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ジャッジメントの時は近い

 次の日。

 アタシは五時半にセットしてあるアラームで目覚めた。

 朝ランニングのため、いつもこの時間に目覚めてるから、あまり眠くはない。


 ただ、今日はなんだか、起きたくなかった。

 十一月だから寒いのが嫌というわけでもない。

 ランニング自体が嫌だから、ということでもない。


 ベットから出る気持ちが全く、湧いてこないんだ。

 アタシは二十分くらい、自分の部屋の天井を見続けた。頭の中でなんでこんなことしてるんだろう。って考えながらずっと。


 しばらくして、アタシは昨日から母さんがいたことを思い出した。

 部活はダメでも、自主練は頑張れって言われてた。その翌日早々にそれを破ったら怒られちゃう。


 アタシはどうにかベッドから出て、着替えて、

「行ってきます、母さん、父さん!」


「ちゃんとやってるわね。行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい。リョウカ」


 コーヒーを飲んでる母さんと、朝食を支度する父さんに挨拶して、外へ走り出した。

 父さんが「あれ、今日は起きるの遅いね」とか言うかと思ってヒヤヒヤしてたけど、助かった。


 十五分くらい経って、アタシはいつものコンビニの前でUターンする。

 この頃には、十一月上旬特有の気温とか、さっきのダルさとかは感じなくなった。


 出だしがだいぶ遅れたので、帰りは普段より急ぎ目に走った。

 十分後、アタシは息切れ状態で玄関をくぐり、味がまともに感じられないくらいの速度で朝食を食べた。

 毎朝恒例の洗面所争奪レースは、二位だった。


 アタシは壁に寄りかかり、スマホでSNSアプリを何度もリロードする謎の暇つぶしをして待つ。


「終わった、リョウカ」


「ありがと、お兄さん」

 アタシはすれ違いで、洗面所に入る。

 自分の歯ブラシを握ったのと同時に、兄さんがドア枠を片手で掴んで、こっちの様子を覗いてきた。


 アタシは歯磨き粉をのっけながら、

「急にどったのお兄さん? 剃り忘れ?」


 お兄さんは、ひとまず怒ってないこと以外は何も伝わらない、いつもの真顔のまま聞いてきた。

「リョウカ、疲れてない?」


 アタシはチューブの蓋を閉めたときのパチンという音と一緒に、

「違うよ、全然」


「そう?」


「ていうか、何故に急にそんなこと聞くの?」


「だってリョウカは顔に出やすいから。何か今悩んでるんじゃないかと思って」


 アタシはすぐ近くにある鏡を覗いた。別に、普段通りの特段かわいいわけじゃないけど明るい顔になってるけど。

「別に、元気だよアタシは。お兄さんの気のせいでしょ?」


「ふうん……」


 お兄さんはとりあえず洗面所から離れていった。

 アタシはようやく歯磨きしようと、歯ブラシに歯磨き粉……は、つけてたから、歯ブラシを口に入れた。



 八時十五分あたり。

 アタシは余裕そこそこに1-Bの教室に入った。


「ういー」

 すぐにアタシは、クラス内の仲いい方の子たちに挨拶をした。


 その子たちは、アタシをチラっと見ると、ペコっと会釈だけして、秒で自分たちの話に戻った。


 ものすごくよそよそしい動きだった。

 けど、アタシはそこに特に触れず、自分の席に座る。そこからは朝のHRで、前々からいいねしてあるショート動画をくり返し見て、HRまでの時間を潰した。


 相変わらず座学は頭が疲れるだけでしょうがなかった。


 それを×四こなした後、念願の昼休みがやってきた。

 アタシは自分の机に、持ってきた弁当箱をおく。座ったまま、仲いいグループの様子を見ると、アタシ抜きで机を固めていた。


 そりゃそうだよね。大火事起こしているアタシなんかに近づいたら、あっちも被害受けるもの。


 仕方ない。アタシは一人で昼ごはんにしようと、バッグから弁当箱を取り出す。

 するとここで、あんまり会ったことのない男子二人が机にやってきて。


「お前、榎本だな」

「はい。どうしたんです」

「弁当持ってついてこい」

「な、何で?」

「そう呼べ、って俺たちが言われてるからだ」

「とにかくさっさと来い! さもないともっと言いふらすってのも言ってたぞ!」


