第三話 4 Fact or Fiction
4 Fact or Fiction
「私は“人”という生き物が嫌いだ。どうしてこんなにも嫌いだと思う?自己顕示欲が強く、一人で居る時は何もできない癖に、群れると強気になりだす。挙句の果てには意見や考えの違う同種を死に追いやる。こんな悍ましい生き物を好く奴の心が理解できない。そうは思わないか?」
城の最上階。
なんらかの儀式を行うために使われるであろうその部屋は、禍々しいお面やら仏像なんかが置いてあって、いかにもRPGの最終ステージといった様相を呈していた。
紡夢に連れてこられ祭壇に横たわっている夢奈は、虚ろな目で奴を見た。奴の体はどす黒く、この世のものとは思えないのだがそこに存在している。
これがただの夢ならば、早く覚めて欲しい。
「遥か昔、天魔世界大戦で人は我々と世界を分断しようとした。自分が抑えられない力を神にすがり、異世界へと飛ばした。滑稽な生き物だと思わないかね?その後自分たちはぬくぬくと暮らしている。反吐が出る話だ」
紡夢の言葉には怒りが込められており、心底人間を憎んでいるようだった。
過去にどれだけの仕打ちを受けたのかは知らないが、夢奈からすればそんなのは気にもならないことだ。
「アンタが世界を統合したって、結局は同じことをやるに違いないわ」
「それはどうかな?私の力で、今の世界は夢と幻で塗り固められている。元々世界というのはそういう形をしていたが、これからは現実が世界を支配する。我々、妖魔の統治だ」
「それって結局、どこの悪役とも台詞が変わらないじゃない。なんだかんだで、世界を自分のものにしたいだけでしょう?」
「自分のものだったものを取り返すのだ。奪おうとしているんじゃない」
昔話と人間のどこが嫌いかを挙げていくのが好きな紡夢は、また別の昔話を始める。
段々と、昔あった出来事を聞くのが億劫になってくる。
「天魔世界大戦の最中、一つの説を提唱した者が居た。その者は異教徒として殺されてしまったが、私は彼の話を興味深く聞いていた。その時代の人間は、信じられぬ話をする者達を排除ばかりしていた。そうすることで自分たちの安寧を保とうとしていたのやもしれないが、結果としてそれは自分たちの世界を守ることを放棄していたのと同意義であった。我々妖魔との大戦が終り、世界を二分することになったのもその男の通説を上手く知識として生かしたからであった。神だけではない。人の“力”だ。だがしかし、男はもうその時世には存在していなかった。皮肉な話だと思わないか?」
人間のことを嫌いだと言う割には称賛することもある。
この妖魔のことがなんとも不思議に思えてくる。結局の所、ただ人類を滅ぼしたいだけなのか、それとも本気で人間に何かを気付かせようとしているのか。
だからと言って、この妖魔がやろうとしていることは、決して正しいとは思えない。
「確かに酷い話だとは思う。でも、あなたはどうしてそんなに世界のために何かを成そうとするの?絶滅が必要だっていうことは、多くの人が犠牲になるってことじゃない。そんな世界を創るのに、何の意味があるっていうの?」
「それが、私の存在価値だからだ。生き物は皆、何かを成し得るために存在している。存在理由のない者は淘汰されるが定め。この世に生を受けた者達は、必ずや何かを成す為に生きている。私にも、淺倉夢奈にも、妻久詠悠一にもその理由がある」
「一体、私たちの使命は何だっていうの?」
「世界の再誕“リバース”だ」
一度分離された世界。
1000年にも渡って離れていた世界が一つになるとどうなるか。
考えなくても想像がつくことだった。
現世では妖怪や悪魔などというのは“オカルト”という類の話で括られ、信じていない人たちも多い。
だからこそ、本物を目にしてしまうとその存在をすぐに受け入れられないのは間違いないはずだ。
紡夢のように話のできる者であったとしても、底知れぬ力を秘めた妖怪や妖魔達が大勢いるとなれば、人間の世界はあっという間に占拠されてしまうだろう。
紡夢は、その頂点を目指しているというのだろうか。
「私は元の形に世界を戻すだけではない。真実を知らぬ者達にそれを知らしめるのだ。そのために、今この世界は夢を見ている。夢から醒めた時、現実が現れる」
「それを望まない人が居るなら、あなたはどうするの?」
「先ほど言った通りだ。無用なものは淘汰される定めにある。淺倉夢奈、もう一つの真実をお前に伝えておこう」
本棚に収められている一冊が宙に浮き、紡夢の顔の近くにまで寄ってくる。
その本が自然にぺらぺらとめくれると、とあるページで止まった。
本が傾き、横になっている夢奈はその本の中身が見える様になる。
そのページには、いくつもの文字が綺麗に並んでいる。左上の端から読んで行くと、それは何かの物語のようだった。
「この世は、“これと同じ”なのだ」
「これって、どういうこと?」
本に書かれているのが物語だとすれば、この世は“物語”の世界だと言いたいのだろうか?
