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黒灰の獅子は王位に座さず

 導霊に成るには二つの方法があるらしい。

 一つは、導霊の親から産まれた子が、一定の成長と訓練を経ること。現代の導霊はこちらの由来が多いという。

 もう一つは、人間が導霊からの厳しい訓練を受けて成ることだ。初めて世界に現れた導霊はこちらで、偶然の産物だという。


 ギルフォードがとったのは後者。この人はさっき滑らせたことの通り、元人間。それも、異世界『アリュシスト』にある小国の王族だったという。


 どおりでこれまでああいう上から目線な言動が目立っていたんだろう。

 と、僕はうなづいて聞いたが、その推察はすぐに改めることになった。


 ギルフォードは王族とはいえども、兄弟順で言うと下から数えたほうが早く、側室産まれであるがため、王位継承権も非常に弱い。という立場にあった。


 故に、親から用意された人生というのは王国軍の指揮官の道。

 血族を重役に置いておけば、動かしやすさと信頼性が確保できるから、という安易な理由によるものだ。


 今よりも若い当時のギルフォードには、親にして主君の命令を拒否する権利はない。

 ギルフォードはそれに従い、剣術や軍学の研鑽に励み続けた。


 そして親の七光りなど一切無い純粋な実力によって、ギルフォードは王国軍最年少の役職持ちに任命された。


 翌日、ギルフォードは国から逃亡した。

 他人に敷かれた道を歩き続けることに意味など無い。

 小さな国の人々だけでなく、より大勢の人の役に立つことがしたい。


 そうした思いから、ギルフォードは導霊を祀る神殿へ行き、祈った――自分の才を、導霊として使いたい。

 始まりの導霊は人間が成ったもの。かつて学んだ伝承を信じてのことだった。


 すると、その祈りは届いた。気がつくと、ギルフォードは天界へと案内されたのだ。


 まもなく、そこで導霊になるための訓練の日々が始まった。


 自分の周りにいるのは全て、両親ともに導霊である者ばかりで、生まれながらにして素質があるため、明らかに浮いた存在であるギルフォードのことを蔑んだ。

 ギルフォードは、それに屈するどころか、蚊に刺された程度にも感じず、訓練に励んだ。

 そしてそうした歪んだ性格と自分たちの起源もしらない愚かな連中を、たゆまぬ訓練とその結果で見返してやった。


 ――同期の誰よりもいち早く導霊になる。

 完全に出し抜かれて狼狽えている馬鹿どもの姿は、今思い出しても傑作だそうだ。



「というわけで、オレ様は導霊として、こういう救済手段を選んでいるわけだ」


 僕が二人分の食器を拭いている間、ギルフォードは横から得意げに言ってきた。


 自分を救うためには、自分を守る殻を壊すように、苦しいことを受け入れていかないといけない。

 出生と導霊に成るまでの経緯で得た、ギルフォードなりの真理。

 それに基づいて、僕にああした細かな家事をやらせたのだろう。


 ようやく納得した。ギルフォードは、ただの嫌味な人じゃない。あいつなりに僕のことを気づかっていたんだ。


 だからといってギルフォードの指導を喜んで受ける気には決してならないけども。

 あの豆腐ハンバーグは美味しかったけど、正直アレが冷凍パスタだったら、もっと多くの空き時間を作れたはずなのに……


「いつまで箸こすってるんだよテメェ。塗装まで剥がす気か?」


「……うるさい」


 食器を片付け終えると、僕はシャワーを済ませて、リビングに戻る。

 ずっとダイニングテーブルの隅に避難させていた本を回収し、ソファに腰を下ろす。


 テレビのリモコンを操作し、今の時間帯で一番耳障りのないバラエティ番組をつける。

 それをBGM代わりに、僕は先程の続きから本を読む。


 その途中、ギルフォードが僕の隣に座って、手元の本を覗いてきた。


「その本、今朝わざわざカバンに入っていることを確認してたヤツだよな。一体どんな本だよこれ」


「小説」


「何の小説だ」


「説明してもどうせわからないと思うから言わない」


「せめてあらすじでも言え」


「男装した姫が、兄の都合で王都の士官学校に入学するところから始まる。

 両親を失うほどの戦いのショックで失った才能を取り戻しつつ、校内で頭角を表していく。

