6章 寝不足です 続き
ぱっぱかぱーんっ♪
ここで、キャラの関係を書きたいと思います~
*カエデ……いろはうたの前作の主人公。
撫子の生まれ変わる前の一人。
つまり、撫子のご先祖様の一人。
白銀の巫女と謳われた絶世の美少女。
*レイヤ……和火のご先祖様の一人。
カエデを愛していたが、彼女の幸せのために身を引いて、
カエデの騎士となった。
その後、『騎士』というのは世襲制になって、代々続いていく。
*ナギ……撫子の先祖の一人。
ハヤテのことが好きだったが、想いを伝えないまま病死する。
*ハヤテ……和火の先祖の一人。
ナギの騎士。
ナギを愛していたが、想いを伝えられないまま、ナギが他界する。
*セナ……撫子の前世の少女。
タスクのことが好きだが、自分とタスクのそれぞれに婚約者ができ、
タスクとの間に距離を置こうとする。
このセナの意志と恋心が、もっとも撫子に強く影響している。
*タスク……和火の前世の青年。
セナを溺愛している騎士。
セナを愛しているが、自分と彼女のそれぞれに婚約者ができ、複雑な心境。
~タスクの記憶の欠片~
*おまえの婚約者を決めた。
父はそう言った。
おれの口から、思わず、はあっ!?とすっとんきょうな声が漏れた。
「おまえ。
恐れ多くも、セナ様に懸想しているだろう」
事実を言い当てられて、どういうことだ、と問い詰めたいのにできなくなった。
反論の言葉が見つからずいいあぐねていると、父はため息をついた。
「やはりな。
……おまえもか」
やはり?
おまえも??
「ま、まさか、父上も姫様を……!?」
「違う。
……どれだけ、セナ様のことが好きなんだ。
セナ様でなく、彼女の母上様だ。
彼女を……愛していた」
父の瞳の奥には小さく炎がくすぶっていた。
それだけで、いまだにセナの亡き母を愛しているのだとわかる。
愛していたじゃない。
愛している、のだ。
「彼女たちのように、清らかで美しく、
他者のためならば己をかえりみない無防備な娘。
強くて、もろい娘。
……そのような娘に出会えば、守りたい、愛しいと思わずにはいられぬだろうよ」
おれはまっすぐに父の目を見た。
一体、何をおれに言いたいのだろう。
「おまえの母は、おれの父が決めた娘。
セナ様の母上のことを早く忘れるようにとあてがわれた婚約者だ」
「母を……愛しては、くださらなかったのですか……?」
母の美しく、ひどくさびしげな微笑が脳裏をよぎる。
彼女の笑みはもう見られない。
セナの母と同じく、病に倒れ、帰らぬ人となった。
「愛した。
精一杯、大切にした。
……だが、彼女とは、比べ物にならない。
気づけば、目で追う。
想うのは、彼女のことばかりだ」
身勝手な父の言葉。
だが、責められない。
おれも、同じだから。
「おまえに婚約者を与えたのは、早くセナ様のことを忘れさせるためだ。
『妻』という、新しい守るべき存在を与えてな。
おまえは、じきにセナ様の騎士の任を解かれるだろう。
早く忘れた方がいい。
おまえのためにも、セナ様のためにも。
騎士は、本当に愛しい者とは決して結ばれぬ運命なのだから」
父のその諦観漂う表情に違和感を感じる。
嫌な胸騒ぎがする。
騎士は、本当に愛しい者とは結ばれぬ、運命……?
