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5章 帰宅しました 続き

*撫子は朝日が差し込む村の中を歩いていた。


辺りには木の床に土壁、わらぶきの屋根で構成された家々が並ぶ、


なんだか博物館の中を見て回っている気分だ。


遠くの方には、おごそかな雰囲気の屋根が見えた。


あれがこの村の神社の本殿かもしれない。


それにしても村人の姿が全く見えなかった。


まだ寝ているのだろうか。


きょろきょろしているとふっと耳に女性の笑い声が聞こえた。



(あっちの方からかな…)



斜め右の方からだ。


それと共に水のせせらぎが聞こえた。


朝の風を潜り抜けそちらに駆けて行ってみると、そこには小さな川があった。


そこで数名の女性たちが洗濯をしていたのだ。


撫子は、河原の石につまづかないように注意しながら、


彼女たちに後ろから声をかけた。



「あのぅ……」



一斉に女性たちがこちらを見た。


娘というより、母親という言葉が似つかわしい女性たちだ。


その貫禄ある風貌の彼女たちが一斉にこちらを見ると妙に迫力がある。


撫子はびびりながらもなんとか声をしぼりだした。



「は、はじめまして。


 撫子といいます。


 今、慧さんのところでお世話になっています」


「……あんたがそうなの」


「は、はい!」



女性たちの目がギランと光った。
















*(あの、うつけ……!!


  なにが、探さないでね、だ!!)



慧は撫子を追って家を飛び出したところだ。


朝のさわやかな風が頬を撫でるが、


それを真っ黒に染め上げそうなほど慧の顔は不機嫌だった。


もともと撫子のことは、村のみんなに紹介するつもりだった。


もう少し、撫子が村になじんでからだ。


……まさか、勝手にいかれるとは…。


よそ者の撫子が、村に入ってきたこと自体、皆はきっとよくは思っていないだろう。


拒絶の言葉をぶつけられて撫子は傷つくかもしれない。


そうならないように、時期を見計らっていたというのに、


あの娘はなぜこうまで事態をひっかきまわすのか。


女の涙は、嫌いだ。


特に撫子が泣くのは好きじゃなかった。


まるで心が空っぽになってしまったかのような、


ありえないほど透明な涙を流すからだ。


昨日の雨に打たれ、ずぶ濡れになった撫子の姿を思い出す。


震えていた華奢な肩。


心配をかけまいと、くじいた足の痛みを訴えないように固く引き結ばれた唇。


それに反して、すがるようにうるんだ瞳。



(おれが……守らねえと……)



何故そう思うのかもわからず、慧は走る速度を上げた。



「―――」



かすかに声が聞こえた。


撫子だ。


声の調子からして焦っているようだ。


慧は舌打ちをして、河原の方に向かった。


たしかこの時間帯は、女たちが川で洗濯をしているはずだ。


あまりよろしくない状況だ。


ここの女は、怖い。


特に、母親というものになったことのある女は、怖い。


この村は、気性の荒い熊のような男が多いが、


その男たちでさえ自分の女房には尻に敷かれまくっている。


そのような女たちが多い村だから、茜もあんな暴力的に育ってしまったのだ。


……このままでは、撫子は言葉だけでなく、


村の女たちからの渾身の平手打ちの一つや二つくらってしまうかもしれない。


させるものか、と慧は強く地面をけった。















*「―――撫子っ!」



突然名を呼ばれて、撫子は振り向いた。


肩で息を切らせてそこに立っていたのは慧だ。



「慧?


 どうしたの、そんなにいそい――――――」



ヒュッ



耳元で風がうなった。


べしゃり、と濡れた音をたてて、慧の顔面にびしょぬれのぞうきんがへばりついた。



「慧!!


 あんたってこはほんとに!!


 なんだってこんなべっぴんさんを隠してたんだよ!?」


「………」



女性の一人が問答無用で慧にぞうきんを投げつけたようだ。



「かわいい娘を独り占めしたいっていうのはわかるけど、紹介しな!!


 見なよ、この子はわざわざ一人であたしらに挨拶にに来たんだよ。


 男なら一緒についてやりな情けない」



そうだそうだ、とばかりに他の女性たちがうなづく。


ありえないほど不機嫌な顔で、


慧が自分の顔面にへばりついていたぞうきんをはがした。



「……いれだってもともとそのつもり……」


「黙りんさい!!」


「……………」



撫子はただ唖然としていた。


あの慧がこてんぱんに言い負かされている。


強い。


女性陣、強すぎる。


……なんだか慧があわれに思えてきた。



「にしても本当にかわいいこだねえ」


「ほんとほんと」


「異界より来られしまれびとなんだって?」



女性たちがわっと集まってきて、驚きながらも撫子は懸命にうなづいた。



「は、はい!


 こことは別の世界から来ました。


 しばらくの間お世話になります」



ぺこり、と頭をさげると、女性たちはからからと明るく笑った。



「いいのよう」


「女は多い方が楽しいしね」


「でも、異界から来たんだったら、着物とか足りないんじゃないの?」


「茜から、少し借りています……」



おずおず答えると女たちは口々に騒ぎたてた。



「そりゃいけないよ!


 茜の着るもんが減っちまう!


