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5章 帰宅しました 続き

*彼は布団から起き上がっていた。


気配を感じたのか紫色の目がこちらを見た。


彼が目を開いているのを見たのはいつぶりだろう。


そのせいか、紫色がひどく鮮やかに見える。


そして……


―――――――彼の目が緑に輝いていないことに、


何故かものすごくほっとしている自分がいる。



「和火!!」



ねんざした足を気づかって負ぶってくれた慧の背から降りて、もどかしい思いで


右足を引きずりながら和火にちかづいた。


和火の枕元には茜がいた。


茜は撫子が近づいてくるのを見ると、すっと場所を譲ってくれた。



「もう!!


 慧お兄ちゃんってば遅すぎ!!」


「こいつがなけりゃもっと速く走れたっての……」



慧はげっそりした顔で手にしていたものをみせた。


しばらく洗濯しなくても困らないほどの着物が中に詰まっている風呂敷だ。



「うわ!


 何それ!?


 誰にもらったの?」


「あとで説明すっから、お前はとりあえず空気呼んで部屋の外に出とけ」


「ああ、そうそう。


 邪魔だからさっさと出てってくれる?」


「……んだとこ―――――――――」


「お、お兄ちゃん!!


 今、空気読めって言ったのお兄ちゃんだよね!?」


「も、もう!!


 和火ってば!!」



少女たちは近くにいた男二人をそれぞれ抑え込んだ。


茜が慧を羽交いじめにして、部屋から引きずり出していく。


ぱたり、と戸が閉まった。


部屋に和火と二人っきりになる。


そろそろと視線を和火に戻した。


と、次の瞬間強く腕を掴まれ、引き寄せられた。



「わ、わわわわっ!?」



崩れそうになる体を長い指がしっかりつかんでくれる。


体温を布越しに感じた。


和火だ。


和火がここにいる。


ここにちゃんと、生きている。


そのことを感じて目の端がじわりと熱くなった。



「何された」


「え?」


「あいつらに何された」



刃のように鋭い声。


顔をあげると、驚くほど近くに真剣な色をした紫の瞳があった。


前見た時よりも紫色が鮮やかになっている。


黒髪も毛先が白く変色していた。


霊力にあてられたせいだ。


――――――私のせいだ。



「何も、されてなんかないよ……」



撫子は和火から視線をそらした。



「むしろ今お世話に……」


「じゃあ、なんで足、引きずってる」



撫子はぎくりとした。


……めざとすぎる。


それまで厳しい顔をしていた数日だったが、一瞬驚いたように目を見開いた。


そう。


崖から落ちて、夢を見た。


……夢?


撫子は呆然と和火の顔を見つめた。



「……おれはずっと寝ていた?」


「うん……。


 私たちがこの世界に来てからもうすぐ一週間……」



和火の問いにもうわの空で答える。


和火の顔を食い入るように見つめる。


あの目。


顔立ち。


雰囲気。


二振りの刀。


全部そっくりだ。


レイヤに。


彼の一族のものに。


なんで今まで気づかなかったんだろう。


刀からして、和火はレイヤの子孫で間違いないだろう。


撫子の先祖の少女を守り続けた一族の末裔。


そう考えると、和火がともに異世界トリップしたのは偶然ではないように思える。


胸騒ぎがするのを必死で抑えた。


(ち、違う、違う……。


 和火は……偶然巻き込まれただけで……)



でも、本当にそうだろうか。


和火もあの過去の夢を見た?などという問いが


口から出そうになったのをぎりぎりで抑えた。


でも、もし、そうだ、って、おれも過去の夢を見たって言われたら


――――――どうなってしまうのだろう。



ぺちっ



「あたっ」


額に軽い衝撃が走った。


見れば和火の手の平が離れていくところだった。



「ひとりでごちゃごちゃ考えんな、ばかなめこ」


「ば、ばっ!?」



久しぶりに聞いたその不名誉極まりない呼び名前に、


頭の中で考えていたことが全部吹っ飛んだ。


和火は唇の端をつり上げて、生意気そうな笑みを浮かべている。


その、草食系Sならぬ、海産物系Sな笑みに、撫子はムキーッと言い返した。



「なによ!!


