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11章 求めたもの

*遅かったのだろうか




あなたを想うことは




許されざることだったのだろうか




だが、まだ立ち上がれる




まだ負けない




私は、諦めない




運命など




この手で転がしてみせる




手に入れてみせる




大切な




あなたのために


*術式の陣の中で撫子が力を失って地面に倒れた。


だが陣の光は収まらずに淡く白く輝き続けている。


それを見届けてから、白夜は目だけで左方向を見た。



「……どういうつもりか」



白夜が見つめている場所に、闇からにじみ出るようにしてユウが現れた。


その背後には和火と慧の姿がある。



「まあ、そのようにするとは思っていたが……少し、遅かったようだな」


「……くっ」



悔しげに顔を歪めるユウの息は荒い。


転送術を使ったため、霊力を大きく消耗しているのだ。



「撫子!?」



一方の慧は、陣の中に倒れている少女の姿を見て、駆けだそうとしたが、


すぐさまユウにその行く手を阻まれた。



「どけ、ユウ。


 おまえも白夜の仲間だったのか」


「落ち着いてください、慧。


 今、動けば、殺されます」



怒りと焦りを必死に押し殺してにらみつける慧の視線をまっすぐに受け止め、


ユウはそれでも動かなかった。



「左様な。


 それに、ユウは私の仲間ではあらぬ。


 その婚約者を私に人質にとられたまでの事」



白夜の滑らかに紡がれた言葉を瞬時に理解して、


慧は見た相手を射殺さんばかりの視線を白夜に向けた。


つまり、白夜はユウに、


自分に協力しなければ茜に手を出す、などと脅したのだろう。


限界まで粘って、白夜に一番隙ができるであろう時を狙ったのだが、一歩遅かった。


いつの時点で脅されたのかはわからないが、そんなことは今はいい。


なんとかして、撫子を助け出さねばならない。


何の術化はよくわからないが、術が完成してしまえばよくないのはわかっている。


なんとか隙を見つけられないかとあたりに目をやって、


そこで初めて和火が一言も発していないことに気付いた。



「……おい……?」



和火は痛みをこらえるかのように頭に手をやり、唇を噛みしめている。


その瞳は闇の中でもはっきりわかるほど、鮮やかな緑に染まっていた。


おかしい。


確か、和火の目は紫色だったはず。


嫌な予感がしてならない。


何かが起こってしまうことを、本能が嫌というほど告げていた。



「……その目」



白夜も視線を和火に注いだ。


それは、恐ろしいまでに温度を感じさせない目だった。


血のように紅い瞳が闇の中で禍々しく光る。



「まこと私も愚かだったな。


 霊力を持たぬ者だとしても、


 どうしてあの男の子孫だと気付けなかったのであろうか。


 ……まこと、忌々しい目をしている」



人形のように整った美貌に、はっきりとした憎悪を宿らせて白夜は和火を睨んだ。


その薄い唇が静かに激しく言葉をつむぐ。



「あの時、さっさと殺しておけばよかった」



今、その目には和火ではなく、


タスクが映っているかのように彼に焦点が合っていない。


どこか遠い所を見ている。



「私は、この禍々しい色の瞳と髪で、


 周りの者からは忌み嫌われるか、畏怖の念を持って接せられていた。


 他人に人として扱われたことなど数えられるほど。


 ようやく、私自身を見てくれる者を見つけられたというのに、


 そのたった一人を貴様は奪おうとする」



和火は答えない。


慧はちらりと和火を見やった。


撫子が、和火は騎士の一族だと言っていたが、


その記憶は受けがれているかどうかはわからない。


何を言われているのかが分からないのかもしれなかった。



「……まこと、彼女に約束をされたのでなければ、とっくに殺してやるものを」



見る者に酷薄な印象を与える仕草で、白夜は目を細めた。


その声は呪詛のような響きを帯びている。



「……撫子は、渡さない」



顔をしかめながらも、和火は剣を抜いた。


頭痛をこらえるかのように、その眉はつよくひそめられている。


