11章 求めたもの 続き
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*そのころの撫子は目を見開いたまま静止していた。
あの時、死んだ、と思った。
なのに、またあの浅葱色の空間に横たわっていた。
そして、身を起こしたら何故かものすごい美少女がすぐ前にいた。
この美少女の顔をどこかで見たことがある気がする。
わけがわからなさすぎて固まっていたら、
美少女がものすごく偉そうに撫子を鼻で笑った。
「まあ、驚くじゃろうな」
凛とした声だった。
彼女の容姿をあらためてじっくりと見つめる。
金髪に嵐雲色の瞳。
普通の日本人だとちぐはぐな感じがするが、
彼女は目鼻立ちがくっきりとしているので違和感はない。
身にまとっているのは動きやすそうな巫女装束だ。
「あのう……もしかして、私の、ご先祖様だったり……しますか……?」
撫子は恐る恐る尋ねた。
以前もこの空間で出会ったのは、自分の先祖の少女であるカエデだった。
彼女が身にまとっている巫女装束からもそんな気がした。
何よりも、目の前の美少女は、カエデとどこか似た顔立ちをしている。
カエデと血縁関係があるのだろう。
どうりでどこかで見たことがある気がしたのだ。
「左様な。
見た目ほどまぬけでもないようじゃな」
しかし、あまりにもカエデと性格が違いすぎて撫子は唖然としていた。
「か、カエデさんのご家族ですか……?」
「……カエデは……わらわの妹じゃ」
一瞬だが、美少女の目が陰った。
だが、彼女はすぐに元のどこかえらそうな微笑を浮かべた。
「よい、カエデのことは。
また、いずれ、機会があれば話してやろう」
撫子はもはや何も言えない。
これが、カエデの姉?
あの、美しくて優しくてすべてが完璧だという?
いや、確かに美しい。
直視しすぎたら目がくらんでしまいそうなほど。
それにしても、先程の一瞬の悲しそうな彼女の表情が気になった。
なにが、あったんだろう。
「わらわの名はハルナ。
そなたの祖たる者。
そして、カゲミツキノミコトたる者。
そして、そなたを……この世界に召喚した者じゃ」
「え!?
あの、はい!?」
あまりにも突拍子もない話過ぎて、とっさには何を言われたのか理解できない。
撫子はまばたきを繰り返した。
「この世界って……この異世界!?」
「そうじゃ」
「いや、あの、私、あの時、黒いもやみたいなのに飲み込まれて
この世界にきてしまったんですけど」
「それは、わらわの眷属のものじゃ」
「は?」
あれは、ハルナの使い魔のような存在だというのか。
自分でもわかるくらいにまぬけな顔をしているのはわかるが、どうしようもない。
全て、仕組まれたことだというのか。
撫子と和火がこの世界に来たのも。
和火が傷ついたのも。
慧たちも巻き込んでしまったのも。
命を何度もおびやかされたことも。
考えたらふつふつと怒りが込み上げてきた。
「あなたは、なんのために、私をこの世界にひきずりこんだんですか!?」
そうだ。
全ては、この世界に来なければ、
あんなにつらい思いもしなくて済んだし、
なにより、和火は傷つかなくて済んだのに!!
「そなたに、選択肢を、与えようと思った」
「……え?」
撫子の声から怒気が抜け落ちる。
ハルナの表情はまた少し悲しそうに見えたからだ。
「わらわは若くして死し、神となった。
とはいえ、我らがカゲミツキノミコトの座は数百年に一度代替わりをするがな。
今のカゲミツキノミコトがたまたま、わらわであったのみのこと。
しばらくすれば、わらわの子孫がまたカゲミツキノミコトとなる。
……今のカゲミツキノミコトとして、
我が子孫たるそなたのことをずっと見守ってきた」
その強い嵐雲色の瞳に射抜かれて、言葉が出なくなる。
強い目だった。
そういえば、強き霊力を持つ者はごくまれに、転生できずに、
神や精霊のような存在になると聞いたことがある。
あらためて、ハルナを見つめる。
彼女もそうだというのか。
「そなたは、長きにわたり虐げられることをずっと恐れて生きておった」
そのままの事実をさされ、撫子は言葉を失った。
目の色も髪の色も普通の人とは違う。
だから、人はあまり撫子に近付こうとしない。
撫子も自分からは近づこうとはしなかった。
拒絶されるのが怖かったから。
「わらわの力は、その時そなたを転移するには力が足りなかった。
だから、ずっと時を待っておった。
わらわの力が満ちるその時を。
今、わらわとそなたがこうしてまみえているのは、カエデのおかげじゃ」
「どういうことですか……?」
「カエデがその腕輪をそなたに贈ったであろう?
