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ノベルRe;バース 0 "ノベルリバース ゼロ"  作者: 鳴海悠一
ノベルリバース ゼロ "ノベルRe;バース 0"
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第三話 2  doctor

 2 Doctor


「マスター!しっかりしろ!マスター!」


 ぐったりと地面に横たわっているマスター。

 彼の体を起こすと、目を瞑ったままで起きそうにない。


「おい、頼むよ!こんな所で死なれちゃ困る!夢奈や翔を助けることができるのはマスターだけなんだから!」

「そうですね。起きましょう」

「……え?」


 唐突に聞こえてきた声に目を丸くした。

マスターはぱちりと目を開け、すっと立ち上がってズボンについた土埃を手で払う。まるで、何事も無かったかのように。

 呆気なく立ち上がったマスターに掛ける言葉が見当たらず、悠一は唖然としていた。


「もう回復しましたので大丈夫ですよ。やれやれ。久しぶりにひどくやられてしまいました」

「あんな爆発があったのに、どうして普通にしていられるんだ?」

「それは、私が喫茶店のマスターだからですよ」


 全国の喫茶店のマスターや店員さんがこんな超人なわけがない。ラノベのタイトルじゃあるまいし……まったく。

 体を起こしたマスター。服は所々破けているが、体には傷一つ残っていない。あれだけの攻撃を受けてかすり傷すらないなんて、一体どういう体の構造をしているのだろうか。

 病院の先生が見たら言葉を失うに違いない。


「奴を倒さなければならないのは確かですが、私だけでは知恵が足りません。助けが必要です」


 悠一とマスターが一度乗り越えた境界はもう存在しなくなっていた。復活した妖魔、名前を紡夢と呼称される者が現実と裏の世界の狭間を取り払ってしまったからだろう。

 何事も無かったかのようにけろっとしているマスターは、綾と烈火に一つ頼みごとをした。


「お願いがあります。博士を喫茶店に呼んできてくれませんか?」

「“あの方”をですか?」

「おいおい。マスター、あいつは住所不定でどこに居るかさっぱりわからない“つむじ風”みたいな存在だぜ?俺達に探せっていうのか」

「お二人なら、きっと見つけ出してくれます。この状況です。博士はきっと喜んでいることでしょう」


 マスターの指す博士とやらは、一体どの方面に詳しい人なのだろう。

 それは魔術の類なのか、妖魔に関することなのか。

 渋々了承した烈火と、元気に頷く綾。

 二人はマスターの言う“博士”とやらを探しに、その場を去って行った。


「さぁ、私たちは喫茶店に戻りましょう。作戦会議です」


 神社を後にし、悠一とマスターは喫茶店へと向かった。

 翔達と夢奈を救うために、計画を立てなければならない。

 その博士とやらを探すために烈火と綾はどこかへ向かって行ったが、この妖怪だらけの世界で彷徨っていて大丈夫なのだろうか?

 悠一の疑問は口から出ずに、自らの記憶が納得させる。

 狼男と対峙する鬼。

 押し寄せる妖怪を凌駕するヴァンパイア。

 血の池地獄に入ったって生還しそうだ。

 

「まずは、紡夢の企みを止めるために何をしなければならないのか、そこが重要です。原因が見えたので、後はなんとか対処すればいいのですが……」


 表と裏の世界が混在しているとは言え、結界の効力は継続中だった。

 煉獄に身を落さない様に、マスターと手を繋いで境界を飛んだ。

 再び近道を使い、Nへと歩いて行く二人。

 喫茶店までの道のりで奴らは姿を現さず、何事も無くNに到着した。

 いつもの席に座り、一息ついた。

 マスターはカウンターで、ティーカップとポットを準備し始める。

 座っている合間も、悠一はこれからどうすればいいのか考えていた。

何を対処すればいいのか、そのためにどうすればいいのかはさっぱり見えていない。

 翔だけではなく、夢奈まで捕まってしまった。悠一としては、自分が何をできるわけでもない。できることと言えば、マスターの側に居るだけ。自分も不思議な能力を使って戦えればいいのだが、所詮普通の人間。紡夢と対峙しても、恐怖で脚を竦ませるだけだ。

 こんなことが続くと、普段の日常というものに戻りたくなってしまう。

 悠一と翔と夢奈、三人で笑い合っていた日々。

 他愛も無い日々というのは、なんとも幸せなものだと今なら噛みしめることができる。

 会えなくなると寂しくなる。

 不安と共に、愛おしさが募る。

 だけど、今の自分は何もできない。

 どうすることもできない。

 虚しさと無力さで、心臓が締め付けられるようだ。

 

