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優先順位

掲載日:2026/04/23

アラームの音は鳴らない。

代わりに、無機質な音声が流れる。

「優先順位を決定してください」

目の前に、二つのベッド。

左。

若い女。

まだ意識がある。

細く息をしている。

右。

中年の男。

意識なし。

機械に繋がれている。

同時に来た。

同時に、限界だ。

どちらか一人しか助からない。

それは分かっている。

ずっとやってきた。

何度も、何度も。

——それでも。

「……くそ」

小さく漏れる。

カルテをめくる。

女。二十代。家族あり。

男。四十代。家族あり。

どちらも“ある”。

どちらも“いる”。

差なんて、ない。

いや、ある。

生存率。

女の方が高い。

助かる確率が高い。

だから、選ぶべきは——

手が止まる。

女が、こっちを見ている。

何か言おうとしている。

声にならない。

ただ、分かる。

——生きたい。

右を見る。

男は動かない。

でも、分かる。

——同じだ。

「……分かってる」

誰に言ったのか分からない。

手を動かす。

選択を入力する。

機械が動く。

一つの音が、止まる。

しばらくして、

扉が開いた。

「先生……」

声。

振り返る。

男の家族だった。

目が赤い。

震えている。

「どうして……」

言葉が続かない。

「どうしてあの人じゃなかったんですか」

来ると思っていた。

何度も見てきた。

それでも、慣れない。

「俺たち、ずっと待ってて」

「仕事だって休んで」

「やっと会えたのに」

一歩、近づいてくる。

「なんで、あの人なんですか」

指を向けられる。

「若いからですか」

「まだ生きそうだからですか」

「だったら、うちのはどうでもいいってことですか」

何も言わない。

言えない。

「答えてくださいよ!」

声が上がる。

廊下に響く。

周りが静まる。

それでも止まらない。

「選んだんでしょう!」

「だったら責任取れよ!」

「……じゃあ」

口を開く。

自分でも、少し驚くくらい静かだった。

「あなたが、選びますか」

一瞬、止まる。

「……は?」

「今からでもいい」

「同じ状況にします」

「二人並べて」

「どちらかを、選ぶ」

「あなたが」

沈黙。

「そんなの……」

言葉が詰まる。

「無理に決まってるだろ……」

「そうですね」

頷く。

「無理です」

「だから、俺がやりました」

「……ふざけんなよ」

低い声。

「こっちは家族なんだよ」

「当たり前です」

即答する。

「だから」

少しだけ、間を置く。

「見に行きましょうか」

歩き出す。

後ろから足音がついてくる。

止まらない。

病室の前で止まる。

扉を開ける。

中には、

さっきの女がいた。

ベッドの上で、

息をしている。

その横で、

誰かが泣いている。

母親だろうか。

手を握っている。

何度も名前を呼んでいる。

「……よかった」

その声が、部屋に満ちている。

後ろの気配が、止まる。

「この人は」

静かに言う。

「あなたが見殺しにするところだった人です」

何も返ってこない。

「どちらも、同じです」

続ける。

「家族がいて」

「待っていて」

「帰ってくるのを願っている」

「違うのは、一つだけです」

「選ばれたかどうか」

沈黙。

「……俺は」

口を開く。

「救ったつもりはないです」

「選んだだけです」

振り返る。

「あなたなら、どうしましたか」

答えは、返ってこない。

ただ、

さっきまで怒鳴っていた男は、

何も言えずに立っていた。

その顔を見て、

少しだけ思う。

——ああ、

やっぱり、同じだ。

「救う」という言葉は、必ずしも全てを含みません。

限られた状況の中で選ぶということは、同時に何かを切り捨てることでもあります。

この作品では、その“選択”に正しさがあるのかを描きました。

誰が正しくて、誰が間違っているのか。

その答えは用意していません。

読んだ人それぞれが、一度考えてくれればと思います。

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