 わかめ君のくせに!!」


「おれはわかめじゃない」


「わかめだもん!!」



思わずむきになって言い返してしまったが、


このやりとりができたことがどうしようもなく嬉しい。


笑みが自然とこぼれた。



(細かいことを気にしてても、なにも始まらないもんね!)



過去の夢について考えるのをやめ、撫子はこれまであったことを、


過去の夢以外についてを和火に話し始めた。
















*ああ。


 どうして。


 どうして、私の大切な…好きな人が傷ついて倒れているの。


 私のせいだ。


 彼が私なんかかばったから。


 どうして。


 私、まだ、彼に好きだって言っていないのに。


 伝えていないのに。


 どうして。


 どうして。






*ああ。


 おれは満たされている。


 大切な、愛しい主である娘を命を懸けて守れたのだから。


 なんと幸せなことだろう。


 彼女は今にも消えそうなおれの命を感じて、泣いてくれている。


 おれのためだけに流される涙はとても透明で美しかった。


 なんて、幸せなんだろう。


 ただ、ひとつだけ。


 彼女に、愛している、と伝えられたらよかったのに。















*撫子の目の下にはくまができていた。


昨晩、また過去の夢を見たのだ。


今回も悲しい夢だった。


カエデの子孫であり、自分の先祖の一人である少女と、


レイヤの子孫で、彼女を守る騎士の青年の記憶の欠片。


物語の断片。


二人は、想いあっていた。


だけど、結ばれなかった。


お互いの想いすら知らなかった。


伝えてはいけなかった。


伝えられなかった。


前の夢は、少女の方が病死したが、今回は青年が少女をかばって傷を負い、亡くなった。


前は、青年が泣き叫んでいた。


自分の非力を呪っていた。


神を、恨んでいた。


今回は少女が泣き叫んでいた。


自分を責めていた。


自分さえいなければ、と己の存在をも恨んでいた。


ひどく生々しい夢だった。


いや、違う。


あれは、夢でなく、過去なのだった。


あまりの生々しさに、真夜中に夢から覚めた後、一睡もできなかったのだ。















*「撫子~


 大丈夫?


 目の下、クマできてるけど……」



茜の声で撫子は我に返った。



「あ、うん…ちょっと夜中に目がさめちゃっただけ…」



夢のことは、茜に伝えてはならない。


だから、曖昧に笑ってごまかす。



今、撫子と茜は、慧と和火の修業の見学をしていた。


昨日、和火が撫子からこれまであったことを聞いて、


突然、慧に修行を付けてくれと言い出したのだ。


撫子は、あわてて病み上がりだから…と止めたのだが、慧がいいだろう、


と了承してしまったので、こうして修行のようなものが始まっている。


木刀のような木の棒で剣術修行をしていた。



(そういえば…和火って剣道部なんだったっけ…)



慧は、一本の木刀だが、和火は両手に一本ずつ持って応戦していた。


不思議な構えだ。


普通の剣道とは違う。


あれが、和火の一族の独特の剣術だろうか。


二刀流。


――――――レイヤの一族の。


撫子は首を振って、考えを振り払った。


ちらりと茜の方を見てみる。


彼女の瞳は、じっと修行をする二人の方に向けられてた。



「茜……」



気付いたら勝手に声が出てた。



「茜は……和火のことが…好き…なの……?」



茜が驚いたようにこちらを見た。


名前の通り、茜色の瞳が驚いたように見開かれている。



「どうしたの急に!?」


「いや、あの、その……」



言ってしまった。


言ってしまった!!



「撫子のクマってそのせい?」


「ちちち、違うよ!!」


「しっ!


 声が大きい…!


