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7章  星祭です

*あなたと一緒に夜空を見て




星がたくさん見えるね、とか




月が丸いね、とか




そんなあたりまえで、ありふれたことを




あなたとずっと、ずっと、話せていたらいいのに




そう、強く、強く、流れ星に願う




叶わないだろうな、って思いながら




それでも願わずにはいられないんだ

*撫子は、その日から過去の夢を見なくなった。






数日が過ぎた。


村の女達に、撫子は、唇に紅をさし、目尻に青いアイシャドウのようなラインを入れ、


頬に真珠を砕いた粉をはたいてもらった。


実を包むのは、巫女装束のような衣装。


さらに、髪を結ってもらい、一部をだんごのようにして、青玉をあしらったかんざしをさしてもらった。


このかんざしは、意中の人に渡すものらしい。


バレンタインデーでいうチョコのような役目のものだろうか。


かわいい、綺麗だ、と、女たちにさんざん褒められ、調子に乗っていたら


あれよあれよという間にめかしこまれていた。


今、村中に撫子が言霊で作った、星をかたどった氷でできた花飾りが飾られている。


そのお礼らしい。


女たちに心からの感謝の言葉を伝えて、家の外へ一歩出る。


見えたのは、薄桃色と水色の夕焼け空。


幻想的にゆらめくいくつもの灯篭とうろうの火。


所々に自分が作った氷の花飾りが見えるのがなんだかくすぐったい気持ちにさせる。


紅をさした口元に、自然と笑みが浮かんだ。






星祭が、始まる。


















*いつもは静かな村だけど、今は見渡す限り、人、人、人。


祭り拍子があちらこちらでにぎやかに鳴り響き、


人々の笑顔が濃紺に染まりつつある空の下ではじける。


どこからともなく揚げ物の香ばしい香りが鼻をかすめる。


祭りだ。


祭りの空気は、そこにいるだけで無条件に嬉しくさせてくれる。


なんだか、楽しくなってきて、その場でくるりとまわっていたら、


天女のように着飾った少女たちとすれ違った。


見たことがない少女たちだ。


この村の人じゃない。


おそらく、隣村の人々なのだろう。


様々なところから、今日だけは人が集まるのだと村の女性たちが言っていたっけ。


唇がどうしてもゆるむ。


目に映るもの全てが珍しくて、外国にいるような気分だ。


人にぶつからぬように歩いていたら、少し離れたところでどよめきが起こった。


撫子は、人だかりができているに気付いてそちらに歩み寄っていった。



「すいません……」



満員電車から降りるときみたいに、人々の間を上手くすり抜け、


撫子は人々の輪の最前列に出た。


目の前を緑がよぎる。


しゃん、と澄んだ鈴の音が聞こえた。


撫子は息をのんだ。


和火だ。


和火が剣舞を舞っていた。


色鮮やかな緑のグラデーションが美しい衣をまとっている。


両手に家宝の剣をそれぞれに持って。


目は…………鮮やかな緑だ。


紫じゃない!!



「っ!!」



叫びそうになった口をあわてて手でおさえた。


同じ目の色だ。


タスクと同じ浅葱色のような緑色。


おそらく、今までのことから考えると、


剣が原因で和火の目の色が変わっているのだ。


あの剣は、タスクが腰に差していたものと同じ。


もとはタスクの剣。


それを抜くことによって、


タスクの意識や微量の霊力が和火自身に流れ込んでいるのかもしれない。



(大切な人を、守るときにしか抜かないって言ってたのに……!!)



おそらく、和火の一族は、剣を抜けば、


自分の先祖の意識か何かに自分が影響するということに気付いて、


大切な人を守るときだけ、


という掟を作ってめったなことがない限り抜かせないようにしたのだろう。


びゅっと風を切って、和火の両手の剣がそれぞれ唸りをあげる。


その荒々しい動きは、どんどん滑らかになり、やがて蝶のように和火は舞い始めた。


和火の衣の袖が翻る(ひるがえる)。


和火と目が合う。


緑色に輝く瞳は、撫子を映して一瞬細められた後、すいっと背けられた。


ああ。


わかってしまった。


和火は、今、撫子のために剣をふるっているのだ。


剣舞に参加すれば、自分の剣術の腕前を見せられるし、


祭りに大いに貢献することとなる。


そうすれば、村人たちの信頼を少なからず得られる。


なんて、馬鹿な人だろう。


なんて、馬鹿で、不器用で、優しい人だろう。


夢のことが怖くて、和火のことを避けていた娘の村での居場所を、


確保しようとしている。


確か、学校生活の時では、人前で目立つことをするのが好きじゃない人だったのに。


撫子のために、人前に出て剣舞もして、掟も破って剣を抜いて。



(私のせいだ…………!!)



もうそれ以上舞い続ける和火の姿を見られず、


撫子は逃げるように人々の輪から抜け出した。

















*「あ、撫子ーっ!!」



ふらふらとあてもなく人ごみの中を歩いていたら、後ろから声をかけられた。


人生初のナンパというものだろうかと思ったが、そこにいたのは茜だった。


彼女は目を輝かせてこちらに駆け寄ってきた。



「やだ!!


 撫子、すごく綺麗!!」


「茜もかわいいね」



茜は、その瞳の色に合わせた紅の派手な着物を身に付けていた。


それがはつらつとした美貌をもつ茜にしっくりきている。


撫子は、こわばった頬を頑張ってゆるませて、なんとか笑みを浮かべた。


和火のことは考えないようにしよう。


また逃げているのはわかっているが、今は、考えたくない。



「そうだ、撫子!!


 私、撫子に紹介したい人がいるの!!」


「え……?」


「ほら、私の婚約者!!


