捻れ縁番外~お嬢の帰還~
隊士の練習も終わり、各自片付けに入っている。結局隊長は今日も間に合いそうにない。周りから嫌な空気を感じても、口には出さずに笑顔を作る。それが先代の頃からの変わらぬ役割なのだ。
「滝さん、今日も隊長は留守か」
事務担当の水野が横で深い溜息を吐いた。こいつも先代からこの隊に所属する古参で、現在は現場よりも事務をこなしている。
「ああ、第四部隊に出向いている」
「昨日終わったのではないのか」
「後片付けだろう」
水野は薄くなった頭を雑に掻いた。この仕草の時は、相当言いたいことがあるに違いない。
「どうした。聞くぞ」
お前に話したところで。言わずとも、表情で悟った。しかし、我慢が効かないのだろう。ぼそぼそと吐き出した。
「姫がまた捨て猫を拾ったらしい。遠征に行くたびにいらないものを」
怒りに滲む声。そりゃあ、そうだ。この男が入隊希望者を断って人数調整をしているのをお嬢は知らない。
「まあ、隊長にも事情があるのかもしれないな。聞いておく」
「滝さん、頼むぞ。あんたが甘やかすから、姫は自由に入隊許可出してしまうのだから」
「ああ、話しておく。あと、まだみんないるのだから、姫はやめておけ」
隊長のあだ名を窘めた。隊士の間で、彼女は姫らしい。嫌な響きにも聞こえるが、決して否定的なものだけではない。
「なんにせよ、隊の事情を考えないのは問題だろう。滝さんも甘やかしすぎだぞ」
「否定はしない。今日帰ってきたら、しっかり話しておく」
早朝に一度立ち寄った際に疲れが顔に出ていたので、おそらく今日はここに来るに違いない。お嬢を子供の頃から見ているからか、行動は想像がつく。
お嬢を初めて見た日は鮮明に覚えている。
先代でこの隊の当時の隊長でもあった田野さんは、小さな頃からの付き合い。無口で
険しい表情を崩すことのない人間のため、近寄りがたいとされていた。そのため、修練に付き合う自分以外の人間とは仕事以外でろくに会話もしないような男だった。
「滝さん、この後は暇かい」
桜が散った初夏の季節。修練を終えて片付けをしていると、田野さんが話しかけてきた。たまに飲みに行くことはあったが、珍しく表情が少し緩く見える。
「ええ、一杯程度ならお付き合い致します」
「いや、今日は違う。うちに来ないか」
ぶっきらぼうな言い方は変わらない。しかし、目を合わせずに道具をしまう仕草に違和感を禁じ得ない。そういえば、以前もこんなことがあった気がする。昔のこと過ぎるせいか、ピンとこない。
「わかりました。私なんかを招くなんて、奥様になにかありましたか」
「来てから話す」
自分の荷物がまとまると、さっさと道場を出て行ってしまった。最近は特にそうだ。もう少し性格が良ければ、いい縁談に恵まれたに違いない。
田野源一は県内でも数えるほどしかいない剣術の達人だ。優秀な隊長には、立派な家からの縁談が来るのは珍しくない。しかし、この男の性格から、ほとんど話は来なかった。
数少ない縁談の中で選んだのが、今の奥様である小春さんだ。
自分の荷物をまとめてから、道場近くにある家へ向かった。連れていくなどの配慮がないのも彼らしい。しかし、理由は後程知ることになる。
「こんばんは」
「はーい」
玄関の引き戸が開き、小春さんが姿を現した。小さな色白の体で、今日は目の下の隈もひどいので更に弱々しく見える。綺麗な瞳に大きな二重の目。整った顔立ちは今のお嬢にそっくりだ。
裕福な家庭で育ったが、身体が弱いので名家での縁談が破綻続き。家族からも疎ましく思われていたところで田野さんとお見合いをした。
