紅梅の鮭は斬撃を受けず
月から金曜日は、学校へ行き授業を受けてすぐ帰る。放課後はスーパーで今日の夕食と、明日の朝昼食を買って帰宅し、後は読書三昧。
土曜日は好き放題寝て起きて、昨日買いだめしていたご飯を食べて、本を読む。
日曜日、午前中のあまり混んでいない時間帯に、ショッピングモールに行く。そこにある大きめの書店で、次に読む本を買う。帰った後は土曜と同様の過ごし方をする。
普通ならば、僕は一週間をこのような大まかなローテーションで過ごしている。
だが今は、導霊のギルフォードがいるという異常があるため、それに連動して、僕のローテーションは大きく歪んでいる。
火曜日から家に帰れば、僕のようなズボラ向きのレシピ本を参考に何らかの料理をさせられていた。
土曜日には平日の起床時間と同じくらいの時間に叩き起こされ、家の掃除をやらされた。
この家は広すぎるので、体感総作業量は年末のときくらいあった。
そして今日……日曜日。
僕はローテーション通り、ショッピングモール内の書店を一時間くらい巡って、三冊本を買った。
「ミハル、テメェたかが本三冊買うのにどれだけ時間無駄にしてんだよ」
セルフレジの出口を出たタイミングで、ずっと僕の後ろについてきていたギルフォードが、一時間ぶりに声を出した。
ギルフォードは不都合がないように、他の人間には見えないようにできる術を持つ。声もそうだ、僕以外には聞こえない。
けれども、僕がギルフォード宛に話すことは、周りには聞こえる。僕は魔法なんて使えないから。
だから僕は、小声でつぶやくフリをして、
「僕にとっては非常に有意義な時間だから。口出ししないで」
ギルフォードに反抗した。
「はいはい。じゃあ、この後、忘れずに行けよ」
「……分かっている」
普通ならば、後は書店のエリアに最も近い出口を通り、駅に行く。
しかし、僕にはギルフォードとの約束がある。なので、僕は出口と真逆の方向へ歩き、エスカレーターに乗った。何気にこのエスカレーターに乗るのは初めてかもしれない。
その約束は、昨日、キッチンの片付けが終わる間際に定められた。
全ての戸棚を開け、消費期限が切れた食べものが無いか確認したり(幸い、僕がすぐ食べるもの以外買わないので、無かった)、食器や調理道具の整理を行った。
ギルフォードがこんなことをつぶやいた。
「弁当箱がないな……」
この瞬間、ギルフォードが次に何を言い出すかが分かった僕は、自首することにした。
「次はお弁当を作れとでもいう気?」
「おお、もうそこまでやる気が出ていたのかミハル」
どうやら自爆したようだ。
「テメェ、学校で飯食う時、いっつもパン二つにカフェラテだろ。オレ様が調べたら、三つとも糖類と炭水化物に振り切れてるだろ」
「けど僕は普通に生きてる。太ってもないし」
「今のところは、だろ。学校の授業以外で運動もしていないし、いつか壊れたらお前、取り返しのつかないことになる。
そこで、せめて週一くらいはバランスの取れた飯を食って貰いたい。だからこれまでの流れで、お前に弁当を作らせようと、考えたわけだ。
ところが、お前の家、弁当箱がないじゃないか?」
「逆になんで弁当箱が家にないといけないの」
「この世界じゃ大概の家には弁当箱の一つ二つはあると事前に勉強したからだ。『遠足』やら『校外学習』とやらで使う機会が成人までに必ずある。とよ」
そんな細かい習慣まで勉強しているとは、色んな意味で脱帽だ。
ギルフォードは持ち前の背丈から、高い位置にある戸棚を軽々と閉めて、
「それで、さっきの口ぶりからすると、どうやらテメェの家には、本当に弁当箱がないようだな。
今日までずっと、あったら色々助かっただろうタッパーすらないしよ……」
「それはお気の毒に」
僕はシンク下の棚に、フライパンなどの物を戻していく。
するとギルフォードはしゃがんで、僕と目線を合わせてきて問いかける。
「ミハル、明日、出かける予定はあるか?」
僕は日課ならぬ週課を欠かすことは出来ないので、正直に答えた。
「ショッピングモールに行く」
ということで、僕はギルフォードと、同じ建物に入居する雑貨屋に行った。
高校生活を始めるにあたっての筆記用具を買いに来て以来の来訪。
店内の配置はおろか、内装までもが一挙に更新されていた。半年くらい経ってるから確証はないのだが。
化粧品コーナーとそこに出来た人混みを、僕は苦虫を噛み潰したような顔をしてくぐり抜け、食器コーナーに入る。
無難に、四角に取り外し可能の仕切りがついた、これこその弁当箱にしようと思っていたら、思いの外、種類が多くて迷った。
けれども、「ミハルの性格ならこれが最適じゃないか?」とギルフォードが差し出してきた、枠が固定された弁当箱をひと目見て気に入った。
