12章 お土産もついてきました 続き
*とりあえず、撫子たちは体育館を出た。
撫子があの夜にぶち破った窓ガラスを直しに行くためだ。
しかし、そこにはなんの痕跡も残っていなかった。
窓ガラスは壊される前のままだ。
どうやらハルナが、壊す前の時間帯に撫子たちを転送してくれたらしい。
教室にかかっている時計を見ると七時半をさそうとしていた。
「撫子、そろそろ帰るぞ。
……見回りの先生に見つかったら面倒だし」
「うん……」
本当に何もなかったかのようだ。
隣に慧が居なければ、今までのことが全部夢だったと思っていたかもしれない。
「あ……その前に、慧。
ちょっとききたいんだけど、和火の服、幻術で真似できる?」
「造作もねえ」
ふわりと慧の体を金色の霊力の霧が覆う。
それが溶けて消えると、慧は和火が着ているのと全く同じ制服を身に付けていた。
これならこの学校の生徒に見えなくもない。
和火はちらりと慧を見やった後、撫子に向き直った。
「……念のために聞くけど、こいつをこんなにして、何考えてる」
「え、だって、私の家で寝泊まりしてもらうのは、
神社にとても興味のある同級生で、是非近くで見たいって言ってるって
慧のこと紹介するつもりだし」
撫子の家は神社だ。
屋敷も広い。
和火の家よりも慧を一月の間泊めるには適している、と
先程、ようやく話がまとまったのだ。
「そんな理由通じるわけないだろ」
「……通じるよ」
撫子は屋敷の離れで暮らしている。
両親とは完全に隔離されているから、そう細かく慧について詮索されることもない。
慧が来ても特に気にも留めないだろう。
自分が置かれている環境がこんな風に役に立つとは思わなかった。
「つまり……おまえはしばらく慧と暮らすことになるんだよな」
「う、うん」
「すまねえ。
……世話になる」
「とんでもないよ!!
むしろ少しでも恩返しができるならとても嬉し――――――」
「撫子」
和火に強くさえぎられて戸惑う。
その顔を見あげたらその瞬間ぷいっと顔を背けられた。
怒っている……?
でも、今の会話のどこに怒らせるような要素があっただろうか?
「……か、帰ろっか、そろそろ」
ぎこちなく促すと、和火は、ばかなめこ、とつぶやいて歩き出した。
夜空に上弦の月が輝いていた。
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*「――――――でね、明日行くのは、学校っていうところで、
勉強しに行く所で先生達を幻術で騙して慧を無理やり転にゅ……
って、慧!!聞いてる!?」
「ああ、聞いてる。
明日の朝飯の話だろ」
「違います!!
全然聞いてないし!!」
二人がいるのは撫子の自室だ。
和火とは校門のところで別れ、特に怪しまれることもなくここまで来られた。
既に慧用の布団も入手しており、慧がここで暮らす準備は整っている。
最初は電灯や時計などに興味を示していた慧だったが、
今は何故か一点を見つめている。
撫子もそちらを見やったが、そこには壁しかない。
「慧……?
そこになんか……」
あるの、と続けようとした唇は止まった。
ぞわりと肌があわだつ。
背筋に冷たいものが走る。
居る。
壁の向こうに。
この気配、悪霊だろうか。
「……結界は張ってある。
侵入してきたらわかる。
だから、案ずるな
心配だっていうなら、おれが消しておく」
座卓に頬杖をつきながらなんてことなさそうに慧がつぶやく。
この気配は、ハルナが言っていた悪霊なのだろうか。
「いつ結界なんか……」
「ここに入る時、ついでに」
そのついでに、に撫子は気付けなかった。
霊的な事は、やはり慧の方が一枚上手のようだ。
「おれたちの霊力にあてられて寄ってきたんじゃねえか」
そう言うと、慧は立ち上がった。
そのまま戸口の方へと向かおうとしたその足は止まった。
「……撫子?」
撫子の指が慧の服を掴んでいた。
ぎゅうっと力がこもっている。
「……明日にしようよ。
夜は魔の刻だから、悪霊を倒すのは危ないし」
「……」
めちゃくちゃなことを言っているのはわかっている。
慧が悪霊がなんて一瞬で倒せるほど強いのも分かっている。
でも、怖い。
異世界で、和火が撫子をかばって大けがをしたことを思い出してしまうから。
もしかしたら慧も、と思うと恐ろしくてたまらない。
「……はぁ」
上からため息が降ってきて身を縮める。
彼は体の向きを変えるとしなやかな動きで撫子の隣に腰を下ろした。
「……触れるぞ」
「え、うひゃっ!?」
強引に慧に抱き寄せられて慧の足の上に座らされた。
とっさに逃げようとしたら、両腕でぎゅっと抱き込まれた。
「……おまえの気持ちが、今なら少しわかる」
「え……?」
いつになく淡々とした口調。
撫子はわずかに体のこわばりをといた。
慧が額をこつん、と撫子の後頭部に当てた。
そのささやかな甘えるような仕草にどきりとする。
「己の周囲にあるものが見慣れねえものばかりで、人間も知らねえ奴ばかり。
……それだけで、こんなにも不安になるのかって」
撫子は目を一瞬閉じて、異世界に行ったばかりの時のことを思い出した。
あの時の自分は、ただひたすら不安だった。
怖かった。
和火しか知っている人がいなくて。
この先どうなってしまうんだろうって。
でも。
「慧は一人じゃない。
和火と……私がいるよ」
「……ああ。
わかっている」
撫子はそっと慧の腕に手を置いて、しばらく抱きしめられるがままでいた。
それだけ慧も不安なのだと思ったからだ。
しかし、時が経てば経つほど、だんだんと冷静になってきて、
そうなると猛烈にこの体勢が恥ずかしくなってきた。
「けっ、慧!!
そ、そそそそそそそろそろお風呂にしない?
ほっ、ほら、シャワーの使い方教えるから!!」
動揺を隠しきれずに声が上ずる。
慧はしばらくの間黙っていたが、やがてぎゅうと腕の力を強くした。
「それよりも、もっと知りてえことがある」
「な、ななな何でしょうかっ!?」
「おまえがおれをどう想っているのか」
「ひえっ!?」
色気の欠片もないような悲鳴をあげて飛びのこうとしたが、
慧の腕はびくともしない。
むしろさらに拘束する力が強くなる。
「言うまではこのままだ。
前にうやむやにされたしな」
「な、なななな!!??」
前、というのは慧に想いを告げられたあの時のことを言っているのだろう。
あの時も同じことをきかれ、答えないまま逃げてきたのだ。
ぺしぺしと慧の腕をたたいたが、放してくれそうにもない。
どうしてこんな子供っぽいことをするのかと慧の方を見ようとしたら、
ものすごい勢いでそっぽを向かれた。
「み、見んじゃねえよ、うつけ」
ちらりと見えた慧の耳の先に朱が散っている。
「てっ、照れるぐらいなら、こここ、こんなことしなくていいでしょ!!」
「こうでもしねえと、おまえ、またうやむやにするだろうが!!」
「そっ、そそそそそそんなことないし、そういう問題じゃない!!」
とは言ったものの、図星である。
撫子は恋愛感情と言うモノには疎い。
そもそも人にあまり関わらないようにしてこれまで生きてきたからだ。
このまま誤魔化していくつもりだったのに、そうもいかないようだ。
あと一か月もこの関係が続くのか。
撫子は思わず遠い目になってしまった。