周りはうまくいかないと諦めていた縁談だったが、今まで女性に見向きもしなかった田野さんが即答で彼女との結婚を申し出た。この話はあっというまに守備隊内で騒ぎになったのを覚えている。
彼女の家族は、ここぞとばかりに押し付けるように彼女を追いだした。本人も田野さんに迷惑がかかるのではと不安を抱えていたが、田野さんは小春さんの体を気遣いながら家庭を支えていた。
そもそも道場で一通りの家事をこなしていた田野さんからすれば、体調を崩した小春さんへの気遣いはそんなに苦になっていなかったようだ。
「なんで小春さんを選んだのですか」
寄った際に質問を投げかけた。少し眉毛が吊り上がったが、田野さんは前を向いたまま話した。
「体が弱いなんて、大した話ではない。あんなに美しい人、小春以外に見たことがない」
照れたように話す田野さんに吹き出しかけた。
「あら、滝川様」
「隊長からこちらに来るように言われまして」
目を逸らして話した。そもそも女性なんて妻以外に知らないうえに、こんな美人は見たことがない。変な顔をしてしまわないように、見ないようにした。
「入れていいぞ。さっさと来い」
いくら後輩とはいえ、出迎えもなしとは。
「すみません。理名が生まれてからはべったりで・・・」
「りな・・・」
聞いたことのない名前に、思わず口に出してしまった。小春さんは驚いた表情の後に溜息を吐いた。
「夫が失礼ばかりで申し訳ございません。三ヶ月前になりますが、娘が生まれました」
頬を赤らめた姿がかわいらしい。しかし、全く聞いていなかったので動揺が隠せない。こんな大事な話、隊士は誰も知らないはずだ。
「左様でございましたか。何も持たずに来てしまい、申し訳ございませんでした」
「気になされないでください。夫は口数少ないので、何も言ってないのでしょう」
呆れたような口調だが、田野さんへの愛情を感じる。
「どうした、来ないのか。理名が待っているぞ」
普段以上によく話す田野さんに違和感を禁じ得ないが、吸い込まれるように奥へ進んだ。二人の子供は気になる。
お嬢との初めての対面だった。
布団に寝かされた赤ん坊は真っ白で、綺麗な瞳をした可愛らしい子供だった。自分の娘も二人いたが、正直別の生き物かと思った記憶はいまだ鮮明に残っている。
「かわいい子だなあ」
「なんだ、その感想は」
不満そうな田野さんの言葉が聞こえるが、お嬢から視線を外せない。こちらに気が付いたお嬢がぐずりだした。
「大丈夫だぞ。あいつは敵じゃない」
田野さんが優しくあやしている。こんな姿、何年も一緒にいて初めてだ。この男にもこんな感情があることに感動すら覚える。
「最近夜泣きがひどくて、小春が悩んでいるのだが・・・」
「その年の子供なら、当たり前ではないですか。うちの千恵美もひどいものでした」
「それがよくわからんのだ。聞ける人間がいない」
後ろを向くと、小春さんが表情を崩して頭を下げた。気が利かなかった。自分を叱責した。やはり頭が働いていない。
「うちの上さんに聞いてみませんか。既に三人も育てているので、少しは役に立つ知識位もありますよ」
狙いには気が付いているが、先輩に言わせるほど野暮ではない。小春さんが不安そうに顔をゆがめる。
「そんな、ご迷惑を・・・」
「うちの妻は世話焼きだから、話をすればおのずとお節介をするでしょう。むしろ、小春さんが嫌でなければ、妻の相手になってはくれませんか」
小春さんは家を追い出された身分。助けてくれる人も周りにおらず、困った末にこちらを呼んだに違いない。落ち着いたお嬢が、こちらに視線を向ける。今も変わらない綺麗な瞳が自分を映す。
「それにしても、本当にかわいい子だなあ」
無意識に声が出た。田野さんが呆れたような視線を送る。
「もう少し洒落の効いた言葉をくれないか」