 ユウさんだよ!!」



茜はひどく嬉しそうにそういうと、すぐ横にある男性の腕をぎゅっと抱きしめた。


ああ、そういえば婚約者がいる、と茜は言っていたっけ。


現代日本ではあまり聞き慣れない婚約者という響き。


ここが異世界なんだな、と強く認識する。


撫子は、ゆっくりと視線を上げて、茜の婚約者だという人の顔を見上げ、固まった。



「あ、茜…。


 この人が婚約者の方……?」


「え?


 そうだよ?


 素敵な人でしょ!」



熊。


まずその動物の名が一番に思い浮かんだ。


その人は、顔も体もガッチリとしており、茜が抱きしめている腕は丸太のように太い。


……怒るとすぐに手が出る茜には、ある意味ぴったりなのかもしれない。


少し蹴ってくらいではびくともしなさそうだ。


そのようなサンドバックの品定めをしているような目で彼を見ていたら、


彼はぺこりと頭を下げた。



「ユウといいます。


 隣村の者です」


「な、撫子です!!」



いい人だ!!


サンドバック扱いしていたことを全力で謝罪したくなった。


おそらく、いかついのは見た目だけで、中身はまじめな礼儀正しい人なのだろう。



「私たちね~去年の星祭で出会ったの~


 もう、その時のユウさんが超かっこよくって~」



いきなりのろけトークがさく裂しだした。


なるほど。


確か星祭は恋の祭りだったはずだ。


星祭は、現代で言う、合コン的な役割をしているのかもしれない。



「そ、そうなんだ……」


「撫子は、いい人、見つかった?」


「な、なにそれ!?


 そんな人、いないよ!!」


「ああ、もう見つかってるのか……」


「いないってば!」



あわてて両手を横に振っても、茜はにやにやと笑っている。


かと思ったら、なにやら自分の手提げかごをごそごそし出した。



「えっとねえ……。


 撫子に会ったら渡そうと思っていたんだろうけど……


 あ!


 あった、あった!!」



じゃーん!と言って取り出したのは、中に液体の入った瓶だ。


茜はその瓶のふたをきゅぽんっと開けた。



「茜、なにそ―――――――――むぐっっ!!??」


「恋する祭り乙女の武器の一つ、お・さ・け☆


 酔った勢いで、惚れた相手の一人や二人、押し倒しちゃえー☆」



口に瓶の口を突っ込まれ、直接のど奥まで酒が流れ込んだ。


20歳以下の人は飲酒禁止だとか、茜のテンションのほうが酔っ払いだとか、


そう言うことを言いたかったのに、アルコールが思考を塗りつぶしていった。
















*「……撫子?」



河原で涼んでいたら、ここ数日聞かなかった背後から声がした。


数日聞かなかっただけだというのに、ひどく懐かしく感じる。


撫子は座っていた河原の石から立ち上がり、振り返ってその人の元へ駆け寄った。



「おま――――――」


「和火らぁ~っ!!」


「……ぉふっ」



撫子は勢いよく和火に抱きついた。


まさかタックルされると思っていなかった和火はそのまま石だらけの河原にしりもちをついた。



「…ってぇ…」


「あれぇ?


 剣舞はろうしらのぉ??」


「はあ?


 もうとっくに終わったし」


「和火ら和火~」



撫子はぐりぐりと頭を和火の胸板にこすりつけた。


なんでかわからないが、今ひどく、楽しいのだ。



「…人の話聞けよ。


 ………っていうか、酒臭いんだけど。


 …………………酔ってるだろ、おまえ」


「よっれないよぉ~?」


「よし。酔ってるな。


 よくわかった」



はあ、と和火は深くため息をついた。


夜の闇のせいで、和火の表情はあまり見えない。



「……ここ何日か、おまえ、おれを避けてただろ」


「え~?


 なんのことぉ~?」


「……くそっ。


 まじ、ありえねえ……。


 ……なんでおまえ酔ってるわけ」



声にげっそりした感じと、腹が立ったような感じをうっすらと感じたと思ったら、


和火はいきなり撫子の頬をつまんできた。


きっと不機嫌な表情を浮かべているに違いない。



「い、いひゃい、いひゃい、いひゃい」


「……ばかなめこ」


「……ねえ」



声に滲むわずかな何かを感じて、撫子の酔いは少しさめた。


だが、和火は撫子のほっぺたをいじくり回すことをやめない。



「…和火は、どうしてこんなに優しくしてくれるの?」



和火の指が止まった。


沈黙が落ちる。


夜風が二人の間を通り抜け、水の湿った匂いを運んで去って行った。



「……言っていいのか?」



和火の指がするりと頬をなでた。


声にわずかに熱が帯びているのを感じて、撫子は弾かれたように立ち上がった。


足元で石が転がってからりと音を立てる。



「……だめ」



和火が無言で立ち上がる。


撫子は、さらに一歩退いた。



「……言わないで」



さらに後ろに下がろうとしたら、それよりも早く和火の指が強く撫子の上腕を掴んだ。


衣越しに和火の手の力強さを感じる。



「……待てよ」


「や……っ!!」



頭の中が一気にパニックになる。


和火は何を言う気なのだ。


でも、なんとなくわかる。


和火が言おうとしていることを聞いたら、確実に何かが変わってしまう。


怖い。


怖い!!



「っ、おい!!」



強く和火の手を振り払って、逃げた。


すぐに背後から、和火が追いかけてくる足音がする。


だけど、夜の闇は深い。


撫子は、自分が川の深い所に足を踏み出してしまったことに気付けなかった。



「っあ、やっ!?」


「撫子……!?」



足が滑る。


ぐらりと体が傾いた。


髪が頬にかかる。


川の水が肌に触れた。


最後に、夜空に浮かぶ満月だけが見えた。


派手な水しぶきを上げて、撫子は川に落ちた。

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