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高らかにHURRY UP!

 放課後。

 案の定、マンセルさんは美術部に体験入部という体で俺の元にやってきた。


 俺はやや先輩として、部の活動内容を簡単に教えた。

 それからマンセルさんに『丸写しでもいいから、試しにロマネスク様を描いてみてよ』と適当な指示と参考の公式画像を出して、絵を描いてもらった。


 そこでは部活と無関係な話はしていない。そこまでガチガチな決まりがあるわけでもないが、静かな環境で創作に励みたいという人もいるので、『なるべくお静かに』というのが暗黙の了解だ。


 ……だいぶツッコむのが遅れたが、あの二次元以外で聞いたことないハイテンションなカタコト日本語をやめて、二人だけの話をしたのは、帰りの満員電車で、揃って吊り革を掴んで立っていた時だった。


「エージェントとしては任務中に目立つことは避けるべきだったのだが、今日は非常に新鮮な気分の日だった」


「俺も同感です。あそこまで注目されたのは四月の自己紹介でドンスベりした時以来です」


「ドンスベりか。それでクラスカーストの上位者にあのような仕打ちを受けていたのだな」


 あのような仕打ち……三大将のアレか。

 けど、おかしいな。あんな角でやってたんだから、来日スターみたいにチヤホヤされてたマンセルさんが盗み聞きできそうにない……いやまさか。


 俺は制服のポケットなど、小さいものを隠すのにちょうどよさそうな箇所を全て調べた。

 そうしたら普通に、内ポケットにあった。昨日、マンセルさんが多用していたのと同じボールペンが。


「これ、盗聴器ですか?」


「そうだ。君の動向を一挙手一投足把握するためにな……迷惑なら本日限りにする」


「じゃあそうしてください」


 俺はそのペンを返したところで、マンセルさんは単刀直入に聞いてきた。

「ゼン氏、君、さては虐められているのか? もし耐えられないのなら、私にできることであれば処置するが」


 俺は即答する。

「じゃあ何もしなくていいです。あれはいじめの範疇じゃないですよ。人生の最盛期の元気を浪費しているだけですから」


「しかし、あの罵詈雑言のせいで、君の芸術活動に支障が出たらどうする」


 作り笑いをして、吊り革を掴んでない方の手を振る。

「出ません出ません。メンタル強く持ってないとクリエイターはやってけないですから。

 それに、復讐なんてフィクション以外では意味ないし、できないですから」


「そうか。だがもし耐えきれなくなったら、私に相談してくれ。君が筆を折るようなことになったら、私も困るのだから」


「折りませんよ。そもそも俺、筆は使わないんで。鉛筆かペンタブペンしか使ってないんで」

 どういう返ししてんだよコイツ。真面目か。



 この状況では比較的弱い不幸だが、最寄り駅を出たタイミングで通り雨に出くわし、二人で猛ダッシュする羽目になった。

 軽微な濡れをくらいつつ家に帰ると今日はシチューの香りが漂ってきた。

 マンセルさんは印象良く「ミー、お手伝いしマース!」と言ったが、母さんは「いいよ今日は。ここまでやったら私が通しでやりたいから」と遠慮した。

 母さんは料理にはとことん凝るタイプだからね。他人の介入を嫌うんだ。

 余談だけど、俺のお弁当が残り物と冷凍食品で構成されているのは、逆に時間がかかり過ぎないようにするためだったりする。


 っていうわけで、俺たちは夕食が出来上がるまで、俺の部屋でのびのび待つことに。

 もちろん俺がするのはイラスト制作。


 二日もスケッチブックを白紙にするのはいくらなんでもローテンポすぎると自戒し、初めに描こうとしていた構図に決めた。


 今日の部活動内でスケッチブックに昨日の下書きを復元し、俺の要塞デスクにあるスキャナーに通す。

 それをベースとし、俺はペンタブで線とレイヤーを重ねていく。


 後ろでは、マンセルさんが来客用の折りたたみテーブルに向かい、絵を描いている。

 そちらは美術部で途中だったものを完成させようとしていた。


 そして俺が線描きを終えたところで、マンセルさんは俺にスケッチブックを見せた。


「どうだ。私も上手だろう」


「お、おお……これはスゴイ」

 誤解が無いよう先に言っておくと、この感嘆は本心から来たものだ。

 マンセルさんのイラストは本当にスゴかった。

 ボールペン特有の線の細さと薄い色味に目を瞑ると、まるで参考画像をそのままコピーしたようなロマネスク様の立ち絵がそこにあった。


「スゴイか。具体的にどこが素晴らしいか、君の主観で聞かせていただけないか?」


「ロマネスク様の雰囲気を完全再現しているところですかね?」


「なるほど。では、美術的な面ではどうだ?」


 俺は非常に間を開けて答えた。

「ボールペンという制約がありつつも、ロマネスク様の特徴を捉えているところですかね?」


「……なるほど。いい感想だ。

