禁書発見伝 『御髪紀行』
「未発見文書」と類される怪文書壱号
私は旅の御髪職人。
幼き頃より師匠に連れられ、全国津々浦々を巡り様々な名士の御髪を解いてきた。
そんな私であるが、ついに腰を落ち着ける日が来たようだ。
私をお抱えしたいと申し出てくれたのは、三好越後守政長様と言うお方。
今日も今日とて、政長様の御髪を手入れするのだ!
* ─ * ─ * ─ * ─ *
「殿~ぉ。お手入れのお時間ですよぉ~!?」
「おお、お主か。うむ。頼むぞ。」
「はいー。あ、そうだ聞いて下さいよ殿!」
「む。なんだ?」
「先日堺に行きましてね。素晴らしい薬効品を手に入れたのです!」
「な、なんと!?」
「これを上手く使えば、殿の御髪もふっさふさ~!」
「おお!!は、早くするのだ!」
「お慌てなさいますな。ほら、心落ち着けて?」
「う、うむ。すまんな。」
「この薬効品は渡来品でとても高価なものなのですよ。」
「おお、それは凄そうだな。」
「はいー。余り数もありませんから、じっくりゆっくり致しますねー。」
「うむ。い、いや構わぬ!多少高くても構わぬから。」
「はいはーい。心安らかに。」
「す、すまぬ。」
「孫次郎様に良く見せたいのは判りますが、落ち着いて下さいねー?」
「な、なにを抜かす!ワシは唯、己が身の健康をッ!」
「おっと失礼。…では、解かして参りまーす!」
「う、うむ……。」
* ─ * ─ * ─ * ─ *
なんと!政長様の御髪が、少々危険な状態になりつつある。
政長様は、どうも親戚の子である孫次郎利長様に恋焦がれているようなのだ。
親戚とは言え、従兄弟の子であるので距離は十分にある。
ともかく私としては、政長様の恋路に協力すべく日々努力しているのである。
しかしどうも上手くない。
按摩と薬効品を組み合わせた、我が奥義を以てしても出来ぬこともある。
それは判っていたことであるが、歯痒いものだ。
しかし諦める訳には参らぬ。
此処は一つ、本家の力を借りるしかないか。
* ─ * ─ * ─ * ─ *
「殿ー。今日は提案がありますよ!」
「む、なんじゃ。」
「これ、何か判ります?」
「むむ?……これは、鬘か?」
「大正ー解!流石は殿!」
「ふふん、これくらいはな!」
「で、どうですこの鬘。凄く自然でしょう?」
「ふむ?確かに言われてみれば、本物と見紛うばかりの出来栄えよな。」
「そこで提案なのですよ。」
「ぬ。ワシに鬘を被れと言うのかの?」
「いえいえー。惜しいですが違います。」
「どういうことだ?」
「植毛を行います!」
「しょくもう?」
「はい!我が流派の奥義の一つでしてね、カクカクシカジカなのですよ!」
「おお、それは凄いの。」
「ちょいとばっかり費用がかかりますが、」
「構わぬ!しっかりとやってくれ!」
「はーい!しっかりと務めさせて頂きまーす!」
* ─ * ─ * ─ * ─ *
上手くいって良かった。
政長様も大変満足されていた。
孫次郎利長様の手助けをして、敵を討ち払ってやったわと御機嫌であった。
流石は本家の奥義。
これに私の精密操作を加えて、職人が間近で見ない限りは判らない仕様に仕上がっている。
そうだ、これを機に本家の奥義を完全に我が物へ取り込もう。
うむ。更なる向上を以て行えば、政長様も喜んで下さるだろう!
* ─ * ─ * ─ * ─ *
「孫次郎様が改名されたようですねー。」
「うむ。伊賀守範長と名乗ったようじゃな。」
「伊賀守様ですかー。すっかり大人となられたようですね?」
「そうじゃのう。すっかりオトナになっておって、実にウマそうじゃ。」
「おっと、急に頭を動かさないで下さいよー?」
「む、すまんな。」
「涎も拭いて下さいねー。」
「わっはっは。細かいことは気にするでない。」
「はい懐紙。」
「うむ。」
「…よっと。これで整地は完了でーす!」
「おお!どれ、手鏡を…。」
「どうです?いい感じでしょう!?」
「うむ!良い出来じゃ。これで孫次郎、おっと伊賀守めも…ぬふふ。」
* ─ * ─ * ─ * ─ *
政長様の御髪の整地が完了した。
これで私に出来ることはほぼ無くなったと言って良いだろう。
しかし図らずも、三好本家には御髪の本家が、政長様という三好分家に私という分家がかち合うとは。
これも運命と言う物なのでしょうか。
いえ、運命であろうとなかろうと政長様にお仕えすることが出来た。
しかも技を認められることも出来だ。
私は実に果報者ですよ!
* ─ * ─ * ─ * ─ *
「ぬぅ、範長め。中々靡かぬのう。」
「そう言えば、筑前守長慶様となられたのでしたねー?」
「む。そうじゃったな。倅の方も中々であったが、やはり昔から知っておるあ奴の方が良いの。」
「あ、顎を引いて下さい?ふっさふさな御髪がゆらゆらしてますよー。」
「ふふふ。このワシの房を見て時めくが良いわ!」
「はーい。按摩しますよー。落ち着いて下さいねー。」
* ─ * ─ * ─ * ─ *
なんということだろう。
政長様が筑前守長慶様に討ち取られてしまった。
まあ何となくそんな気はしていた。
いかに政長様が好意を寄せても、仮にも親の仇ですからねぇ。
そうそう靡かないとは思ってた。
しかし、殺されてしまうとは……。
政長様の御恩に応えて、出家してしまおうか。
と思っていると、本家よりお声が掛った。
どうやら、筑前守長慶様の御嫡男に仕えてみよとのことだ。
殿の仇の子であるが、まあそういうのは良いか。
私は武家ではないしな。
……よし、心機一転。
本家の奥義に私の技を組み合わせた、全く新しい御髪術の完成を目指すとしよう!
所謂「迷作:迷惑な作品」というものでしょう。