夢奈にはそのように捉えることができず、眉間に皺を寄せた。
「私たちの世界を創っているのは“神”ではない。神ですら、何者かに造られた存在に過ぎない。天魔世界大戦で殺された男が唱えた説に、この世は“創作主”によって造られたという話があった」
「創作主?」
「そうだ。私達の世界は表と裏、その二つだけだと思われていた。だが、世界を創ったのはもっと別の者だった。全ての者達はレールの上を辿り、誰一人としてその運命から逃れられないようにできていた。それを壊せるなら、壊したいと思わないか?」
「それと世界を一つにするのが、何か繋がっているとでも言うの?」
「世界の統合がもし成功すれば、それは創作主にとっての偶然ではなく必然になる。そうなると、我々の世界にとって好都合なのだよ。何故ならば、他の次元との結合も行えるようになる。見たこともない次元と繋がることによって、何れは創作主の世界に辿りつくことができる。そうすれば、創作主を意のままに操るか、殺すことができるということだ」
ただ単に、世界を統合するだけの話かと思っていた。
表と裏の世界を理解するだけでも頭が痛いのに、今度は自分たちを作った神の話となった。
宗教に疎い身としては、耳にすんなりと入ってくる話ではない。
「神を作ったのは神。ならば、その更に神を作った神も居るということだ」
「意味わかんないけど、とりあえず私は死にたくないってことだけ言っておくわ。私にだって、まだやらないといけないことがある」
「それを成就できるのは、私だけだぞ?」
「あなたがやろうとしていることは、破壊することだけ。自分の都合のいい夢を語っているけれど、それは私達にとって終わりにしかならない」
真っ直ぐに紡夢を見つめる。
その瞳は力強く、決して諦めていないようだった。
紡夢は、ゆっくりと顔を下に向ける。
「残念だ。お前と言う人間は好きになれそうだったが」
「光栄だわ」
鉛色の二枚扉を開けて、一つ目の人間が入ってきた。
一つ目で尚且つ体が宙に浮いている時点で人間ではないし、頭に角が二本も生えている。明らかに妖怪だった。
「紡夢様。侵入者です」
「私の城に容易く入れる者は居ないと思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。
どうやら、鼠が入り込んだようだ」
紡夢は人の姿へと変わっていく。その男の顔は悠一とまったく同じ。声も、悠一とまったく同じだ。
自らを指差し、不敵な笑みを浮かべる。
「どうやら“こいつ”が迎えにきたそうだ。こちらにとっては好都合。余計な客達には、絶望を統べる軍団に相手を務めさせる。全ては、我が夢を現実にするために」
紡夢から指示された一つ目妖怪は、五階に眠る妖怪達を叩き起こしに行く。
侵入者は一階のフロアをどんどん登って行く。
妖怪達は、階段を上がった先のフロアで待機することにした。
階段は螺旋状で、手すりには鋭い棘だらけ。どうしてこんなデザインなのかは、妖怪達も知らない。紡夢の趣味や趣向を理解できる者は少ない。
「戦闘配置に付け!妻久詠悠一だけは生け捕りにして、他は皆殺しだ!」
槍を構える者、剣を構える者。
数十体の妖怪達それぞれが、二階に上がってくる者を待ち構えた。
小さな足音のようなものが聞こえてくると、妖怪達は静まる。
ぺたぺたと歩くその音は、素足で歩いて居るかのようだ。
それにしても早い足取りだ。
一体、何が来るのか。
戦闘に居る一つ目妖怪が、槍を持ったままゆっくりと前進する。
後少し、後少しで現れる。
槍を投げるために持ち直し、自分の中でカウントダウンを始める。
3,2,1……。
槍を投げようと構えると、二階のフロアに異形の者が現れた。
…………。
妖怪達は拍子抜けする。
階段を上がってきたのは小さな灰色の鼠だったのだ。
「なんだ、本当に鼠じゃねぇか。紡夢様は何を怖がっているのやら」
鼠を捕まえようとする一つ目妖怪。
目の前に居る鼠を捕まえようと、床に視線を落としていたはずだ。