「早く忘れた方がいい。
……セナ様にも婚約者ができたのだから」
~セナの記憶の欠片~
私は、巫女としての正装に身を包み、広間に正座していた。
隣国からの客が来るらしい。
父が決めた婚約者。
だが、断るつもりでいる。
私は、タスクを想っているから。
緊張するけど、大丈夫。
隣にはタスクがいるから。
やがて、音もなくふすまが開いた。
中から現れたのは、背の高い、白髪の美しい雅やかな青年だった。
宮司としての狩衣がよく似合っている。
「お初にお目にかかる。
私は、燈沙門の白夜と申す者」
滑らかな声。
燈沙門。
確か、私の一族の、遠い遠い親戚だとか。
彼は口元に笑みをのせると、優雅に一礼した。
完璧な美貌。
どこか作りものめいた、人形のような美しさを持つ人だな、と思った。
「そして――――――」
白夜という青年は、すっ、と後ろに視線をやった。
私は息をのんだ。
彼の後ろには、見たことがないほど美しい、可憐な姫君がいたのだ。
「こちらは、私の妹、蝶にございます」
彼女から目を離さない。
なんて、美しくて、愛らしい。
彼女は私と目が合うと、しとやかに可憐な笑みを返した。
嫌な予感がする。
何故、私の婚約者だけでなくて、その美しい妹姫まで来ているのだろう。
「わたくしは、青那と申します。
そして、こちらは私の騎士、斬透にございます。
恐れながら申しあげます。
なにゆえ白夜様のみならず、妹姫様までお越しなさったのでありましょうか……?」
おや、というように白夜は首をかしげた。
さらりと絹糸のような髪が彼の頬にかかった。
白夜の紅い瞳がこちらをみた。
「おや、ご存じだと思っていたのだが。
私は、貴女と、蝶は貴女の騎士殿と婚約したのですよ」
こんやく?
私の騎士と?
……タスクと?
こらきれずに、私ははじかれたようにタスクの顔を見た。
タスクは表情を一切変えていなかった。
いっそかたくななほどに。
タスクは知っていたんだ………!!
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*撫子はその日を境に、和火を避け始めた。
もう、剣術の修行を見に行ったりしない。
和火の行きそうな場所には近づかないようにして、
行かなさそうな場所に行くようにした。
たとえば、星祭の準備をする村の女たちの家とか。
すると、驚くほど和火と会うことがなくなった。
私たちのつながりって、所詮そんなものなんだな、と自嘲気味に思った。
和火は、村の女たちにかまわれるのがあまり好きではないらしい。
とはいえ、和火はとても整った顔立ちをしているから、
女たちがかまいたがるのも無理はない。
(付き合っている人……彼女とか、いるのかな……?)
きっといるだろう。
あれだけ優しくてかっこいい人だから。
彼女に早く会いたいに違いない。
「早く、元の世界に帰してあげないと……」
そんな言葉がぽろりと唇からこぼれて、撫子は目を見開いた。
(あれ……?)
撫子は愕然とした。
(今、帰さないと、って言った……)
帰るではなく、帰すと。
これでは、撫子が帰りたくないと思っているようだ。
(…ち、違う)
この世界の人たちは優しい。
ありのままの撫子を受け入れてくれたから。
霊力を持っていようと、言霊を使えようと。
それがここでは普通だからだ。
だが、元の現実世界はどうだろう。
一度でも受け入れてくれたことが、あっただろうか?
『化物っ!!』
怖い。
帰ったら、また一人になる。
また拒絶される。
怯えて暮らす日々がまた始まる。
和火だって、今は優しいけど、元の世界に帰ったら、
きっと撫子に見向きもしないだろう。
怖い。
独りになりたくない。
「帰りたくない…よ……」
本音が呻きとなってこぼれた。
撫子は頬の涙をぬぐうと、のろのろと布団からはい出た。
ああ。
どんなに帰りたくなくても。
それでも。
和火だけは帰さなければ。
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~セナの記憶の欠片~
*私はわけも分からずに、屋敷を飛び出していた。
先程、タスクが蝶姫と一緒にいるところを見た。
何かを話しているようだった。
それがなんだか親密そうに見えて、見ていて苦しくなった。
それ以上二人が一緒にいる姿を見たくなくて、屋敷を出て、
こうして森の中をあてもなくさまよっている。
こうして、屋敷を飛び出すのは何回目だろうか。
いつもならタスクがついて来てくれるのに、もうそういうことは二度とない。