「夢奈達を助けたい。でも、俺には何もできない。どうすればいい……」


 悔しそうに呟く悠一。

 マスターは、いつもの白いティーカップに、ポットから温かいミルクティーを注ぎ、悠一の前に出した。

 そして、泣きじゃくる子供をあやす親のように、優しく悠一へと語り掛ける。


「いいですか、悠一。貴方の力は、必ずこの先必要になる。不安な気持ちもわかりますが、悠一には悠一にしかできないことがあるんですよ」

「それはどうかな。だって、俺は普通の高校生だぞ?マスターみたいに戦うことなんてできやしない。足手まといだ」


 マスターは少し姿勢を低くして、悠一に向けて優しい笑みを浮かべた。


「貴方がここに居るのは必然なのです。無意味なことなんて一つも有りはしない。私では成し得ないことをするために、貴方は生を受けた。それは誰しも生まれ持っている使命なのです。ここで卑屈になっちゃダメですよ?」

「俺は、一体何をすればいい?」

「夢奈のために生きるのです。紡夢は悠一と夢奈を利用して世界を創るつもりです。つまり、夢奈に危害が加わることはありません。取り戻した夢奈と共に、楽しく生きてください」


 あいつを助けなきゃならない。でも、どうすればいい?紡夢はどこに居るっていうんだ?

 悠一は諦めるかのように視線を落とした。

 何もかも情報が足りな過ぎる。助けるための手がかりが必要だ。


「大丈夫です。手がかりなら見つけられます。それまでは少し休んで居てください。そのために、私の友人を呼びましたので」


 マスターの友人ということは、これまた恐ろしい力を持った人なのだろう。それを人と呼称するのも疑わしい所だが。

 きっとめちゃめちゃ魔力の高い魔族の怪人か、想像を絶する威力を秘めた超兵器を持ったロボットとかが出てくるんだろう。悠一の予想はどこかアニメか映画に似た発想だったが、その考えは呆気なく打ち砕かれることになる。


 喫茶店でゆったりとしたひと時で心身を癒していると、鈴の音が店内に鳴り響いた。扉を開けて入ってきたのは、魔族でもロボットでも無かった。


「成程。確かに面白い」


 Nに入店してきたのは、黒髪の白衣を着た女性だった。それも、マスターのイケメンフェイスと釣り合いの取れる美しい顔だ。

 自然と頬が緩みそうになっている自分が恥ずかしくなった。

 黒縁のメガネと頬に一つあるほくろがどうにも艶やかに見えてしょうがないのだ。


「そんなに見つめられても、君の友人はすぐに帰ってこないぞ?」

「断じて見つめてません」

「それは実に説得力の無い言葉だ」


 仰る通りでございます。


「この男子の知性はともかく、ここに出入りできることは実に興味深い。裏の世界に来られる人間はそう居ないからな」


 この女性は一体何の先生なのか。

 白衣を着ているから理科の先生か、保健室に居る先生にしか見えない。

かと言って、高校で授業を受け持っている臨時職員の先生だともえない。こんな美人が保健室に居るなんて妄想の世界でしか有り得ないことだろう。

 長い黒髪、巨乳、白衣。

 パーフェクトだ。


「私は芹沢“セリザワ”。裏の世界、通称“リバース”を研究する者だ」

「“リバース”?」

「そう。君達人間が生きている世界を表とする。その逆側の次元に存在する我々の世界を“リバース”と呼ぶ」


 妖魔の存在だって信じがたいものだったというのに、今度は別の世界の話で盛り上がるつもりなのだろうか。もうお腹いっぱいなのだが。


「“リバース”とは、天魔世界大戦の時に分断された次元の片割れだ。君達が住む世界は人間のみが住めるようにされた世界。そしてもう一つの次元である“リバース”は、妖怪や悪霊等が生き延びられる次元だ。無論、生きているのはそれだけじゃない。酔狂なことに、“リバース”で喫茶店なんぞを経営している男も居ることだしな」


 芹沢博士は、悠一の右隣に座ると、テーブルを二、三度指で叩く。

 息を合わせているかのように、マスターはミルクティーの入った白いティーカップを差し出す。

 

「わかっているじゃないか。流石、イカれた世界で喫茶店を務めているだけある」


 褒めているわけではないのだが、マスターはにっこりと笑って頬を赤らめた。

 芹沢博士はマスターのことなど気にも留めずに話を続ける。


「最近、この“リバース”に新しい説が生まれた。前からその説を提唱する者は居たようだが、誰も信じなかった。その説は、我々リバースの住人ですら信じがたいとするもの。この表裏に存在する世界以外にも、別の次元が存在するのではないか、ということだ」

