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DOWN!DOWN!“RUDE”

 来たりし昼休み。

 俺は四時限目に使った教科書ノートを、とっととカバンに突っ込むと、1−A教室を出ていく。


 ちょうど教室と廊下の間が俺の体幹と重なった時、マンセルさんが後ろから声をかけた。


「ゼン氏、あのトラジを問い詰めに行くのか?」


「はい」

 オタクいじりはいい。陰キャいじりはいい。それは齢約十六年で慣れている。

 だがアイツは、絵師という俺の最大の誇りを侮辱した。よりによって、あのしかみ絵を悪用して。

 復讐なんてものはフィクションの代物だ。けど、少しばかりは返してやらないと気が済まない。


 だから俺は一歩進み、身体を完璧に廊下へと出した。


「もしよければ、私も同行するが……」


「結構です。アイツらとは、一対多で話し慣れてますので」


 しかも今日は、オウマさんが今朝から続くしょぼくれたムードで、この教室で珍しくボッチ飯をしている。普段よりかは会話が楽になるはずだ。


 同じクラスの女子たちの、マンセルさんを昼食に誘う声から遠ざかりつつ、俺は例の如く休憩スペースへ行く。


 トラジさんとイカルガさん。二人がその最奥のテーブルに座っていた。

 今回はオウマさんがいないからか、いつもの座り位置ではなく、時計で言うと十二時と六時の方向で向かい合っていた。

 

 俺はズカズカと二人のいるテーブルの、三時の方向に座り、単刀直入に尋ねる。


「なあアンタたち、俺の教室に、俺のイラストのコピーを貼りまくらなかったか?」


 イカルガさんは、数秒前の騒ぎっぷりから一転して、黙りこくる。


 一方のトラジは、

「ああ、貼ったぞ。今朝早く来てな」

 すんなりと白状した。


 これでイカルガさんは、また別の意味で黙りこくったが、今の俺にはどうでもいい。


 オウマさんだけでなく、トラジさんまでもこんな正直に来るとは……俺は想定外の反応に驚きつつも、質問を続けた。

「なんであんなことをした」


「俺なりのお祝いだ。お前のイラストが大バズリしたから、その腕前をお前のクラスの奴らにも見てもらおうとしたんだ」


「だとしてもどうしてあんなやり方なんだ! おかげで俺は大恥かいたじゃないか!」


「何だ? あの絵が見られるのが恥ずかしかったのか? 正直言えばネット始めたてのガキンチョみたいなヘッタクソな絵だと思ってたが、何かお前らみたいな人種には評価される何かがあると思ってたんだが……」


 実際ある。あれは、リメイク版と同時に見てようやくその意味が成り立つイラストだ。

 そのことを説明しようと俺は口を開けた。

 

 だけど、まるでボールをぶっこむように、トラジさんは話を続けてくる。

「総合か道徳の授業で、ネットマナーを教わったことあるだろ? でもってこんなこと言われてただろ? 『ネットに公開していいのは、自分の家のドアに貼っても困らないもの』的なヤツ。

 なんでネットに上げて誇ってたものを、あんな局所に貼られたくらいでギーギーわめくんだ?

