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騎人バスターの変身者

 八時十五分あたり。

 アタシは余裕そこそこに1-Bの教室に入った。


「ういー」

「「「ういー」」」

 と、女子高生基準では礼儀正しく、自クラス内の仲いい方の子に挨拶して、気分良く朝を迎えた。


 それからアタシは四時限の座学を、頭をプシュー言わせながら切り抜けた。

 特に四時限目の世界史がヤバかった。


 今やっている範囲が世界恐慌っていうよくわからない理由で世界中の人が貧乏になった話がベースになってるから、開幕理解しにくいっていうのもあるし。

 それに、各国の誰々がどういう対策したかってのがドドッと横文字のラッシュで紹介されるから覚えづらくてしょうがない。


 ええと、アメリカがローズベルト、いや、ルーズベルト? どっちだっけ?

 欧米の人の名前はカタカナ表記が分かれちゃうっていうのがあるから覚えるのに厄介なんだよなぁ。

 ブリギッドがブリギットだったりブリジットだったり。ヴィクトールがヴィクトルだったりビクトルだったり……

 まぁ、うちの世界史の先生は誰のことを言いたいのかわかれば、ちょっとの誤表記は許してくれるんだけどね。


 とにかく、アタシはどうにか四時限を耐えきり、昼休みに突入した。


「えのもーん! 今日はこっち来てよー!」

 歴史の教科書をカバンにぶっ込んだのと同時に、クラス内の仲良し女子グループが、机をくっつけながらアタシを呼んだ。


「いいよー! あ、けど……今日はビミョーに用事あるから、食べたらすぐどっかいっちゃうからね」


「おけおけー」


 アタシはそこでテキトーに雑談しつつ、お父さんが作ってくれたお弁当を美味しくいただいた。

 完食後、アタシはすぐ有言実行で、仲いい子たちにしばしのお別れを告げて、廊下に出た。


 アタシは耳元にスマホを置く。

 その画面に、こっそりと紫ベースの下地に金色ラインが入った模様のカードを押し付けて、一緒に握っている。


『ようやく出番ですか。待ちくたびれましたよ』


 スマホに押し付けてるカードからの声に、アタシは返す。

「ごめんごめん」

 

 今、スマホで隠しているのはただのカードじゃない。

 エンヂェントパピルス――四年前に放送されていた子供向け特撮番組『騎人バスターイヌビス』で、バスターたちが変身に使う、色んな動物に変形するカード型の神秘的遺物……を模したおもちゃらしい(Wiki調べ)。


 けれども、この喋るカード……スコルケトが、休み時間などの隙を見つけて教えてもらった話は、かなり突飛していた。


 騎人バスターイヌビスは番組ではなく、実際にいた。

 その敵と味方もきっちり存在し、本当に戦っていた。

『だから私も、アタシの言う番組内でのように動いて喋れるのです』だって。


 じゃあ四年前に放送されてたらしい番組はノンフィクションのドキュメンタリー的なのだったの? と聞くと、そうじゃないとスコルケトは言った。

『私は、リョウカさんのいる世界と別な世界からここにやってきたのです』


 それを聞いた瞬間、アタシは周りに人がいることを忘れて、結構力んで『は?』と言った。


 スコルケトがこうしてアタシのところに来たのは、『神の思し召し』だという。


 スコルケトがここに来る直前、あっちの世界は平和になった。いかにもヒーローものっぽく、騎人バスターイヌビスが最強のパワーを解き放って、悪の親玉のラスボスを倒したからだ。


 倒す悪がいなくなったら、もうエンヂェントパピルスは必要ない。

 バスターは自分たちが今までお世話になったこれを悪用されないように、全て、元あったピラミッドに封印した。


 その中にはもちろん、スコルケトもいた。

 この時スコルケトは、イヌビスたちに見送られながら、こんな声にならない叫びを出していたらしい。


『私は活躍していないではありませんか! このまま封印されたくありませんよぉ!』

 実のところ、スコルケトさんは、どのバスターにも使われず、回収されてからずっとバスターたちの基地に保管されていたという。


 にわかで恐縮だけど、最近のバスターってなんてメッチャいっぱいいるし、フォームチェンジもメッチャするから、どっかで使ってるんじゃないの?

 って思ったけど、マジで使われてないとスコルケトさんは断言した。

 一応、アタシはまた例のWikiでスコルケトの情報を調べてみたら『劇中未使用』の五文字がはっきり記載されていた。


 そうして誰にも使われず、スコルケトはピラミッドの奥でシクシク泣いていた。けどここで奇跡が起こったという。

 突如として、スコルケトはピラミッド内に出現した、スコルケトにもよくわからない次元の裂け目に吸い込まれた。


 あとは早朝のあのとおり。アタシのクローゼットに飛んできて、お兄さんを乗っ取って、アタシに負けた。


 で、何故アレをスコルケトは『神の思し召し』と思ったかって話ね? 