 あたしの若い頃の着物があるからそれを着な!」


「新しいの仕立ててあげようか?」


「ついでに星祭の着物もね!」



あれよあれよというまに話は進み。


撫子はひきずられるようにして女性たちに連れて行かれた。


慧はぶぜんとした表情で、家に帰ると言って歩き去って行った。


どうして来てくれたんだろう、とぼんやり思った。





……それにしても、星祭ってなんだろう?















*撫子は、いつのまにやら村の女性たちの女子界のような茶会で茶をすすっていた。


そこで聞いた話をまとめるとこうだ。





まず、星祭、というのは現代日本で言うと、


この村での大規模な七夕祭りというところだろうか。


この村をあげての一大イベントであるらしく、他の村に住む人々も参加するようだ。


しかも、星祭は神話に基づいたもので、もともと恋のお祭りらしく、


その日に多くのカップルが誕生するんだとか。


そのために少女たちは星祭の日に全力でおめかしをするらしい。


星祭は一週間後に催されるとのことだった。


その星祭の衣装も含んだ着物の山が風呂敷に包まれ、


巨大な布の山へと化して撫子の隣にそびえていた。




そして、撫子たち以外に、


まれびと、異界からトリップしてきた人は来たことがないとのことだった。


もし、撫子達以外に異界から来た者がいたら、


元の世界への帰り方がわかるかもしれないと淡い期待を抱いていたのだが、


そうも現実はうまくいかないようだ。



「ここは霊気に満ちているからねえ」


「ちょっとやそっとのことじゃ驚かないのさ」



撫子を疑うそぶりを微塵も見せず、女性たちは明るくからから笑った。


肩から力が抜けた。


受け入れてくれている。


撫子というまれびとの娘を。


霊力を有し、目と髪の色が普通とは違うのに。


拒まない。


こんなことは生まれて初めてで、ただどうしようもなくうれしかった。



「あの、なんか、お礼させてください


 着物もこんなにもらってしまったし……」


「いいってば!


 どうせこれから先、誰も着るもんがいなかったんだから」


「そうよ~


 気にしちゃだめよ~」



女性たちは口々にそういってくれたが、撫子は頑として譲らなかった。


どうしてもお礼をする、と言ってきかない撫子に、


女性たちは困ったように顔を見合わせたが、


そのうちの一人がふと思いついたように言った。



「あ、じゃあ、あんたの言霊の術がみたいな」



トイレ掃除でもなんでもしてやる!と意気込んでいた撫子は、


びくりと体をこわばらせた。



『化け物ッ!』



幼き日に投げつけられた言葉が耳の奥でこだまする。


怖い。


人前で、言霊を使うのが。


せっかく受け入れてくれたのに、拒絶されるかもしれなくて、怖い。


そんな撫子の内面とは裏腹に、女性たちはいいね~とばかりに盛り上がった。



「たしかに、御言葉使いの術なんて見たことないしね~」


「あたしも~」


「あたしは、御言葉使いっていうのに、初めて会ったわ~」



怖い。


逃げ出したい。


震える手を握りしめた。




――――――だけど、いつまでも、逃げてちゃ前になんて進めやしない。




撫子の瞳が鮮烈な青に輝き、風もないのに銀に変わった撫子の髪がふわりとなびた。


霊力を唇にのせて『話す』。




『氷結』




ピシピキッパキパキパキッ




硬い音を立てて、空気中の水蒸気が寄り集まって凍っていく。


それらは空中でうっすらと青く輝きながら、


やがていくつもの氷の薔薇を形作り始めた。


そして、それらは目を見開いて硬直している女性たち一人一人の手に


ふわりと舞い降りた。


誰も何も言わなかった。


ただ、手の上の氷の薔薇を凝視している。


なんだかいたたまれなくなって撫子はうつむいた。



「決定だね…」


「そうだねえ」



何の決定だろう。


撫子はゆるゆると視線をあげた。



「あんた、星祭の飾り付けの担当ね」


「は、はい……!?」


「いや~すごいわ!!」


御言葉みことば使いってこんなこともできるのね!!」


「氷の薔薇なんて粋じゃないの~」



女性たちはきゃっきゃっと撫子の氷の薔薇をほめたたえた。


なにが起こったのかとっさに理解できず撫子は硬直した。


喜ばれた……のだろうか。



「これ、霊力でできているから、そう簡単には溶けないでしょ?」


「は、はい!


 一日ぐらいならもつかと」


「じゃあ、星祭の飾り、お願いしていい?」


「これだけ綺麗なのできるなら、今年の祭りは豪華になるわあ」



撫子はしばらくぽかんとしていたが、やがてゆっくりと笑みを浮かべた。



「私で……よければ」



ここにいられる理由ができた。


拒まれなかった。


むしろ喜ばれた。


受け入れてくれた。


全部が純粋に嬉しかった。



「――――――撫子!」



どすどすと無遠慮な足音がこちらに近づいてくる。


慧だ。


すぐに彼は部屋の戸口に姿を現した。


急いできたらしく、少し息が上がっている。



「どうしたの慧?」


「……おまえの連れが目を覚ました」




撫子はがたん、と音をたてて立ち上がった。



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