 和火とかに聞かれたくないでしょ」


「は、はい……」



茜はちらりと二人の方に視線をやった。


何事もなかったように修行している様子から、聞こえてはいなかったようだ。



「どうして、私が、和火のこと好きだ、って思ったの?」


「いや…その…」



ごまかそうと思ったが、茜はじっとこっちを見ている。


嘘は許さない瞳だ。



「茜は……いつも、和火のこと看病してくれてたし、なんか大事そうに見ているし…


 す、好きなのかなあ…って」


「ああ、うん。


 好きだよ?」


「ひえっ!?」



あっさり放たれた言葉に、撫子は固まった。



「すッ、好きなの!?」


「うん。


 撫子のこと、ちゃんと大事におもっているみたいだしね」


「へ……?」


「あれ、気づいてなかった?


 和火が剣術修行をつけてくれ、って言ったの、たぶん撫子のためだよ」


「……」



すっと景色が遠くなる。


撫子のために。


守るために。


これではまるで、騎士みたいじゃないか・


血と運命にあらがえない――――――――――――



「よっぽど撫子のこと大事にしてるんだね~」


「……和火は…そんなんじゃないよ……」



撫子は声をしぼりだした。


嬉しいはずの言葉が、ちっともうれしくなかった。


撫子は目を伏せた。



「和火は『私』が大事なんじゃないと…思う…」



『撫子』じゃなくて、彼に流れる血がその魂を――――――




ぷにょっ



「ふひゃっ!?」



顔がみょーんと横にのびた。


撫子の頬をつまんでのばす茜がニシシと笑った。



「ヤキモチですなおじょーさん。


 かわゆいな~」


「ふひゃっ!?」



見た目は美少女だが、言ってることと目が限りなくオヤジだ。



「あ、あかにぇ!?」


「嫉妬してるっぽいかわいいこちゃんに一言。


 私、別に和火のこと、恋とか、愛とか、そういうので好きなわけじゃないよ」


「へ…?」


「それに、私、いいなずけがいるしぃ~」



ここで、茜、両手を頬にあてて、きゃっと恥じらうのポーズ。


撫子は次々と放たれる衝撃発言の数々に、口をあんぐり開けた。


目がハートになっている茜は、120%恋する乙女のそれだ。



「和火は……小さい頃に死んじゃった私の弟にちょっと似てるだけ。


 それでちょっと気になってたの。


 深い意味はないよ」


「そ、そうなんだ……」



あくまで、love でなく like なようだ。


しかし、どうりで和火を熱心で看病してくれたわけだ。


少しの親切心と……幼い弟に何もできなかった


償いのようなものをしていたのだろう。



「で、撫子は、どうなの?


 和火のこと、好きなの?」


「すっ、好き!?」



そんなこと考えたことない。


和火は、同じクラスの人で、剣道部で、ぶっきらぼうだけど優しくて……それだけだ。


それだけしか和火のことはしない。



「私……好きとか……よくわかんない……」



小さい頃から、他人と関わることを避けてきた。


言霊のことをしられて、嫌われるのが怖かったのだ。


だから、恋愛感情とか、そういうものには自然に疎くなった。



「ふーん…そっか…。


 ……じゃあ、慧お兄ちゃんはどう?」


「慧は、命の恩人だよ」


「そ、即答……。


 それだけ?


 お兄ちゃんにドキドキしなかった?」


「ど、どきどき……?」



崖から落ちた時、助けに来てくれた。


泣きながら抱きついたら、そっと抱きしめかえしてくれた。


あやすように、優しく背中をさすってくれた。


泣き止むまでそうしてくれた。


歩けないと言ったら、おぶってくれた。



「………」



なぜか、顔が燃えるように熱くなったが、次第にスーッと冷めていった。



「ど、どうしよう茜……」


「なになに??