 それは、自分のいた世界に、自分の隠れた偉大さを知らしめるために、自分の変身者をここで見つけられるから。だって。


 エンヂェントパピルスは今朝ああしてお兄さんを操った通り、すごい力を秘めているけど、変身者を介さないとその全てを発揮できない。

 それと、変身者とその相棒の関係性を作っておかないと、世間からの人気がつかみにくい。


 だからここで自分の力を百二十パー使いこなせるくらい強くて、かつ、周りから好まれやすい人間を探したいんだって。


 ……ものすごく今更感あるぶっちゃけだけどさあ……

「なんでこんな面倒くさいことしなきゃいけないの!」


『仕方ないでありますよ!? このまま飼い殺しの果てに倉庫の肥やしになってたまるものでありますか!

 封印を解かれたどころかある程度の自由が確保された今、ここでチャンスをものにしなくてはいけません!

 はい、というわけでこの昼休みの時間を使ってめぼしい人材を探すのです!』


「はいはい、わかりましたよ」


 アタシは引き続き、スコルケトをスマホで隠しつつ、一年の教室辺りを歩いて、あの人はどう? と、なんかヒーローやっててもおかしくなさそうな優しそうな同級生を見せて、何度も聞いてみた。


 だけどスコルケトは納得しない。

 あの人は裏がありそう。主役張れる見た目じゃなさそう。生身のアクションが出来なさそう……とか、とにかく難癖つけまくっていた。


 てか、フツーに考えると、お兄さんみたいな優しくてゴリゴリ強い人でも、アタシにバスケの1on1で負けたくらいで失格にしたよねこの人(?)。

 だったらもうアタシの同級生じゃ誰も納得しないような気がしてきた。


『年代的には問題は一切ないのですがねぇ。この階層には私のお眼鏡にかなう逸材はいる予感がしませんね……』

 とか思ってたらスコルケト側も同じこと考えてたらしい。


「じゃあ下いって、二年生とか見てこいとか言うつもりですか?」


『そうです』


「それはちょっと難しいですかね……一年生が具体的な用も無しに先輩エリアをうろつくと目立ち過ぎちゃうんで」


『そこをなんとかできませんか?』


「んー、一応自然な形で先輩に近づける方法はなくもないですけどー……」


『ですけどー……いかがいたしました?』


 アタシは間を繋ぐために、余計なことを滑らせてしまったことを後悔する。

 確かに近づける方法はあるっちゃある。けど、どうしてよりによってこれを言っちゃったのかなー……って。


 しょうがない。アタシは清水することにした。

「じゃあ、もう三時間半くらい待ってもらえます? そしたらどうにかできますんで……」


『おお、それくらいなら喜んで待ちますとも』


「それはよかったです。じゃあ、アタシここはもう引き上げていいですか?」


『いいですとも。あまり貴方の昼休み時間を奪うのも申し訳ないと思いますから』


 じゃあさっさと元の世界に帰ってくれないかなぁ。ていうか……


「そういえば結構謎なタイミングの質問ですけど、アタシじゃダメなんですか?」


『リョウカさんの何がダメなのです?』


「アタシも変身者の候補に入らないのか、っていう質問ですけど」


『なるほど、そう来ましたか……いやあ、それは非常に言いにくいのですが、その……』


「ヤダってはっきり言ってもいいですよ、アタシ、メンタル強い方なんで」

 どうせ変身する気なんかミリもないしさ。


『……このご時世にこんなことを言うのは、私としてもとても不適切だと重々承知しておりますが……変身者が女性なのはちょっと……』


「うわ、そうきたか。てか、え、別によくない? なんかいなかった? 女性の騎人バスターとかわりといたような気がするけど?」


『ですけど人気ないんですよね。私の世界にも何人かいらっしゃったのですが、あまり大衆からの応援を頂けていませんでした。彼女がたも彼女がたなりに頑張っていたのですがね。

