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狂乱の三筑 南

未発見文書と類される怪文書■号

「右近はおらぬか!?うこーん!」


右近の呼び名を平仮名で書くと微妙な気持ちになるのはともかく。

長慶は居城で側近の名を呼んでいた。

日常。


「如何しました、そのように大声で。」


「みょっほい!?」


死角且つ至近距離の耳元で返事をして、長慶が驚天動地に陥るまでが日常。

そんな日常であるが、長慶はすぐさま表情を改める。


それを見た右近允も真面目な表情になった。


いや、右近允は何時も真面目だった。

表情だけは。


「それで、如何なされましたか。」


あと声も。


「うむ。右近よ。今しがた、和泉より早足が届いた!」


早足とは、速達便のようなものだ。

所謂飛脚。

今思い付いたので、検索しても多分出ないよ。


「拝見します。」


真面目な顔をしていれば、実に凛々しい壮年武将である長慶。

右近允さえ近くにいなければ、と思わずにはおれない。


「なんと、これは!」


珍しく焦ったかのような声を出す右近允。


因みに表情は別段変化ない。

右近允は、平静な表情以外は呆れた顔と、失笑嘲笑と言った笑顔くらいしか見たことが無い。

雰囲気で喜怒哀楽は表わすし、長慶には伝わるので問題ない。

なら良いか。


一存かずまさめが、急逝したと…。一体全体どういうことだ!?」


長慶の三番目の弟である、十河讃岐守一存が亡くなったという知らせであった。


一存は武勇に優れ、一番目の弟である三好豊前守之虎と共に長慶の両輪として誉れ高かった。

また一存は之虎と異なり、純粋に兄である長慶のことを慕っており、長慶も非常に可愛く思っていた。


因みに之虎はその後入道し、実休と名乗っているのでそれに倣う。

その実休だが、放っておくとサボリがちな長慶を働かせる為、右近允と結託して動くことが多かった。

その為、ちょっとした苦手意識を持っていたのだ。


故に尚の事、この少し歳の離れた武勇に優れた弟を殊の外可愛がっていた。

そして本当は養子に出したくもなく、更には嫁も取らせたくないと言い、実休と右近允らにドヤされていたものだ。


「そうですか、讃岐守様が。まだ三十でしたのに。」


沈痛な面持ちで右近允が黙祷を捧げると、長慶も併せて黙祷を捧げた。


因みに、兄弟順は


①三好長慶

②三好之虎(実休)

③安宅冬康

④十河一存

⑤野口冬長


と言うことらしいが、微妙に前後することもある。

あと姉妹も複数いるようだが、調べていないので省略する。


閑話休題それはさておき


右近允は、不味いことになったと感じていた。

主君である長慶が、ぶっちゃけ心底溺愛していた一存が亡くなったのだ。

何が起こっても不思議ではない。


長慶は家族愛の強い人物である。


嫡子は得たが、最初の嫁さんとは離別。

後妻さんとも上手く行かずに別居状態。


三好政長を筆頭に、一族での争いも絶えなかった。

まあ、直系の一族には恵まれたと言えるかもしれない。


叔父の三好康長との関係は良好だが、彼は本国である阿波で弟・実休の下で働いている。

会うことは少ない。


そして、兄弟仲良く協力して此処迄来ている。

末弟の冬長は早くに亡くしているが、そのせいで余計に一存への耽溺ぶりに拍車が掛っていたのだ!


その一存が亡くなったのだ。

長慶の身に、何が起こっても不思議ではない!(二度目)



「まあ、これ以上抜け落ちるモノはないのですが……。」


「ん?右近、何か言ったか?」


「いえ、なんでもありませぬ。」


「此処では何ですし、お部屋へ参りましょう。」


「ん。ああ、そうだな。そうしよう。」



* ─ * ─ * ─ * ─ *



溺愛する弟の死は、確かに長慶の精神を蝕んだ。

主な政務は息子に任せ、戦事は実休と松永弾正に任せて己は城から出なくなったのだ。


いやまあ、城から出たがらないのは今に始まった事ではないのだが。


以前はそれでも、実休や右近允にせっつかれてであったとしても、戦場に立つことも矢面に立つことも多かった。

これがもし、一存の死が不自然な死。

つまり、暗殺などであれば間違いなく長慶は苛烈な処置を取ったであろう。


しかしながら、残念なことに長慶の粗探しの結果、一存の死因は疱瘡であろうと結論付けられていた。

流石のブラコンも病に文句を言うことは出来ず、すっかり気が抜けてしまっていた。


毛は抜けていない。


抜ける毛が、少なくとも頭髪は存在しないのだから仕方が無い。

他の箇所は知らないが。


ともかくも、大切な弟を失った長慶は大打撃を受けた。

主に精神に傷を負った長慶は、この辺りから壊れかけていたようである。


「うーこーんッ!」


これから長慶には更なる試練が待ち受けている。

それを知る由もない長慶は、今日も側近を求めて城内を走り回る。


この傍から見ると異様な光景も、何時の間にか日常のこととなっていた。

しかし誰も気付かぬ内に、徐々に綻びが発生しているのは間違いないことであった。


「そこには誰もいませんよ?」


「なんとぉー!?」


しかしまだ長慶は、当然自覚しておらず。

周囲もまた、そこまで不安視はしていなかった。


この光景に慣れてしまったことこそが、諸事の大元であることには終ぞ誰も気付かなかった。

気付けなかった。


なぜならば。


日常(仮)を、すり替えておいたのさ!





狂乱とは、心が狂い乱れて異常な言動をすることを指す。


これまでの長慶の言動が、果たして正常と言えたか?

右近允という側近の存在は、本当に正しいのか?


その時は近い。



* ─ * ─ * ─ * ─ *



御髪右近允。


三好長慶の側近として常に在り、威を奮…わない。

彼の一族は常に三好家の傍らにあり、様々な行動に関わって来た。

彼の者は影の一族。

決して表に出てはならない、出してはならない、出てくる筈のない一族。


故に、それが書かれた文書は存在しない。

してはならない。


仮に存在していたならば、それは焚書に処されるか、或いは禁書に指定されることだろう。




三好豊前守之虎(実休)の名は通説では義賢となっています。

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