タスクは騎士の任を解かれた。
私だけを守ることはもうない。
その剣は、これからは蝶姫に捧げられる。
白夜様たちとの面会から数日。
タスクに会うことはめっきり減った。
今まで、影のように付き従っていてくれたのに。
蝶姫とタスクがが一緒にいるところを見るのはまだ慣れない。
いつか、タスクが隣にいなくなることも当たり前になってしまうのだろうか。
うつけだなあと思う。
二人は婚約者なのだ。
一緒にいて当然だ。
私ももっと白夜様と行動を共にしなければならないのに、
彼からの誘いを断り続けている。
まだ、わりきれない。
まだ、タスクのことばかり考えている。
まだ諦められない。
これで、騎士という呪縛からタスクは解放されて、
もうひどいけがもしなくて済むのに。
あの大きな手は、優しい笑顔は、涼しげなまなざしは、
全部私だけに向けられていたのに。
それがずっと続けばいいと、強く願う自分がいたのに。
うつけだなあ、とまた思った。
その時ぐらっと体が傾いた。
「……っあ」
体を包む浮遊感。
足を踏み出した場所に地面はない。
崖だ。
足をふみはずした。
ぐらりと体勢が崩れて、空中に体が投げ出される。
だというのに、ひどく冷静な自分がいた。
これでけがをしたら、タスクは心配してくれるだろうか。
落ちて意識を失う瞬間まで、そんな馬鹿なことを考えていた。
~タスクの記憶の欠片~
*おれはひどく不機嫌だった。
あの婚約者との面会に日以来、
セナの姿を見ることがめっきり減ってしまったからだ。
たまに見かけたとしても、彼女の隣には白夜がいる。
自分の居場所を奪われたみたいですこぶる気分が悪い。
彼女を一番近くで守って、
一番近くでその愛らしい笑顔を見ていいのはおれだけだったのに。
一方、蝶姫からは毎日のように様々な誘いが来ている。
花見に行こうだとか、共に食事をとろうだとか、そのような内容。
だが、おれは一度たりともその誘いを受けていない。
丁重になんらかの理由をつけて断っている。
今日は、体調が優れぬから、と断った。
すると、蝶姫は、体に良いから、とおれが大嫌いな生姜茶を贈ってきたのだ。
捨てるわけにもいかず、飲むことにしたのだが、やはり嫌いなものは嫌いだ。
目の前にある生姜茶がおれをさらに不機嫌にさせていた。
「タスク様ぁぁああああっ!!」
すぱんっと突然ふすまが開いた。
ひどくあわてた様子で、一人の忍びが入ってきた。
そのただならぬ様子におれは目を細めた。
「どうした?」
「蝶姫様ご一行が盗賊に襲われている様子です!!」
「……何?」
今日はお付き合いできないからお詫びに、と部下の忍び達に近くの湖に蝶姫を案内させている。
…おかしい。
あの周辺には盗賊などいないはずなのに。
「タスク様ぁぁああああっっ!!」
どたどたと騒がしく、今度は一人の宮司が部屋に入ってきた。
「タスク様!!
せ、セナ様が……」
「っ!?」
その名を聞いて、思わず立ち上がった。
「おまえさあ、タスク様は、もう、セナ様の騎士じゃないんだから、
そういうことは白夜様に……あっづっっ!!??」
「おいおまえ。
今、確かにセナ様と言ったな。
姫様に何があったっ!?」
口うるさい忍びに生姜茶をぶっかけて黙らせ、おれは宮司の襟を全力でつかみにかかった。
「あっつ!?
熱っっ!!!!!
ちょ、何しやがるんですか、タスク様!!」
「ぐ、ぐえっ!!
タスク様、お、おおお落ち着いてください!!
い、息ができません!!」
「落ち着いてなどいられるか!!
姫様に何があった!?
さっさと答えろ!!」
「が、が、崖から、落ちたようです……」
それを聞いた瞬間、部屋を出ようとしたら、二人がかりで体を押さえつけられた。
「お待ちください!!
タスク様!!」
「うるさい!!
離せ!!」
「あなたは、蝶姫様の婚約者だ!!
もう、セナ様の騎士じゃない!!」
頬を張られたような気がした。
一瞬動きが止まる。
「……婚約者なら、蝶姫様をお救いに行ってください、タスク様」
そうだった。
おれの隣には、蝶姫が、セナの隣は、あの男が。
だが。
それでも。
――――――おれは。
「……すまないな。
おまえたち」
おれは、二人の手を振り払うと、今度こそまっすぐに駆け出した。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
*「―――ちゃん。
おねえちゃん!!」
撫子は、はっと我に返った。
「おねえちゃん?