 つくづくお前ら陰キャは意味わからん思考回路してるよな」


 リメイク版の存在を用いた反論をするタイミングも気力も無くなった。

 俺からすればこういう陽キャの特性が不気味でしょうがない。

 普段は周りに厄介振りまきながら能天気にやってるくせに、いざとなればマナーだの常識だの、急にどこからともなく知恵を得て論破する、都合の良いフォームチェンジが。


「で、他に聞きたいことはないのか? ないならさっさと立ち去れ。今日はお前と飯食いたい気分じゃない」


「あります……なんで俺のイラストがバズってたことを知ってたんだ?」

 ここまでの台詞の節々から察せるとおり、トラジはオタクや陰キャを見下す傾向にある。

 なら、俺のSNSの投稿や、イラストサイトなどは見ないはず。

 恐らく俺をいつもの遊びで陥れるために、少し踏み込んだ。というだけの話だろうけど、一応聞いてみた。


 すると奴の口から、意外な名前が出てきた。

「あれだ、大野と駒井って奴から聞いた」


「大野と駒井……!?」


「ああ、そういやそいつら、よくお前と飯食ってたな。

 今週のどっかの休み時間で、たまたまそいつらと会って、お前とやるみたいに軽く『仲良くしてやろう』としたんだ。

 そしたら、俺たちよりも今、見浦がアツいですぜ。って、あのイラストが意味不明に流行ってるのを教えてくれたんだよ」


 その答えを聞いた時、俺は飛び上がるように席を立ち、この休憩スペースから、1−A教室に戻った。


 アイツらは、机を二つくっつけて、早口と小声と途中参加なので内容はさっぱりわからんが、またくだらない話をしてた。


 俺はくっついた机の側面に立ち、やらかした部下の説教に来た上司のような、剣呑な表情をして二人を見下ろす。


「お、ゼンか」

「あれ? 今日は休憩スペースに行ったんじゃないの?」


「……お前ら、俺のこと売ったか?」


「ぬ?」

「え?」


「……俺のイラストのことを、悪意込めて高城トラジさんに話したかァ!?」


 大野と駒井は両手を足に乗せ、礼儀正しくなった。

「はい、話しました……高城さんに、バッタリ会って、はい……」

「『いっつも見浦がやってるように、面白い話しろ』って無茶振りされて」


「それで、思いついたのが、あのイラストがバズった話だってのか……!」

 自分でも大人げないと思ったが、ここまで来たら我慢できなかった。俺は左右の手のひらをそれぞれ、二人の机に叩きつけた。ぶちまけこそはしないように加減したが、二人の弁当箱と水筒が危うげに揺れた。


「見損なったぞお前ら! 少しは考えて行動しやがれよッ!?」

 教室に、俺の怒号だけがこだまする。


 数秒おいて、椅子が動く音と、「マンセルちゃん、アレに関わんないほうがいいよもう」という女子の微細な声が聞こえ、また数秒の沈黙が教室を埋め尽くす。


 この状況を打破したのは、大野。

 俺と同じくらいの力で机を叩きつつ、俺と目線を合わせて来て、

「だってしょうがないだろ! あそこでモタついたら完全に目をつけられるだろ!」


 続いて駒井も同じように、立って俺を睨みつけて、

「実際あのイラスト、何がいいのかさっぱりわかんねえよ! リメイク版ともども一流絵師と比べたら月とスッポン! ネタの一撃の重さで誤魔化してるだけじゃんかよ!」


「て、テメェ……!」

 俺は危うく駒井の胸ぐらを掴みかけたのを、己を律して止める。


 その隙に大野がマシンガンみたいに早口で言った。

「というよりなんか、お前さっきから俺たちがお前を裏切ったみたいな言い方してるけど、先に裏切ってたのはお前だろ。

 頻繁に陽キャグループと絡んで、そこの一員みたいにたち振る舞ってるじゃんか」


 駒井の援護射撃が来る。

「そうじゃんそうじゃん! 最近だとマンセルさんがホームステイして、なんか毎日充実してる感出してるじゃん! もう俺たちのことなんかどうでもいいと思ってるんだろ!」


「ち、違……」


「だったらアレくらいのこと我慢しろよ! 等価交換だと思ってさ!」

「有名税だ有名税! 都合よくコロコロ立場を変えんじゃねえよこの吐き気を催す邪悪が!」


 もし大野か駒井のどちらかが手鏡を持っていて、付き出して来たら、目をガン開きさせ、あちこちに深いシワ作った、ブッサイクさにブッサイクを上乗せした怒り顔があっただろう。

 それをしてこなかったことだけは、この二人に感謝して、俺は奴らに背を向けて教室から飛び出した。


 廊下で、同学年の五人くらいかにぶつかった後、俺は後ろから襟元を引っ張られて急停止する。


「ゼン氏。ここは一度落ち着いてくれ!」

 マンセルさんの必死な声が、後ろから聞こえた。


 俺は振り向きざまにパンチでもビンタでもない、なんとも呼び難い手を使った打撃を繰り出す。

 マンセルさんがそこに肘を突き出して防御し、逆に俺が手にダメージを受けた。


「いっ……! ほっといてくれ、マンセルさん! これは俺個人の問題だろうが!」


「ここにいる限り、ゼン氏の問題は私の問題でもある。まず少し話をしてくれないか」


「必要ない!」


「約二週間という、程々に長い付き合いだろう! あのイラストを完成させるまでの苦楽も共に……」


「そのイラストのせいで苦しんでるんだよ! お前が描け描け言わなけりゃ描かなかっただろうイラストのせいでよ!」


「……」


 愕然し、俺の方を向きつつも、俺が見えていないようになるマンセルさん。

 その隙に、俺は再び走り出した。


 違う。違う。こんなこと言いたくなかった……!

 マンセルさんだけは決して悪くなかった! あの人は、世界滅亡という最悪中の最悪が起こりうる任務のために、こんな偏屈キモオタにずっと寄り添ってくれた人だった!

 なのに俺は、勢い任せで、マンセルさんまでも敵に回してしまった……!


