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スポーツ選手の家

『申し訳ございませんリョウカさん! 言いそびれてしまいました! 私はあのように実体化した後効果時間が無くなると、強制的にカード形態に戻り、しばらく身動きできなくなるのです!

 そしてこのような後付け感のある言い訳をしてしまい、誠に申し訳ございません!』


 と、机に乗せたサソリ形態のスコルケトは、頭をペコペコしながら言ってきた。


 アタシは椅子に座ったまま、死んだ目かつ無言で眺め続ける。


 あまりの沈黙具合に焦ったか、スコルケトはこう聞いた。

『……やはり、相当怒っていらっしゃるようですね……私のワガママにつぐワガママで、このような事態を招いてしまって……』


 このまま黙ってると、スコルケトに全責任を転嫁しているみたいで、ますます自分が情けなくなってくる。だから、アタシはようやく喋った。

「いいよ、悪いのは……あんな捏造したイカルガたちだから……」


 休眠状態になってたスコルケトを返してもらった後、アタシが最も恐れていたことが起こった。

 

「榎本リョウカが部活サボって子どものヒーローごっこのオモチャで遊んでた」と、第一発見者であるイカルガが調理した根も葉もない噂が、当人が属するイケイケグループの周辺で一気に広まった。

 その後の、イカルガに味方する奴らが隙あらば、「いい年して恥ずかしくないの?」だの「なんでバスケ部なのにバスケしないの?」だの「俺の五歳の弟のおもちゃも貸してあげようか?」だの……言われた気がする。

 気がする。って言ったのは、あまりにも言われた悪口とからかいが多すぎて、アタシのコンパクト気味な頭じゃ、一つ一つ何言われたか覚えきれなかったからだ。

 

 イカルガのテリトリーの一つ、女子バスケ部の活動時間に行ったときは、特に酷かった。

 今日に限ってはボール磨きもしないで先生公認の元、真っ直ぐ家に帰ろうとしたけど、イカルガが「バスケ部員に入ってるんだから、どんなに苦しくても練習に励むのが義務でしょ?」とブロックされて強制参加させられた。

 その時点で嫌だったって前提はあるんだけど……


 一人ひとり順番でやるレイアップシュートの時、アタシがドリブルを始める度に、アイツの取り巻きがカットを挟んできた。

 五、六人組くらいでやるチェストパスの練習に、アタシだけボールを回してくれないのに、先輩を使って「やる気ないなら見学してろ!」と怒鳴られた。

 3on3形式での練習中、あからさまに反則行為の身体接触をぶちかまされた。


 ……とにかく今日、アタシは満足にバスケをやらせてくれず、ただイカルガに惨めな姿を見せるためだけに、部活をさせられた。

 

 こうしてアタシは、とにかく嫌な気持ちになって帰宅し、ジャージから部屋着に着替えるのも、ここ最近リピートしているNBAのハイライト動画も付けるのも、元気がなくてやらずに、自分の部屋の椅子に座っていた。


『……あの、リョウカさん。今は何も受け入れる余裕がないことは承知でございますが、ここで私から提案があるのですが……』


「ううん、全然そんなことないよ全然! なあに? 言ってみ?」

 嘘だけど。考え方次第だと、この件はスコルケトに原因があるんだけど、やっぱりここだけの責任にしたくないから。元気めに否定してみた。


『先日。貴方の兄を操ったことを覚えていますよね?』

「ああ、あったね。で、それがどうなの?」

 スコルケトは、両ハサミパーツを広げて語る。

『その力を用いれば、単独変身ほど過激にはならず、リョウカさんを虐げる者たちを成敗できることが可能です。あのイカルガとか言う性悪女に恥をかかせたり、先生に有無を言わさずいじめの対処をさせたり……』


 アタシはそれを手をブンブン振って拒絶した。

「いやいやダメだってそんなの! 洗脳解けたあとの相手の今後のこともあるんだからさ!」

 イカルガ……は、正直なんとか立ち直れそうな気がしなくもないから一旦置いとくとして、先生には、良心を抑えてでもアタシを助けられない、先生なりの事情みたいなものもあるはずだとアタシは思ってる。

