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深緑の兜虫は鞄を保たず

「ほえ?」

 ギルフォードと、チャンバラ勝負……?

 唐突すぎる。あまりの唐突さに、驚いても感情を出さない性格らしい僕が、「ほえ?」と声を漏らすとは。


 ギルフォードは軽々(そりゃスポンジだから軽いよね)と剣を片手で回しながら、僕の前に移って言う。

「テメェ、学校以外じゃ運動しないから。こうしてお前の好きそうな楽めのエクササイズでもしてやろうと思って、な。どうよ?」


「いいよ」

 僕ながらなかなかの二つ返事ぶりだった。

 これを断ると、腕立てとかスクワットとか、僕にとっては殺人的な筋トレをやらされると踏んでのこと。というのが表面上の理由。

 裏の事情は、ギルフォードと剣戟をしてみたいと思ったからだ。

 僕が剣を振りたいのはもちろんのこと、過去には軍事訓練として剣術修行もしていたらしいギルフォードの腕前がどれだけあるか知りたいんだ。


 僕とギルフォードは、ローテーブルなどの動かしやすいものは全て端に寄せ、リビングに二畳ほどの小さい試合場を作った。


 派手に動き回ることは厳禁。殴る蹴るの体術は禁止。一度剣に打たれたら敗北。と、ルールを決めた後、僕とギルフォードは向き合う。


「ハンデだ。お前から先に来い。それで試合開始だ」


「わかった……では、いざ」

 僕は両手を右肩へと持っていき、剣先が真正面を向く状態で柄を握りしめる。意識を研ぎ澄まし、僕なりの頃合いを読んで、「いざ参る!」一気に突きを放つ。


「はい、参れ!」


 気がつくと、僕の剣は床に落ち、ギルフォードの剣が左ふくらはぎに当たっていた。


「……」


「いやだからお前の負けだ。どうする、剣拾い直してもう一回やるか?」


「わかってる。わかってる。剣豪とかませ盗賊がやるようなことって実際にあるんだなって驚いているだけ」


 僕は剣を拾い直し、もう一度同じ構えを取る。

 今度は意表をついて、剣を一度九十度持ち上げてから、振り下ろそうとする。

 だけど、いざ攻撃という前に、僕は左肩をギルフォードに突かれていた。


「……」


「決めたルール覚えているか?」


「わかってる。わかってる。卑劣な手段で肉親を殺した小物敵キャラが、怒りで覚醒した主人公にやられるようなことって実際にあるんだなって驚いているだけ」


 僕は剣を拾い直して……一気に略す。また何をされたのかわからず負けた。


「……どうよ。オレ様の強さが身にしみたか?」


 しばし目を点にした後、僕は悔しさをごまかすための、僕らしからぬとぼけをしてみせた。

「さてはギルフォード、導霊特有の魔法かなんかつかったな!」


 ギルフォードは上半身を前のめりに出す。

「するか! オレ様は導霊のなかでもまだ見習いの部類だから、複雑な術は使えないんだよ」


「けど透明になれるじゃん」


 ギルフォードはますます前のめりになった。

「あれは導霊の基本業務をこなすのに必要だから、全員必須で覚えているんだ。

 悪いが、お前が負けてるのはオレ様の腕前が凄すぎるだけだ。なんとなくわかるだろそれくらい」


「そういうボケのつもりだったんだけどね」


「……チィッ。で、どうするよ。まだもう一戦やるか?」


「いいけど、このままじゃ貴方の剣術自慢になるだけだろうから、もう少しハンデをくれないかな」

 僕は惨めと思いつつも、おねだりしてみた。

 よくわからないけど、このままギルフォードに勝ち越させるのはどうも惜しいんだもの。


「わかった。じゃあ特別に大サービスしてやる」

 ギルフォードはいきなり僕の両肩に両手を置いて、グッと力を込めてきた。


 すると僕は、全身で何かが大きく脈打ったような感覚を覚えた。

 直後に感じたのは、マンション外の風音が拾えるほどの研ぎ澄まされた五感と、溢れ出るような活力だ。


「な、何したの、これ……?」


「これも導霊の基本。人間に自分の力を貸し与える術だ。今お前は、オレ様の反射神経と身体能力が宿ってるんだよ」


「そんな技があるなら、早く出してよ。体育の時間とか特に。というより明日の体育の時間に……」


「これは担当してるヤツに何か技術を教え込むとき、一度コツを覚えさせるために使うものだ。甘えるな」


 僕は肩を落としてガッカリする。

「それで、今お前には俺の力の半分を貸した。これなら剣術素人のミハルでも、俺に勝てる見込みがあるだろう」


