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祖父の肖像

作者: をはち
掲載日:2026/10/19

蜂の巣が崩れたとき、祖父は偉人になった。


その年の冬、わたしは小学校一年生だった。


宮城の母の実家へ、二度目の帰省をした。夏にも一度訪れていたが、冬の帰省には、夏とは明らかに違うものがあった。


家の奥にある「開かずの間」が、ひっそりと開け放たれていたのだ。


なぜあの部屋が、夏に閉ざされていたのか――


理由は、すぐにわかった。そこは仏間だった。壁の一面に、巨大なスズメバチの巣がへばりついていた。


夏のあいだ、主たちはそこで羽音を立てて暮らしていたのだろう。冬になれば蜂は死に絶え、巣だけがマーブル色の塊となって残る。


かつて巣立った蜂が、また戻ってきて隣に巣を作られてはたまらない――そう言って、大人たちは巣を撤去することにした。


都会育ちのわたしは、その巣の大きさに息を飲んだ。直径が三十センチほどもある、美しい円形の球体。


触ればざらざらと乾いた感触がして、なにか不思議な宝物のように思えた。持って帰りたい、とねだった。


母の実家の人たちは苦笑いしながら、それでもその巣をわたしに譲ってくれた。


冬休みが明けて、わたしは当然のようにその巣を学校へ持っていった。クラスのみんなに見せて自慢した。


担任の先生は「みんなにも見せてあげよう」と言い、理科室の棚にしばらく展示することになった。


やがて正式に学校へ寄贈され、わたしの記憶からも、巣のことは遠ざかっていった。


時が流れ、わたしも人の親になった。娘が小学校四年生になったころ、妙なことを言い始めた。


「おじいちゃんの写真、見たよ。榊金次郎だ」


アルバムにしまってある祖父の写真を、いつ見たというのか。


聞けば、学校の理科室の壁にかかっているのだという。わたしは笑って聞き流した。


やがて父親参観の日が来た。理科室での実験授業だった。娘がわたしの元へ駆け寄り、壁を指さした。


「ね。榊金次郎」


指さされた先に、軍服を着た男がいた。胸に勲章をいくつも輝かせ、静かにこちらを見つめている。


まぎれもなく、祖父・榊金次郎だった。しかも、野口英世と北里柴三郎のあいだに、並んで掲げられている。


その瞬間、わたしは思い出した。


スズメバチの巣が仏間の壁に作られていたとき、巣は祖父の写真の、まさに上にかぶさるようにしてできていた。


数十年のあいだに巣は朽ち、崩れ落ち、その下から祖父の写真が現れたのだろう。


誰かがそれを偉人の肖像と見なし、理科室の壁にかけたのだ。


今でも、祖父は学校の理科室で、野口英世と北里柴三郎のあいだに並び、静かにほほえんでいるにちがいない。

読んで頂き有り難う御座います。

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