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7章  星祭です 続き

*撫子は瞼を開けた。


視界は闇に染まっている。


浅葱色など欠片もない。


湿った土の匂いが鼻をかすめる。


身に付けている濡れた衣と濡れた髪が冷たくて、撫子の肌をあわだたさせた。


元の世界に帰ってきたのだ。



「……和火?」



ひそやかな声で呼びかけてみるが、返事はない。


夜風が冷たくて、撫子はぶるりと身を震わせた。


ゆっくりと横たわっていた状態から起きると、地面についた手には、土の感触がして、


落ち葉が砕ける乾いた音がした。


河原の石じゃない。


もしかしたら、下流の方まで流されてしまったのかもしれない。


眉をひそめた時、いきなり右肩を濡れた何かが強く掴んできた。



「ひ、ひいいいいっ!?」


「しっ。


 静かに。


 ……おれだ」



低くひそめられているのは和火の声だ。


撫子が体の緊張をとくと、手は離れていった。



「だいぶ下流まで流されてしまってたみたいだから、


 少しあたりの様子見て回ってた。


 でも、暗すぎて、なんも見えない」


「そっか……」


「今、目が覚めた?」


「う、うん……」


 


衣擦れの音と共に、和火が隣に腰を下ろす気配がした。


しかしながら、なんてホラーな肩の掴み方だったのだろう。


手が濡れていて、全身に鳥肌が立った。


そう思って、気づいた。


和火の手が濡れているのは、


川に落ちた撫子を救うために自ら川に飛び込んだからじゃないか。


ここ数日、雨が続いていて、川の水が増えていた。


だからここまで流されてしまったのだが、


もしかしたら、命を失ってしまっていたかもしれない。



「……和火」


「何?」


「いつも……ごめん……」



自分でも驚くほど低く押し殺された声が出た。



「なんで謝るわけ?」



いつか言われた言葉だ。


優しい言葉。


謝らなくていい、っていう遠まわしな優しさ。


だけど、それに甘えちゃいけない。



「私のせいで……和火がいつも、危険な目にあっているから……」


「だから、べつにおまえのせいじゃない」


「私のせいだよ!!」



強くさえぎったら和火は一瞬黙った。


そのすきに撫子は声を荒げてまくしたてた。



「私が川なんかに落ちなかったら、和火は濡れてない!!


 今頃、お祭りを楽しんでる!!


 私がもっと利用価値のある人間だったら、


 和火が剣舞までして村での居場所を確保しないですんだ!!」



和火みたいに、剣術に秀でていたら。


慧みたいに、体術も強かったら。


茜にみたいに、他の霊的術を使えたら。


唯一絶対の力を持つ言霊は、先程、先祖たるカエデに、


みだりに使ってはならない、と戒められたばかりだ。


そう。


言霊がなくなったら、ただの役立たずなのだ……!!



「…違う」


「何が違うの!?


 だって、だって全部そうじゃん!!」



夜の森で大声を出すことは危険だとかそういう意識はもろく崩れ去っていった。



「和火が、あの夜、学校で私の事助けようとしたから、和火の目と髪の色は変わった!!


 和火は自分の家で、あったかい布団で、いつも通りに寝られているよ!!


 全部、全部、私が和火を守れるだけの力がなかったから……!!」



なんて、馬鹿なこと言っているんだろう。


和火は善意で助けてくれようとしたのに、


それを責めるようなことを言ってしまっている。



「なんで、私の事、責めないの!?


 私が、全部悪いのに!!」



時々、思ってしまう。


和火がこんなに優しい人じゃなかったらな、って。


それならきっと、あの夜、学校で撫子の事を見かけても、


そのまま無視して帰っただろう。


そうすれば、和火は普通に学校生活を送れているはずなのに。


自分が、和火の人生を狂わせている。



「撫子。


 おまえは悪くない」


「ち、ちが……」



違う。


違う、違う、違う!!


こんな言葉が聞きたいんじゃない!!


なんて自分はずるい人間なのだろう。


こんな風にみっともない姿さらして、同情をかって、


おまえは悪くないって言葉をもらって、安心しようとしているだけじゃないのか。



「ねえ、怒ってよ!!


 全部、おまえのせいだって、罵ってよ!!