「どうせなら全部よこしなよ」


「死ねって言いたいのかテメェ。ほら、無駄話はこのくらいにしてさっさと剣を拾え」


 僕は自分の剣を拾い、あの構えを取る。

 これがもし真剣だったら、この瞬間に自分の強化具合が表現できたのだろうけど……スポンジ製の剣なので、この時点では『軽い』としか言えない。


 ギルフォードさんは数秒置いて、中段に構える。ゆったりとした佇まいは、形を持たない液体を彷彿させるように、どの角度からの攻撃も沈めるような余裕を感じさせた。


 陽炎さながらに視界が揺らいでいる錯覚がする。暴風雨の中に立つように身体に重圧がかかる。


 僕はこの一息で切り合いを済ませるように、悠然と息を吸って吐く。

 そして、僕は剣閃を放ち、まずギルフォードさんが放つ殺気の幕を破った。


 刹那に弾かれた剣を両足を踏みしめて引き戻し、右から左へ払う斬撃。これは身を反らせたギルフォードの視界で通り過ぎてしまう。

 

 室内でありリビングだから、予め『動き回ったりしない』というルールがある故、僕とギルフォードの間合いは常に一足一刀の間合いとなる。

 先の回避で重心がぶれたところに一撃を叩き込める。僕は少しひねって、剣先を左下へ落とし、ギルフォードの右足を狙う。

 するとギルフォードは、右足を剣閃の軌跡から持ち上げ、フィギュアスケートさながらに一本足で立った。

 見惚れる間など与えるはずがない。ギルフォードは即座に右足を床に戻し、下から上への袈裟斬りを繰り出した。

 僕は逆に剣を振り下ろし、防いだ。この一瞬を切り取れば、さぞやライトノベルのライバルとの天王山感あふれる表紙になるだろう。


 ここから僕とギルフォードは、連続攻撃とも言えるし連続防御とも言える、剣戟の見本のような押収を繰り広げた。


 ギルフォードのレンタルパワーで、一秒が一分に歪んだように感じる。向かってくる剣がスローモーションのように見える。そして僕はそれに対応できている。

 これがギルフォードの見えている世界の半分――僕はようやく、彼の導霊としての超越性と、彼のここに至る苦難の道筋を理解した。


 だから僕は、しばしの逡巡を経て、口を開いた。

「すごいよ、ギルフォード……」


「はいドーン」

 わずかに意識が散っていたところで、僕は頭をボコッと叩かれた。


「身体能力と感覚は貸せるが、当人の思考の向上はできないんでよ……黙ってやればもう十秒は持ってただろうに。もったいないヤツだな」


「……せっかく頑張ったのに」


「そりゃあ仕方がないだろ。経験の差ってのもあるんだからよ。

 で、次はどうするよ……俺も、力が半分しかないから、久々に疲れてるんだが」


「ならもういいよ。力を返す」


「あいよ」


 ギルフォードはまた僕の両肩に手を置いて、力を取り返した。

 その引き換えに疲労を送り込んだのか。いや、レンタルパワーのおかげでごまかせていた分を改めて実感したからだろう。

 一気に背中辺りの汗がにじみ出し、足がふらつき始めた。


「もうエクササイズもいいだろう。おら、夕飯まで本でも読んで休みやがれ」


「そうさせて貰うよ」


 僕はスポンジを杖に……は柔らかさからまるで使えないので、自力でどうにかバランスを保ち、ソファーに戻っていく。

 途中、僕はふと思い出し、ギルフォードへ振り向いて、

「やっぱり、明日の体育の時、力を貸してくれない?」


「無理」


「……しつこくてごめん」


 僕は倒れるようにソファに腰掛けた。



 翌日の月曜日。

 僕はギルフォードの卵焼きと、冷凍カップサラダ、白ご飯を入れて、弁当を完成させた。


「お互い苦労して作った弁当だ。決して忘れるんじゃないぞ」


「もちろん」


 僕はきっちり、専用バッグ入りの弁当箱を、学校用のリュックに詰め、学校に行った。


 一から三時限目はただただ座学。

 四時限目は美術。教室を離れ、美術室で今季の課題『自分の好きな小物』のデッサンをする。


 僕が描いているのは冷凍パスタ――を模したカプセルトイのストラップ。

 あの小説をデッサンしようとも思ったが、先生から「キャラとかアイドルもののアクスタとかフィギュアはダメよ。趣旨変わるから」と先回りして皆に釘を刺していた。

 このストラップは、その代わりに急いでスーパーのガチャガチャを回して確保したものだ。

 これを見た先生から「本物のほうが大きくて描きやすいよ?」と冗談を言われ、返しに凄まじく困った。


 ……こんなの、後になっては塵芥に等しい無駄話だった。

 