それは、そなたの身に危険が迫ったときに
なんらかの術が発動するよう仕掛けられておった」
無意識のうちに右手首を抑える。
そういえば、自分の意識が消える寸前にこのブレスレットが強く輝いていた。
少しずつ状況が呑み込めてきた。
とりあえずわかるのは、自分は、まだ死んだわけではないようだということ。
「なぜ、カエデさんがこれを贈ってくれたってご存知なんですか?」
「わらわは神じゃ。
過去も、運命も、未来も、全て見通せる。
まあ、まさか、このように作用が働くとは思わなんだが……。
とにかく、わらわは、怯えながら日々を暮らすそなたをずっと見てきた。
まさか、わらわの一族の誇り高き霊力を有するというのに
こうまでひどい扱いを受けるのかと。
……不憫に思った」
つまり、同情されたのだ。
不思議ともう怒りはわかなかった。
撫子は黙って、美しき女神たる己の先祖の少女を見つめた。
「だから、選択肢を与えてやろうと。
この世界は霊力が普通にある。
誰もそなたを奇異の目で見つめたりなどせぬ。
受け入れる。
心を傷つけられることもない。
そなたに選ばせようと思った。
安寧の日々を得られる機会を与えようと」
凛としたまなざしが撫子を射ぬく。
遠い遠い昔から続く血脈を継ぐ誇り高き巫女姫がそこにいた。
「今一度問おう」
鮮烈な嵐雲色の瞳。
つよい折れぬまなざし。
彼女は一体どれほどの苦しみを乗り越えたんだろうか。
さあ、選ばねばならない。
帰るか、残るか。
「私は、帰ります」
迷いはもうなかった。
つむいだ言葉が自分にはね返り、震える。
「ハルナさんがこの世界に引きずり込んだんだったら、帰すこともできますよね?
私は、帰りたいです」
今度こそ、帰らなければならないじゃなくて、帰りたいと言えた。
義務なんかじゃない。
これは願いだ。
その答えが予想通りだったのか、ハルナは悪役が浮かべそうな笑みを浮かべた。
「そのようなこと、造作もない。
わらわを誰じゃと思っておる」
「え、でも、さっきなかなか力がたまらなくって、
なかなかこの世界に私を送れなったって……」
「やかましいわ、たわけっ!!
余計なところばかり覚えているでない!!」
「は、はい!?」
……本当にこの人がカエデの姉なのかと思うと少し遠い目になってしまう。
「あ、でも今すぐじゃないです。
……私は、まだやりたいことがあるの」
白夜の顔が脳裏をよぎる。
彼は、まださまざまなものに縛られたままだ。
「この月夜を逃せば転送はまたしばらく先になる。
それでもよいのか」
「よいです、よいです」
こくこくとうなずくと、ハルナは鼻でフンと笑った。
少し満足げに見える。
「ならば、そなたの魂をそなたの体に戻してやろうぞ」
「え、ちょっと待って!?
それをしちゃうと、たぶん今、私の体の中にいるセナさんの魂は
どうなっちゃうの!?
し、ししし死んだりとか……」
「勝手に殺すな!!
……セナのも元の体に戻してやる。
あれはただ幽体離脱のような状況にあったのみのこと。
だから、案ずるな」
神だからできること。
ふと強くこの少女が神なのだと意識した。
「ハルナさん」
彼女の衣を思わず強く掴む。
まっすぐにその嵐雲色の目を覗き込む。
「セナさんは、幸せになれますか……?」
哀しい少女だった。
好きな人のために自分の気持ちを必死に押し殺して。
幸せになってほしい。
きっと今なら、変えられる。
「それは、そなた次第じゃ」
「私、次第……?」
「そなたが……白夜を想いから解放できるかにかかっておる。
……あやつもまた、囚われし者」
過去の想いに。
ハルナの形のいい唇がそう紡いだ。
その目はひどく悲しげだった。
「白夜を、影水月の鎖から、ホムラの想いから、解放してやってくれ」
このひとは、きっとプライドが高い。
こんな懇願なんてめったにしないだろうに、すがるように撫子を見つめてくる。
カエデと同じ願い。
やはり、二人は姉妹なのだと笑った。
「大丈夫だよ、ハルナさん」
私はそのために何度だって立ち上がってみせるから。