 どきどきしちゃったの??」


「私、三歳児と変わらない!!!!!!」


「………は、はい??」



泣いたら、あやしてくれて。


歩けなかったら、おんぶしてくれて。


まちがいない。


……三歳児と同じ扱いだ。



「いや、あの……?」


「どうしよう……ショックすぎて軽く死ねそう……」



撫子は頭を抱えた。



「何話してる」



ふっと影が落ちた。


顔を上げれば、和火と慧が汗をぬぐいながら立っていた。


ふたりとも仕草のひとつひとうが男っぽくてどきっとする。



「しゅ、修行は終わったの?


 怪我とか、してない?」


「あの程度で怪我なんかしねえよ」


「で、何話してた」



紫の目がじっと見おろしてくる。


……ごまかせなさそうだ。



「えー、撫子と好きな人について語り合ってただけだよ~」


「あ、あああああああ茜!!???」



見れば、男二人は目を見開いて固まっていた。



「な、なななな、なんでばらしちゃうかな茜!!??」


「え~だってその方が面白いんだも―ん……」


「…否定しねえのかよ」


「マジで言ってたわけ」


「あ、あわわわわわわ…!!」



男二人が、驚愕の…というかなんとも微妙な顔でこっちを見てくる。


撫子は、この話をうちきるために、おもいきり話題を変えてみた。



「そ、そういえば、和火は、夜番、できそう?」



夜番、というのは、夜、この村を獣や魔物から守るために、


一晩中見張りをする役のことだ。


和火は、その役を担いたがっている。


ただ、助けてくれたこの村に恩返しがしたいだけでなく、


この村でのポジションが欲しかった。


うさんくさいまれびとだから、そう簡単には受け入れてもらえるはずなどない。


だから、村から追い出されず、


信頼も勝ち得ることのできる仕事をしなければならなかった。


そういう真意が含まれた申し出でもある。


慧は、気づいているのだろうか。



「まあ、剣の腕では問題ねえな。


 霊力がまったくねえ、っていうのがいたいが」


「ほんと!?」



さっきの剣の修業は、その夜番につけるかどうかのテストを含めてのものだった。


とりあえず、和火の立場は保障されそうだ。



「じゃあ、今度は私の番だね!!」



そう言ったら、全員からものすごい目で見られた。


…変なことはいったおぼえはないのだが。



「…何言ってんのおまえ」


「え?


 和火のテストが終わったから、今度は私のテストでしょう?」



首を傾げたら、和火は顔をしかめた。


慧など、眉間にしわを寄せ、まるで異物を見るかのような視線を向けてくる。



「女は、夜番はやらねえもんだ。


 非力なんだからな。


 どうせ、足をひっぱるんだ。


 夜番なんてしなくていい


 おとなしく守られとけ」


「ほんとにもー。


 なんで、撫子が心配だ~、って素直に言えないかな……」


「うっせーぞ茜!!!」


「女は非力って……。


 いつも茜にぶっとばされてるくせに…」


「おまえもよけいなことを言うな!!撫子!!」



撫子は、きっと慧を見上げた。



「やるったら、やるの!!