 それに、誰がどうしようともダメなんだ。アタシが恐れてるのは、これが大火事になって、一番炎上して欲しくないことだから……


「というわけで、スコルケトは何もしなくていいよ。今後は存在がバレるのを注意して、変身者探しに集中して」


『ですが、私はいずれヒーローとなるため……』


「いいからいいから! ほら、情けは人のためならずとか言うじゃん! 助けるだけがいいことじゃないんだってば!」


『そのことわざ誤用で……』


「ごめん! アタシそろそろ勉強したいから! 一回黙ってて!」

 勉強しようとしたときに限って掃除してしまう。それと似たような感情で、アタシはスコルケトを机の隅に置いて、真ん中にノートを広げた。


 するとそのタイミングで、部屋のドアからゴンゴンと音がする。

「そんな乱暴な叩き方したら凹むでしょうが! どうぞー!」


 外からドアを開けたのは、末の弟のタケヒロだ。

「た、大変だよお姉ちゃん! 大変だ!」


「何がどしたの!?」


「魔王が家に帰ってきたんだよ!」


 魔王……タケヒロめ、もし相手が地獄耳だったらタダじゃおかない冗談言いやがったな。


「わかった。今すぐ行く」

 よかった、これで勉強も一旦しないで済む。

 アタシはデスクの隅に置いたスコルケトに「大人しくしてて」という意味で一度手のひらをかざしてから、タケヒロと一緒に一階のリビングへ向かう。


 階段から降りてすぐ近くのリビングへの出入口から見て、ダイニングテーブルの奥側に、魔王……ではなくて、ベージュのパンツスーツを着た、スラッとしてキリッとした女性が座っていた。

「ただいま、一週間ぶりね、リョウカ」


 その女性の目がピンと止まった途端、私は背筋を伸ばして挨拶する。

「おかえりなさい、母さん」


「そんなにかしこまらないで、他人みたいでしょう。あと、そこ座って」


「はい」

 アタシはカクカクと足を開……


「だからそんなかしこまらないで。怒ったりとかしないから」


「はい」

 だってしょうがないじゃん。母さん、自然体の顔がムスッとしてるから、ワンチャンキレてるかもしんないって構えちゃうんだもの。


 普通に歩いて、向かいの椅子に座るなり、母さんは質問してきた。

「それでどう。ここ最近の調子は?」


「別に、いつも通り過ごしてるよ。うん」


「何か変わったことはなかった?」


「特に何もないよ」

 メチャクチャある。けど、話しても不気味がられるだけなので、こう言うしかない。


「そう……じゃあ、バスケの方は?」


「それも今まで通り」

 ここについては何も嘘は言ってない。私が実体験したことと、母さんが知っていることに違いはないから。


「やっぱりね。まあ、大学入れば実力で評価されると思うから、そこまで引き続き自主練しとけばいいから」


「はい。これからも頑張ります」


「そう……じゃあ逆に、私に聞きたいことは?」


「地魚おいしかった?」


「……市場行きたかったんだけど、主催側が手配してたホテルのビュッフェ食べなくちゃいけなくてね。まあ、同じ産地だからいいんだけど……」


「そっか。それは微妙にツイてなかったね」


「ホント、余計なお世話って感じ」

 母さんはようやくギリ温かめの表情になり、クスクス笑い声を漏らす。アタシも合わせて、「そんなに笑うことじゃない。私はかなりムカついたんだけど」と言われないよう、加減を見計らって笑った。


「それで、母さんは今回、何日ここいるの?」


「日曜までいる。そこからは最低でも二週間はまたどっかいく」


「わかった。じゃあ頑張って」


「うん。リョウカも頑張って。スポーツも、あと勉強もね……じゃあ次、タケヒロ」


 一週間空けての状況報告を終えたアタシは、夕ご飯までリビングに用もないので、すぐに二階へと戻った。


『おお、リョウカさん。ご無事でしたか』


 両ハサミと尻尾を振って迎えてきたスコルケト。

 アタシはその手前、デスクから引き出した椅子に座りつつ言った。

「逆にアタシに何が起こると思ったの」


『魔王が来たと、弟さんが言ってたではありませんか』


 魔王……そうか。スコルケトの世界観なら居てもおかしくないのか。

「違う、来たのは母さんだよ。魔王って呼んだのは、アイツが会うたび普段のイタズラを叱られてるからってだけ」


『なるほど、それは失敬。私、早とちりしてしまいました。

 しかしよく考えてみると私、リョウカさんのお母様のことはあまりよく知りませんね』


「父さんもあまりよく知らないでしょ。姿をチラ見した程度で」


『気が良さそうな人だとはわかります。ただ、お母様のことはまるでわからないのです。こちらはチラ見すらできてませんから。

……それで、お母様はどういう方なのです?

