狂乱の三筑 前
狂乱とは・・・心が狂い乱れて、異常な言動をすること
三好筑前守長慶は、永禄三年一月に足利幕府相伴衆となり、修理大夫に任官した。
それまでの受領名である筑前守は、その嫡子義興に譲ることとなる。
そのため、本来であれば長慶は三好修理大夫、或いは三好修理と呼称されるのが正しい。
しかし、これまでの筑前守の呼称が板に付いていたためか、以後も三好筑前守と呼称されることがままあった。
三好筑前守。略して三筑。
親しみを込める者、疎意を込み得る者様々であるが、その呼称は最後まで続いていたのだった。
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永禄四年五月、三筑の三弟である十河讃岐守一存が三十歳で急逝。
その死により、三好家の勢力に陰りが見えてきたのは間違いなく、その為に様々な根拠なき憶測が流れることとなる。
──曰く
十河讃岐は暗殺された。
暗殺を命じたのは足利将軍である。
いやいや、暗殺の主犯は松永弾正である。
更に、松永に命じたのは三筑その人である───
全く以て根拠のない風聞でしかないが、火のない所に煙は立たぬとも言う。
果たして──?
風聞は誰某の耳にも入る。
而して、肯定する者は唯一人としていない。
当然であるが、何かが染み込んで来たと感じる者はいたかもしれない。
* ─ * ─ * ─ * ─ *
永禄五年三月、三筑の次弟である三好実休義賢が三十六歳で死去。
先年十河讃岐が死去したのを受け、和泉や河内にて不穏な空気が蔓延していた。
好機と見た畠山高政が挙兵。
三好実休がこれを迎え撃ったが、戦死してしまった。
三筑の両輪であった、三好実休と十河讃岐が抜けた穴は大きい。
そして、穴埋めに充当されたのは松永弾正久秀であった。
再度不穏な噂が囁かれる。
根拠は全くないが、人の口に戸は立てられない。
三筑も松永も取り合わなかったが、その噂は確実に広がって行っていた。
まるで身体に染み入る毒のように。
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永禄六年八月、まさかの訃報が三好家を襲う。
三筑の嫡子・筑前守義興が早世したと言うのだ。
松永弾正が側で支え、当人も優秀であった為、その衝撃は計り知れない。
常から酒量が多かった為の卒中であろうと言われるが、ここでも不穏の種が存在していた。
──またも、弾正が──
無論、根拠はない。
しかし、声なき声は家中から畿内へと広がりを見せて行った。
その頃、三筑は体調を崩しがちになり、居城から出ることも減っていた。
或いは云う。
既に、三筑の身にもある毒が蔓延っていたのではないか、と。
いずれにしろ、ここで三筑のタガが外れたのは間違いなかった。
嗣子として、先年失った実弟・十河讃岐守の嫡子・孫九郎を迎え入れての後継者指名が行われた。
しかし、優秀とされていた筑前守義興と、未だ若く実績のない孫九郎では差は当然ながら隔絶している。
その為、家中ですら不安気にする者が居る始末であった。
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永禄七年五月、遂に最悪の事態が起こってしまう。
三筑実弟のうちで唯一生き残り、三好家を支える為に奔走していた実弟・安宅摂津守冬康を誅殺してしまったのだ。
詳細は不明であるが、当たり前の様に不穏な噂は広がりを見せる。
それから僅か二月後、三筑は失意のうちに死去。
三好家は衰亡への道を直走ることとなる。
その三筑を葬った者がいると、そう言った噂も出る始末。
黒幕は足利将軍か、松永弾正か、或いは細川の残党か。
むしろ、右近允を過剰に用いてしまった為と言う噂も巻かれた。
尚、この右近允が何者であるかは詳らかではない。
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「右近!右近はおるかぁぁぁーーーーっっっ!!!」
喚きながら廊下を走る壮年の侍。
その名を、三好筑前守長慶と言う。
「ここにおりまする。」
走る長慶の背後にピタリとくっ付いて、しかも耳元で囁く小姓が如き者。
名を、御髪右近允と言う。
「どわぁ!!」
探し人が急に背後から声をかけてきた。
これだけでも驚くこと間違いないのに、更に己は走っていたのだ。
まさか背中から声がかかるなど、思いもよらぬことだ。
「そのように飛び退かずとも宜しゅうございますに。」
己が主君が無様に跳ねるのを冷ややかに眺め、冷静に返す右近允。
このような反応が返って来るのは百も承知。
その上でやっているのだから、何とも趣味が悪い男である。
「くっ…。それより右近、探していたぞ!」
「存じております。」
シレッと返す家臣である筈の存在に、長慶は何とも言えない表情となる。
米神に青筋が浮かぶも、何時もの事だと諦めて心を落ち着ける。
その様を眺めつつ、右近允は待って差し上げる流石従者の鏡と自画自賛。
いやその理屈はおかしい。
「すぅー。ふぅー。はぁー。ふぅー「それで?」」
しかも全然待って差し上げていない。
「い、いや。もう少し待て?」
主従とはこんなにもゆるくて良いのだろうか。
いや良くない。(反語)
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時は天文十八年六月。
三好長慶は、長年の仇敵である三好越後守政長を討ち取ることに成功した。
語り継がれぬ主従の物語は、既に始まっている。
誰も前後編とは言っていない
8月12日抜けていた嫡子の項目を追記