9章 夕暮れ 続き
*撫子はため息をついた。
あたりは、すっかり闇に沈んでいる。
あの時、わけもわからず、思い切り慧のすねを蹴り飛ばし、逃げてきてしまった。
慧には申し訳ないが、精神的にもう限界だった。
慧は追ってこなかった。
その慧は、今夜は村の警護に当たっていて夜番には来ないから、
撫子は少し安心していた。
長老が、今夜、襲撃者は外からの攻撃より、
中に入った式神を使う可能性が高い、とふんだらしく、
ほとんどの戦力は村の中で、女や子供をまもっている。
夜番にあたっているのは、撫子やユウ、村人2、3人だ。
その警護に参加させてもらったのだから、守り抜かなければ。
『三重結界、現出』
撫子は、迷いなく『話し』た。
とたんに恐ろしいまでの倦怠感が体を重く包んだ。
代わりに、もともと村に張られていた二重結界の外側に、浅葱色に薄く輝く
三重の膜のような結界が張られていく。
これは撫子が意識して消すか、死ぬかをしない限りほぼ消せない強力な結界だ。
内側からはわりと簡単に壊せるが、外側からはなかなか壊せない。
五重も結界があるのだから今夜は大丈夫だろう、と撫子はほっと息をついた。
それにしても、思ったよりも霊力を多く消耗してしまった。
ゆっくり立ち上がって、背後にある自分の結界をコンコン、と軽くたたく。
(大丈夫そうかな……)
結界もしっかりしているし、自分の手もなんとか動かせそうだ。
……ただし、全力疾走などは無理そうだが。
ため息をついて前を向く。
身体が強張った。
数m先に、誰かいる。
月光に照らされても、その人はフードのようなものをかぶっていて、顔が見えない。
「……誰ですか」
声がかすれる。
気配を全く読めなかったことに背筋が冷たくなる。
返事はない。
その人が無言でこちらに近付いてきた。
『静止』
撫子は間髪いれずに『話し』た。
その人の足が一瞬止まる。
しかし、何もなかったかのようにまたなめらかに歩き出した。
撫子は顔を歪めた。
霊力が足りないせいで、言霊が不完全なものになっていると気付いたからだ。
ふとその人が撫子の頭上を指差しているのに気付いた。
つられて上を向いた瞬間、頭からものすごい量の水の塊を叩きつけられた。
一瞬息ができなくなる。
(水の霊質!!)
間違いない。
この人が犯人だ。
皆を守らないと。
この人を……。
だというのに、身体が重くて思うように動かない。
これが術だと気付いた時には、撫子の意識は既になかった。