 私は、誰かが危険な目に遭っているのに、


 自分だけ守られているなんていやだから!!」















*慧はっげそりとした表情だ。


少し遠くには和火と茜が座ってこちらを見ている。


茜が、猛反対した和火を無理に術でしばりつけてその場に座らせているからだ。


そうでもしなければ、慧につかみかからんばかりの勢いだった。


そう。


結局、撫子ががんとして折れなかったため、


夜番ができるかどうかのテストを実施することになったのだ。


試験官は慧と茜。


対戦してくれるのは慧だ。


ルールは簡単。


先に相手をノックアウトした方が勝ちだ。


方法はどんなものでも構わない。


物理的に気絶させるもよし、相手の霊力を気絶するまですべて奪い尽くすもよし。


撫子が勝てば、夜番を許してもらえる。


……とはいっても、簡単にはいかないだろうが。



「……ほんとにやるのかよ……」


「やるったらやーるーのー!!」



ここまでくると意地になってくる。


もし、夜番につかなければ、


和火がひとりで撫子の分まで危険なことを背負うことになる。


そんなのは絶対に嫌だった。



「……はあ。


 …………まあ、いい。


 さっさと武器出せ。


 待っててやるから」


「う、うん!」



すうっと息を吸い込む。


やがて、撫子の瞳が鮮烈な青に輝き、風もないのに髪が揺れて銀色に変わった。




『精製』




ふわりと撫子の右手から、霊力の霧が噴出して、何かを形作り始めた。


1m位の銀の棒だ。


孫悟空が使う如意棒に少し似ているだろうか。



「……なんで、剣を出さねえんだよ」



右手に電光を這わせて、短槍を作り出す慧が、低い声で言った。


怒っているように見える。



「なんでって……刀にしたら、慧を傷つけてしまうかもしれな……」


「甘いこと言ってんじゃねえよ。


 そんなに甘いこと言うやつには、夜番なんてさせられねえ」


「そ、それは困る!!」


「死にたくねえなら、刀を作れ。


 でないと……夜の魔に満ちる森では生き残れねえよ」



撫子は唇をかみしめた。


確かに慧の言っていることは正しい。


実際に夜番をして、自分が手にするのは剣だろう。


こんな棒ではなく。


命を守りたいなら、死にたくないなら、自ら刃を取れ、と慧は言っているのだ。



「これが、私の作戦だって言ったら…?」


「…なんだと?」


「私は、この棒一本で、慧に勝ってみせる」


「言うじゃねえか…」


「こ、怖い…」


「そりゃ怖いだろうな。


 棒一本じゃ、槍に勝てるわけなんざねえ」



…そうではなくて、慧の顔が怖いと言ったのだが。



「…ううん。


 私が勝つよ。


 負けられないから」



痛みを和火と分かち合いたいから。



「二人とも~


 準備はできた~?


 じゃあ、いくよ!!



 ――――――いざ尋常に…………始めッ!!」



茜の声が聞こえた瞬間、怒りのあまりヤバい表情になっていた慧の姿が掻き消えた。


背後に感じる殺気。




『跳躍!!』




言霊の力で、撫子は素早く上に飛び上がった。


半拍後、撫子の体があったところを、慧の短槍がいだ。




『加速!!』




撫子は、移動速度が速くなる言霊を自らに『話し』た。


慧のスピードが速すぎるから、それに対応しうる速さが必要となったからだ。



「逃げるだけか!!」



着地したとたん、すぐさま短槍が鋭く空気を裂いて迫ってきた。


間一髪それを後退してかわす。


再び迫ってきたそれを、今度は手にしていた銀の棒で受け止めた。



ギュインッッ



ヴァチチッッ




「い、いい゛ッ…!!??」



静電気が走ったようなショックが手首に直に伝わる。


体が一瞬しびれて、動きが止まる。


とっさにかがむと、頭上を短槍が通過した。


強く地面をけって慧から距離をとる。



…失敗だった。


慧の霊質はおそらく雷属性のものだ。


対する撫子の霊質は、銀。


金属は、電気を通す。


金属類の中でも、トップで電気を通しやすいのが、銀だ。


たしか、学校でそう先生が言っていた気がする。


だから、先ほど一瞬短槍と棒がかみあっただけでも感電してしまったのだ。


…相性が最悪すぎる。


意地を張っていないで、剣を作ればよかったのかもしれない。


だが、剣で応戦すれば、慧を傷つけるのが怖くて、本気で戦えない。


だから、あえて刃のない棒で戦っているのだが、それが裏目に出た。


唇をかんで、さらに慧から距離を取る。


だが、相手はものすごいスピードで追いついてくる。



いや。


(相性……悪くないわけじゃないかも……!)




