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9章 夕暮れ

*認めない




認めない




認めたくない




あなたが




私のことを




これっぽっちも




見てくれていないなんて




想ってくれていないなんて




でも




それは




紛れもない事実




いくら私があがこうとも




変わらぬ運命


*撫子はげっそりした顔で虚空を見つめていた。


目の前は闇。


現在、夜番をして、村を守る結界の外に立っていた。


獣や盗人などが来ないように見張るのである。


木々のすき間からは、半月になりかけた月が見える。


そして、隣には……和火。


自分がげっそりとなっている原因はまぎれもなく彼だ。


朝目覚めた時から夕食に至るまで、


ずっとべたべたと触ってくるので心が休まる時もない。


あまりの態度の変化にただただ困惑するしかない。


一方の慧は、撫子を触りまくる和火の手をひっぺはがし、放り投げ、叩き落とし、


と大忙しで、一日中すこぶる機嫌が悪かった。


娘に手を出されるお父さんのような気持なのだろうか、と


撫子は申し訳なくなりながらも慧に背の後ろに隠れることも多々あった。


全ての原因は和火だ、とばかりに湿度の高い目を和火に向けてしまう。



「……何?」


「……なんで、和火もここにいるの?」


「おれも、今夜の夜番担当だから。


 おれは、星祭の夜にそのまま夜番する予定だったけど、


 おまえと一緒に川で流されていたから、その日の分が今夜になった」


「……」



その原因は自分にあるというのは認めるが、


どうしても胡乱な目を和火に向けてしまう。



(和火、絶対、村の偉い人脅した!!


 今夜、夜番させてくれなきゃ、家を破壊するぞくらいのこと言った!!)



そういえば、茜の婚約者ユウも今夜の夜番らしいが、


彼は撫子たちがいる反対側の村の入り口を守っているためここにはいない。


慧は、家で眠っているだろう。


茜は……どうしているだろうか。


喧嘩別れのようになってしまったことが、鈍く心にのしかかる。



(……仲直り、したいな)



「……おい」


「何、和火?


 村の方じゃなくって、ちゃんと外を見張らないと……」


「あれ、茜じゃね?」


「……え?」



急いで視線を背後に向けると、暗くてあまりよくは見えないが、


走る娘の姿が見えた。


あの黒くて長い髪に背格好からして茜のようにも見える。


撫子達のいる反対方向に彼女は駆けていく。



「…どうしたんだろ」


「さあ?」


「茜って、よく夜に出歩くの?」


「いや?


 用事がない限り、出ないけど」


「ふうん……」



視線を元の広がる闇へと戻した。


妙な胸騒ぎがする。


どうしてだろう。


第六感というやつだろうか。


本能的に、なにかざわざわする。



「なんか気になるわけ?」


「いや……別に……」



言葉を濁したのは、図星だからだ。


村の中とはいえ、女の一人歩きは危ない。


何をしに行ったのだろう。


あの方向は、慧の家でもない。


夜風がするりと頬をなでた。


いや。


もう考えてもどうしようもないことだ。


考えないでおこう。


もっと別のことを考えよう。



「和火」


「何?」


「あのね……剣を抜かないでほしい、って言ったら、どうする?」


「え、何、おまえ、もしもの時は死ねって言ってんの?」


「そうじゃないんだけど……」



これ以上、騎士の意志に染まって、瞳を緑に輝かせる和火は、見たくないのだ。


それをどう言えばいいのだろう。


撫子は目を伏せた。


しかし、すぐにそれをあげることになった。



「か、和火!!」


「……きたか」



確実にそれらは近づいてくる。


夜風に交じってむっとかおる獣の匂い。


しかも、多い。


数十匹だ。



「なにこれ……」


「どうした?」



しかも、全ての気配から、霊力を感じるのだ。


藪の向こうから、


まがまがしく輝く、血のように紅い光がいくつも近付いてくるのが見えた。


おかしい。


妖魔が来るなんて聞いていない。


せいぜい獣の類ぐらいだと。


どうしよう。


どうしよう。


言霊を使うべきなのか。


今がその時なのだろうか。


頭がガンガンする。


どうしたらいいのかわからない。



「和火、あのね、あれは妖魔の類かも知れない」



声がかすれる。


唇が震える。


空気が震える。


妖魔が近づいてくる。



「は?