和火は、光が強くなっている陣の中に倒れている撫子の姿を一瞬見て


すぐに目をそらした。


その瞳がさらに鮮やかな緑に染まっていく。



「奇遇だな。


 私も、彼女を渡すつもりなど、さらさらない」



その言葉が告げられた瞬間、陣の周囲を守るようにしていた白夜の人型の式神が


一斉に彼を守るかのように彼の前に移動した。


それぞれの手に握られている剣の切っ先はすべて和火たちに向けられている。


その刃が月光を反射して、鋭い光を放っている。



「ああ、いいことを、思いついた。


 どうせ、彼女の意志は永遠に戻らぬのだから、約束など守る義理もないな」



どこか芝居がかった口調で白夜はゆっくりつぶやいた。


夜風に吹かれて、その絹のようにつややかな白髪が舞い広がる。



「殺そう」



ひどくいいことを思いついたかのように、その唇が笑みの形に刻まれた。


しかし、その瞳は少しも笑っていない。



「さすれば、万が一にも、青那が彼女の意識にとってかわられることもなかろうて。


 彼女だったころの痕跡はすべて消してしまおう。


 ……そうすれば、青那は、私を……私だけを見ることしか許されないのだから」



白夜が一歩踏み出した。


じゃりっと微かな音を立てて近づいてくる。


その時。



「白夜……様……?」



か細い声が闇を裂いた。



その場にいた全員がはじかれたようにそちらを向いた。


そこには、陣の中で倒れていた少女がぎこちなく身を起こそうとしている所だった。



「撫子、おまえ……!!」



慧がすぐさま駆け寄ろうとしたが、ユウに阻まれ、和火に刀で制される。



「おまえ、誰?」



和火がぽつりとつぶやく。


少女の瞳は鮮烈な青に染まり、その白銀の髪は闇の中で淡く輝いている。


ぞっとするほど美しい少女がそこにいた。


白夜がすぐさまそちらに向かい、膝をつく。



「急には動かれぬように」


「白夜…様…」



白夜は少女の瞳を覗き込んでふと眉をひそめた。


何故か、彼女の瞳の光が安定していない。


青い光が強くなったり弱くなったりと明滅を繰り返している。



「……私は、このこの体の中から、全てを見ておりました」



唐突な言葉に、白夜の動きが止まった。



「何をおっしゃっているのか」


「私は、あの時、貴方様が放った術によって気絶いたしました。


 その時に、あまりにも霊的衝撃が大きすぎて、


 私の魂はさまよい出でて、このこに憑依しておりました。


 ……だから、全てを、このこと共に見て、聞いておりました」



白夜はゆっくりと瞬きをした。



「……貴女は、あの世界から召喚されたわけではないと」


「この術で一時的に私の意識が表面に出て、このこの意識が奥に在るだけです。


 私の魂は、完全にこのこに定着しているわけではございません」



白夜はしばらく黙っていた。


だがまたその唇に笑みが戻る。



「問題ない。


 貴女に忘却の術をかけて、


 さらに貴女の精神がこの娘の体の表に常に出るようにすれば」


「白夜様」



少女が強くさえぎった。



「お気づきください。


 貴方様は……私を愛してなどおりません。


 貴方様は、まっすぐに自分を見てくれる者に出会って、喜びを覚えた。


 それを……愛や恋という感情と勘違いなさっているだけです」



沈黙が落ちた。


慧たちは二人に近付けない。


白夜が背を向けているにもかかわらず、一向に隙を見せないからだ。



「どの口が……」



呪詛のような声が白夜の唇から洩れた。



「どの口が、愛しておらぬとおっしゃるのか!!


 私が、どれほどの年月貴女を手に入れることだけを考えてきたか!!


 まこと、いくどとなく気が狂いそうになった!!


 見知らぬ世界!!


 信じられるのは己のみ!!


 いっそ貴女を憎んでしまえたらとも思った!!


 だが、もう一度会えるかもしれぬという希望が頭から離れてくれぬ!!」



白夜の手は少女に触れるのを恐れるかのように、膝の上できつく握られている。


それでも、少女はまっすぐに白夜を見た。



「貴方様は、それでも、私を愛してなどおりません」

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