 もっと言いふらす……このワードで、この二人が誰の命令でアタシを呼びに来たかわかった。

 なら。抵抗できない。


 アタシは弁当……を念のためカバンに入れて持ち、その二人に連れられて、廊下の途中にある例の休憩スペースに行く。

 この時間帯になるとだいたい、一年の中でも上位の人たちがここでドンチャカ騒ぎをする。

 当然、イカルガさんもここにいる。右隣に野球部の高城さん、さらに右隣にサッカー部の上流さんもいた。


「そこ座りなよ、リョウカ」

 アタシは三人が座る丸テーブルの反対側に座らされる。


 アタシは面接みたいに手を膝下に置いて、イカルガたちが先に何を言うか待ってみる。

 するとイカルガが、紙パックのミルクティーを一口飲んでから、

「さっさと食いなよリョウカ。今昼休みだよ? なんかアタシが飯抜きにさせようとしてるみたいになるじゃん」


「ああ、はい」

 アタシは急いで持ってきたお弁当箱を開ける。その瞬間、高城さんが、


「おい。その弁当こっちによこせ」


「はい?」


「よこせっつったらよこせよ馬鹿! バスケやってるやつはこんな馬鹿ばっかりなのか!?」


 高城さんの机を殴る音にビビって、アタシはろくに考えもしないで弁当箱を高城さんに渡す。


 高城さんはしばらくじっとそれを見た後、その中の一品にあった照り焼きチキンを紙カップごと取って、一気に口に入れた。


「……まっず。見かけだけで味薄過ぎだろこれ」


 そしてアタシに返した。

 色々キレ返そうとしたけど、アタシはさっさとここから逃げ出すことを選ぶ。

「で、どうしてアタシを呼んだんです」

 と、イカルガの方を向いて言う。


 当人はミルクティーとスマホに夢中になったまま、

「アタシがお前のこと必要とするわけないじゃん。用があるのはこのお二人」

 右手を出して、隣の男子二人を指した。


 アタシが二人の方に向くと、早速、上流さんがニタニタしながら質問してくる。

「お前、部活サボってバスターのおもちゃで遊んでたってホント?」


「いや、そんなことしてないですけど」


「嘘つけよ〜! 俺と同じクラスの女バスの連中も見たって言ってたぜ!」


 だろうね。イカルガの友達だからこういう返ししてくるよね。


 上流さんはちょくちょく笑い声で途切れ途切れになりつつも、こう言ってきた。

「しかもお前、メチャクチャ上手い先輩をウザがって、試合中にわざとボールぶつけて怪我させたらしいじゃんか!

 普通なら速攻退部のところを、代わりの罰としてボール磨きとかやらせてもらってるんだろ?

 それ嫌がって、スマホいじりとかでサボってるだけならまだしも、まさか何もかも変なおもちゃで遊んでるとか、お前おかしいだろお前!」


 全部違う。全部イカルガ発信の事実無根の嘘だ。

 けどこれも否定しても意味はない、アタシは上流さんのゲラゲラ度合いに合わせて、頑張って口元を緩めて、

「そうですね、すみません……」


「すみませんじゃねえだろこの七光りがァッ!」

 雷がそばで落ちたみたいな感覚になった。


 ここから話の主導権を、真ん中の高城さんが奪っていった。

「榎本、イカルガから聞いた話だが、お前、親が名の知れたスポーツ選手らしいんだろ」


「……はい、そうです」


「そのくせさっきオウマが言ってたようなことするってどういうことだ?

 負けてもキレたり八つ当たりしないで、試合で結果を出して取り返すことがスポーツマンには必要。って教わらなかったか?」


「はい、それはわかってます……」


「じゃあなんであんなことやったんだって話になるだろうが!

 わかった。アレだろ。恵まれてるヤツ特有の自分はルール適用外とか考えてるアレだろ!?」


「違います。そんな……」


「言い訳するなテメェ! なんかイカルガから『知り合いに面白い人がいる』と言われて来てみれば、こんな前に座ってるだけで腹が立ってくるヤツだとはな!」


 もうアタシは黙るしかなかった。

 その間に高城さんは、アタシを攻め続ける。


「別競技だが、ジュンスケ選手は知ってるだろうな?

 あの人は球団本拠地から程遠いド田舎の生まれでも、必死に地方リトルリーグとかで実力を積み上げて、アメリカで活躍してるんだ。

 テメェが上手くいかないのはずっと親に甘えて生きてきたからじゃねえのかよ!

 そういう遺伝子とか地盤を活かして、前々から努力してれば、わざわざ先輩を怪我させなくとも活躍できてたんじゃねえのかよ!

