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1章 ふらいあぅえいっ した結果

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~~*~*~


…きれいな横顔。












私は黒板から目を離して、あなたの横顔をそっと視界の端に入れてみた。



髪が滑らかな頬にちょうど良い量と角度でかかっている。



男の子にしては白い肌。



シャープな線を描くあご。



くせのある黒髪の端っこが、午後の太陽の光を浴びて薄い茶色になっていた。



まっすぐな視線は、まじめに黒板に向けられている。



きれいな横顔。



私はただ、そう思った。














――――――それが、あなたという存在が、私の中で鮮やかに色づいた最初の瞬間。




~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

*「………んぅ…」



撫子はすうっと意識が浮かび上がっていくのを感じた。


たしか…先ほどまで、闇と戦っていて…それで四条君…



「…っは!!」



がばっと勢いよく起き上がった。


そのとたん、はらりと自分の上半身から、白いカッターシャツが落ちた。


足元は黒い学生服で覆われている。


両方とも、自分のではない。


横になっていた撫子のかけぶとん代わりになっていたらしい。


後ろを見れば枕代わりになっていた、


撫子の紺のリュックが彼女の頭の形にへこんでいた。


だけど、撫子が今視界に入れたいのは、こんなものじゃない。


今、視界に入れたいのは…



「…四条君」



応える声はない。


焦りと不安がますます募る。



(もしかして、私が四条君の制服だけ掴んだから…)



制服だけ、この世界に来てしまったのだろうか。



「………」



よかったような、よくなかったような。



「…起きたか」



背後からの声に、撫子はびくりと肩を震わせた。


後ろを振り返ると、上に黒いインナーのみを着ている四条君が立っていた。


―――やはり、巻き込んでしまったようだ。



「…四条君…」



何を言えばいいのだろう。


撫子たちは、今、不思議なほどに霊力に満ちた薄暗い森の中にいた。


あの闇にのみこまれて、どこか別の場所にとばされてしまったようだ。


時空間移動、というやつだろうか。


だが、彼までもここにいるのはどう考えても撫子の責任だ。


その事実に変わりはない。



「四条君、体は大丈夫…?


 けがとか、してない…?


 しんどくない?」



巻き込んだ張本人が言う言葉じゃない気がしたが、おそるおそる聞いてみた。



「…おまえは?」


「………え…?」


「おまえこそ、けがとかは…?」



一瞬何を言われたのか分からなかった。


まさか撫子のことを心配してくれると思わなかったから、不意をつかれたのだ。



「だ、大丈夫。


 あり、がとう…」



こくこくとうなずくと、四条君はほのかな笑みを浮かべた。



(ちゃんと説明しなきゃ…)



撫子にはその義務がある。


四条君を巻き込んでしまったのだ。


事実を話さなければならない。


たとえ彼に奇異の目で見られ、忌み嫌われようとも。



「あのね、四条く…」


「…なあ」



四条君は突然こちらに近づいてくると、撫子の前に腰をおろした。



「その、『四条君』っていうの、やめない?


 なんか、しっくりこない」


「は、はあ…」


「下の名前で呼んでよ」


「…は、はい!?」



その響きがあまりに平坦だったので、撫子は危うくうなずきかけた。



「おれも下の名前で呼ぶから」



(い、いやいやいやっ!!


 そういう問題じゃなくて…!!)



なんでこんなこと、さらっと言えるのだろう。


とにかく、話の流れがおかしい。


…おかしすぎる。



「なあ、呼べよ。


 別にいいだろ減るもんでもないし」



混乱している頭では、うまく考えられない。


(え、えと…四条君の下の名前…って…えっと…)



「わ、わかめ…君…??」


「…………………………」



沈黙が落ちた。


…人がせっかく勇気を振り絞って呼んでみたというのに、なんなのだこの反応は。



「あ、あの…?


