プロローグ
男が、一冊の本を手に持っていた。
本の表紙にはタイトルと作者名が書かれている。
その作品のことは知らなかった。本に対して興味が無い人間ではある。だが、それを除いたとしても、その作品を知る“術”がこの世には無かったのだ。
知りたくもない事実ではあったが、見知らぬ男によって知ることになった。その男が何者なのかは知らない。様々な話を聞かされたが、それが本当なのかどうかはっきりさせる材料と証拠が無い。
結局の所、わからないことだらけ。
「自分が何者なのかは自分で決めることができるし、運命は決まっていない。未来の自分がどうなるかは、今の自分が決めるものだ。これって、よくある台詞だけど俺には当てはまらないんだな。どうして俺に“これ”を?」
希望を霞ませる絶望。
本を持ってきた男へ憤りを持って睨みつけるが、顔に刻まれた表情は1つとして変わることが無かった。
「全てを“0”に戻す。それこそ、今の人類に必要なことなのだ」
「それと俺の話、どう繋がっているっていうんだ?」
「君の持つ憎悪、悪意、その全てが私にとって興味深いものだった。君ならば、必ず世界を変えてくれると信じている。だからこそ私はここに来た」
「俺には興味ない話だ。この本を持っているということは、俺が何をしたいか、何をするのか全て知っている筈だ」
「知っている。それを成就に向かわせることこそ、私の希望に繋がっている」
「全てを“0”に戻したいなら、アンタの希望も“0”になるかもしれないぞ?」
相変わらず男は顔色一つ変えないし、息をしているのか疑う程、体を微塵も動かさない。ローブを羽織っている所為で目元が薄らとしか見えない。
ますます怪しい人物だが、彼の言ったこと、本に書かれていることは全て事実であり、真実だった。
「終着点を目指すための鍵が必要なのだ。そのために、私はここに“在る”」
まるで機械のように同じ話を淡々と繰り返す。
これ以上話をしていても拉致があかない上に気疲れしそうだった。大人しく“鍵”を受け取り、ポケットに入れて家に持ち帰ることにした。鍵の入手経路やその他様々な質問も心の中に留めておくことにする。そうしなければ、更に聞きたくもない事実を目の当たりにしてしまいそうだった。
「必ずや成功させるのだ。そうすれば、全てが繋がり世界を正しい姿に戻すことができる」
「俺は、俺のやるべきことを為すだけだ」
確かに、運命は決まっていた。
自分がどんな人生を歩むか知った時、人はそれに抗うのだろうか?それとも、それを受け止めてゆっくり歩み続けるのか。
結末を知った今、ありとあらゆるものから解放された気分になった。
今までは糸が絡みついた人形だったかもしれない。
自由。
それは素晴らしい言葉だ。
誰しもが求めるものだが、手に入れることができる人間はほんの一握り。
手に入れた自由の代償は大きい。安定した道を歩むことは許されず、一寸先は闇。
本と鍵を持ってきたこの男も、俺もどうなるか知らない。
最終的な真実とやらを知るのは、“観ている者達”だけだ。