編集者の意見を一切聞かなかった浦島太郎
「ぎゃはは」
手越が喫茶店の隅で笑っていると、向こうから編集者の青山が怪訝な顔をして近づいてきた。
「何1人で笑ってるんですか先生? ちょっと怖いですよ」
「うん? なんだ青山君か。相変わらず時間通りだな」
顔を上げた手越がニヤリと笑い、机に広げたノートパソコンの画面を見せた。
「なぁに、空いた時間に、小説を書いていたところだったんだよ」
「小説を書きながら笑ってたんですか!」
青山が「理解できない」と言う顔で売れない小説家・手越光をマジマジと眺めた。手越は目をぱちぱちさせ紅茶を啜った。
「えぇえ? 他の人って小説を書きながら笑ってないの?」
「他人の執筆状況を見たことないんで……そんな人聞いたことないですけど」
「面白いネタを思いついたら、誰だってニヤニヤしてしまうものだろう?」
「だからって……小説家って、しかめっ面で髪をクシャクシャしながら『もう1人の自分』が冷静かつ客観的に自分が書いたものを分析しつつ、書きながら構成し、文字という文字を駆使して読者の頭の中に”虚構”という名の建築物を組み立てているんじゃないんですか?」
「一体何時代の文豪なんだ」
手越が苦笑した。青山はアイスコーヒーを注文すると、感心して手越に向き直った。
「でも、先生が仕事熱心なのは珍しいですね。今度は何を書いてるんですか?」
「フフン。『浦島太郎』だよ」
「『浦島太郎』?」
「そう。『編集者の意見を一切聞かなかった浦島太郎』だ」
手越が得意げに鼻を膨らませた。
「昔からおかしいと思っていたんだよ。なぜ浦島太郎は竜宮城を後にしたのか? 乙姫といっしょに、海の底で永遠の宴に溺れていれば良かったじゃないか。なのに地上に戻ったばかりに、ヨボヨボのおじいちゃんに……」
「懐かしい。鶴になったってオチもありますよね」
「全ては編集者の横暴なんだよ」
「え?」
手越は肩をすくめた。
「勘違いした編集者が無理やり自分の意見を作者に押し付けて、こんなワケの分からないオチになってしまったんだ」
「『浦島太郎』がですか?」
「そう。『浦島太郎』を……物語を作者の手に取り戻す! 僕ら作家は、”いじめられている亀”なんだよ」
「だったら早く竜宮城に連れて行ってくださいよぉ」
「フン。見ていろ。今年の芥川賞は僕の『浦島太郎』で決まりだ」
「先生の『浦島太郎』じゃないですけど」
青山のため息を聞き流して、手越が早速意気込んでキーボードをカタカタした。
※
むかしむかし浦島は
助けた亀に連れられて
竜宮城へ来て見れば
絵にもかけない美しさ
※
「……ちょっと展開が早すぎじゃないですか?」
「何だと?」
「だって一行で……もう竜宮城に入ってるじゃないですか。『助けた亀』も、唐突過ぎてどっから出てきたのか良く分かんないし。もうちょっとじっくり人物や情景を描写しないと」
「今の時代はこれくらいがちょうど良いんだよ。ファストだショートだタイムパフォーマンスだ、スピード勝負なんだよ現代のエンターテインメントは」
「もったいない。私だったら冒頭に4週は使うなあ」
「バカな。4週て……まるまる1ヶ月も亀がいじめられるシーンを載せ続けるのか。うら若き読者が新たな性癖に目覚めてしまったらどうする」
「大体いじめっていうのも題材としてどうなんですかね? 私、先生にはそんな露悪的な作品書いて欲しくないです」
「『浦島太郎』が露悪的……」
「過激なシーンや、キャラを死なせて衝撃や感動を演出してる作家は二流ですよ」
「書かない一流より書く二流だろ」
※
乙姫様のご馳走に
鯛やヒラメの舞踊り
ただ珍しく 面白く
月日が経つのも夢の中
※
「この乙姫様には、どんな哀しき過去があったんですか?」
「何だって?」
「だって、もっと登場人物を掘り下げないと。鯛やヒラメの過去編も」
「誰が『浦島太郎』で鯛やヒラメの過去編を見たがるんだ! 『ただ珍しく 面白く』。それで良いじゃないか!」
「うるさい!」
「う……うわぁああああっ!?」
※
鯛やヒラメにも哀しき過去……。
※
「見ろ! 君が邪魔するから、変になっちゃったじゃないか!」
「今の時代はこれがウケるんですよ。主人公だけが主人公な時代はもう終わりました。モブキャラ一人一人を徹底的に掘り下げないと」
「単に引き伸ばしてるだけじゃないのかそれ。全く。太郎と乙姫のラブシーンならともかく、鯛やヒラメの過去って」
「うーん……」
「何だよ? まだ『浦島太郎』に文句をつける気か?」
「ラブシーンっていうのは、正直”逃げ”なんですよね」
「はぁ」
「何のストーリーも思いつかない三流の作家が、とりあえず売り出し中の俳優に見せ場を作るため無理やり捩じ込むシーンなんですよ」
「そこまで愛を否定しなくても……普段どんな三流ドラマ観てるの?」
「あと”家族愛”ね」
「別に良いだろ! 確かに食傷気味な展開だけど!」
※
遊びに飽きて 気がついて
お暇乞いも そこそこに
帰る途中の楽しみは
土産にもらった玉手箱
※
「よぉし。ここからだ。ふふふふふ……」
「先生……」
「何だ? これから良いところなのに」
「残念ですが……『浦島太郎』は後10週で打ち切り決定です」
「何!? どういうことだ!? まだ連載してないのに打ち切られるって!」
「先生。先生は物語という名の竜宮城に迷い込んでいたのですよ。ふふ。創作活動は楽しかったでしょう? でも、もうお時間です。人生には、物語にはいつか終わりが来るもの。さぁ、結末という名の玉手箱を開けてください……」
「う……うわぁあああああっ!?」
※
帰って見れば こは如何に
元居た家も 村もなく
路に行き合う人々は
顔も知らない者ばかり
※
「早く! 早くしないと先生、あと10週しか無いんですよ!? 早くまとめに入って!」
「待ってくれ! まとめるどころか……『浦島太郎』で後10週も書くことないよ!?」
「だったら引き延ばさないと。新たな敵を作って、主人公に子供が生まれたってことにしたらどうですか? その子供を主人公にしましょう」
「うぅ……せっかくオリジナルがちゃんと終わったのに、商業のために無理やり続編を書かされている気分だ」
「終わりにしましょう……先生、さぁ!」
※
心細さに蓋とれば
開けて悔しき玉手箱
中からパッと白煙
たちまち太郎はお爺さん
※
「……第一部”完”!」
「第二部があるのか」
「続きは好きに書いてください」
「もういいよ」
「どうも、ありがとうございました〜」