 私が芸術作品を回収するエージェントに向いていることを端的に称賛している」

 俺の評価を聞いて、マンセルさんはすみやかにスケッチブックを閉じた。『隠した』という表現が正しいかもしれない。


「……言葉選びが下手でごめんなさい。マンセルさん」


「いいんだ。むしろ模写だけ達者なのが私にとってもありがたい。私に独創性があったら所属先にとっても派遣先にとっても厄介だろう」


「それはそうかもしれませんね。『お前が描けや!』で済みますものね」


 それからマンセルさんは、雰囲気に身を任せて自分の過去を話してくれた。

「物心ついた頃からエージェントとしての訓練を受けた。基本運動、格闘、隠密、対人術……多岐にわたる訓練を全て、教官の期待に完璧に応えることで、上位成績で通過した。

 正式なエージェントとなってからは、本部からの指令に寸分の狂いなく従い、マルチバース各地で美術品を回収していった。

 だから、私は芸術的なセンスがないというわけだ。上に従うばかりで、完全なゼロから自分で物事を考えて、行動に起こすという能力はまるで身についていないからな。

 ……人間性についてもそうだ」


「人間性……まさか、感情がないとかいうパターンですか? でもってフィクションでありがちな、ちょくちょく感情漏れてるパターンですか?」


「流石に感情はある。さもないとアルストリートは非人道行為をしているみたいになるではないか。

 ただ、心の底から湧き出た感情に乏しいという自覚がある。

 先の通り私は訓練で対人術を身に着けた。そのために、私は全ての言動を『学習したことを参照し、最適解を行っている』のだ」


「あの学校いた時の外国人キャラもですか?」


「それも計算だ。日本では外国人はああ振る舞うと人気が出ると資料で確認した」


 じゃあその資料がアレなんだな。アレ。


「だから、見浦ゼン氏。私は君が羨ましくて仕方がない。君は自分の心に従って物事を行っている。あの作品群然り、あの同級生の罵詈雑言を無意味と切り捨てること然り」

 と、マンセルは俺に淀みなく言ってきた。漫画だったら半ページくらいのコマサイズでもいいくらいの感情がこもった台詞だった。


 正直、俺的には激重だったので、

「あの作品は、小さい頃からの絵描きの経験則で、あのイジりの対処は中学時代の反省なんで、結局俺も、『学習したことを参照し、最適解を行っている』のですけどね」

 と、おちゃらけてオチを作ろうとした。


 するとマンセルさんはフッと息を漏らして、

「となると、結局人間とは、考えているようで考えていないし、その逆でもあるかもしれないのかもな」

 一枚上手をいかれ、真の落とし所を作ってくれました。


 閑話休題。

 俺はデスクに戻り、線描きの終わったイラストに下色をつけ始める。

「すみませんマンセルさん。今から集中モード入るので、イヤホンつけます。その辺注意してお願いします」


「承知した」


 ワイヤレスイヤホンを両耳に挿して、俺はスマホで動画アプリを開く。そこにある作業用BGMリストを流すためだ。

 アプリを起動すると、そこの仕様上。俺へのオススメ動画のサムネが出てくるんだが、今は動画を観たいんじゃないんだから大人しくしていやがれってんだ……


「うぎゃああああ!?」


「どうしたマンセル殿!? 先程の注意してとはこれのことか!?」


 ワイヤレスイヤホンを慌ただしく抜いて、俺はマンセルさんへ振り返りつつ、手を合わせて謝る。

「マジすんません急に大声出して! ヤバいことに気づいちゃいまして!」


「ヤバいこととは何だ。些細なことか、君の創作活動に関わる重篤なことか?」


「どっちかっていうと後者です!」


 動画アプリを起動して真っ先に表示されたオススメ動画……それはクリアーリバティ公式の新情報発表生配信の開始前枠だった。


 この配信の大まかな内容は、プレイヤーとしても二次創作者としても確認してある。

 今回のメインは、ゲーム中にも未登場の完全新キャラの情報を公開するもの。


 それが俺にとってはマズイんだ。新キャラが発表されれば、この界隈の絵師たちはこぞってその新キャラを描きまくる。連動して、既存のキャラを描いたイラストはその潮流に呑まれて注目度が下がってしまうのだ。ミア・ロマネスク様のような元より人気のないキャラなら尚更だ。


 この後出るキャラの関係者であれば、旧キャラでもセットで再注目を浴びて埋もれずに済む場合がある。


 ところが、俺はプレイヤーとしても二次創作者としても、この配信の大まかな情報は確認してある。


 クリアーリバティ公式生放送は、運営の偉い方が淡々と今後の情報を述べるものではなく、作品に登場する声優たちが六、七人集まってワチャワチャ行われるのが慣例。

 季節イベントなどでは、新衣装を貰えるキャラの声優が出るなど、そのラインナップが伏線になっていたりする。

 でもって今回集まった声優陣は、四人が役名不明(ここで発表されるはず)、三人がロマネスク様とは一切接点のない既存キャラの中の人。


「つまり俺が何が言いたいかって?

