スコルケト登場
ガタガタゴトゴトンッ!
という何か細かいものが落ちたような音が、クローゼットから鳴って、アタシは目が覚めた。
昨日、冬物を出すために整理していたものが落ちたんだと思う。雑目にやってたからそうなったんだろうね。
アタシは枕元にあるスマホを手に取り、時間を確認する。
〇四:五六――いつもより三十分くらい早く起きたようだ。
三十分くらいの二度寝をする眠気はもうない。 アタシは暴発防止のため、今日のアラームを解除して、ベッドから起き上がった。
クローゼットにハサミ付きのハンガーにまとめてあるランニングウェアを取り出す。
クローゼットの床板に、遠出用のベージュのコートがハンガーごと落ちていた。これがあの音の原因なんだろう。
コートをハンガーに掛け直し、入れ替わりに寝巻きのシャツとパンツをクローゼットにしまう。
そこからアタシはすぐ、自分の部屋を出て、階段を駆け下りる。
アタシの家の構造上、玄関に行くまでにリビングの様子が必ず目に入る。逆にリビングにいる人は誰が出ていこうとしているかも見える。
「おはようリョウカ!? あれ、今日は早いね? もしかして俺も急いだ方がいい?」
キッチンにいたお父さんが挨拶してきた。
お母さんは出張が多いから、我が家はだいたいお父さんが家事担当をしているんだ。アタシも洗濯とかはするけど、料理は……周りがあれこれいうから、ね。
「おはようお父さん! でもって悪いけどお願い! 三十分早く戻ってきますから!」
アタシはランニング用のシューズを履いて外に飛び出した。
十一月上旬だから、一番先に出てくる感想はやっぱり『寒い』。
けど、頑張れば大丈夫。走れば体なんてすぐ温まるから。
アタシは家から五番目に近いコンビニへと目指して、往復のテンポを考えながら走った。
そのコンビニの前で折り返した時には、アタシの頭の中には『寒い』とかいう感情はない。あるのは『いつも中継地点に使ってるのに何も買ってなくて悪いかな』という気持ち。
おおよそ三十分後。
アタシは家を出たときの速度そのままで、家に帰ってきた。
流石に、この速度のまま家に飛び込むようなおバカなことはしないから、流石に。
ドアの前でヌルっと減速してから、アタシは玄関の取っ手の棒に触れようとする。
その瞬間、コンッ! とそっちから動いてきた取っ手の棒に中指と薬指がかすった。
「いっ……ぶなぁ!?」
「あ、なんだ姉ちゃんか。じゃあ言わないとだめか。んじゃ行ってきまーす」
「言うことそれじゃないでしょ!」
という、アタシのややキレの叫びを無視して、アタシ並の身長(169cm)のある男子が走り去っていった。
あれはアタシの弟の一人、タダカツ。
中学で『電柱』というあだ名で呼ばれていて、一年にしてそこのサッカー部の守りの要人になってる。と、執拗に自慢してくるウザい奴なんだ。
アタシはタダカツへの苛立ちを噛み締めつつ、かすった指をさする大事にはなってなかった。
家の玄関で指をやるとか情けないにもほどがある。そんなことになったらより立場が悪くなるよ全く。
改めて、玄関を開けると小麦系とトマト系の匂いが鼻に入ってきた。
今日の朝食はピザトーストに、キャベツメインの簡単なサラダ、オレンジ六分の一切れとヨーグルト。アタシながらフリー素材みたいなシャレたもん食ってるなー、としみじみ思う。
「ただいまー」
「おかえり、リョウカ」と、父さんは手際良くフライパンとかの食器を洗いながら、
「先食べてたよ、姉ちゃん。遅かったね」と、先にダイニングテーブルに座って朝ごはんを食べていた、目つきからして生意気な感じがする男子は言ってきた。
「朝ごはん食べるのに早いも遅いもないでしょ。学校行く前に食べれればそれでいいんだか……」
この男子はアタシのもう一人の弟、タケヒロ。
小四らしくイタズラっ子で、タダカツとは別ベクトルにウザい奴だ。
「ああ、なるほどー、遅いってこういうことか……」
今もそう。アタシが食べる予定だったピザトーストに乗っていただろうソーセージを、七割くらい先に食べたこととか。
「あ、ごめんリョウカ……まーた隙突かれちゃった」
「どう? オレ上手いだろ伏線回収?」
「いただきます」
父さんには悪いけど、このままだと早く起きたのは弟二人の嫌がらせを存分に受けるためみたいになっちゃう。
アタシは目の前の朝食を食べることに集中した。
*
「はーい! オレが先ー!」
という小さすぎるタケヒロの勝利宣言を聞いてから、アタシは五分後に食器をシンクに置いた。
お父さんが食器を洗い始める中、アタシは洗面所へ行く。と、その入口付近でタケヒロが立ってた。