 四条 ワカメ君でしょう………??」



四条君は、ため息をついた。



「んな、海産物みたいな名前みたいなやつ、いるかっての。


 まったく…」



彼は地面に落ちていた小枝を手に取ると、地面に何かを書き始めた。






四条 和火






「これが、おれの名前」


「しじょう…わか…?」


「よくそうやって間違えられるけど、そうじゃない。


 和火と書いて、カズヒと読む」


「かず…ひ…」


「おまえの名前も呼ばないとな。


 えーっと…たしか…水無月…なめこ…?」



…………。



「…もしかして、今、私の名前、呼んだ?」


「水無月ナメコだろ?」


「な、で、し、こ、です!!


 和火君だって人のこと言えないじゃん!!」


「ナメコ…っていうより、ナタデココっぽい名前だな…」


「ちょ、ちょっと!?


 人の話、聞いて――――――」


「…知ってるよ、ばーか。


 水無月なでしこ。


 撫子だろ。


 ……最初から、名前ぐらい、知ってる」



なでしこ。


なんだか、和火にそう呼ばれると、自分の名前が特別なもののように思える。


胸のあたりがじわりと熱くなった。


あ、私、喜んでいるんだ、とどこか他人事のように感じた。



「ああ、あと、君、もいらない。


 呼び捨てでいい」


「…わ、わかった。


 か、か、かかかかかかかかかかかかかかか和火…」


「…そんなにどもるなって」


「お、お話が、あります」


紫っぽい瞳がこちらを見た。


視線が言葉の先を促す。


それに勇気づけられて、撫子は重い口を開いた。



「まず…ごめんなさい」


「…だからなんで謝るんだよ」


「よくわからないことに、巻き込んじゃったから…」


「別におまえのしじゃない。


 おれが勝手に巻き込まれに行っただけ」


「でも…」


「……それ以上うじうじなんか謝るんだったら、今度からおまえのこと、


 ばかなめこって呼ぶから」



…ばかなめこってなんだばかなめこって。



「…もうひとつ、言わないといけないことがあるの」



不安が心をうめつくす。


だが、嫌われようと、奇異の目で見られようと、巻き込んだのは撫子なのだから、


言わなくてはならない。


事実を。



「まず、私は普通の人間じゃない。


 霊力を有する」


「霊力…」



彼は静かに撫子の言葉を繰り返す。


「…うん。


 霊力っていうのは、霊的な力のこと。


 これがなくなると私の場合、気絶しちゃうし、精霊とかの霊的な存在は消滅する。


 私の一族は、この霊力を使って、言霊を『話す』ことができる古い巫女の一族。


 言霊を『話す』ことで悪霊とかを倒して、人を守ってきた」


「それで、学校であの黒い化け物倒そうとしてたわけ?」



撫子はうなずくと、眉根をよせた。



「いつもだったら、すぐに倒せるはずだった。


 現代の世は、空気中の霊力が薄くなってきているから、


 悪霊とかも住みにくい世になってきたの。


 …でも、あれは、違った…。


 どう言ったらいいかわからないけど、今までの悪霊とはなにか違ったし、


 比べ物にならないくらい、その……ヤバかった…」


「…ふーん…」



それ以上うまい言い方が見つからず、


撫子は少しの間口を閉じてからもう一度開いた。



「私たちは、あの黒いモノに飲み込まれてここにいると考えていいと思う。


 …この世界から、出る方法…探さないと…」


「それは違う」


「違うって…なにが?」


「この世界で生き残る方がもっと大切だろ。


 そうじゃないと、この世界から出る方法も探せない」


「…うん」











きっと二人で、元の世界に戻ってみせるんだ。













登場人物紹介 その1




水無月みなづき 撫子なでしこ



古き巫女一族、影水月一族の末裔。

先祖がえりだ、と言われるほど太古の血が濃く、一族の中で最も強い霊力を持つ。

特に、言霊を『話す』のが得意だが、過去に友達の前で言霊を『話した』結果、

友だちに気味悪がられて、友達がいなくなった、というトラウマから、

人前で言霊を『話す』のを極力避けるようにしている。

なるべくごく普通の高校生活を、目立たない程度に送ろうと努力していたが……





四条 和火 (しじょう かずひ)



撫子のクラスメートの男の子。

現在は、撫子の後ろの席に座っている。

剣道部所属。

ふわふわとした黒髪の持ち主。

髪は濡れるとさらにうねってワカメみたいになる。


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