祖父の肖像
蜂の巣が崩れたとき、祖父は偉人になった。
その年の冬、わたしは小学校一年生だった。
宮城の母の実家へ、二度目の帰省をした。夏にも一度訪れていたが、冬の帰省には、夏とは明らかに違うものがあった。
家の奥にある「開かずの間」が、ひっそりと開け放たれていたのだ。
なぜあの部屋が、夏に閉ざされていたのか――
理由は、すぐにわかった。そこは仏間だった。壁の一面に、巨大なスズメバチの巣がへばりついていた。
夏のあいだ、主たちはそこで羽音を立てて暮らしていたのだろう。冬になれば蜂は死に絶え、巣だけがマーブル色の塊となって残る。
かつて巣立った蜂が、また戻ってきて隣に巣を作られてはたまらない――そう言って、大人たちは巣を撤去することにした。
都会育ちのわたしは、その巣の大きさに息を飲んだ。直径が三十センチほどもある、美しい円形の球体。
触ればざらざらと乾いた感触がして、なにか不思議な宝物のように思えた。持って帰りたい、とねだった。
母の実家の人たちは苦笑いしながら、それでもその巣をわたしに譲ってくれた。
冬休みが明けて、わたしは当然のようにその巣を学校へ持っていった。クラスのみんなに見せて自慢した。
担任の先生は「みんなにも見せてあげよう」と言い、理科室の棚にしばらく展示することになった。
やがて正式に学校へ寄贈され、わたしの記憶からも、巣のことは遠ざかっていった。
時が流れ、わたしも人の親になった。娘が小学校四年生になったころ、妙なことを言い始めた。
「おじいちゃんの写真、見たよ。榊金次郎だ」
アルバムにしまってある祖父の写真を、いつ見たというのか。
聞けば、学校の理科室の壁にかかっているのだという。わたしは笑って聞き流した。
やがて父親参観の日が来た。理科室での実験授業だった。娘がわたしの元へ駆け寄り、壁を指さした。
「ね。榊金次郎」
指さされた先に、軍服を着た男がいた。胸に勲章をいくつも輝かせ、静かにこちらを見つめている。
まぎれもなく、祖父・榊金次郎だった。しかも、野口英世と北里柴三郎のあいだに、並んで掲げられている。
その瞬間、わたしは思い出した。
スズメバチの巣が仏間の壁に作られていたとき、巣は祖父の写真の、まさに上にかぶさるようにしてできていた。
数十年のあいだに巣は朽ち、崩れ落ち、その下から祖父の写真が現れたのだろう。
誰かがそれを偉人の肖像と見なし、理科室の壁にかけたのだ。
今でも、祖父は学校の理科室で、野口英世と北里柴三郎のあいだに並び、静かにほほえんでいるにちがいない。
読んで頂き有り難う御座います。