榎本家名物、洗面所待ち列。
アタシは体を傾けて、
「おい横入りするなよ姉貴」
「しないから別に」
洗面所のドアを少し開けて中を覗くと、アメフトの装備を着ていると錯覚するくらいのゴツい体の男が、入念に歯を磨いていた。
この男はマサヒデ。アタシのお兄さんで、四きょうだいのトップにいる。
ご近所の大学で勉強とスポーツに打ち込んでいる、弟二人とは真逆の誇れるきょうだいだ。
ちなみにしているスポーツはアメフト……じゃなくてラグビー。将来はスティーラーズに行きたいとかなんとか。
「マサヒデ兄ちゃんー、早くオレにそこ譲ってよー」
「ん、おお」
唯一の欠点はリアクションが鈍いことかな。
お兄さんは歯磨きが終わってもヒゲ剃りがある。タケヒロも含めると、アタシは今から十二分くらいは洗面台に立てない。
こんな廊下で待っていてもしょうがない。
アタシはその十七分くらいを潰すため、部屋に戻って、通学カバンの整理でもすることにした。
すると自分の部屋の前に、一枚のカードが落ちていた。
大きさは最近流行ってるゲームのやつくらいのカードらしいサイズのだけど、厚さが三歳児向けの絵本の一ページくらいある。
拾って絵柄を見てみると、多分表面のはずの方には中心に紫色のサソリのバケモノが描かれている。きっと裏面である方は、紫ベースになんかエジプトっぽい模様が金色で描かれていた。
こういうおもちゃは年相応の子に聞くといいだろう。
持ち物確認をして、アタシは洗面所に戻ってから、順番待ちのタケヒロに聞いた。
「ねえ、このカードなんだか知らない? なんかアタシの部屋の前に落ちてたんだけど……」
「知るかよこんなダッサイの」
期待したアタシが馬鹿だった。タケヒロがまともにアタシのために動くわけないじゃん。
アタシはタケヒロに背を向けて、このカードをスマホのカメラ検索機能で調べてみた。
するとスニペットにはこんな文章が。
■
・これはエンヂェントパピルス:スコルケトです。
・エンヂェントパピルスは騎人バスターイヌビスに登場する変身アイテムです
■
イヌビス。確か三〜五年前くらいにやってた気があるようなないような騎人バスターの奴だっけ。そのぐらいだったらタケヒロでも知らないか。
……で、なんでこれが家に落ちてたの?
「終わったぞ、タケヒロ」
「はーい、ありがとマサヒデ兄ちゃん」
タケヒロと交代で、洗顔を終えてスッキリした兄さんが出てきた。
『見つけましたよ……私に相応しい肉体を……!』
「? ねぇお兄さん、今なんか言った?」
「いや」
「でしょうね、気のせいだよね……ね?」
確かにどっかから聞こえたんだけどなぁ。いかにもキザで悪い奴っぽい声がさぁ。
「うわあーっ!」
「お、お兄さんッ!?」
アタシの横を通り過ぎようとした兄貴が珍しくラグビー外で大声を出した。
しばらく糸で引っ張られたように天井を見つめてから、ガクンとうなだれる。
そしてお兄さんは、顔を上げつつ不敵な笑みをアタシに向けてきた。その両目は、カラコン入れただけじゃすまされないくらいギンギンに金色に輝いてる。
お兄さんは両足を揃え、紳士っぽく片手を胸元に添えつつ礼をした。
「お初にお目にかかります。私はスコルケト。秘匿されし最強の戦士でございます」
遅れて気づいたことだけど、アタシが持ってた例のカードがいつのまにか無くなっていた。
恐らくあのカードが独りでに動いて、お兄さんになんかして意思を乗っ取って、こんなキモいナルシストみたいなのにしたんだ。
目が発光するのはそのパターンしかない。漫画的なそれだ。
と、アタシは納得しておいて、表面上は丁重に対応することにした。
「は、はぁ、よろしくお願いします。榎本リョウカです」
「お返しどうも。殊勝な心構えですこと」
挨拶を交わした後、スコルケトは腕を回したり、エアジョギングなどをする。乗り移った身体の試運転でもしてるんだろうか。
一通りストレッチを終えた後、
「榎本リョウカさん。お願いがあります」
「あー、はい、何です?」
「この変身者との相性を確かめるため、私と勝負していただけませんか?」
「嫌です」
アタシは速攻ではたき落とした。いや、待てよ。フツーに考えたらこんな人の身体に乗り移れる奴の提案なんて断ったら……
「まあまあ、そこを何とかお願いしますよ。貴方の得意な勝負方法で構わないですから。
もちろん、殴り合いなどの暴力的行為でなくとも構いません」
その暴力じゃなくてもいいというのが、またコイツの怪しさを強めるんだよなぁ。
アタシはスマホのホーム画面を見て、ただいま六時二十三分であることを知る。
だったらこの面倒事を手短に、ざっと三十分くらいで片付けよう。そしてお兄さんを助けるんだ。
