狂乱の三筑 東
「で?」
「…うむ、実はな!」
「政長めを討ち取った他に、何かありましたか?」
「………。」
* ─ * ─ * ─ * ─ *
三好長慶が宿敵・三好政長を討ち取ったこの頃、世間は荒れに荒れていた。
管領・細川晴元の下にいた三好家であったが、諸々の失政を重ねた結果、三好長慶の離反という事態を招く。
そして長慶をライバルである細川氏綱陣営に走らせ、政長を討たれ、勢力を弱めていっている。
にっちもさっちもいかなくなり、京の都を捨てて逃げ去ってしまった。
その結果、長慶は京の都に入り、細川氏綱を管領に据えて政務を執った。
まあ、その辺りの詳細は省く。
ともかく、長慶は荒れに荒れた京に上り、実力者として君臨するに至っている。
当人にその気があるかどうかはともかく、君臨するに至ったのである。
そんな最中、長慶は己が側近中の側近である右近允を呼び出し、己が戦勝を伝えようとしたが機先を制され撃沈していた。
三好政長は父祖の代からの我れらが宿敵。
幾度も阻まれながらも、遂に討ち取ることが出来たのだ。
それを譜代の側近たる右近允と、喜びを分かち合いたいと思って急いで来たのに。
なのに右近允ってば、酷くない?酷くない?
撃沈された長慶はぶつぶつと呟き沈んでいた。
それを見てとり、流石に悪いと思ったのか右近允は優しげな声色で話しかける。
「頑張り過ぎて不衛生にすると、また抜けてしまいますよ?」
しかし優しげな声色であっても、内容が優しいとは限らないのであった。
「うわぁぁぁぁん!右近なんて大っキライだぁぁぁーーーー!!」
長慶は、泣きながら逃げ出した。
とても一児の父とは思えない残念な姿である。
「まあっ、そう言いなさんな。」
だが!廻り込まれてしまった!!
右近允からは逃げられない。
* ─ * ─ * ─ * ─ *
天文二十一年二月、長慶の嫡子が元服して孫次郎慶興と名乗った。
加冠の儀には、一族郎党が雲霞の如く集まって来た。
「若様。御立派に御座いますっ!」
「うむ。これからも頼むぞ!」
まだカン高い声で、初々しい姿を見せる孫次郎。
そんな姿を、長慶は頼もしそうに眺めている。
そこには、とても平和な三好家の一幕が広がっていた。
それがまさか、あんなことになるなんて……。
「孫次郎様の何と立派な若武者振り。
どこかの殿様にも、見習って欲しいものですなぁ。」
長慶の傍らに控える右近允が、長慶とその弟・三好豊前守義賢にだけ聞こえるように囁いた。
それに素早く反応し、乗っかるのが義賢。
「左様ですなぁ。
いやしかし、どこかの殿様も体面は非常に優れておりますぞ。」
一方長慶は、側に慶興や家臣たちがいるので迂闊なことを喋ることが出来ない。
それを良いことに、側近と実弟は囁くように会話を続ける。
「確かに体面は大事ですが、ねぇ?」
「うむ。内面も磨かねば、張り子の虎に過ぎぬ、なぁ。」
「張り子は紙で出来ていますからね。
色々貼り付けることが出来て良いという一面はありますが。」
「そう言えばお主は、そういった小手先が得意じゃったな。」
「むしろ、それが主な仕事でございますので。」
「しかしまあ、それによりどこかの殿様は、
おや兄上、如何為されました?」
プルプルと震えながら黙って聞こえない振りをしていた長慶だが、当然聞こえている。
そして、肝の強くない長慶に堪えることなど到底不可能である。
しかし、ここは己が嫡子の祝いの席。
中座することなど許されない。
更に、一族や家臣たちの挨拶を受ける立場でもある。
側近と実弟を睨みつけることすら出来なかった。
結果、ただプルプルと小刻みに揺れる、悪い長慶じゃない存在が出来あがっていた。
(覚えておれ……ッ)
若干涙目になりつつ固く誓い、時が過ぎるのを待ち続ける長慶であった。
尚、いじめっ子にちゃんと仕返しが出来るような肝の強い者であれば、あのように弄られることなどないことを明記しておく。
* ─ * ─ * ─ * ─ *
永禄元年十一月、足利将軍と長慶が和睦を結んだ。
将軍は京の都に戻り、翌年には長慶の嫡男・慶興に対して一字を下賜。
孫次郎義長と名乗らせた。
実質的に将軍の動きを握った長慶は、世間から天下に最も近い者と目され、副王とまで称されることとなる。
そんな副王(仮)は今、屋敷にて右近允と戯れていた。
「右近はおるかぁぁぁーーーーっっ!?」
廊下を走る副王(仮)
その背には、まるで背後霊であるかのようにピッタリとくっ付いて共に走る側近の姿が。
「お呼びでしょうか?」
そして相手が息を切らし、効果が覿面に現れるであろう場面にて、漸く声をかける邪悪なる者。
「うっひょい!?」
副王(笑)
「如何しました。そんな奇声を上げて?」
「お、おまえ……」
何か言いたげであるも、腰が砕けて震えて上手く声が出せない副王(笑)
「それで、如何なさいましたか。」
「お前は…、はぁ。いやいい。」
既に諦めの境地になっている副王(笑)こと長慶であるが、主従とはこんなにもゆるくて以下略。
漸く気を取り直して、本題に入るようだ。
* ─ * ─ * ─ * ─ *
「孫次郎様に当家から人を遣れ、と?」
「うむ。良くも悪くもお主は我が側近。
ならば、我が嫡子にはお主の嫡子を宛がうのが常道と言えよう。」
これだけコケにされながらも、重用するのを止めないのには当然理由がある。
側近にしか知られていない秘密があるのだ。
つまり、長慶は右近允に弱みを握られているのだぁー!
「だが断る。」
「……なん、だと……!?」
降りて来ちゃったものは仕方がない。書くしかないよね!