なのに、その光景が瞬時に変わる。何が起きたのか理解できない。
見えているのは黒い天井。自分は今、天井を見ている。
妖怪なのに、何か詩的な一文を心に思い浮かべると、次に襲ってきたのは背中に感じる、刺すような激痛だった。
「こんなに揃ってどうしたんだ。パーティでもやるのか?だったら俺達を混ぜろよ」
その男、人の姿をしているにも関わらず、小石を投げるかのように妖怪を吹き飛ばした。
周りの妖怪達はリーダーが呆気なくやられてしまったことでざわつき始める。
こんなに華奢な体のどこに力を持っているというのか。
「いくらでも呼べよ。俺は気が短い。あんまり面白くねェと建物ごとぶっ壊す」
前の方に居る妖怪に向かって走り出した男は、体当たりしながら手で妖怪を掴んでは壁へと放り投げていく。
凄まじいスピードと共に、次々と妖怪達を薙ぎ倒していった。
最後に残った者は、その恐ろしい力を見て呟く。
「こいつぁ、鬼だ」
悲鳴は最上階まで轟き、騒がしくなった下の階層に妖怪達が急行する。
段々と城の中が騒がしくなり、その様子から夢奈は、本当に悠一が助けに来てくれたのだと安堵の表情を浮かべる。
「私の世界を壊そうとしているようだが、それは許さない」
元の姿に戻った紡夢自ら、下で暴れる鬼を片付けようと扉を開いて出て行こうとする。
だが、扉を自分で開く前に勢いよく扉が吹き飛び、紡夢に直撃する。
「あいや~。これはこれは失礼致しました。ちょっと触れただけで扉が吹き飛んでしまうとは」
藁箒を手に持ちながら優しく笑みを浮かべる。
黒いエプロン、細い目。
会いたくも無かったその人物へ紡夢は怒りの視線を送る。
相手は変わらず笑みを浮かべたままだ。
体で潰さんとする勢いで、男を目掛けて走って行く。
男は片手で紡夢の頭を押さえつけた。
巨体であるにも関わらず、後ろに一歩も引くことなく、まるでバスケットボールをキャッチするかのように容易く受け止めた。
「霊力を持つ者じゃなければ貴方に触れられない。これは厄介ですねぇ」
「解説している場合か?」
「だって面倒ですよ。箒が当たらないと可憐な剣技を見せられませんし」
箒を使った攻撃を剣技と呼んでいいんだろうか?
夢奈はおそらく悠一が言いそうなツッコミを頭の中に浮かべていた。
「そろそろ、私の大事なお客様を返していただきますよ」
「天魔世界大戦でも活躍した軍勢。着々と復活しつつある兵士たちを使えば、お前を倒す事など造作もない」
「では、やってみましょうか?」
1000年の時を越え、対峙する二人。
烈火と黒城みたいな罵声が飛び交うかと思いきや、誰も想像しない会話に発展する。
「お前は1000年も同じ格好をしていて窮屈ではないのか?」
「同じ服を着ているというのは楽なものですよ?ほら、朝起きた後に何を着なければならないか迷う事も無いですし」
突然何も関係が無い話を始める二人。傍から見ればそれは他愛も無い世間話にも思える。
二人揃って笑い始めたかと思うと、唐突に拳と拳をぶつけ合い、巨大な爆発が起きる。
爆風から顔を背け、少し時が経ちゆっくり目を開けると、そこには夢奈が会いたかった男の姿があった。
「夢奈。大丈夫か?」
「悠一!」
手足に付けられている枷を外すと、夢奈は悠一に抱き着いた。
「遅いのよ、バカ」
「この建物エレベーターが付いていないんだ。時間が掛かるのはしょうがないだろ」
淺倉夢奈。妻久詠悠一。
二人が最上階に揃ったことで、紡夢は大袈裟な笑い声を上げる。
「ようやく揃ったか。長い道のりだったな」
「どうしてそんなに俺達を欲しがる?人間ならまだ別に居るだろう」
「君たちの中にある“鍵”。その鍵は、他の人間は誰一人として持ち合わせていない。他にも、私が君達二人に固執するのには理由がある」
赤い瞳が夢奈と悠一を捕える。
紡夢の表情から感情を汲み取ることはできないが、これだけは間違いない。
この妖魔は、夢奈と悠一の命が最終的にどうなろうと、気にしないということだ。
「その理由は、妻久詠悠一と淺倉夢奈は、“神の子”だから」