 妖魔?」


「ただの剣じゃ、無理。


 ……倒せない」


「……おれの剣は、妖刀だろ」


「妖刀じゃないよ。


 ……霊力が、こもっているだけ」



和火の先祖の想いが霊力となって、刃に宿っている。



「でも、それなら、その妖魔とかも斬れるだろ。


 普通の剣じゃないんだから」



思わず舌打ちしたくなった。


なんで和火は誤魔化されてくれないのだ。



「抜かないで、って言ったら?」


「……撫子」


「それは、和火の一族の家宝の剣でしょう?


 簡単に……抜いちゃダメなんでしょう?」


「今が、使うときだろ」


「だから!!」



近い。


妖魔のような存在がどんどん近くなってきている。


でも、抜かせたくない。


騎士の意志になんか染まってほしくない。


和火は和火でいてほしい。


……まっすぐ、撫子を見てほしい。


ああ、どうやって、和火に言ったらいいのだろう。



「抜かないで。


 抜くべきときじゃないでしょう?」


「今がその時だよ」



和火は、まっすぐに撫子を見た。


まっすぐすぎて、痛いくらいに。



「大切な人を守るとき。


 その時だろ」



和火は間髪いれずに、素早く双刀を抜き放った。


シュリン、という鋭い音が闇に響く。


その瞳が、闇でも輝く緑に輝いた。



「今が」



和火の衣を掴もうとしたら、その前に和火は動いていた。


指の間を緑のグラデーションがすりぬけていく。


大切なものを逃してしまった気がした。


焦燥に体をおされて一歩踏み出す。


だけど、今、自分は丸腰だ。


言霊を使うからと、武器などは断った。


『話す』決意など固まってないのに。


そんな自分に、何ができる……?


そう。


足手まといだ。




『死にたくねえなら、刀を作れ。


 でないと……夜の魔に満ちる森では生き残れねえよ』




ああ。


慧だってそう言っていたじゃないか。


今が、大切な人を守る時?


今がそうなのだろうか。


迷う。


言霊を『話す』べきか。



「撫子!!」



はっと我に返る。


目の前には馬ほどの大きさの妖魔が迫っていた。


とっさに身をかがめると、数秒のちに自分の頭があったところを風切り音と共に


妖魔が通過したのを感じた。


だけど、すぐ次が来る。



「撫子!!」



和火が叫んでいる。



「言霊は!?」



和火が刀を抜いたとはいえ、状況は圧倒的に不利だ。


そう。


言霊さえ『話せ』ば、全部終わる。


静止、と一言つぶやいて、その間に慧に助けを求めに行ったら。


だめだ。


他人に頼ってはならない。


自分で、己の力だけでなんとかしなくては。


そう、静止、なんてなまぬるい。


一言、死ね、と言えば。


この手を紅に染めれば、全部解決する。


そのために夜番も引き受けたじゃないか。


受け入れてくれた、優しい村人たちを守るって、そう決めたじゃないか。


その決意はどこへ行ったのだ。


そう、いくら自分に言い聞かせても身体が言うことを聞かない。


カエデの言葉が脳裏にこびりついて消えないのだ。


ふらつきながら、妖魔の突進をなんとかかわす。


だけど、それもいつまでも続かない。


ぬかるみに足をとられてしりもちをついた。


好機とばかりに、妖魔が一斉に撫子の方へと向かってくる。


和火がそれを見てこちらに闇の中から駆け寄ってくるのが見えた。



「来ちゃダメ!!」


「うるさい!!」



一括すると、和火は妖魔たちを一切のためらいなく斬り捨てた。


とどまることなく、その鋭い刃は獣たちを切り裂いていく。



「……っ!!」



和火の背後から、何匹もの妖魔が現れ襲い掛かってきた。


撫子はすぐに和火の背後に回って、彼の背をかばうようにして立った。


言霊を『話す』気がないのなら、せめて身代りに位にはなりたい。


迫りくるぎらつく牙。


撫子は歯を食いしばり、襲い掛かるであろう痛みを覚悟して目をきつく閉じた。




ザシュッ




肉を切り裂く音が聞こえた。


痛みがない。


愕然として目を開くと、


いつの間にか撫子の前に回り込んだ和火が妖魔の爪を受け止めていた。


だけど、そのカミソリのような爪は受け止めれず、


剣を握る和火の手の甲に深く刺さっている。


深緑の草に、鮮血がぱたぱたと落ちる。


和火の血だ。


全身の毛穴が開いた。


ぶわっと汗がにじむ。


和火の右腕が裂けているのが見えた。


そう認識した瞬間、足の震えが止まらなくなった。


私のせい。


私のせい。


私のせいだ。


和火が私をかばったから。


和火は、和火が……!!