横でコロコロと小春さんが微笑んだ。お茶を持ってくると、裏に下がっていった。
「すまなかったな。小春があんなに笑ったのは久しぶりだ」
「お役に立てたのであれば、何よりです」
田野さんはお嬢を抱き上げた。
「この子には、化け物に怯えるような目にはあってほしくない。なんといっても、小春が命を懸けて生んでくれた子だからな」
体の弱かった小春さんのことを考えて、田野さんは子供をあえて望まなかった。しかし、小春さんが生みたいと強く田野さんに訴えて、お嬢を身ごもったそうだ。
「私に、仕事をさせてください」
彼女は泣きながら、田野さんに訴えたそうだ。
この言葉を否定するべきだったのか。充分お前は俺の妻として働いてくれた。お前がいてくれたら充分だった。
面と向かって言えなかったことを、田野さんは今も後悔している。お嬢を愛していると同時に、田野さんは本当に小春さんを愛していたのだ。
それが、あんなことになるなんて。
「お疲れ様です」
道場の入り口付近で大きな声がする。お嬢のお帰りだ。可愛かったお嬢の回想がふっと消えていく。
道場に、朱色の隊服に身を包んだお嬢が現れた。身長は女性にしては少し高いが、やはり周りの男衆と並ぶと小柄で細く見える。初見では、若くして隊長に就くような剣士には見えないだろう。
黒い綺麗な髪を髪留めでまとめ、二重の大きな目と整った顔立ちは若いころの小春さんに似てきた。決して気の強そうな風体には見えず、服が違えば姫と言われても違和感のない美人に成長した。
「滝川さん、留守中はありがとうございました。少しいいでしょうか」
「隊長もお勤めご苦労様でした。承知いたしました」
道場を出て奥の部屋に執務室がある。そこは自分とお嬢が話し合いをする部屋とされており、他の隊士に立ち入りを制限している。
静かな足取りで部屋まで進むと、入るなり崩れるように敷いている布団に横になった。
「あーあ、疲れたよ」
だらしなく横たわるお嬢は、普段とは全く違った甘えた声を出した。
「だらしないですよ。隊服が皺になります」
「わかりました」
嫌そうにしかめ面をすると、その場で隊服と胴着、袴を脱ぎ捨てた。男の前で見せてはいけない格好をすると、再び布団に横たわった。
「随分お疲れですね」
「ちょっと、色々なことがありすぎた。あいたた・・・」
後頭部あたりを撫でながら、彼女は表情をゆがめた。珍しく、怪我をしたらしい。全身も辛そうにしているので、どうやら力を使ったに違いない。
「怪我でもしましたか」
少し考え込んでから、彼女は目を閉じた。
「今度話す。今日はゆっくり寝かせてほしいの」
仕事柄、落ち着いて睡眠が出来ないのでお嬢はゆっくりしたいときにここに現れる。ここは通常人が来ない上に、自分がいるので防犯上も安心していると話していた。
「承知いたしました」
「二人の時は、隊長扱いはやめる約束」
父は師匠、母である小春さんは既に他界している状況で、彼女が甘える場所はここしかない。普段は他の人間以上に自分を演じているだけに、こういった抜きどころが必要なのは田野さんも理解していた。
「わかった。この後の事務作業が残っているから、好きなだけ寝なさい」
「はーい」
気持ちよさそうに体を丸めた。隊士の中では結婚したい女性隊士の順位で常に上位に現れる存在。偉そうにせず、周りに気を遣える素直な性格とこの容姿なら当たり前だ。本人はそれを嫌がっている。
そうだよな。意中の人間はいるのだから。
「ねえ、千恵美さんは次いつ帰ってくるの」
あくまでも目を閉じたまま、寝言のようにつぶやいた。長女はお嬢を妹のようにかわいがり、小春さんを亡くした後も彼女を支え続けた。年頃で多感な時期も相談に乗っていたのは千恵美だったので、嫁ぎ先が決まった時には自分たち以上に悲しんでいたのを覚えている。