「はい、わかりました。じゃあアタシと一緒に庭に来てもらえます? 対決ルールとかそこで説明しますから」
「いいでしょう」
というわけでアタシはスコルケトを庭に案内する。
途中、「あれ、お二人さんどちらへ?」と、洗面所へ行こうとしていたタダカツと出くわしたけど、
「なんかお兄さんが1on1やりたくなったから、ちょっとね」
と、デタラメな理由でやりきった。
庭に出て、アタシは倉庫にあったバスケットゴールを半年ぶりに出し、ゴムチップが敷かれたスペースに設置する。
同時に出したバスケボールを軽く右人差し指で回転させたあと、スコルケトに聞いた。
「さっき微ネタバレしたけど、勝負方法はバスケの1on1。これは知ってますか?」
「ええわかりますとも。あのカゴにそのボールを入れる人と、それを防ぐ人に分かれて戦うアレでございますよね?」
「そうでございますよ。今から二人でオフェンスとディフェンスを交互にやる。どっちかが成功してどっちかがしくじったら、その時点で成功したほうが勝ち。それでいい?」
「それは中々スリリングなルールでございますね。良いでしょう! このスコルケト、この強靭な戦士の肉体を完璧に引き出してみせましょう!」
アタシが久々に1on1をやったせいで試合運びが地味だし、事細かく説明したくないので、結果をダイジェスト気味に簡単に言う。
一巡で、アタシはスコルケトに勝った。
先攻はアタシ。
お兄さんの巨体なら最悪闇雲に手足を伸ばしているだけでも脅威だったので、可能な限りゴールに近づいてからジャンプシュートを決めた。
後攻はスコルケト。
アイツが身体を借りているお兄さんは運動神経こそ抜群だけど、バスケに関するテクニックはそれほどない。
だからスコルケトの行動を手に取るように読み、完璧にディフェンスをした。
何をやってもアタシに遮られることにイラついたスコルケトは、ヤケクソでボールを放り投げた。
そうラッキーは起こらない。ボールはゴールの台の側で小さく跳ねていた。
「はい。これで終わりましたけど、次はどうします、お兄……スコルケトさん」
スコルケトは転がるボールから、アタシへと視線を移し、コホンとわざとらしい咳払いをした。
「いやあお見事なプレーでございました。お陰様でいいことに気づけました。
私の変身者はこの方のように身体の強靭さに偏ったものではなく、技術的な面にも優れた者が相応しいと!」
「その人、バスケがさほどうまくないだけで、ラグビーだったらちゃんと強いんだけどね。
それで、次はどうするつもりです……まさかだけど、今度はアタシに寄生するとかじゃないですよね」
「んん〜、半分正解半分外れでございます」
「じゃあ百パーの回答をお願いします」
「貴方のような強者には、私の変身者となる素質がある者が、多く集う予感がございます。この方もその一例と言えるでしょう。
で、ありますから……」
ここでお兄さんの目から、あのイカつい輝きが消えた。
同時に、あのカードがキョンシーの御札みたいに、お兄さんのおでこに出現した。
カードのところどころがパタパタと展開し、折り紙で折ったサソリのように変形している。
お兄さんの身体を駆け下り、アタシの足元に来て言った。
『私に相応しい変身者を探すため、しばらく行動を共にさせていただけないでしょうか?』
アタシは答えを言う前に、一つスコルケトに確認する。
「あの、お兄さんは無事なんですよねこれ?」
スコルケトは、アタシの指差す方をチラっと見た。
ついさっきまで、スコルケトに乗っ取られていたお兄さんは、白目で、棒立ちのまま気絶していた。顔色もうっすら青くなってる気がするかもしれない。
『ああはいはい、これは大丈夫でございます。我々が意識を乗っ取った後の副作用ですから。
今から最長一分で元通り健康そのものに戻りますよ。絶対』
「そうですか。じゃあ、アタシなんかでよければ、よろしくお願いします」
『ありがとうございます。ご心配なく、ご迷惑はおかけいたしませんよ、フフフ……』
どこからともなく人様の家に現れて、お兄さんを謎パワーで乗っ取る奴の頼みなんて、受け入れるしかないでしょ絶対。
とにかくある程度の言うことは聞いてあげよう。早いところめぼしい寄生先……変身者……どっちでもいいけど人が見つかったら、どうにかなってくれると思うから。
もっとも、お兄さんでも納得しないような奴に、変身者になれそうな人が、アタシの周りにいるか微妙だけど。
「うわ寒っ」
意識を取り戻したお兄さんは相変わらずの薄いリアクションをして、身体をさすっていた。
【完】




