転校生、飄々と
満員電車に乗っているときのストレスは、戦場にいる兵士が感じるものに匹敵する。とネットのどっかで見たことがある。
兵士はある程度自発的に動けるが、満員電車は自分の意思で動けることが少ないから……etc、的な話だ。
正直、国家の存亡を背負って死と隣合わせの兵士の方がストレスが大きくないと申し訳ないような気がする。というのが俺なりの感想だった。
けれども、今日からは、俺のストレスは兵士のそれと差が縮まったような気がするんだ。
「これがニッポンの満員電車デスか……ベリー窮屈デース……」
と、俺の隣でマンセルさんが吊り革を支えに体勢を維持している中、つぶやいた。
アルバータ・マンセル。愛称はベルタ。
カナダ出身で、日本のエンタメ・アートに興味を持って見浦家へホームステイに来た。
それがマンセルさんが広めたプロフィールの一部だ。
もちろんこれは見浦家で自由に動くためだけの嘘ではない。
「お初にお目にかかりマース! アルバータ・マンセルと申す者デース! 以後、お見知り置き願いマース!」
俺の通う高校に、短期留学するためでもあるのだ。
両親もああして自然に取り入れたのだから、学校にも同じことができて当然だろう。ということを俺は朝、『私も登校する』と言われたタイミングから言い聞かせ続けていた。
さて、この手の話になれば恐らくもう、あの法則を連想している方もいるだろうが、念のため俺からも話しておく。
転校生は登場したての頃はものすごく注目度が高い。
しかもマンセルさんには、外国人という更なる強属性を持っている。
だからマンセルさんは、休み時間が来るたび、俺のクラス1−Aの人を中心に、授業を行う先生が見たら嫉妬するくらいの質問攻めにあっていた。
「ねぇ、カナダのどこに住んでるの? バンクーバー?」
「ミーと同じ名前のアルバータ州にある、カルガリーに住んでマース! 自然と都会と石油がメニメニデース!」
「ホームステイといえど単身で訪日とは高校生にしては随分と冒険しているな。親は心配していないのか?」
「全然大丈夫デース! むしろアクティブなコーコードーターって褒めてくれマシタ!」
「日本の作品の何が好きっスか? アニメでも漫画でもなんでもいいっスよ」
「キルラキルとっても面白いデース!」
でもってマンセルさんは完璧に答えられていた。ただ周囲の人間を操作しただけでなく、予習までこなすとはやりおるわ。
「ねぇ見浦さん、マンセルちゃんが来るって聞いた時どんなこと考えてた?」
「ああ……驚きましたよ……はい」
「家でどんなことしてる? 部屋とか一緒だったりしちゃう?」
「ただ話してる……ます。部屋は一緒です。俺は床に布団を敷いて寝てます。はい」
「すっごく可愛いよねマンセルさん! 見浦さんはどう? 彼女にしたいですか?」
「いやー、キツイでしょ……国際問題になるかもしれませんし……」
対する俺はてんでダメだった。
マンセルさんへの質問の合間に、味変感覚で俺のほうに質問してくるやつが何人も来た。
マンセルさんが大注目されることは予測していたが、不覚にもそのホームステイ先にいる俺までフィーチャーされることまでは予想していなかった。
だから俺は、真実を話すと首が飛びかねない、やらかしの渦中にいる人みたいな答弁をしてばかりだった。
そんなこんなで俺は休み時間が来るたびに体力を削られた。この日ばかりは私語が減る授業のほうが休み時間になったくらいだ。
あっという間に四時限が過ぎて、昼休み。
休み時間の四.五倍の時間があるのだから、きっと四.五倍の同学年が俺に襲いかかるのだろう。
と、俺は警戒していた。けど、そんなことはなかった。
質問するのと一緒に飯食うのは別らしい。
マンセルさんはクラスの一軍女子に連行されてどこかへ行ったが、俺の周りにはイレギュラーはなかった。
俺も連行されたときのために、弁当箱を開けないで待っていたが、それが杞憂に終わったと感づくや否や、一息ついて蓋を開けた。