和火は、うめき声すらあげずに、もう片方の無事な手でその妖魔を斬り捨てた。


一切のためらいがなかった。


耳をふさぎたくなるような声を上げて、妖魔がその場に崩れ落ちる。


和火の右手はだらりと垂れさがっている。


血で右手が真っ赤に染まっているのが夜目にも見て取れた。


地面には小さな血の水たまりができている。


鼻をつく鉄さびの匂い。


それが、これは夢なんかじゃなくて現実なのだとないによりも強く伝えてきた。



「撫子、けがは?」



和火の声の調子はいつもと同じだった。


ない、と答えたいのに声が出ない。


わずかに首を横に振った。



「……よかった」



和火が安堵したように小さく笑った。


その間にも、血がしたたり落ちている。


顔が歪むのが分かった。


なんで、気付けなかったんだろう。


もう、騎士だとか血だとか、どうでもいい。


この人は、和火は、大切な、とても大切な人じゃないか。


この人を守るために、言霊を『話す』べきじゃないか。


なんで、もっと早くに……


強い後悔の念は、霊力となって体中を巡った。


身体から溢れる力が唇を震わせる。


さあ、『話そ』う。


憎き妖魔たちに永遠の眠りを。


とこしえの苦しみを。


よくも、よくも……和火を……!!


強い怒りで目がくらむ。


それは、妖魔たちというよりも、何もできなかった自分に向けられていた。


今ならできる。


和火を守る。


傷つけさせない。


全て終わらせる。


撫子は震える唇を開いた。


迷ない。


ためらわない。


私が、殺す。


さあ。


――――――死の言霊を。



『―――』




ズガアアンッッ



目がくらんだ。


地を揺らす轟音。


憎しみのあまりそこまで目がくらむのか。


いや、違う。


この霊力。


この光。


天地をつなぎ、裂く、雷の力。



「……慧?」



死の言霊ではなく、彼の名がこぼれた。



「異なる霊力がやたらあると思えば、やはりか!!」



金色の霊力の残滓をまき散らしながら現れたのは、慧だ。


来てくれた。


様々な重圧から解放されて、撫子はその場にへたりこんだ。


そこで、ようやく全身が汗でびっしょりと濡れていることに気付いた。


かたかたと歯が鳴るのをとめられない。


体が今更のように小刻みに震え続けている。


ああ、自分は安堵している。


己の手を汚さずにすんだことに。


エゴにまみれた感情。


だが、人間らしい感情だった。



「撫子!!


 静止って『話せ』!!


 あとは、おれがやる!!」



次々と妖魔を切り伏せる慧がそう叫んだと同時に撫子は静かに目を開いた。





――――――言霊を『話し』ていいのは、大切な人を守るときだけ





先祖のカエデからもらった大切な掟。


脳裏をよぎるのは、村人たちの笑顔。


侵入者の撫子たちを温かく迎え入れて、仲間として扱ってくれた人たち。


撫子は、決意した。


大切な人たちとは………






『静止』





音が止まる。


世界が止まる。


妖魔たちが凍りついたように動かなくなった。


目には見えない青き言ノ葉の力にがんじがらめに縛られているのだ。


撫子の顎から汗がいくつもしたたり落ちた。


数十の妖魔を同時に縛り続けるのは、かなりの霊力を消耗する。


荒い呼吸を繰り返しながらも、意識を集中させて、縛る。


次の瞬間、慧の姿が掻き消えた。


バチチッと乾いた音と共に、闇を金の光が走り抜けた。


何が起こったのかは、暗くてあまりわからなかったが、


光が動けない妖魔たちのわきをすりぬけた後、


いくつもの重いものが地面に倒れる音がした。


最後の一匹が倒れた後、ようやく撫子は言霊の力を緩めて、肩で息をした。


なんとか地面に手をついて、体勢を保つ。


村の方へちらりと視線を向ける。


身体が一気に冷えた。


村を守る結界には穴が開いていた。





妖魔が中に入っていたのだ!!


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