 もし都合がよければ、お聞かせ願えますでしょうか?』


 アタシはなんとなく、タケヒロに呼ばれる前に開いたノートに触れていたが、勉強する気にはまだなれないので、スコルケトの質問に答えることにした。


「アタシのお母さんはさ、元女子バレーボールの日本代表選手だったんだ」


『なんと!? 日本代表選手ということは……世界大会に挑んだ経験もやはりお有りで!?』


「うん、やはりお有り。引退した今は、スポーツ強豪大学でコーチやってたり、講演会で全国飛び回ったり、あと時々テレビで解説の仕事もしてる。だからずっと家にいないんだ」


『引退後も堅実なご活躍をされているのでありますね。

 なるほど、であるからこそ、リョウカさんも一刻も早く適切に評価されるべき運動神経を持つのですね。そんなお母様の血を引いているのですから』


「……それもあるかもしれないけど、どっちかっていうと、なんていうか、母さんの信念みたいなのが強いかな」


『信、念……?』



 これはお母さんから聞いた話。プライベートでなくて、たまたま近くでやった講演会に家族こぞって参加したときのだけど。


 母さんは小学校の頃から、先生が舌を巻くほどスポーツのセンスがあって、いずれ選手になれるって言われてたらしい。


 けど、生まれた時代と、その地域の古臭い価値観のせいで、母さんは「嫁に行くことだけに集中しろ」って、しつこく両親(つまりアタシから見ておじいさんおばあさん)に言われてたんだ。


 自分はバレー選手になるって覚悟を決めてた高校の頃なんか特にひどくて、「顔が傷つくと価値が下がる」とか言って、部活に行くこと自体強引に止めてたんだって。


 これ聞いた時、どんだけ嫁に出したかったんだよお二人さん。ってツッコみたくなったんだけど、進路選択の確定間際には、母さんには婚約者候補が用意されてた。

 けど、ラッキーなことに、母さんのことを認めてた顧問の先生と、その話を聞いてた校長先生が全力で説得して、大学への推薦入学に変更させたんだ。


 そして、バレー選手になったらしい。

 ……この間にもスポーツっぽいサクセスストーリーを語ってたけど、長いしアタシじゃまとめきれないから言わない。ゴメン。


 とにかく、そういう過去があって、母さんは子供に存分にスポーツをさせたい。

 プロ選手は厳しいからそこまでいかなくてもいいけど、『努力した』っていう成果を残して欲しい。

 というわけで、お兄さんはラグビー、アタシはバスケ、タダカツはサッカー、タケヒロは野球。っていう風に、小学校入ってすぐに何かしらの体育系の習い事に入って、それをずっと続けてるんだ。



「ちなみにだけど、父さんは『MONOSiLO』っていう色んな商品のレビューを載せてる雑誌の編集者。同じ出版社の別雑誌の部門にいたとき、母さんのコラムの担当になって出会ったんだと」


『ご丁寧な補足、感謝でございます……なるほど、こうした過去による信念の元、娘のリョウカさんはあれだけバスケが上達したのでございますか』


「まあね。特にアタシは、唯一の同性の子供ってことで、かなり期待して貰ってたから……うん」


『しかし、そうなるとますます、リョウカさんを真っ当な理由無く虐げるイカルガさんが許せなくなりますね……』


 しばらくそれてたけど、やっぱりその話になっちゃったか。

「だから……イカルガさんのことは一回忘れときましょうよ」

 そう言っても正義感が治まらないスコルケトは、こんなことを閃いてきた。


『そうだ。リョウカさん、お母様に学校でのことを相談しましたか? ああいう経験をなされたお母様であれば、親身になって助けてくれるのではございませんか?』


「……したよ、別に」


『にしては状況が悪いままではございませんか。それに、今の返事の態度も暗いですし』

 やっぱり、良くも悪くも抜け目ないな、スコルケト。

 いや、アタシの詰めが甘いからかな……とにかく、今はやってしまったことをどうにかするしかない。


「ごめん、さっきのは半分嘘なんだ。いじめが始まってから一ヶ月後くらい後に、お母さんに全部打ち明けた。けど、『絶対に、解決しようとしないで』とも言ったんだ」


『何故、そんな半端なことを』


「……有名人が権力を振りかざしている。という風に叩かれないためだよ」

 さっき言った通り、母さんはスポーツ選手だし、テレビにも出てる有名人だ。

 ここ最近、有名人はほんのちょっとの失言やミスをしたくらいでも、世間から死ね消えろと言いたい放題にされてしまう。

 それは言い過ぎ。って反論したとしても、有名人なら耐えて当然。と、逆ギレされる。この理屈が当然だと周りも言い、ますます炎上する。


 最近だとマスコミとか週刊誌とかのような人を集める力の強いメディアもあり、一度でも誰かしらから目をつけられたら最後、活動どころか人生が終わってしまう……みたいな話もしょっちゅう聞くようになってきた。