 俺の駆け足は、激情故の暴走から、ようやくまともな意味を持つようになった。


 あのイラストを使って俺を馬鹿にした張本人、高城トラジをどうにかする。


 俺は再び、あの休憩スペースへと飛び込んだ。


 しかし、そこにはトラジの姿はない。奴らお気に入りの最奥のテーブルは、リョウカさんとその取り巻きの女子たちが占拠していた。


「トラジはどこいったんです!?」


 リョウカさんは『しつこいなぁ……』と言わんばかりの目をしつつ、「なんか体育館に忘れ物してたこと思い出して、そっち行ったっぽいですよ」


 ありがとうも言わず、俺は体育館の方へ向かう。


 来客用の門と駐車場、校庭。その間を横切り、体育館と校庭をつなぐコンクリートの道。

 そこで俺とトラジは相対した。あちらは体育館を背に、まるで弁慶のように仁王立ちして立っていた。


「何だ見浦。また俺を悪者扱いする気なのか」


「扱いも何も、完全に悪者だろうが! お前には小学生のらくがきちょうに掲載されてるヤツみたいなゴミイラストに見えるだろう。

 だがアレは、俺と、マンセルさんとで、考えた末にネットに公開したイラストだ!

 それを暇つぶしのイタズラで雑に使ったお前は、完全に悪者だろうが!」


 トラジは鼻で笑ってから、

「同族嫌悪してんじゃねえよ。

 二人で考えてあの程度の、誰が幸せになっているかもわからん絵しか描けないし、馬鹿にされれば年不相応に怒鳴り散らすお前が、自分のこと棚に上げて俺に説教たれやがって。

 そんなに嫌だったらもう絵描き辞めちまえ。お前はジュンスケ選手の真逆みたいな奴だ。腕前も悪ければ人格も最低の、何の取り柄のない人間だ。こんなん産まされたお前の両親が気の毒でしょうがない」


 俺は辺りを見渡した。石とか枝とか、トラジの悪辣な言葉を一秒でも黙らせる物が欲しかった。けど、都合よくそんなものはない。


 トラジは俺に尋ねた。

「そういや、お前の彼女のマンセル。アイツ、アメリカ出身だっけか、カナダ出身だっけか?」


「……カナダ」


「ならよかったな。カナダじゃ安楽死は合法らしいぞ。連れてってもらえよアイツによ」


 もういい、素手でいい。

 俺は全身の力を振り絞って、足を前へ動かし、拳を握りしめる。

「テメェが死ねえええッ!」

 

 しかし、俺は奴の一メートル手前で、足を動かせなくなかった。

 全身を透明の蝋かなんかで固められたみたいに、力は入れられるのに、俺は動かなくなった。


 目の前にいるトラジは、仁王立ちのまま、妖しく微笑む。いかにも悪役ムード満載だが、アイツそういうキャラだったか?


 とか冷静に考えつつ、奴の顔を凝視する。と、突然、アイツの額に、キョンシーの御札みたいに、一枚のカードが出現した。

 そのカードはパタパタと展開し、黒に水色がアクセントで入った体色の、細長いヘビに変形する。トラジの身体をつたって、地面に移動する。


(な、何だ、コイツは……?)


『……かくして、新たな器は完成せり……では気兼ねなく操らせて貰うぞ、見浦ゼン!』

 と、ヘビの方から声がした。


 刹那。トラジは白目を向いたまま仰向けに倒れ、ヘビが俺に飛びかかった……


 …………


 我は、見定めた器にかけた神通力を解除し、自分の眼前で拳を握っては開くを繰り返した。


 満ちる。溢れる。とめどなく。我の好物にして力の源となる、黒い感情が、この器から絶えず、流れてゆく。


 こやつならば、こやつならば憎きアオビスらへの雪辱が成せる。


「フハハハァーッ!」

 我は、足元に奴らの屍が虚しく転がる光景を夢想し、思わず笑いがこみ上げた。


「心配になって来てみれば、どうしちまったんだ、ゼンのヤツ……」

「まさか、勢い余ってマジで高城さんを殺っちまったんじゃあ……」


 振り返ると、情けない声色によく似合う、下等な人間二人が、建物内部から覗いていた。


「これは丁度いい。我の力を十全に使える器を手に入れた……久々と試すとしよう」


 あの矮小な人間二人は、言葉にならない悲鳴を放ちながら、我に背を向け走り出した。

 我は二人に神通力を放ち、彼らの走りを止めた。

 そして、悠然と彼らの側まで歩み、我は二人の頭それぞれに片手を置き、命令する。

「隷属せよ」

 

 二人は再び動き出す。踵を返し、我の前に左足を出してひざまづく。

 そして奴らは、青白い光を宿した目を光らせて、廊下の先へと駆けて行った。


 何一つ不足はない……この異界で我は、今度こそ、完全なる器を手に入れたのだ。


 さて、時間稼ぎと更なる眷属増やしは、奴らに任せるとして、我はいかなる破滅が起こるか、座して待つとしようか……


【完】


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