優先順位
アラームの音は鳴らない。
代わりに、無機質な音声が流れる。
「優先順位を決定してください」
目の前に、二つのベッド。
左。
若い女。
まだ意識がある。
細く息をしている。
右。
中年の男。
意識なし。
機械に繋がれている。
同時に来た。
同時に、限界だ。
どちらか一人しか助からない。
それは分かっている。
ずっとやってきた。
何度も、何度も。
——それでも。
「……くそ」
小さく漏れる。
カルテをめくる。
女。二十代。家族あり。
男。四十代。家族あり。
どちらも“ある”。
どちらも“いる”。
差なんて、ない。
いや、ある。
生存率。
女の方が高い。
助かる確率が高い。
だから、選ぶべきは——
手が止まる。
女が、こっちを見ている。
何か言おうとしている。
声にならない。
ただ、分かる。
——生きたい。
右を見る。
男は動かない。
でも、分かる。
——同じだ。
「……分かってる」
誰に言ったのか分からない。
手を動かす。
選択を入力する。
機械が動く。
一つの音が、止まる。
しばらくして、
扉が開いた。
「先生……」
声。
振り返る。
男の家族だった。
目が赤い。
震えている。
「どうして……」
言葉が続かない。
「どうしてあの人じゃなかったんですか」
来ると思っていた。
何度も見てきた。
それでも、慣れない。
「俺たち、ずっと待ってて」
「仕事だって休んで」
「やっと会えたのに」
一歩、近づいてくる。
「なんで、あの人なんですか」
指を向けられる。
「若いからですか」
「まだ生きそうだからですか」
「だったら、うちのはどうでもいいってことですか」
何も言わない。
言えない。
「答えてくださいよ!」
声が上がる。
廊下に響く。
周りが静まる。
それでも止まらない。
「選んだんでしょう!」
「だったら責任取れよ!」
「……じゃあ」
口を開く。
自分でも、少し驚くくらい静かだった。
「あなたが、選びますか」
一瞬、止まる。
「……は?」
「今からでもいい」
「同じ状況にします」
「二人並べて」
「どちらかを、選ぶ」
「あなたが」
沈黙。
「そんなの……」
言葉が詰まる。
「無理に決まってるだろ……」
「そうですね」
頷く。
「無理です」
「だから、俺がやりました」
「……ふざけんなよ」
低い声。
「こっちは家族なんだよ」
「当たり前です」
即答する。
「だから」
少しだけ、間を置く。
「見に行きましょうか」
歩き出す。
後ろから足音がついてくる。
止まらない。
病室の前で止まる。
扉を開ける。
中には、
さっきの女がいた。
ベッドの上で、
息をしている。
その横で、
誰かが泣いている。
母親だろうか。
手を握っている。
何度も名前を呼んでいる。
「……よかった」
その声が、部屋に満ちている。
後ろの気配が、止まる。
「この人は」
静かに言う。
「あなたが見殺しにするところだった人です」
何も返ってこない。
「どちらも、同じです」
続ける。
「家族がいて」
「待っていて」
「帰ってくるのを願っている」
「違うのは、一つだけです」
「選ばれたかどうか」
沈黙。
「……俺は」
口を開く。
「救ったつもりはないです」
「選んだだけです」
振り返る。
「あなたなら、どうしましたか」
答えは、返ってこない。
ただ、
さっきまで怒鳴っていた男は、
何も言えずに立っていた。
その顔を見て、
少しだけ思う。
——ああ、
やっぱり、同じだ。
「救う」という言葉は、必ずしも全てを含みません。
限られた状況の中で選ぶということは、同時に何かを切り捨てることでもあります。
この作品では、その“選択”に正しさがあるのかを描きました。
誰が正しくて、誰が間違っているのか。
その答えは用意していません。
読んだ人それぞれが、一度考えてくれればと思います。