 アタシが恐れているのはそれだ。

 もしアタシが本気で反撃しようものなら、イカルガとその囲いが「芸能人の娘が親の七光りつかってアタシにひどいことしました!」と騒ぎ立てて、学校……最悪、どっかにタレコんで、こっちが悪者になるように動くに決まっている。


 イカルガたちは、アタシの母さんの経歴と、あんな感じの道理を把握した上で、完璧にアタシを封じ込めた上で、ああいうことをしている。


 だからアタシは、母さんや顧問の先生のように、救いの手を差し出してくれた人を、優しく優しく断っている。

 イカルガは嫌だけど、アタシのせいで家族や学校に迷惑をかけるのはもっと嫌。

 だから、アタシは耐えるんだ。

 最低でも、残りの高校生活の二年四ヶ月ちょい。ここを乗り切れば、きっと……


「だからスコルケト。もうこのことについてこれ以上関わらないで、これはあなたのすごいパワーとかですらもどうにかできない問題なんだから」


『……そう、ですか。しかし、二年四ヶ月とは、私としては気の遠くなるような時間でございます。

 四ヶ月だけでも、私の世界のイヌビスは手が届かないところまで強くなり、それに次ぐ強者である騎人バスターホルコンも、同等のレベルに成長していったのですよ』


 成長……あれか。なんか新アイテム貰ってギラギラしたゴッツイ新フォームになるあれか。ミラキリーでもよくウェディングドレスみたいなのになるアレか。

 急にアタシでもわかるようなあるあるネタをぶっこんできたことで、アタシは自然にクスって笑い、

「だから大丈夫だって。なんちゃら三日会わなかったら改めて見ろっていう、『時間の流れって思ったよりも早いんだぞ』みたいな意味の格言あるじゃん。三國志の呂布が言ってた奴」


 この後スマホで検索したら、それを言うなら『光陰矢の如し』だった。

 おまけにアタシがほわほわで言ってた別の格言『男子、三日会わざれば刮目して見よ』は、呂布じゃなくて呂『蒙』っていう武将が言ってたらしい。呂布ですら世界史テストにでないくらいだから、秒で誰のことか忘れたけど。


「それに、アタシけっこうメンタル強くやってますんで! アタシがバスケ強いのは、スポーツ教育熱心な母さんの信念を全力で受け止めて、ここまでは練習に励んでたおかげなんで!

 はい、というわけで、いくら冬とは言えど空気が湿っぽ過ぎるのはよくないので、切り替えていきましょう!」

 と、アタシはびっくりするくらい笑った後、ようやくノートに目線を直した。


『は、はぁ……わかりました。こちらこそ、リョウカさんの気持ちと上手く向き合えずすみませんであります』


 スコルケトはやっとこさ納得して、カードに変形して大人しくなった。


 それからアタシは、最近よく使う作業用BGM……四週間前のNBAのハイライト動画を流して、英語の勉強を始めた。

 前置詞の扱い方がムズいなぁ。untilとbyの使い分けとか未だに理解できないんだよなぁ……


「ちなみにスコルケトはわかる?」


『文字数の節約か水増しのためでは……ないでしょうか?』


「何だよ。アタシてっきりインテリキャラかと思ってたのに」


 みたいな感じで勉強すること、だいたい一時間後。

 またしてもドンドンと部屋のドアが叩かれた。

 アタシはドアが凹むでしょ的なことも言いつつ、開けることを許可すると、

「た、大変だ姉ちゃん! 女帝の晩餐が行われるぞ!」


「アンタまでそのノリやめなよ!」

 

 正直、あんまりお腹空いてないんだけど、久々の母さんとの夕ご飯だから、あんまり悪い態度は出さないようにしなきゃ。

 アタシはタダカツの後につづいて、一階のリビングへと降りていった。


 ところで、晩餐ってどういう意味だっけ。よく聖書とか小難しい話でやりがちな、ただ夕ご飯をカッコつけて言っただけの言葉かな。ほら、最後の晩餐みたいな。


【完】

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