「これまたわかりにくい話だな。正直、別の次元があるってことにも簡単に首を縦に振ることができないんだが」

「これを少しでも理解できれば、妖魔の意図が汲み取れるだろう。綾と烈火から聞いた話によれば、天魔世界大戦で悪事を働いていた紡夢が復活し、世界を再び一つにしようと目論んでいるらしいな。マスターに問いたいのだが、どうやって紡夢は復活したと思う?」


 博士の問いに、マスターは眉をぴくりと動かした。


「あの妖魔単体が、結界を破ったというわけではありません。外界の誰かが手引きして、彼を封印から解いたのです」

「ま、そんなとこだろう。問題は誰が紡夢をこの世に解き放ったか、だ。それがわからなければ、同じような問題が今後も続くかもしれない。情報を集められるならば、是非とも収集しておいてくれ」

「わかりました。ですが、誰が一体そのようなことを……」


 マスターは白いティーカップを白いナプキンで丁寧に拭きながら質問を投げかけた。

 博士はティーカップに口を付けながら、淡々と話を続けていく。


「メリットは少なそうに思えるのだが、余程重要な何かをしたいんだろう。紡夢と同じ考えを持つ者か、それともまったく別の用途で紡夢を使おうとしているのか。ふむ、これは中々難しい問題だな」


 博士とマスターの考えが間違いなければ、紡夢を復活させた“何者か”は、一体どこの世界の住人なのだろうか?

 と、悠一は口にすることなく頭の中で考えていた。

 天魔世界大戦という遥か昔に起きた出来事を知っていて、尚且つ妖魔にも詳しい人物。

 とても、表の世界の人間が協力しているとは考えにくい。だが、祠の封印を解除するには表の人間の力も必要らしい。

 翔達が祠を開けることができたのは、もう既に封印が解かれていたから。では、どうして翔達は誘拐されてしまったのだろうか。


「翔達は、何かの生贄に使われるっていう可能性は無いのか?」

「有り得る。だが、最初の話では、一人だけは捕まえなかったそうじゃないか。その一人を残したのは、悠一と夢奈がこの問題に深く関わるようにするためだろう。裏の世界で未だに彼らが生き残っているというのであれば、それもまた同様の罠に違いない。それから、紡夢はもっと別の用途で使っているかも。それが何かまで、私にはわからない。だが、これだけははっきりしている。今、表裏の世界は紡夢によって“夢”を見せられている」

「夢?」

「世界を融合させるために、更には別の次元に繋ぐ橋を造るには境界を曖昧にするしかないんだ。不安定な世界を固着させるために必要なのが妻久詠と淺倉の魂。だからこそ、境界を崩そうとしている紡夢を止めればどちらの世界も元通り。奴を片付ければ万事解決と言ったところか」


 複雑な事件だが、何にせよ紡夢を倒せば世界は元に戻る。

 それが間違いないのであれ、紡夢を倒すことを優先すべきだ。

 とはいえ、その確証はどこにもない。

 紡夢を倒すと同時に、一緒に裏の世界に閉じ込められてしまうかもしれない。

 助けられるなら、今のうちに救出すべきだろう。

 表裏の世界を自由に行き来できるのは、あくまで夢奈と悠一だけの話であって、他の人間が容易く移動できるわけではない。翔達が元の世界に戻れるのは、今だけかもしれないのだ。


「紡夢の目的だけははっきりとしている以上、それを潰すしかないだろう。世界を一つにすることは、裏の住人達が気にせず表の世界にも住めるということだ。現世に居る人間達が、裏の悪霊たちと戦えると思うか?」

「無理だろうな。例え戦車や戦闘機を使っても敵いそうにない。あんな化け物だらけの世界で生き延びられる人間は居ないだろ」

「わかってるじゃないか。ただの人間にしてはそういう所の頭の回転は早そうで何よりだ」


 人を侮蔑する言葉を投げかけられているというのに、なんだろうこの心が蕩けそうになる感覚は。


「君の住む表の世界、我々の裏の世界を仮に一つとカウントするならば、そのまた別の裏の世界が存在するかもしれないという説。実際にそれを唱える者は多いし、私も否定しない」

「物事の裏の裏は、必ず表にはならないということか?」

「まずまずな例えだな」


 褒められたのか、見下されているだけか。

 どちらにせよ嬉しく思えるのは、芹沢博士だからだろう。それこそ根拠の無い考えではあるが。いや、根拠はあった。美人だから。


「表裏を一つにするだけではなく、その別の次元すらも飲み込もうと考えているに違いない。世界を一つにし、他の次元とも結びつけて更に自分の世界を広げていく。奴の“夢”は際限が無い。そうだ、妻久詠悠一。お前にまた一つ別のことを伝えておかねばならん」

「え、俺に?」

「こんな話をしてやろう。今から、遥か昔。本当に繰り広げられた出来事だ」




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