 僕が高校に通い始めてから最も重大で苦しい事件が、ちょうどこの時間を終えたところで起こったのだ。


 四時限目終了と昼休み開始を告げるチャイムが鳴り、僕はクラスメートと同様、美術室から1−D教室に戻る。

 そこでいざ、生まれて初めて作った僕の弁当をいただく。


 はずだったのに、弁当が無かった。自分の机に掛けていた、それが入っていたリュックごと、無くなったのだ。


 僕と、後ろで透明化しているギルフォードは、その場で呆然と立ち尽くすほかなかった。


 ギルフォードは、僕以外に聞こえない声で聞いた。

「お前、リュックを美術室に持って行ってないよな?」


「ない……登校してからずっと、ここに掛けていた……」


 情報を整理する。


 三時限目と四時限目の間の休み時間、僕はこの中に前時限に使ったノートをしまった。何気ない動作だが、確実に僕の記憶にあった。

 僕にとって人の多い教室は居心地が悪い。少しでも人気を避けるために、僕はすぐに美術室へ行った。

 持っていったのはデッサン用のストラップを入れたペンケース。必要最低限の持ち物のみ。


 つまり、僕のリュックが無くなったのは、美術室へ行くため教室を出た後しかない。


 僕が今すべきことは、誰がリュックを持ち去ったかを周りに聞き込むこと。もしくは、職員室へ行き、報告すること。

 僕はこの二択を頭に浮かべながら、自分の机の椅子に座り、震えていた。


「おい、探さねえのかよ、ミハル」


「わかってる、わかってるよ、ギルフォード……」

 僕は誰かに声をかけることも、職員室に相談することも、どちらもできなかった。

 不幸中の幸いとして、スマホと財布は常にポケットに入れて持ち歩いていた。だけど、あの中にあるお弁当、教科書ノート、それと大事な小説は、すみやかに回収したい。でも、僕はそのために必要な手段のどちらも選ぶことができない。

 ありもしない第三の選択肢が振ってくることを祈るように、自分の机を見続け、昼休みのほとんどの時間を費やした。


 五時限目。

 普段から嫌悪している体育の時間だが、今日は一段と増して苦行だった。

 今取り扱っているスポーツはバスケで、先生がわけたチームで片っ端から試合を回すことが続いている。

 今日は先生が気を使って、各チーム『一番運動が不得意な人がシュートを決めたら得点三倍』という特別ルールを作った。


 言わずもがな、僕のチームの対象者は僕、真行寺ミハル。

 序盤に限っては、チームの人たちが先生の特別ルールの意図を読んで、僕にパスを回してくれた。

 だけど、僕は元々ドリブルすら上手く出来ない。その上、昼食を抜かされてしまったので普段以上に体力と集中力が持たず、パスされて五秒も持たずに敵チームにボールが渡る醜態を連発してしまった。


 最終的に、授業の中盤以降は、スポーツもできて明るい陽キャたちが『アタシたちが三倍動けばミハル要らないね。そっちの方が楽しいし』と言わんばかりに、僕のことを無視して試合に没頭した。


