。
「ご主人様危ない!」
不意を突かれる形で、何かが悠一へと飛び掛かった。
人の“手だけ”が地面を走り、悠一の首を掴もうと襲ったのだ。即座にその“手”を捕まえて遥か彼方へと吹き飛ばす綾。
その“手”を処理したかと思えば、今度は五足歩行でにじり寄ってくる骸骨やら、全長3mはありそうな蝙蝠まで襲ってくる始末。
「ご主人様には、指一本触れさせません!」
メイドの力なのか、冥土の力なのか。
十数体は居るであろう魑魅魍魎達をアクションゲームさながらの爽快感で吹き飛ばしていく。
悠一と夢奈は、綾の細身から繰り広げられる壮絶な演技を、固唾を呑んで見守るしかなかった。
そこへたまたま通りかかったと言わんばかりの学生が、綾が倒しそびれた最後の一匹を片手で放り投げた。その力と距離は文字通り計り知れない。
「悠一じゃねぇか。大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろ。博士の計画じゃあもう少し早く着く予定だったろう」
「すまん。神社の地下へ続く道がここの建物にあるらしくて探していたんだ。そしたらちょいと妖怪達が絡んできたから、遊んでやってたら遅くなった。それにしても、凄い数だな。一体どうしたんだこいつら」
最後の一体を倒したのはいいが、それらの倍返しをすると言わんばかりの妖怪達が、烈火の方へ続々と向かって行く。
その時、悠一の頭の中で悪知恵が瞬時に働いた。どうして悪知恵かと言えば、妖魔が嫌がることを考えたからだ。嫌がるどころか、泣き喚いて逃げ出すかもしれないレベルの。
「実はな烈火、あそこに居る沢山の妖怪たちがちょいとイケナイことを考えていたんだ。あいつらはな、綾にヘンなことをして困らせようとしているんだ」
「ヘンな……こと?」
烈火の頭の中に映し出されたビジョンはこうだ。
綾の着ているメイド服が所々破かれ、何匹もの妖怪があちこちと触ってはイケナイ部分に手を伸ばそうとしている。そして、抵抗できずに綾は涙目となって烈火に助けを求めるのだ。
流石にそこまでの想定を悠一はしていなかったのだが、烈火の顔が徐々に赤くなっていく。それに拍車をかけるように、悠一はひそひそと耳元で囁く。
「あんなことやこんなことをして、綾をいじめるつもりなんだ。俺は止めたいと思っているんだが、言うことを聞いてくれない。どうか、助けてやってくれないか?」
「テメェら……あの世に逝く覚悟はできてんのかコラァ!!!」
返事をする間もなく、一番先頭に居た一つ目巨人が薙ぎ倒される。人の身長でありながら、自身の三倍以上はあろうかという妖魔を一瞬で倒してしまう。
綾も凄まじいが、兄貴も相応の力を持って居る。
兄は鬼。妹はヴァンパイア。そんな恐ろしい兄弟と知り合いだなんて、鼻が高いのやら恐怖で身長が低くなるのやら。
奮闘をしている兄を見て、妹は悠一にこそこそと耳元で疑問を問う。
「悠一様。どうしてお兄ちゃんはあんなに張り切っているんですか?」
「妹を想う兄の力ってのは凄いんだよ……」
先頭の妖怪を倒したのを皮切りに、後続の者達を殴る蹴る吹き飛ばす叩きつける放り投げる。
「他に死にてぇ奴は前に出ろ。綾に不純な動機を抱く奴は俺がぶっ殺す。死刑執行人なんざ呼ばねぇ。俺が殺す。さぁ出てきやがれ!」
鬼が存分に暴れているうちに、悠一と夢奈は綾と共に別の倉庫を探し始める。
三人は入り組んだ道を歩き始め、離ればなれとなる。
狭い通路。妖怪の気配らしく物は感じないが、何が出てきてもおかしくはない。
薄暗いし、妙な匂いもする。血の匂いとガソリンの匂いが混ざった様なものだ。
少しばかり歩いていると、綾は悠一の気配がまったく感じられなくなった。
「悠一様?どこへ行ったのですか?」
声を掛けてもまったく反応が無い。
来た道を戻り、悠一が歩いて行った方角を辿る。
「綾。俺だ……助けてくれ……」
悠一の声が後ろから聞こえる。
小道を戻り、大広間へ。
そこには足を引きずっている悠一の姿がある。
妖怪に襲われたのではと、主人の身を案じた綾は急いで駆け寄ろうとする。
「綾!待て!」
今度は悠一の後ろから“悠一”が現れた。
これは例えでも比喩でもない。顔も身長も声も、どこからどう見ても“悠一”なのだ。
「え、あの~。ご主人様?」
「う、うわっ!なんだよこれ!俺じゃねぇか!」
「嘘付け!お前は偽物だろうが!」
二人の悠一。どっちも同じ服装、同じ顔。
どちらか一方は妖怪だろうが、どちらも人の気配しか発していないため、綾はどちらを狙えばいいのか標準が付けられなかった。
「俺は本物だ!偽物はこっちだ!」
「何言ってやがる!偽物のくせに余計なことを言うな!」
二人の悠一が、自分の姿をする者に向かって互いに偽物はあっちだこっちだといい合っている。
「これは、困りましたね」
片手を頬に当てて途方に暮れている綾。
間違って攻撃してしまえば、生身の人間である悠一を呆気なく殺してしまうかもしれない。そんなことをするわけにもいかないので、何か方法を探らなければならなかった。
だけど、一体どうやって?