すると次の瞬間、
「おいゼン先生! 何ボッチ飯決め込もうとしてるんだ!」
クラスメートが俺の机の前に立ち、両手を叩きつけてきた。
見上げると、流行りに合わせたセンター分けの男子のやらしい笑みがあった。
「す、すみません! 忘れてました!」
俺は開けたばかりの弁当箱をすぐに閉じ、それを持ってセンター分けの男子についていく。
うちの校舎の五階――一年の教室が集中するエリアの廊下には、五つくらいの丸テーブルが置かれた、病院の休憩スペース的な空間がある。
普段は恐らくデザイナーが想定した、他クラス間の雑談やノート写しなどの多目的に使われている。
ただし昼休みとなると、ここは一年生の最高貴族である陽キャたちの集会場と化す。
十メートルくらい離れてもわかる、他のざわめきとは一線を画すギャハハオホホのどんちゃん騒ぎ。これを聞きつつ、俺はこの集会場に連こ……連れてっていただいた。
「よお、来たかマンセル・ゼル先生!」
「カナダのルールに合わせたらゼル・マンセルだろ!」
「てかどっちもベルタさんの苗字になるの確定なのウケるんですけど」
美容室に置かれているファッション雑誌から切り抜いたようなルックスの男子――上流オウマ(クラス1−A、サッカー部属)。
古式ゆかしき色黒短髪体育会系男子――高城トラジ(クラス1−D、野球部属)。
化粧いらずのバランスの取れた目鼻立ちをした女子――貴崎イカルガ(クラス1−E、女子バスケ部属)。
俺は休憩スペースの角にあるテーブルに集う、一年最高権力を持つ三大将陽キャの前にいた。
「何ボサッとしてんだ、早く座れ!」
「はい、失礼しました高城さん!」
俺は慌てて四つある内の空いている椅子に座った。
壁際を十二時、廊下側を六時と仮定すると、俺は六時、オウマさん、トラジさん、イカルガさんの順で、十一時、十二時、一時の位置に座る形となった。
今日は何から始めようか、と躊躇している内に、イカルガさんがミルクティーを一口してから、
「え、お前断食してんの? 今昼休みだよ? 意識高過ぎてキモっ、コイツ」
「いやいや、そんなまさか……」
俺は持ってきた弁当箱を再び開けた。今度は蓋を外すだけでなく、二段の箱を別々にした。
ここでトラジさんがテーブルに前のめりになって、
「見浦。今日の献立はどんなのだ?」
「こうなっていました」
俺はおかずが入ってる方の箱を、真正面へ、トラジさんの方に押し出す。
「へぇ、手作りのハンバーグなんて贅沢だな」
「昨日の夕飯のついでのヤツらしいっス」
弁当箱に入れやすいよう、分割されたハンバーグに、トラジさんの箸がそれぞれ突き刺さる。
「うんんまっ」
トラジさんは海賊みたいに豪快にそれを口に入れた。ついでに俺の弁当箱は左手で払われて戻された。
俺は何事も無かったように、冷凍食品のひじきカップをつまみつつ、ご飯を進める。
「コイツほんと意識高くね? ひじきとかアレじゃん、仏教のあの人が食べる薬膳料理のヤツじゃん。キモッ」
「それを言うならお坊さんの精進料理じゃね? イカルガ?」
「わかってるから! いちいち指摘すんなオウマ!」
はいはい。と、頬を膨らますイカルガさんを受け流し、オウマさんは俺へ向いて尋ねてくる。
「ゼン先生。マンセルはどうなの?」
その『どうなの』は『どれなの』? という指摘を頭の隅に追いやって答える。
「昨日家に来たばかりなので何も言えないです」
「同じオタクキャラのくせに?」
さっきの『どうなの』は『仲良いの』という意味だったのね。はいはい。
「日本と海外じゃ流行ってるアニメ違いますから、あんま共通項がなくて話弾んでないです、はい」
と、妥当な作り話を返した。
「それを推すのがホームステイ先にいるお前の仕事じゃんよ」
それはそうだ。
このオウマさんのツッコミに、トラジさんが追随する。
「何? お前ホームステイ舐めてんの? お前今、日本背負って戦ってるようなもんだぞ?