 先生もそれを咎めなかった。きっと僕が『相変わらずやる気のないヤツ』とでも思っているのだろう。


 最中、僕は体育館の壁際で様子を見守っているギルフォードに、目線を送った。

 その度にギルフォードは首を無情に横に振った。


 身も心もすり減った状態で教室に戻り、六時限目、地理の座学が始まった。

 板書のため、僕は休み時間の間に頼るべき相手をよく選んで、その女子に向かってかろうじて声をひり絞り、ルーズリーフを一枚貰った。

 小柄なわりには近づいてみると謎の威圧感――まるでギャングか殺し屋みたいな――で恐ろしい人だったけど、特に嫌がらせはせず無言で与えてくれた。


「その勢いでリュックのことも聞いたらどうだ」

 と、ギルフォードがささやいたが、僕は無視した。


 六時限目、掃除、帰りのHRが終わった後も、僕は自分の机に座っていた。

 僕が所属しているのは帰宅部だから、もう学校にいる意味は通常なら無い。

 今日に限っては、リュックを紛失したまま帰るわけにはいかない。

 だけど、クラスメートに話しかけることも、先生に相談することもしたくない。


「ここで寝泊まりでもする気か、ミハル。とにかく動いてみれば何か変わるだろ」


「そんなこと知ってるってば……」

 勝手に自分をジレンマに追い込んでいるのは重々承知している。だけど、僕は、もうこれ以上外に出たくないんだ……


 机に伏し、頭を抱える僕に、ギルフォードは机の前に回り込んでから言った。

「あの小説のこと。忘れてないよなまさか」


 忘れてなんかいない。あの小説はリュックに入ったままだ。だからなおさらリュックを取り戻さないと。

 ……そういうことを言いたいわけじゃないだろう。

 あの小説の主軸は、主人公の男装少女が、故郷の戦争で肉親を殺したトラウマを振り払うことだった。

 故郷、仲間、世界……そのいずれかを守るために過去という呪いを超え、剣を手に取る、その勇気に僕は憧れている。

 その強さを鎧として纏うように、僕も日々男装してここにいる。

 ――だったら、ここで勇気を出さなきゃ、何のために憧れているんだ。


 気づいた時には、僕は教室の角際で駄弁っていた男子二人組の側に立ち、

「あの……今日のやす……」


「ええーなーにー!? 聞こえねーぞ!」

「人に物を聞く時はもっとハキハキ大きな声で喋れよ!」


「誰か、僕のリュックを勝手に持って行ってなかった!」

 久々に外で大きな声を出したものだから、まるで怒鳴りつけているような荒さが出てしまったので、「……ごめん」と小声で付け足す。


 男子二人は僕を横目で見つつ、クスクスと卑しく笑った。

 それから小声になっていない小声で、「どっちいく?」「お前が行けよ?」と押し付け合いをしてから、片方が答えた。


「ああ、俺見ましたよ。あっちのトイレに持っていくのを見ましたよ。そうトラジが言ってました」


 トラジ――高城トラジ。

 僕の1-Dどころか、一年全体で陽キャ勢の中心人物として威張り散らしているTHE・体育会系の奴だ。


 あの人は興味のない他人を見下す癖がある。  それきこの人の、彼が見たのか、トラジが見たのかどちらかわからない言い方も引っかかる。

 これ以上の深入りは怖い。誰かに聞き込みするのは、勘弁だ。


 僕は教室を出る。

 あっち――美術室付近につくと、僕はそこにある女子トイレへ入る。

「ギルフォードはそこで待ってて」

「オレ様にそんな趣味ねえよ」

 この時間帯でここにいるのは美術部の人たちくらいだから、全個室が空いていた。

 僕はそれらを全て覗いて、リュックを探す。


 そして僕は、空振りで出てきた。

 掃除用具を入れるスペースまで覗いたが、僕のリュックはどこにも無かった。


「どうだ、見つかったか」


「じゃあ何故に僕は手ぶらでいるの」


「……だろうな」


 僕は、女子トイレと男子トイレの境目の壁に寄りかかり、次はどうするか考えた。

 ギルフォードは僕の反対側の壁に立ち、男子トイレの入口を見つめている。


 それで僕は、非常に良くない想像と、心を締め付ける悪い予感をした。

 僕のリュックを盗んだ犯人は、それを男子トイレに隠した。

 僕が普段から男の格好をしているから、男子トイレに入るのもわけないだろう。という悪意を持ったからかいを込めて。


 僕は先ほどとは違う意味でどうするか迷った。

 女子トイレが混んでいて個室が空いていないときに、男子トイレの個室へ入るしたたかな事例があるのを聞いたことがあるから、そこには抵抗は比較的無い。

 僕が一番嫌なのは、犯人の笑えない冗談に付き合うことだった。


 けど、本当にこの男子トイレにあるのかわからない。ともかくここまで来たからには確かめねばならない。

 僕はギルフォードへ頼んだ。

「ねえ、僕の代わりに男子トイレに入ってくれない……」


「ああ、見つからないように先客が出てからな……」

 よく耳を澄ますと、中から水が流れる音がした。

 それが止まると、足音がして、中からまず見慣れた黒い布地……僕のリュックが出てきた。


【完】

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