 新キャラの発表の前に作品を描かないと、投稿できるチャンスが数日にわたって失われるってことだよ!」


 俺としたことが迂闊だった。この日に生放送があるのはSNSでもチェックしていたし、大野と駒井も話してたじゃないか。なんでそれを忘れるんだよこのアンポンタンゼン!


 というわけで俺は、画面とペンタブと左手ツールを操作するため以外に不要な機能を制限し、作業に挑む。

 ところが開始五十秒後。スマホが母さんからシチューの絵文字を送られたことを通知した。


 母さんの夕飯には逆らえない。俺は『タイミング悪すぎだろボケェ!』という文句を喉元で必死に食い止めて、マンセルさんと一緒にリビングへ降りる。


 夕食に出てきたのはシチューと食パン二枚。

 俺は母さんに失礼のないように、早いには早いが、早食いとはいい難い速度でそれを平らげた。


 そこから俺は消防隊さながらの入浴を済ませて、デスクに帰還した。

 ただいまの時刻は十九時三分。公式生放送は二十時から開始。

 これまでの例だと、前半一時間は声優たちのトークとバラエティ企画で場を温めて、後半一時間で情報公開をしている。

 だから俺の猶予はおよそ二時間。その間、俺は全身全霊を尽くしてペンタブペンと左手ツールを操作した。


 別窓として使っていたスマホの中で、公式生放送が始まった頃、下塗りが完了した。

「後はこれに上塗りして、陰影や光の反射などの深みを与えていけば……」


「そうか、ならば間に合いそうだな」


 いつの間にか部屋に戻ってきたマンセルさんが見守る中、俺は作業の手を止めてしまった。


「……どうした、ゼン氏。先程からまるで手が動いていないが……」

 マンセルさんの言う通り、今の俺は完全に手が止まっていた。


 これでいいのか。

 目の前にある出来かけのロマネスク様のイラストを見て、俺は思い悩んでいた。


 まだベタ塗りしかしていない。

 このまま完璧に塗り終えれば『見れる』ようになるかもしれない。

 この作りかけの様でも、イマイチ印象に残らない。完成させても果たして見てもらえるかわからない。


 この二つの派閥が、俺の頭の中の議会でドンパチやりあい、平行線を辿っていた。

 その結果がこの硬直なんだ。


「おい、ゼン氏。意識はあるか」

 マンセルさんは俺の目の前で、手を上下に動かしてくる。


「ありますよ、ええ……かなり考え事をしているだけです」


 前半のバラエティパートの中で、声優たちのキャッキャとした騒ぎが、まるで俺の行き詰まりを嘲笑うように聞こえてきてしまった。

 こんな精神状態で完成を目指してもいいのだろうか。描くことを躊躇するくらいならいっそお蔵にしてしまったほうが英断なのではないか。

 と、だんだんと安易な甘い言葉が渦巻いてきた。


「ゼン氏!」

 意識が半端な出来のロマネスク様に戻ったのは、マンセルさんが耳元でボールペンをカチカチした時。


「うおお、ビクッたぁ……で、何の用です?」


「ゼン氏。自分を信じろ。君はアルストリートに保証された芸術家だ。真剣に描き切れば最後にはいい作品になるはずだ」


「そうか……わかりました。ありがとうございます、マンセルさん」

 せっかく二日くらい構図の吟味をして、熱い熱い思いながらシチュー食べて、下塗りまでやったんだ。

 そこまでやって何悩んでやがるんだゼン。駄作かどうかは最後まで判断しろよ。


 俺は両頬をグッと両手のひらで押した後、何十分くらいか止まっていたペンタブペンと左手ツールを再び動かす。


「いいぞゼン氏! それでこそ君だ!」


 一秒でも早く完成させる。その一心で俺はロマネスク様を、俺が崇めるロマネスク様らしく、無我夢中に彩っていった。


 スマホに映している生放送内で、新キャラ発表が始まったことにも気づかなくなるくらいに。


【完】

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