第三話 3 Past
3 Past
妖魔達は、昔からとある説に釘付けだったのさ。それもそのはず。
奴らは信憑性のある話は必ず信じるし、自分達に利があるなら何物でも使おうとする。
だからこそ、こんな突拍子もない説を鵜呑みにし、今の紡夢がそれを狙っているのだと私は確信して喋っているんだ。
遥か昔、今から約1000年前に遡る。
人間と妖魔を筆頭とする、妖怪達の戦争が日本を中心に行われた。その戦は海外にも飛び火し、西洋でも人間と悪魔が戦いを始めた。
世界規模での戦争。人類は、絶滅への道を辿っていたんだ。後世ではその戦争を“天魔世界大戦”と呼んだ。
そもそもの発端は、人間が妖魔の領域で数体の妖魔を生け捕りにしたことだった。その人間達は、妖魔を使用して魔力の研究をしようとしたらしい。そのことから、妖魔は人間に対して反発するようになり、次第にその動きは大きくなって世界へと広まっていったというわけだ。
戦いの序盤は人類側が劣勢だった。そりゃ無理も無い。弓や剣しか使えない人間達が、魔力なんていう途方も無い力に対抗できる筈が無い。
状況を打開するべく、人間は攻勢を変えるため神々に助力を求めた。
各地に潜む神達は人の子の願いを聞き入れ、妖魔を次々と倒していった。
人間全てを支配しようと目論んでいた妖魔は、自らの計画に水を差す神を自らの術で封じ込める策を練った。
神はその策に掛かり、表の世界に顔を出すこともできず、身動きが取れなくなってしまった。
神の助力が無くなったことによって、再び人類は窮地に立たされると思われた。
しかし、神は人間へ妖魔に対抗する術を教えた後であり、人間達は次々と妖魔を倒していった。所謂“霊力”というのはこの時神から授かっていたもので、自分たち人間だけで編み出した技では無いんだ。
その霊力を学んだ人間の中に、二人の男が居た。その男達の苗字は妻久詠“ツクヨミ”と淺倉“アサクラ”。
両家は神から授かりし術を用いて、人類を導いた。全国で暴れている妖魔を次々と打ち倒していき、人類は勝利を収めた。だがそこで、人類は一つの問題を議論し合った。
この勝利は、一時の美酒に過ぎないのではないか?
また妖魔が攻めて来れば、甚大な被害を受けるのは目に見えている。
再び対決を行なえばいいという意見は勿論出たが、こう唱える者も居た。
『世界を二分してしまえば、人と魔が交わることは決してなくなる』
解放した神々から術を教わり、人間達は次元を二分した。
それを行なったのも、妻久詠家と淺倉家だった。その“鍵”を自らの魂に秘めて、二度と世界が統合されないように隠した。
両家はそれ以後、霊術を放棄し神々を祀った。これを以って、天魔世界大戦は終結となった。
時を同じくして、妖魔軍の一首領として動いていた妖魔は、飄々とした男に呆気なく退治されてしまった。妖魔の名前は“紡夢”。今、お前たちが倒したいと思っている奴だ。
紡夢を倒した男はどこから来たのかわからない者だったが、日本語は端麗だったそうだ。
祠に紡夢を封じ込めると、男は北へと向かって去った。
その男が誰か?
信じがたいだろうが、目の前に居るマスターこそ、紡夢を封じた男なんだ。嘘じゃない。
冒頭で約1000年前と言ったのも嘘じゃない。つまりコイツの年齢は1000歳を悠に超える。
冗談みたいな話だろう?私も初めて聞いた時は驚いた。そのくせ肌はつやつや、年齢は20そこそこに見える。まったく忌々しい……。
何だ!断じて怒ってなど居ないぞ!
……こほん。
今更話をするまでもないが、マスターは超人的な力を持っている。霊力も魔力も扱える凄腕だ。こんなに豊富な力を操れる人間を私は見たことがない。
マスター自身、自らの出生について深くは知らないみたいだが、様々な人物達の情報によれば、マスターは悪魔や妖魔に対抗すべく人類が作り上げた代物らしい。
誰がどうやって作ったのかはわからないが、事実彼はこうして1000年以上生きているし、常識を超えた力を持っている。だから、私はその話が嘘とは思えなかった。
どのようにしてマスターを生んだのか、正確なことはわからない。人道を外れたことをやったのかもしれないし、両親の霊力や魔力が関係した何かかもしれない。
現代と違って、科学的な操作で作り上げたクローンのような何かとも別だろう。その時代に優れた機械等存在しないからだ。
まぁ、この男が恐るべき力を持っていることなど、今更驚くことではないよな。
だからこそ私は、この男に会いに来るのだ。
私の研究している“リバース”誕生の秘密や技術に関する糸口が掴めるかもしれないからだ。
ん?妻久詠家に関して?
残念だが、それは私もよく知らないんだ。マスターの方が詳しいかもしれん。戦争当時会っていただろうし。
何?それがよく覚えていないだと?
ふむ。流石に1000年も生きていれば忘れることも多くはなるか。それなのにこんな美形なのには驚きだ。まったく……。
とにかく、紡夢が悠一と夢奈の魂を欲しがる理由はこの歴史が示す通りだ。
次元の結合するために、先祖代々受け継がれている鍵が必要となる。
妻久詠家、淺倉家の血と鍵を代々受け継いでいる悠一と夢奈の魂が原動力となる。紡夢の力だけでは、次元統合は完結しないということだ。現在の世界は、紡夢が見せている“夢”。紡夢を殺すことは勿論大前提だ。それで世界が元に戻るというのは先ほども伝えた通りだが、完璧に修復させるには条件がある。
重要なのは、その夢の起点となる場所を壊すことだ。一体どこを起点にして次元統合を始めたのか知る必要がある。その破壊を行なうのに、悠一の力が必要だ。マスターだけでは完全に破壊できない。
マスターに助力し、世界を救うこと。それが、妻久詠家の運命“さだめ”だよ。
まぁ安心しろ。鍵が開かれた瞬間、文字通り世界は夢を見始めたんだ。全て上手くいけば、何事も無かったかのようになる。目が覚めるってことだ。
君の友人たちも、何食わぬ顔で学校に登校するようになるだろう。
表の世界も、“リバース”も、全ては君たちに掛かっている。
それじゃあ、私は一体何者かって?それは言わない。秘密にしておく。
秘密の多い女性というのは、なんとも魅力的だと思わないか?
あ、そうだ。秘密という単語で重要なことを思いしたぞ。これは君たちに言っておかなければならない。すっかり忘れていた。
まぁまぁ、そんなに怒るなよマスター。いつものスマイルで軽く構えていろよ。
だからここに綾と烈火は居ないんだ。二人には別の任務を与えておいた。
それじゃ、話の締めといこう。
紡夢の世界を破壊する計画なんだが…………。




