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狂乱の三筑 北

暗い一室に二つの影。


部屋の主たる三好長慶と、その側近である御髪右近允。

彼らは一様に暗い表情でひとつの書状を眺めていた。


「戦死、ですか。」


「うむ。」


昨年急逝した長慶の弟である一存の抜けた穴を埋めるべく、すぐ下の弟である実休は多忙を極めていた。

武勇の誉れ高い一存が死去したということで、隙を狙って蠢く有象無象が増加していたのだ。


長慶の嫡子である義興。

弟である実休と安宅冬康。

叔父の康長と一族筆頭の長逸。

忠臣筆頭である松永弾正。

その弟の内藤宗勝。


彼らは長慶の為に、戦場を駆け巡っていた。

そんな中、とある戦場で三好軍は敗北を喫し、実休は義興らを逃す為に踏み止まり討死を遂げた。


その報告が長慶の下に届いた。

側近とは言え、一家臣に過ぎない右近允は評定へ参加することは少ない。

だからこうして長慶が態々右近允を招き、話しているのだが、この光景事態が既にオカシイ。


今に始まったことではないのだが、やはりオカシイものはオカシイものだ。


誰も指摘しないこともまた、オカシイことである。


もしも、誰かが今日の事を書物に書き残した場合


”弟である実休の死を聞いた長慶は、一人書斎に籠り、その死を悼んでいた。”


とかなるだろう。

実際はご覧の通りであるにも拘らず。


まあ、そのオカシイことは置いておこう。



* ─ * ─ * ─ * ─ *



「実休様が亡くなられたこと、痛恨の極みに御座います。」


「う、うむ。そうだな?」


心底残念だと言う右近允に対し、長慶の反応は些か鈍い。

これは別に弟の死を喜んでいる訳ではなく、在りし日の実休を思い出していたら微妙な気分になっただけである。


即ち。



『兄上。右近めに聞きましたぞ。また隠居したいなどと申しておったそうではないですか!?』


『兄上!一存を可愛がるのは構いませんが、嫁に嫉妬するなど、無様の極みですぞ!!』


『兄上ぇぇーー!!日がなゴロゴロして、情けない!さあ、共に走り込みに参りますぞッ!!』


『あぁーにぃーうぅーえぇーッッ!!!!』


や、


『クックック。おやおや兄上。こんなところで寝っ転がって如何為されたのです。』


『右近よ。もうちょっとネタを捻っても良かったのではないか?兄上も大層お慶びのご様子。』


『若様もご立派になられて。一体誰の種であろうかと思うばかりじゃ。のう右近?』


『よし、右近。次はこの矢火やびを試すぞ!』


などなど。



長慶に厳しい弟の姿が浮かんでは消え、浮かんでは消え。

懐かしいような、憤懣遣る方無いような、何とも言えない気持ちになってしまったのだぁー!


因みに右近允は実休と共に色々やってきている。

だからこそ、今ここでその死を痛恨の事態と思い、悼んでいるのであった。



* ─ * ─ * ─ * ─ *



十河一存と三好実休の相次ぐ死去。

これは長慶にとって打撃であることは間違いなく、三好家の勢力に陰りが出てきたと見る向きも多くあった。


「そう言えば、十河孫六郎様を引き受けるとか?」


「む?うむ。一存の息子だ。ワシにとっても甥となる。放ってはおけまい。」


長慶は、十河一存の子らを援けようとしていた。

実休の子息は元服もしており、一族の助けも十分期待できる。

しかし十河家は養家であり、幼い子らには大変であろうと慮ったという建前である。


因みに一存には庶子を併せて三人の男子がおり、その内嫡子を手元に置こうと言っていた。


「甥御であらせられますからには、手を出してはなりませぬぞ?」


「ななななな、何を申すか!?」


右近允、言うに事欠いて一体何を申すのか。

いくら長慶が一存のことを溺愛しており、その嫡子である甥が一存に良く似てるからと言って、まさかそんな。


そして長慶はそんなに慌てなくても宜しい。

疚しさ爆発である。


当主を失い混乱している家から嫡子を保護すると言うと、通常ならば人質の意味になる。

恐らく皆、そう思っていることだろう。


真実を知る者は、長慶と右近允のみである。


そんなこんなで、一存の嫡子である孫六郎は長慶に養育されることとなる。

庶子は実家に残り、ゆくゆくは当主を支える一門重臣となるだろう。

もう一人は既に和泉松浦家の養子となっていた為、範疇外だった。



* ─ * ─ * ─ * ─ *



幕府政所の伊勢貞孝と抗争が行われ、兵を上げた伊勢貞孝は敗れ去った。


そのことを右近允に話して聞かせてやろうと、長慶は城内を意気揚々と歩いていた。

打ち破ったのは義興らであるのだが、まあ今更些細なことであろうか。


「右近はおるか!!」


スパーンと戸を開け放ち、言い放つ三好長慶四十歳。


「戸は静かに開け閉めして下さい。」


言いながらスパーンと主君を叩く、右近允四十五歳位。


相変わらず仲良し主従である。


「そう言えば、最近は連歌の催しが多いとか。」


「え?あ、ああ。そうだな。」


「出歩くのは結構ですが、偶には領内を見回るなどよく身体を動かし、夜更かしなどせず、更には…」


そして始まる御小言大会。

辟易とする長慶だが、大人しく正座して聞いている。

それで良いのか天下の副王(爆)


仲良きことは美しき哉とは言うが、果たしてこれは。


流石は爆竹の友であると言っておこう。

長慶が右近允に話したいことの、実に半分は彼方へ消え去っているのが現実であった。


そんな日常を歩む長慶であったが、その乱心を招く出来事が、すぐそこまで迫っていた。



* ─ * ─ * ─ * ─ *



時に右近允は、目端・手先・口先と、職人として熟練の境地に立ちつつある。


その右近允は最近よく思うことがあった。


それは

”三好一族が我が一族と共に在ることは、宿命付けられているのではないか”

ということだ。


どういうことかと言うと、長慶には言わずもがな、この右近允が付いている。

長慶の父には右近允の父が付いていた。

従弟は修行の旅に出たが、結局三好政長、次いで義興の下に付いた。


長逸の下にもいるし、実休の下にも右近允の一族が付いていた。


長逸や実休は判らないが、長慶の父である元長から長慶、政長、そして義興。


(彼らは間違いなく、我が一族の秘儀を必要としている。)


つまり、頭の頂きが。


うん。


右近允は、己の嫡子にも手解きを開始している。

差し当たっては、十河孫六郎にでも付かせてみるか、などと考えていた。


右近允の一族は、三好一族に影の様に寄り添って生きてきた。

そしてそれは、これからも変わらない。

右近允はそう思うのであった。



虚実織り交ぜるのが小説の醍醐味と言えましょう。

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