『昇華!!』




撫子は叫ぶように『話し』た。


慧が目を細めて、警戒の表情を浮かべつつも、一気に距離をつめてくる。


撫子は手にしていた銀の棒を慧に向かって投げつけた。


その唯一の武器を投げるという無謀な行動に、慧も驚きを隠せていない。


だが、変化はすぐにおとずれた。


銀の棒が霧状になって慧の体にまとわりつく。


言霊のちからで、物質の形状が変わったのだ。


慧は表情を変えずに、勢いよく短槍を振り回して銀の霧を振り払おうとするが、


霧は相変わらず慧の体の周囲にまとわりついている。


慧は舌打ちすると、口の中で何事か呪文のようなものをすばやく唱えた。


甲高い音と共に慧の体に電光が走る。


しかし、放電しても霧は霧散しない。


銀は電気をよく通す。


通すからこそ、破壊できない。


力は通り抜けていく。


徐々に霧が、慧の霊力を削り取っていく。


自分以外の霊力で作られたものに触れると、


基本的には自分の霊力がそのものに吸収されてしまうのだ。


慧は眉間にしわを寄せると、再び撫子のもとにすさまじい速さで駆けた。


撫子は丸腰だ。


振り払えぬ霧をどうにかするより、撫子本体に攻撃を加えようというのだろう。


だけど、そんなことはとっくにお見通しだ。




『凝固!!』




「……ちっ」



今度こそ、慧は大きく顔を歪めて舌打ちした。


霧状だった銀が、固まってセメントのようなものとなって慧の体の動きを阻む。


見る間にそれは固まって、慧は身動きが取れない状態になってしまった。




『精製』




最後の霊力を振り絞って、今度こそ撫子は銀で短刀を作り上げた。


それを手に取って、慎重に動けない慧のもとに歩み寄り――――――彼の首につきつけた。


ぜいぜいと荒く息をついているのは自分だ。


霊力を使いすぎた。


だが……




……勝負あった。



「私の勝ちだよ……慧」



荒い息の中なんとかつぶやく。


口にしたら少しだけ実感がわいた。


じわじわと喜びが心を満たす。



「私の勝ち」



慧は目元を歪ませただけで何も言わない。


軽く息を吐いて、撫子は慧の首に突き付けていた短刀を霧散させた。


空っぽになった手はかすかに震えていた。


それをごまかすように手を握る。


撫子はくるりと慧に背を向けて、茜の方にゆっくり歩き出した。


茜は、決着をちゃんと見ていただろうか。




「―――――――――油断してんじゃねえよ」




背後からの殺気。


完全に気を抜いていたから、反応が遅れる。


肩を強くつかまれ足を払われる。


体が宙に浮いた。


気づいたら、体は硬い地面に強く押し付けられていた。


のどもとには慧の短槍の穂先が突き付けられている。


その刃があんまりにもまぶしく輝くものだから、撫子は動けなくなってしまった。



「形勢逆転…か」



撫子は唾を飲み込むのでせいいっぱいだ。


なんて無茶だ。


慧は、撫子の言霊による、体中の銀の束縛を力任せに破ったのだ。


信じられない。


今は、慧が上にのしかかるようにして、撫子の動きを封じていた。


片手だけで軽々と撫子の両腕を拘束している。


少しも動けない。



「……言えよ」



ハスキーな慧の声に、大げさなほど体がびくっと震えた。


心臓がばくばくいっている。



「な、にを?」


「参った、って。


 もう、夜番させてくれ、なんて言わねえって」


「…っな!?


 何でそんなこと言うの!?」


「いいから、言え」



頭が真っ白になる。


確かに先ほど勝ったのに…!!