 そこんところどうなんだ、アァッ!?」


「……はい、その通りです」


 縮こまる以外、防御のやり方がわからないアタシを鼻で笑い、高城さんは長台詞で乾いた喉を、ペットボトルのお茶で潤す。

 そしてキャップを締めた後、

「まぁ、実際のところ、こいつの親、世界大会にでただけで大したことないんだろうな。日本のバスケ選手が活躍した話なんて聞かねえし」

 と、つぶやいた。


「おい、トラジ……確か俺、榎本の母さんはバレー……」

「そこどっちでもいいでしょ、オウマ!」


 イカルガがまた誤情報を流しているのも、止める気がしない。


「……それで、榎本リョウカ。お前、何か言い返したいことはあるか?」


 どうせ言い返したら、また谷久保選手を理由にして、全否定するんだろう。

「……特にないです」

 アタシは、高城さんに降参するしかなかった。その証拠に、アタシはうつむいた。


「……特にないですじゃねぇだろ!

 つくづく救いようのない馬鹿だなテメェは! 『そんなつもりじゃない!』とか『アタシなりに頑張ってるのに〜!』とか何でもいいから一つ二つ言い返せばいいのに、ガキみたいに涙目になってうつむいて黙りやがって!

 こんなんだから一番得意なはずのバスケも調子悪いんだろうが! ダメだったらどうするってのを考えずに、逃げてばっかりだから成長しないんだろうな!

 テメェ、マジで死ねばいいんじゃねえの!? これ以上生きててたら、ダメな親の顔に泥塗るだけだろうしよ」


 ダメな親……このワードを言われた時、アタシは反射的に顔を上げた。

 