「いい加減にしやがれ偽物!大体俺の格好で出てくるなんて気色悪いんだよ!」
「どういう意味だ!本物の俺に向かってそのセリフは有りか!?」
このままでは埒が明かない。
鏡合わせの人物達の口論を聞きながらも苦悩の末、綾は最後の手段を使うことにした。
「お二人ともこちらを向いてください」
言い争っていた二人の悠一は、今にも殴りかかりそうなところでぴたっと止まり、綾に言われるがままに顔を向けた。
「これからお二人に質問を出します。その質問で本物か偽物かを見極めますので、答えてくださいね。本物のご主人様を当てて差し上げます。それでは参りましょう!“クイズ!本物の悠一様はどっちだ!“」
突然始まったクイズ番組に、二人の悠一は互いに顔を見合わせて目をぱちぱちさせた。まるでそれは洗面台にある鏡に映る自分の顔を見ているかのごとく、一部も違わず同じ動作を行なっている。
「それでは第一問!じゃじゃん!」
セルフSEを出しつつ、メイドの格好でありながら司会者のように進行を務める綾。
“本物の悠一”は、真面目に取ればいいのかツッコミに徹すればいいのか困惑している。
「夢奈さんと会ったのはいつですか?早押しです!」
ピンポーン!
押すボタンも無いので口からセルフSE。最初に手を挙げたのは、右側に居る悠一だった。
「幼稚園で会った!同じクラスで、一番最初に声を掛けたのが俺だ!」
「正解です~」
“本物の悠一”は、どうしてそんなことを綾が知っているのか甚だ疑問であった。だがそれは今どうでもいい。一刻も早く、偽物の自分を排除してくれればなんでも構わない。
「では第二問です~」
「おい!今正解したんだから、こっちの悠一を倒せよ!」
と、左側に居る悠一を右側の悠一が指差す。
だが、綾はゆっくりと首を振った。
「このクイズは全3問です。右側の悠一様がまずは1ポイントですので、まだ左側の悠一様にもチャンスはありますよ?」
もしこれですぐに答えられなければ、偽物に負けということになってしまう。
是が非でも答えなければならない。
両方の悠一は拳をぎゅっと握る。
「それでは第二問!私と烈火はどういう関係でしょう?」
即座に手を挙げたのは左の悠一。「あっ」と声を漏らして、少し控えめに「ピンポーン」とセルフSE。
「はい!左の悠一様、答えをどうぞ!」
「烈火が兄貴で、綾は妹だ」
「正解です~。これでポイントは1対1ですね!」
本物と偽物で五分って……。
“本物”としてはなんとも不本意な展開ではあるのだが、以外にも偽物の回答スピードが速くて焦ってしまうのだ。
次の回答をできれば、偽物を倒すことができる。
どちらの悠一も、隣に居る自身を睨みつけた。
「それではラスト問題行きますよ~」
「頼むぞ綾。偽物がわかった瞬間にぶっ飛ばしてくれ」
「憎たらしい偽物の顔を少しは本物に近づけてやってくれ」
互いに捻くれた事を言っている。
すぅっと息を吸い、最後の問を出題する。
「問題っ!…………」
最後の出題。
その出題の前に、綾の隣に夢奈が現れた。
「こちらの夢奈さんを愛しているのは、どちらの方ですか?」
右側の悠一が左手を大きく挙げ、こう叫んだ。
「俺が、夢奈を愛してる!!!」
「正解ですぅ~」
バシッ!という箒で叩かれる音がした。
その軽い音とは裏腹に、“偽物の悠一”は遥か彼方に吹き飛ばされた。
どちらの悠一も、何が起きたのかわからなかった。
偽物だけはわかった。自分が藁箒で吹き飛ばされているということに。
「流石私のご主人様です!見事です!」
最終的に立っていたのは、左側に居る悠一だった。
右側に居る悠一が最後に答えたというのに、どうしてそちらを吹き飛ばしたのだろうか?
「乙女心でビビッと来たんです。本物の悠一様は、あんな気持ち悪いこと言わないですよね。ねっ?」
ねっ?って……。
「ちなみに最後の問題はマイナス1兆ポイントですから、星の彼方まで吹き飛べ!の刑に処させていただきましたっ」
どこの世界にそんな極刑が存在するのか!
裏の世界というのは、かくも恐ろしい者達の集まりだと改めて実感した。
綾の隣で頬を赤く染めたまま俯く夢奈の顔を、なんだか見ることができない。見ているこっちまで赤くなりそうだった。
綾は何が面白いのかはわからないが、にやにやしながら二人を交互に見比べていた。
「さ、さぁ行くわよ。早く翔達を見つけないと……」
小さな声でそう言うと、両腕を組みながら夢奈はさっさと先へ進んで行ってしまう。
急いで付いて行こうとする悠一と綾。
その場を去る前に、悠一の耳元で本心を静かに囁いた。
「ご主人様には、とってもお似合いの女性がいらっしゃいます。だからこそ、その“心”が私に伝わってきたのです。理由なんて聞かないで下さいね?乙女だけの秘密なんですから」
かわいらしく人差し指を口元に持っていき、片目でウインクする。
かわいいことはかわいいのだが、その所業を考えるとなんとも恐ろしい。
彼女の心持ち一つで、自分が遥か彼方へと吹き飛ばされていたかもしれないのだ。
「さぁ!悠一様のご友人を助けに行きましょう!夢奈様!待ってください!」