「先に気を失った方が負けだ。


 おまえはおれを気絶させなかった挙句、無防備に背中まで見せやがった」



ヤバすぎる表情で至近距離で舌打ちまでされた。


なにも悪いことなどしてないのに、何故か全力で謝りたくなる。


暑くもないのに、ぽたぽたと汗が頬を伝って地面に落ちた。



「その甘さが心底腹立たしい……」



またも舌打ちされ、殺意すらこめてにらまれた。


動けない撫子は震えるしかない。


怖い。


怖すぎる。


背中を見せただけで、なぜこんなに殺意まで抱かれてしまっているのだろうか。









結局、茜に取り合ってもらって、


撫子は星祭が終わった次の日の夜番をさせてもらえることになった。


今日から一週間後だ。


慧は相変わらず不機嫌だし、和火など目も合わせてくれなかった。


それがなんだか悲しくて、しょんぼりしてると、茜は笑った。


茜によると、撫子に夜番という危険な仕事をさせるのが心配でたまらないから


2人とも不機嫌らしいが、撫子本人には気のせいにしか思えなかった。


本当に二人とも素直じゃないよね~、と茜は笑っているが、


撫子はその隣でため息をついた。















*「本当に、何考えてるわけ?」



夜空の下、撫子は和火と二人でいた。


夜番のテストの後、撫子が茜の家にいる和火に会いに行ったのだ。


茜は気をきかせて、ここにはこなかった。




満点の星空。


こんなの、見たことがない。


藍色の空が星で埋めつくされている。


ああ、違う世界にきてしまったんだな、と改めて感じた。


夢みたいに遠い国に。



「……聞いてる?」



星空が不機嫌そうな和火の顔でさぎられた。


ぎゃっと撫子は乙女らしからぬ声を上げてその場をとびのいた。


顔が近すぎる。


お風呂上がりだからか、和火のワカメ頭はさらにわしゃわしゃになっていた。


ふわり、と和火の匂いがした。


さわやかな、水のような草のようなにおい。



「風の匂いだ……」


「は?」



風の匂いがする和火は怪訝そうな顔でこっちを見た。


紫の目は、さらに色が鮮やかになってしまっていた。



「……髪と、目……だいぶ色が変わっちゃったね……」



そうっと手をのばして和火の毛先が白に変色してしまっている髪を一房つまんだ。


我ながら、大胆なことをしているな、と思うが、


夜の不思議な気配がそうさせているのだと思うことにする。


この髪も。


この瞳も。


私が変えてしまったんだ。



「だから……おれの話、聞いてる?」



和火は撫子の手を払いのけなかった。


されるがままになっている。


従順な獣のように。


―――――――――騎士のように。



「……ッ」



撫子は逃げるように和火から手を離した。


指先がじんじんする。


熱を持ったみたいに。



「聞いてなかったみたいだからもう一回言うけど、なんで夜番なんか引き受けた」


「私は……守られてるだけなのは嫌なの」


「別におまえを守ってないし」



そっけなく言い捨てられて、撫子はぐっと押し黙った。


だけど、和火が優しすぎるくらい優しい人だってことはもう十分に知っている。



「和火は、夜番をたくさん引き受けて、村の人に信頼してもらえるように努力して、


 私の分まで、村での居場所を作ってくれるつもりでしょう?」



今度は和火が押し黙った。


なにかいいわけをしようと目が右往左往しているのがわかった。


すこしうぬぼれすぎかな、と思ってはいたのだが、どうやら図星のようだ。



「おれは……おまえに守られたいわけじゃない」



ようやく和火はそう言葉をつむいだ。



「じゃあ、どうしたいの?」


「っ……………言わせんな、ばかなめこ」



和火はこちらの視線をさえぎるように手の甲で顔を隠してそっぽを向いた。


照れているのだろうか。


……和火は、何を言いかけたのだろうか。


撫子は和火の衣のはしっこをそっとつまんだ。



「ねえ、和火。


 私だって、守られるだけは嫌なんだよ?


 和火が私のせいなんかで傷ついて欲しくなんかない。」



和火は何も言わない。


撫子はそっと星空を見上げた。


無性に、星がほとんどない空を見たくなった。


現代の夜空を。



「和火……」


「………なんだよ」


「はやく、帰ろうね……元の世界に。


 私、がんばって探すから。


 帰る、方法」


「私、じゃないだろ」



紫の目がこっちをみた。


私が変えてしまった目の色を、ただきれいだなって思った。



「おれたちで探すんだ」


「……うん」



どうしてだろう。


涙がこぼれそうになった。



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