 アタシから見て、真ん中の高城さんは、昭和の父親のような全部を見下してるような目でこちらを見下していた。

 右のイカルガは、スマホをイジるフリをして、スマホのカメラをアタシに向け、ニヤニヤしていた。

 左の上流さんは、他二人の度を過ぎた行動にビビっているのか、やけにキョロキョロしていた。


 そしてアタシは、テーブルに伏せるように、深くうなだれた。

 降参を通り越して、もう、自分の中の全部が滅亡したみたいに……何も、できない。


「もう見たくもない。家にでも帰れ」


 何も気力はないけど、病気になったわけじゃない。

 アタシは、まだ家に帰れないので、代わりに教室の自分の席に戻った。

 そこで、高城さんに一品食べられた弁当箱を置いて、そこから一切手を付けなかった。


 カバンの中から、サソリ形態のスコルケトが這い上がってきた。

『あの、リョウカさん。もういい加減……』


「いいよ。大丈夫だから……」

 アタシはカバンへ向かって小声で言った後、スコルケトをカバンの中の小さいポケットに入れて、そのチャックをビタッと閉めた。


 五時限目開始直前、アタシはほとんど減っていないお弁当箱を、次の教科書類と入れ替えてしまった



 放課後。

 同じクラスにいるイカルガの友達から『今日は必ず来い!』と言われた。

 この後、『さもないと』という続きがあるのはわかってるので、アタシは教室から体育館へ向かう。

 一歩一歩進むたびに、足に一個ずつ鉄球がつけられてるみたいに重くなる。どういうわけか呼吸も苦しくなってくる。


 お腹が減って力が出ないっていうわけでもないし。どこか身体の中に調子が悪いところがあるわけでもない気がするのに……


「あの、貴方、大丈夫ですか?」

 階段をノロノロ降りていると、本日初、イカルガの関係者を除いた人から声をかけられた。

 うちの学校のマークが描かれたキャップを持ってたから、多分ソフトボール部の、くすんだ青色の髪の女子だった。


 アタシは歯を食いしばって笑って、

「全然、行けますから……」


「ほ、本当に大丈夫ですか……僕が肩貸しますので保健室まで……」


「いいからほっといて!」


「は、はい……」


 あんなでかい声出す必要ないじゃんこの馬鹿。アタシは、頭の中で自分を殴りながら、ノソノソ階段を降り続ける。


 部室で着替えを済ませて、女バスが使う体育館のひとスペースに来ると、半分くらいしか人が集まってなかった。


 不思議がっていると、二年の先輩から、衝撃的な一言が。

「今日は顧問の先生が他校での合同研修に参加しているため、私たち独自で自主練習することにします」


 何か重点的に強化したいところはありますか? と、その先輩が聞くと、すぐにイカルガが手を上げた。


「模擬試合やりましょう! 十人なんで二チームぴったしに別れられますから!」


 そしてパパっとチームを決めて、模擬試合が始まった。

 この十人の中には、当然アタシも入っている。


 アタシは本当に馬鹿なんだ。

 今日、顧問の先生が放課後いないことを調べられるはずだった。

 イカルガが自分の仲良しの人たちだけをグループメッセージで集められることを予想できるはずだった。


 けど、アタシは何にもしなかった。甘えて、周りに流されたからだ。


 だからアタシは、この模擬試合でひどいことをされまくった。

 長い時間、無視されパスを回してくれないと思ったら、ドッジみたいに敵味方関係なくアタシにボールを投げつけられた。何度も。


 下手くそ。ザコ。臆病者。箱入り娘。試合中の普通の掛け声のように、悪口を浴びせてきた。何度も。

 おまけに、他の部活にバレないように、他の九人は、自分たちが壁になるように立ち位置を変え続けた。


 どうにかして自分の身を守らないと……顔にアザとかが残ったら家に何が起こってるかバレる。

 アタシは真後ろから投げられたボールを、とっさに振り向きどうにかキャッチした。


 その張本人――イカルガがアタシに駆け寄り、ボールを奪おうとする。

 ルールを破るな。とか言われないように、味方にパスしようか。それともこのまま保持して他の部活に監視の目を光らせてもらおうか……


 そう考えている内に、イカルガはアタシの一メートル以内にまで近づいていた。

 すると次の瞬間、右足に何かが乗った気がした。


 下を向くと、アタシの右足を、イカルガが踏みつけていた。

 指先からジワッと痛みが広がって顔をしわくちゃにする。

 そこにイカルガはバスケボール越しにヒザ蹴りをぶつける。アタシは、天井を見上げた。


 もう一度右足が踏まれた。アタシはもう立ってもいられず、左肩から体育館の床にぶつかった。


 笑い声と、ざわつく声が、他の部活の練習中の掛け声に混じり、床を伝って聞こえてきた。

 イカルガはアタシの顔の前でしゃがみ、

「ほら、さっさと起きろよ。アンタのせいで試合止まっちゃってるじゃん」

 と、当然のことを言うように言ってきた。


 アタシは、起き上がれなかった。アタシなんかが起き上がっても何の意味もないから。


 その間に、イカルガの足は、近くにいた二年生の方へ行った。

 次にアタシの前に来たのは、その二年の先輩だった。


「ねえ、ここバスケ部なの。三年間バスケをやるところなの。寝るとこじゃないの。やる気が無いなら帰ってくれる?」


「ちょっと先輩、さっきアタシが言った内容と違いますよ」


「けど、マジで言うの? これアタシがイジメたみたいにならない?」


「まあまあまあ、ほら、ちゃんと最後まで一語一句間違えずに言ってください」


「……やる気が無いなら、死んでよ。人間未満のゴミ虫リョウカ」


「……」


 アタシは、ゆっくりと起き上がり、途中途中右足を引きずりながら、カバンを持って体育館から出ていった。


 靴を履き替え、校舎を出て、電車に乗った。

 最寄り駅からズルズル歩いて、家に帰った。


「おかえり、リョウカ」

「おかえり! 今日は早いね! 退学にでもなったの?」

「そんな冗談はやめなさい、タケヒロ。おかえり、リョウカ……」


 アタシはすぐ洗面所に行き、洗濯カゴに靴下を投げ入れる。

 裸足になって右足が上手く動かせなかった理由がわかった。

 人差し指の爪が黒くなっていた。内出血だ。


 けど痛くない。


 アタシは二階の部屋に行き、部屋着に着替えず、ベッドに座る。

 そこでしばらく、見慣れた白い壁紙を見つめていると、涙が出てきた。溢れて止まらなくなった。

 今、アタシの横にイカルガがいて、高城さんと上流さんまで引き連れて、アタシのことをありったけの悪口で、絶え間なく責めている感じがした。


 明日は土曜日だけど、午後からバスケ部の練習がある。

 日曜日は日曜日として、月曜日から金曜日の放課後、五連続でバスケ部がある。

 そしてその次も、次も、次も……


 アタシは、怖くなった。明日が来ること。明後日が来ること。明々後日が来ること……


 アタシは自分の部屋の照明が、吊り下げタイプのシーリングライトだったことに気がついた。


 ベッドの下に伸ばしていた延長コードを抜き取り、コンセント側のほうを結んで輪っかを作る。


 ライトの吊るす部分にもう片方をひっかけ、何回かグッとする。千切れる心配も外れる心配もなさそうだった。


 勉強机の椅子を掴んだとき、棚にあるルーズリーフの束に目が留まった。

 なるべく、事件性が大きくならないようにしたほうがいいし、ルーズリーフ一枚がもったいない。


 アタシはそれを無視して、椅子をライトの下に動かす。


 アタシは椅子の上に立ち、延長コードの輪っかを頭に通す。

 もっと早くこうすべきだったんだ。

 アタシの心と体を守れる。家族に迷惑がかかることもなくなる……全部、全部解決するんだ。


 そしてアタシは、椅子の背もたれめがけて右足を突き出した。


【完】

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