 私も、女性に変身者を任せること自体は大歓迎ではございますが、どうしても注目度の観点がございますから……』

 と、耳元に置いているスコルケトは、じわじわと声量を小さくしながら言ってきた。申し訳なさが本気で伝わって来る。


 けどまぁ、アタシもそれをひどいとか言えないんだよなぁ。

 ムッチャ小さい頃、『ミラキリーシリーズ』っていう、魔法少女アニメを毎週欠かさず観てたんだ。

 そこで魔法少女たちのサポート役のイケメン妖精が出しゃばるたびに、『じゃますんなひっこめザコ!』的なこと考えてイラついてたし。


『というわけでリョウカさんには、一時の仲間として、このご縁を重宝させて頂きます』


「はい、こちらこそお願いします」

 その程度で十分です、スコルケト。

 アタシなんかがヒーローなっても誰も幸せにならないだろうしさ。



 二時限と待ち時間を挟んで……スコルケトとの約束の三時間半後。

 あらかじめジャージ姿になったアタシは教室でスマホをいじるのをやめ、通学カバンを背負って体育館へ向かった。


 うちの学校はものすごくデカいから、それに比例して体育館もデカい。バスケコート換算だと四つくらい入るくらいデカいんだ。


 室内スポーツの部活は四分割したここのスペースをローテーションで使っている。

 アタシのいる女子バスケ部は今日は二部の枠での利用だ。


 体育館に入ると、これから女バスが使うスペースには、直前の利用者の女子バドミントン部員が数人と、設置されっぱなしのネットがあった。


「あ、榎本さんだ」

「ちょうどよかった。はい、じゃああとはよろ」


「はーい、お疲れ様です」


 アタシはカバンを物置部屋の鉄戸の近くに置く。

「これなら見える?」

『はい。問題ないです』

 隠しカメラを仕込むみたいにスコルケトを、カバンからほんの少し出してセット。

 その後、テキパキとバドミントンのネットとポールを片付けた。

 ついでにアタシは物置部屋に入り、綺麗めなボールを外に並べておいた。

 

 ちょうどその時、女バスの部員たちがやってきた。

「おはようございます!」

 アタシはものすごく元気よく声を出して、直角近くまで頭を下げる。


「おはようございますっスー」

 するとその中の三分の一くらいが声に出して返事をして、別の三分の一が会釈をして、残りはこっちを見ようともしなかった。


 部員が揃うと、部員全員での準備運動が始まった。もちろんアタシも、集まりの外周にいて、参加する。


 準備運動の後、顧問の先生から今日のメニューの説明を受けてから、みんなは今日の小手調べとしてシュートの練習を始めていた。

 アタシは通学カバンを持って、物置部屋に入った。

 今度は少し開けた戸の隙間付近にカバンを置いて、スコルケトがみんなを観察できるようにする。

 で、アタシはここで、表に出していない汚れたボールを磨いていく。


 途中、カサカサとやーな虫系の音がして、アタシはボール拭き用のクロスをヌンチャクみたいに持って振り返る。と、そこには自立して動く紙製の紫サソリ――スコルケトが。


「ちょっ、勝手に出てこないでよ。Gかと思ったじゃん」


『それは失敬』


「……で、観察はどう、順調? 今なら遠くに男バスのでっかい先輩とかいるけど」


『どなたも微妙ですかね。あの色白でマゼンタカラーの髪の人はポテンシャルは高そうですが、やはり女性なのが商業的に……

 って、時代齟齬な話をくり返している場合じゃないですよ』


「自分が始めたんじゃん」


『そんなことよりも今、私は貴方にどうしても尋ねたいことがございまして……』


 いいよ。と返して、アタシはスコルケトを拾い上げ、念のためクロスに包む。

「けど手短にね」

 前々から言ってることだけど、アタシが子供のおもちゃを学校に持ち込んだ挙げ句、それとブツブツ喋ってるとかバレたらマズイからね。特に、アイツらには絶対。


『承知しました……あの、リョウカさんは練習に参加しないのですか?』

 と、スコルケトは左ハサミっぽい部位を、少し開けている戸の隙間を指した。

 きっとシュート練習でも始めたんでしょう、何人かの女バス部員が一定のリズムで右から左へドリブルして動いている。


「なあんだ、そんくらいの話か?」


『そんくらいの話……?』


「アタシは練習に参加しなくてもいいの。なんなら部活には来なくていいようになってるの。顧問公認で。今日はあなたのためにってのと、定期的な顔出しも兼ねて来たけど」


『ほほう。その特別な措置はどういうわけで……さては! リョウカさんが高校生ながら優れたプロバスケプレイヤーであるため……!』


「違うよ。アタシなんかまだプロほど上手くないって」

 また余計なこと言った。

 アタシは変に親切心を働かせたことを悔やんだ。このスコルケトの勘違いしたお世辞をそのまま受け取っとけば、話すことなかったじゃん……


『……ほう。では真の理由をお話いただけますか?』


「……あんまり自分から話したくないんだけどさぁ……」

 アタシはため息混じりにぼんやりと言ってから、スコルケトにざっと、この訳を話す。


【完】

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