マンセルさんにとってはお前、ジュンスケみたいなもんなんだぞ? 何つまんないザマしてんだよこの日本の恥さらし」
ジュンスケ……野球興味ないからスッと思い出せなかったが、あの人だ。メジャーリーグでホームラン打ちまくってる谷久保選手のことだ。
それと俺を同格にするのは卑怯だろ……
「はい、すみません……以後気をつけます……」
トラジさんが作った重ための空気をリセットするように、オウマさんが明るく言う。
「しっかしよかったなゼン先生。趣味が合いそうな女子が来るなんて、ホームステイガチャ大当たりっしょ」
続けてイカルガさんが意地悪くニタニタしながら、
「だねだねオウマ。超ラッキーじゃん、生涯童貞回避できてさ。しかもあんなスタイルいい外国人で卒業できるとか最高じゃん」
「それはちょっと言い過ぎだろイカルガさん」
トラジさんはそう言いつつ、サラリと放たれたイカルガさんの下ネタに苦笑していた。
俺もそれに合わせて、歯の隙間から『アハハ……』と漏らし、最後に取っておいたカップ入りのグラタンを食べる。
以前話していた昼休みでの二つの居場所。
片方は大野と駒井の陰キャコンビ。もう片方はこの陽キャ連合軍のことだ。
この三人が貴族の当主であるとするならば、俺はいわば宮廷道化師のような立場だ。
始まりは四月のクラスメートに向けた自己紹介。
俺は良かれと思って堂々とオタクキャラ、ネットでの絵師活動を公言し、案の定陰キャ落ちが決定した。
同時に、クラスの筆頭格であるオウマさんが俺のことを『よきイジり相手』として目をつけた。
それから俺はしばしば、オウマさんとその正当な友達であるトラジさんとイカルガさんたち陽キャグループに混ぜてもらい、こんな風に盛大にイジり倒されているのだ。
しかし、俺はこのことを言うほど後悔していない。言うほどの程度だよ。百パーではないよ。
このおかげで俺は、いじめられていないと思っている。
前提として、これは俺の個人的な意見であることを重々承知して聞いていただきたい。
小中での説明するには余白が足りないくらいの苦い経験で学んだことだけど、世の中のいじめは『下手に抵抗する』と悪化するんだ。
ゲームで例えると、うんともすんとも言わないオブジェクトよりも、断末魔なり報酬なりを残す敵のほうがボコし甲斐があるに決まっている。
それで蜜の味を知って、どんどん強い敵を倒したくなるのがゲームの本質なんだ。
だから俺は、こういうイジりは程々に受け流して、安めのリアクションをしておいている。
もし、さっきおかず箱の主役であったハンバーグを食べたことにキレたら、トラジさんは『じゃあ代わりにこれを食べとくよ』とからかって空箱を返してきただろう。
もし、さっきの童貞ネタに『そういう関係じゃない』とキレたら、『なんか宗教入ってんの? マジでキモコイツ』とか、イカルガさんは罵倒しただろう。
けれども実際はそうはならなかった。それは俺が無駄に抵抗しなかったからなんだ。だから俺は宮廷道化師のままでいられる。というわけなんだ。
まぁ、もしコイツらが露骨な悪意を持って俺に損害を与えようものなら、俺は容赦なく、どうとでもしてやるつもりだけどね。
そんなこんなで、俺はマンセルさんを軸足に使った三人のイジりをいなしながら、昼休みを過ごした。
「……ゼン氏……」
「どったのベルタちゃん? やっぱりホームステイ先の人と一緒にいたいの?」
「……の、ノー! 皆さんとトーク楽しいデース!」
【完】