 そういうファンタジー小説。これは二巻ある内の一巻のほう」


 個人的に、これは自分でも驚くほど明瞭なあらすじ説明だったと思った。


「随分とスラスラ語ってくれたな。お前はこういうファンタジーが好きなのか?」


「そうでもない。この本に限ってはものすごく気に入っているんだ。

 四年くらい前に、表紙のヒロインの可憐で凛々しいイラストに惹かれて買ってから、かれこれ二十回は周回して読んでいる」


「二十回も!? オレ様も導霊の聖典ですら両手で数えられるくらいしか読破してないぞ!? そんだけ面白いのか?」


「人によるかも。話は飛び抜けて秀逸でもないし、時々描写がややこしい。って、僕は読むたびに感じている。

 けど、これが最も好きな本だってのはいつまでも変わってない」


「なるほど。だからテメェ、外行きのときはあれだけすました男物の服を着ていたのか」


「正解。この本の主人公に憧れてね。ああいう服装をすることで、まるで主人公の勇気と信念を鎧みたいに纏った気持ちになれるんだ」


「そうか。その小説はお前にとって、聖典みたいなものなんだな……」


 ここでギルフォードは辺りを見渡す。

 今朝、テレビ台の下に収納した本の数々を見つめながら聞いてきた。

「色々読んでるんだな。オレ様が使った時間術の本とか、レシピとか、ここでいう実用書みたいなのも読んでいるのか。

 他にはどういうものも読んでいるんだ?」


 僕はかの大好きな小説をしおりを挟んでローテーブルに置き、

「ついてきて」

 ギルフォードさんを僕の寝室の隣の部屋に案内した。

 正直、なんで突然こんなサービス精神が溢れてきたのか、自分でもわからない。さっき、かの小説のことを他人に語れて気分が高揚したのだろうか。


 とにかく案内したからには、ここの説明を添えないとギルフォードに申し訳ない。今は集中しないと。

「この部屋は、引っ越したときに父親に作ってもらった。中々でしょう」


 ドアを開けると両横に一つずつ、奥の壁に二つ、天井に近い高さを誇る本棚が、どっしりとそこに立っている。

 その中にあるのは言わずもがな本。書店さながらに多少の余裕は持たせつつ、本が詰まっている。


「スゲェ……これ、全部読んだのか? ちょくちょく難しそうなのもあるが」


「最低でも一度は読み切ってる。実用書とかもそうだし、古典までも押さえた。

 シェイクスピア全集。

 ジョージ・オーウェルの『1984年』。アガサ・クリスティの定番どころ。

 激安店じゃない、セルバンテスの『ドン・キホーテ』。

 現代語訳の軽いものだけど『源氏物語』もなんとか」


「そいつはご立派なことだ。

 しっかし、ここまで来ると書庫に片足突っ込んでるな。あの外の景色もそうだが、こんな趣味部屋まで用意できるとか、お前良いところ住んでるよな」


「何か気になるものがあればどうぞ。慎重に扱うのなら読んでいい」


 僕はギルフォードをここに置き去りにして、リビングに戻る。

 ソファの上で、先程の続きを読み始めると、早歩きでギルフォードが戻ってきた。


「本は持ってないね」


「ここにあるのが読みたくてな」


 ギルフォードはテレビ台の下に仮置きしていたレシピ本を取って、僕の隣に腰掛けた。

 きっと明日、僕にやらせる自炊のレシピを選ぶためだろうな。


 ギルフォードはレシピ本のページをめくりながら、独り言のように聞いてきた。

「なあミハル、この家が広すぎると思ったことはないのか?」


「ある。それがどうしたっていうの?」


「テメェ、こんなところで独りでいて、さみしいと思ったことないのか?」


「ない……僕はこれさえあれば十分だから! 今取り込み中だから変な詮索はやめてくれないかな!」

 と、僕はまるで警察手帳を突きつけるような圧力を込めて、ギルフォードにかの小説を見せつけた。


「ああそうかいそうかい! わかったよ!」

 ギルフォードはやんわりと僕が突き出した本を押し返してからレシピ本に視線を固定する。


 僕も続いて、自分の持っている本の中身に集中する。

 余計な感情を出してしまった。と、内省しながら。 


【完】

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