 ねえ!!」



カエデさん。


あなたみたいに強くなるって決めたのに。


私は、こんなにも弱い。



「……今までのことは、全部おまえのためだけじゃない。


 おれのためでもあるんだ」


「う、うそ!!」


「うそじゃない」



罵倒の言葉を欲しがるのは、楽になりたいからだ。


いっそのことめちゃくちゃに罵ってくれたなら、


罪悪感に押しつぶされそうにならないだろうに。


和火が深くため息をついた。


その仕草に撫子はひどく傷ついた。


罵ってくれって言ったのは、自分なのに。



「……そんなに言ってほしいなら、言ってやるよ」


「……っ」



どんな罵倒も受け入れる覚悟で身をこわばらせて、強く唇をかみしめた。


すると和火は、撫子の腕を強く引いた。


完全に油断していたので、和火の方に倒れこんでしまう。


あわてて和火の体を押して離れようとしたら、


それを阻止するように、和火の腕が背に回って、抱き寄せられた。


何が起こっているのか、とっさには理解できない。



「ばか」


「……!!」


「ばかばか。


 ばかなめこ」



撫子は泣きそうになった。



「………」


「……おまえってほんと、ばかなめこ」



こんなに優しく、甘い響きで罵倒してくるなんて。


違う。


こんな言葉が欲しいんじゃない。


もっと冷たくて、鋭利で、突き放す言葉じゃないと。


そう言いたいのに、強く抱きしめられて、何も言えなくなってしまった。



「……おまえは、いつになったらおれのこと、まっすぐに見てくれるんだろうな」


「……え?」


「罪悪感にがんじがらめになりすぎて、おれのことまっすぐに見てない。


 罪を償う対象としてしか、見てない」


「そ、そんなことは……」


「そんなことある」



また和火はため息をついた。


でも、今度はもう傷ついたりしなかった。


和火は、自分の中から何かを吐き出すように息を吐いたから。



「おれのことまっすぐに見てほしいから、もう一回言う。


 おまえは、悪くない。


 あの夜、おまえはむしろ飛び込んできたおれを逃がそうとまでした。


 それもふりきって一緒に来たんだから、これ、おれの責任。


 だからさ、罪悪感とかで、おれを守ろうとして、無茶とかしないでほしい。


 おれはさ、おまえに守られたいんじゃない」



おまえの助けなんていらない、と言われたみたいで、なんだか悲しくなった。


たしかに、撫子から言霊をとったら、ただの足手まといだ。



「おれは、おまえを、守りたい」



夜の闇に、和火の声が染み透っていくみたいだった。


触れているところが急激に熱くなった気がした。


心臓がばくばくいっている。


頬が熱い。


さっきまで、濡れた体のせいで確かに寒かったのに!!



「なあ、だめ?


 おれはいらない?


 おれなんかじゃ、おまえを守れない?」



抱きしめられてさえいなければ、のたうちまわりたい気持ちだ。


なぜ先程から耳元でそのようなことを囁いてくるのだ!!



「なあ、なんか言えよ」



これは、いる、って答えたらどうなってしまうんだろう。


いやいやいや。


いる、とか言ったら物みたいだから、あなたが欲しい、だろうか。


いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!


なんという卑猥な響きだ。


だめだだめだだめだ。


そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたら、和火はひそやかに息を吐いた。



「まあ、いいや」



何がだ!?



「もう少し、返事は待つ」



え。


え。


え。


今のもしかして、告白とかそういうことだろうか。


……いや。


違う。


ただの騎士宣言だ。


あなたの騎士になりたい、下僕になりた……だめだ!!


これじゃあ、和火がドMみたいになってしまう!!



「なあ」


「な、ななななんでしょうかっ?」


「返事待つ代わりに、これ、もらう」



しゅるりと音を立てて、水を含んだ髪が重たく頬を覆い隠した。


遅れてかんざしを抜かれたのだと気付く。



「そ、それは……」


「だめ?」



それは、そのかんざしは、想い人に、つまり、好きな人に渡すものだ。


和火はそれを知っていて、それをほしいと言っているのか。



「まあ、だめって言ってももらうけど」


「和火!!」


「大事にするから」



その静かな声に、反論は喉の奥で消えてしまった。



「……あ」



不意に和火が声を上げた。


和火が上を向く気配がする。


つられて上を見てみると、厚い雲に覆われていた月が少しずつ見え始めている所だった。


そうか。


おそらく、こちらの世界の月が雲に覆われたから、カエデから引き離されたのだろう。


そして、目が覚めたとき、視界が黒一色だったわけだ。


わずかな月光に照らされ、自分たちが川から数メートル離れたところに腰を下ろしているのが分かった。


きっと川からここまで和火が連れてきてくれたに違いない。


そう思っていたら、和火が抱きしめていた腕を緩めて立ち上がった。



「和火……?」



触れていた肌が離れて、なぜか心細くなった。


思わず和火の衣の端を掴む。



「どこかに行くの?


 森の中で夜に歩き回るのは、よくない。


 危ないから。


 慧たちが探しに来るか、朝が来るの、待とう?」


「……」



必死でそう言ったのに、和火にやんわりと手を外されてしまった。



「和火!!」


「もう一回、周りの様子を見てくるだけ。


 川に沿っていけば帰り道が分かるだろうから、川の近くが歩けそうか見てくる」


「危ないってば!!」



もう一度衣を掴もうとしたら、するりと逃げられてしまった。



「和火!!」


「すぐに戻ってくるから」



足音までもが消えてしまう。


追いかけた方がいいだろうか。


いや、足手まといになる気がする。


必死に霊的な感覚を鋭くして、和火の周囲に危険なものがないか気配を探る。


あまりにも和火の気配に対して注意を向けすぎていた撫子は、


自分の背後に何者かが立ったことに気付くのが遅れてしまった。



「……っ!?」



わずかに気配を察知して、振り返ろうとしたが、その前に首に強い衝撃が走った。


体に力が入らなくなる。


体の自由を奪う類の術だと遅れて気づく。


こんな高等な術を使えるのは、撫子が知っている中ではたった一人だ。



「久しいね、巫女姫。


 ……迎えに上がったよ」



久しぶりにきく滑らかな声。


ああ。


和火。














助けて。

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