「子供も生まれたばかりだから、しばらくは来ないだろう。むしろ、お嬢が行けばいいじゃないか。手紙にも、お嬢に会いたいと書かれていた」
「そうする。そしたら、休み作らないと」
「最近も休みが取れていないのだから、二日ほどまとめてとればいいではないか」
視線を向けると、寝息を立てながら既に眠りについていた。子供の頃から変わらない。自分から話しておいて、勝手に眠るとは。
眠っているお嬢の乱れた掛け布団を直すと、机に戻り作業を再開した。
居眠り隊長。
危機的な状況において、彼女は異常な集中を見せる。一度意識を失ったように刀を地上に落とすと、すっと息を吸って目を開く。その目はいつもの綺麗なまっすぐな瞳ではなく、血走った殺意に満ちたものだ。火刀もゆらゆらと小さな炎から、刀自体が真っ赤になり、火力が異常に高まり殺傷力が上がる。
この時の記憶は本人にはないらしい。それが、居眠り隊長の異名を持つ理由だ。彼女は自分の能力を疑っているが、何人もの隊士が目の前で強い化け物を一人で始末した姿を見ている。信じてもいいはずだが、彼女は頑なに信じなかった。
「そうやって私を励まそうとしているだけ。結局、私は倒れて何もできなかった」
自分で倒しておいて、悔しそうにする滑稽な隊長に皆が首を傾げている。
ただ、心配もある。
体の負担が大きく、常に力を使った後は体が数日は動かずにこうやって深い眠りにつく。一度に大きな力を使うことが、今後の人生に後遺症を残さなければいいのだが。
田野さんも自分も、彼女には守備隊を辞めてどこかに嫁いでほしいと真剣に考えている。わざわざ命のやり取りをする最前線にいなくとも、穏やかに生活さえしてくれれば文句もない。しかし、本人は真逆の考えで突っ走っている。
花を見るのが好きな、穏やかな女の子だった。田野さんも刀を持たせる気もなかった。この道を選んだのはお嬢自身だ。気が付いた時には、彼女は誰に言われることなく毎日修練に励んでいた。できれば、自分の能力を疑って刀を置いてほしい。何度もそう願った。しかし、お嬢はどんな困難を前にしてもくじけなかった。
眠っているはずのお嬢が肩を震わせている。
「お嬢、大丈夫か」
「・・・うん。ごめんなさい。一人で考えたい」
今回はかなり悔しい出来事があったのだろう。こうやって泣いている姿を見せるのは珍しい。朝から浮かない表情をしていたので、討伐以外にも何か問題があったに違いない。
「わかった。無理はしないでくれ」
「・・・ありがとう」
起き上ることなく、返事のみ。辛いときの顔は、絶対に見せたりしない。
甘やかしているか。
つくづく、他人の意見に腹が立つ。人が思う以上にお嬢は周りに気を遣っている。拾ってくる人間にも事情があり、お嬢が好きで集めているわけではない。確かに、他の隊に比べて入隊希望者が多いこの部隊で人数調整をしている水野の気持ちもわからないわけではない。ただ、気分屋だとか、世間知らずと言われるとこちらまで苛立ちを隠せなくなる。
「滝さん、私は未熟ですが、沢山勉強をしてこの道場と部隊を守っていきます。これからも、指導をお願い致します」
田野さんが引退されて、お嬢が正式に隊長に就任した日。この部屋で彼女は頭を下げた。あの弱々しく泣いていたお嬢と重なり、胸が熱くなった。
「お嬢、俺なんかが指導なんてできないが、これからも支えていく。好きなようにやりなさい」
その時に向けた笑顔を守るため、小さな力添えしかできないが、味方になっていきたい。泣き疲れてやっと眠りについた背中を見つめた。




