夢
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*今日は私の祝言(結婚)の日だ。
「レイヤ?
もうすぐ式、始まっちゃうよ?
なんでこんなところに連れてきたの?」
私は、レイヤという名の若者の顔を見上げた。
「…すぐにすむ。
必ず式の前までにはお前を元の場に送り届けるから。
……でないと、おれがヒタギ様に殺される」
「あ、あはは……否定できない……」
ヒタギ、というのは、もうすぐ私の夫となる人の名だ。
彼は、やきもちやきだ。
私が少しでも彼のそばを離れて誰かといると、すぐにやきもちをやく。
それを嬉しいと思ってしまうところは、私もたいがい重症に違いない。
「…おまえに……伝えたいことがあってここに連れてきた」
「……?
なに?」
彼の緑の瞳を見上げた。
相変わらず表情の読み取りにくいレイヤだけど、
今日の彼はなんだかいつもと違う気がする。
なんだかとても――――――苦しそうだ。
「れ、レイヤ!?」
と、思っていたらいきなり彼がひざまずいた。
彼が腰に差している二振の刀が地面にこすれて音をたてた。
それにかまわず、驚いている私の右手をとると、彼は私の顔を見上げた。
「…今、ここに誓う。
おれは……おまえの騎士となろう」
突然の宣言に、私は驚くしかない。
レイヤは表情を変えずに言葉を続けた。
「…おまえはもうすぐ……ここの神社の忍の頭目の妻となる。
それだけでなく、おまえは美姫と名高い巫女姫だ。
これまで以上におまえは狙われることが増えるだろう。
だから、おれがおまえを守る騎士となる。
ヒタギ様は、任務でお前の傍にいられない時もあるあろう。
その時は、おれがおまえの傍に在る。
それを……誓う。
この誓いは、たとえこの身が朽ちて魂だけになろうとも、
何度でも生まれ変わって……おまえを守ってみせる」
どうして、とは言わなかった。
私はただ、ありがとうとレイヤに笑って見せた。
レイヤは、まぶしそうに、苦しそうに、私をその緑の目を細めて見つめた。
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*今日は、おれの愛しく想う娘が、おれの主と祝言をあげる日だ。
「レイヤ?
もうすぐ式、始まっちゃうよ?
なんでこんなところに連れてきたの?」
地面にカエデを名残惜しい思いでおろすと、彼女は不思議そうにおれを見つめた。
その完全におれを信じきっている目を見ると、
いっそ彼女をさらってしまおうか、という愚かな考えはもろく崩れていった。
ああ、彼女は知らない。
彼女の声で呼ばれるだけで、こんなにもおれの胸はかき乱されてしまうことを。
おれはすばやく膝をついて、驚いているカエデの手を取り、
誓いの言葉をのどの奥から絞り出すように言った。
カエデの騎士となることを、おれは誓った。
突然の宣言の理由も聞かず、カエデはただ笑って、ありがとう、と言ってくれた。
こんなときでもおれを気づかうカエデが健気で愛おしかった。
カエデはもうすぐヒタギ様の妻となる。
もうすぐ他人のものとなる娘だ。
そう自分に言い聞かせないと、おれを信頼しきって無防備なカエデを、
遠いどこかに連れ去ってしまいたくなる。
それを実行しないように、強く自分の手を握りしめる。
この誓いは、カエデのためというよりも、おれ自身のためのものだ。
カエデが、大切で、好きで、愛しくて、狂ってしまいそうになる。
だが、その狂おしい想いを決して彼女に伝えぬよう、自ら一線を引いたのだ。
騎士になることで、決して越えられない壁を、自ら築いた。
彼女の笑顔を、幸せを、おれの想いなどで曇らせたくなどなかった。
絶対に。
それになによりも騎士になれば、カエデを一番近くで守れるし
――――――――――――お前の傍にいられるから。
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