2 黒井高校の庭を歩く
なんだか蚊が多い…
大抵の人間には、好調と不調に波がある。
年がら年中絶好調な人間などそうそう居るはずもないのだが、しかしどういう訳かここ半年ほどの僕はやけに好調だった。
まず何より、高校に合格した。今この状況から省みれば合格して良かったのかな? と疑ってしまうが、合格した当時の僕からすれば、「僕ってば絶好調だなぁ」と思わされる一番の要因だった。
次に成績もあがった。万年オール3だった成績表に『4』の数字が2つも出現したのだ。
なるべく良い成績で生徒を送り出したいという、先生方の気配りも多少は混じっていたのだろうが、僕の捉え方は馬鹿みたいに前向きで、ああ生きてて良かったなあと思ったものだ。
こうして振り返ると、僕って楽観的で都合よく考えるタイプの人間なのかなーと自己判定したくもなる。が、どうやらそれは間違っていた。
なぜなら、今僕はすごく慄いている。楽観的思考なんてクソ喰らえ状態の僕の精神は、物事を悪いほうへ悪いほうへと考え続ける。
「なあ、……一体どうなってるんだ? ちっともメルヘンでも楽しくもない。これが本当に黒井高校なのかよ?」
仲谷水面━━なかたにみなも━━僕を誘った幼馴染に問いかける。
僕らは水面の先導で校舎の外周沿いを歩きながら会話をかわす。
「そうだよ。ここは黒井高校。正真正銘、夢木が通う高校よ。事務室は別棟にあるからそっちに向かいましょ」
「事務室って……そこで手続きしたら、正式に入学が決まっちゃうんだろ!? ちょっと待てって! 考える時間をくれよ!」
「大丈夫、大丈夫。特に何をされるでもないわ。ただ書類を提出すれば、あとは待機してるだけ。アンパンでも食べてるあいだに終わっちゃうわよ。ここの購買パンは美味しいからね、時間を忘れてガッつけるよ」
「いや……そういう問題じゃ……」
「大丈夫だって! ちゃんと事務室にも購買は併設されてるよ。今は春休みで人も少ないし、売り切れの心配もないわ」
「だから、そんな心配じゃなくて!」
「え、夢木ってアンパン嫌い? あの愛と勇気で溢れた国民的アニメを見て、こぼれるヨダレを止められなかったあなたがアンパン嫌いだなんて!? まあ……心配いらないわ。おすすめは他にも沢山あるからね。メロンパンとか、チョコデニッシュとか、ソーセージロールとか!」
「……はぁ……」
何を隠そう水面さん。人の話を余り聞かない子なのだ。普通に会話しているつもりが、知らぬ間に話題が2テンポ3テンポずれる場面が多々あり、対応に困る。
性格自体は、善意の固まりを体現したような少々おせっかいがすぎる程の善人なだけに、どこか惜しい。
水面さんは見てくれも善人風で、ニコニコ笑みを絶やさない丸顔が薄茶髪の下から覗いている。
もともと短めの髪の毛だったが、卒業式の日に「何かしらイメチェンして高校デビューするつもりなんだー。髪を切るとか、病的なほど痩せるとか、喉を潰して声を変えるとか! でもやっぱり第一候補はツッパリ系になることかな」と宣言したとおり、なるほど肩口まであった髪がさらに数センチ短くなったように見える。
ただ、痩せたり変声したりツッパったりは諦めたらしい、その点はよかった。
涙目を継続したまま、僕は水面さんに付いて歩く。と、ひとつの建物が目に入り水面さんは言った。
「あれが事務室だよ。さあ早く行こう! 美味しい手作りパンが夢木を待ってるよ!」
「………クロワッサンが食べたいです」
せめて涙目を吹き飛ばすほど美味しいパンであることを願おう。
お散歩に行きたいー