しんどいの?」
村の子供たちが、心配そうにこちらを見ている。
そうだった。
さっきまで、子供たちに物語を話して聞かせていたのだった。
つい、今朝の夢のことを思い出してしまっていた。
顔色が悪いのは、夢のせいだ。
「大丈夫だよ。
……ありがとう」
撫子は緩く首を振って雑念を払い落した。
こんな小さい子たちにまで心配されるなんて、よほど体調が悪そうに見えるのだろう。
「おねえちゃん。
それで、お姫様たちはどうなるの?」
女の子が無邪気にそう聞いた。
言葉に詰まる。
撫子は、自分の先祖の過去の恋物語を語って聞かせていた。
どうして、赤ずきんだとか、かぐやひめだとか、そういう普通の物語にしなかったのか、と後悔する。
気づいたら、口をついて出ていたのだ。
セナとタスクの物語。
その続きを、撫子はまだ知らない。
「続きは……また今度ね」
とたんに、えー!!っというブーイングの嵐。
撫子は顔に苦笑を浮かべた。
語りたくても続きを知らないのだから仕方がない。
……おそらく、また今夜少しだけ知るのだろうが。
「……っるせえな、てめーら」
「あ、慧兄ちゃんだ!!」
「慧兄ちゃん!!」
「え、慧……?」
撫子たちが座っている河原の向こうから、慧が歩いてきた。
この時間は、和火の剣術修行に付き合っているはずだが。
慧は、子供たちに慕われているらしく、十人以上の子供たちに腰に向かってタックルされていた。
「か、和火……」
「あ?」
「和火、いないよね……?」
まだ、和火には会いたくない。
まっすぐに顔を見れる自信がないから。
和火の魂が、撫子のことを『セナ』として見ているんじゃないかって疑ってしまうから。
撫子自身を見てくれていないんじゃないかって。
「……いねえけど」
「そ、っか……」
息がこぼれた。
嬉しいような、寂しいような、妙な気持ちだ。
「慧兄ちゃん、なんでここに来たの?」
「そんなにお姉ちゃんに会いたかったの?」
慧は顔を真っ赤にしてどな……らなかった。
それどころか、まじめにうなずいてみせた。
「ああ。まあな。
撫子。
……おまえに、聞きたいことがある」
「……で?」
撫子は慧の追及を一日かけてかわし続けていたのだが、
彼はしつこく追い回してきて、ついに寝る部屋にまでついてきたのだ。
今、慧は部屋の戸口をふさぐようにして撫子を見下ろしていた。
「いい加減答えろ。
なんだその目の下のすげえクマは」
「だから……なんでもないってば……」
撫子は弱々しくつぶやくと、視線を慧からそらした。
慧には、一番心配をかけたくない。
一番お世話になっていて、一番迷惑をかけている人だからだ。
「寝不足か?
何かあるんだったら、言ってみろ。
できるかぎり要望は叶えてやるから」
撫子は驚いて慧を思わず見上げた。
慧の金色の獣の瞳とまともに視線がかち合う。
琥珀みたいな、きれいな色をした目。
すっと慧が目を細める。
どきっとした。
「……ひでえな」
慧は、触れない。
和火のように、こちらに手は伸ばさない。
必要以上触れてこない。
そういうところが妙に紳士だ。
「見たことがねえ程、ひでえクマだな。
……何が原因だ?
眠れねえほど、なんか考えてるのかよ」
……どうして、自分のまわりの男性は、こうまで勘の鋭い人ばかりなんだろう。
撫子は、慧の顔をぼんやり見つめた。
「慧は……」
慧の先祖は、夢にでてこない。
慧は、和火と違う。
和火と違って、絶対に「撫子」だけを見て、
こうして話をしてくれたり、世話をやいてくれる。
撫子の先祖の影響など、微塵も受けていない。
彼女たちを、知らないのだから。
慧は唯一無二の存在だ。
撫子の存在を強くしてくれる、とても、大事な存在。
「あ?」
「…なんでも、ないよ」
夢のことを何もかも慧に話したら、楽になるだろうか。
そんな甘い誘惑が脳裏をかすめる。
でも、だめだ。
大切だからこそ、まきこみたくない。
「なんでもないよ、慧。
もう、寝よう?
おやすみ。
……いい夢……見てね」