僕のように、好きな本を買うのにも一時間迷うような人なら、お弁当の具の配置にだって朝の時間を平気で無駄にするに決まってるから。
僕はこの弁当箱と、それを入れるバッグ。シリコン製のカップと、ついでにシンプルなタッパーセットを購入した。
いざレジに到達して、店員さんが「アプリはございますか?」と尋ねてきたのが怖かった。
*
ショッピングモールを出て、電車に乗る。
自宅の最寄り駅に着いた後、僕たちは弁当用の食材をスーパーで購入して、ようやく帰宅。
午後一時を過ぎていたので、僕は急いで昼食のナポリタンを作って食べた
今度は冷凍のものではない。麺茹でからケチャップで炒めるまで、自分でするものだ。
「どうせなら鍋で麺を茹でてくれれば文句はないんだがな」
「仕上がりは一緒だからつっつかないでよ」
と、僕は電子レンジ調理用の細長いプラ容器を洗いながら返した。
食器洗いを済ませてすぐ、ギルフォードは『キッチンにいるうちに』と、弁当作りを指示した。
ギルフォードもますます僕の扱いになれているようだ。
僕は腰を下ろしたら、てこでも使わないと行動できないことを完全に把握している。
僕はさっき購入した弁当箱を一応洗っておき、ここに詰める料理の支度をする。
買ってきたお弁当には、ご飯を入れる用の枠が一つ、カップおかず四個分の枠が一つある。
この四個分の内、一つは冷凍サラダのカップをそのまま入れることを許可され、もう一つは明日、ギルフォードが特別に卵焼きを作ってくれるという。
残る二つのカップを、これから僕が前日支度するのだ。
作るのは焼き鮭と、豆腐のステーキ。
前者はここ最近、魚卵以外の魚介類を食べていなかったことを思い出して、後者は先日の豆腐ハンバーグに使った残りを心配して選んだ。
最近、スーパーの生鮮食品売場を歩くようになって気づいたことは二つ。鮭が切り身の状態で売られていること。僕がどれだけ世間知らずかってこと。
それを教えてくれた生塩鮭三枚切りのパックと、豆腐パック三個セットの内の一つを、シンクの作業台に置く。
「全く、弁当箱とタッパーはないくせに、どうしてこんな凝ったものはあるんだか」
と、言いつつ、ギルフォードがIHヒーターに、卵焼きフライパンを置く。真ん中に仕切りが出来ており、二品同時に調理できるものだ。こういう時にはおあつらえ過ぎる。
ギルフォードの言う通り、よく考えられた商品だし、どうしてこれは家に残っていたのだろうか……
「鮭のことを考えて、豆腐を先にやれよ」
「了解」
豆腐を平ために、一口大に切り、フライパンの右側に置く。
六面の内の半分をこんがり焼き上げたところで、鮭の切り身を一枚、左側に投下。
豆腐六面を焼き終えると、右側に醤油とコショウを加えて味付け。
今更だけど、ステーキという調理方法は肉以外にも当てはめられるんだね。
本来の意味は厚切りの牛肉を焼いたもののはず。豚や鶏はまだ肉類だからかろうじて該当するのだろうが、原料の大豆が『畑の肉』といえど豆腐にステーキを付けるとは……初めて考えた人は冒険心が豊かなのだろう。
幼い頃、ステーキを『焼いた肉料理』程度でしか捉えず、何の疑問もなく牛豚鶏三種を召し上がっていた僕なんかが思うのも生意気かもしれな……
「焦げるぞ、豆腐も鮭も」
「……ごめん」
僕は味をなじませた豆腐ステーキをフライパンから移す。
左側に残る鮭を裏返し、蓋を被せる。
この蓋は左右両方を丸ごと蓋するもの。豆腐ステーキに熱と湿気を閉じ込める必要はないので、このタイミングで被せるのが効率がいい……と、予め僕は考えていた。
流石にそこまで都合の良いことばかりではないことも含めてね。
こうしてふっくら焼き上げた鮭を、適温まで冷まし、お弁当に使うため半分にカットする。残り半分はこの場で試食する。
「うん。ちょうどいい塩味になったね。この鮭」
「そりゃそういう商品だからそうだろ、テメェ」
豆腐ステーキの予備分も試食する。
「なるほど。口当たりは豆腐らしく軽いけど、ほのかに食べごたえがある。一瞬だけど肉ステーキらしい」
「素材の風味が程よく残った味付けだな。これを表現できるとは成長したじゃないか。ミハル」
目を細めて、身長差上必然的に見下してくるギルフォードに、僕は別の意味のつもりで目を細めて見上げる。
「僕はレシピ本に従っただけ。取ってつけたように褒めないでよ。ギルフォード」
「照れてんじゃねえよ。歯まで見せてよ」
「そちらこそ」
お互い、口元が疎かだったようだ。
*
お弁当にさっきの二品を詰め、後はご飯ともう二品を足すだけで完成の状態にして、冷蔵庫へ一旦仕舞う。
使った調理器具を全て洗い終え、僕はようやくキッチンから離れた。
料理することに抵抗がなくなってきたとはいえど、あそこはずっと居ていい場所じゃない。
やはり僕の居場所はここだ。と、ソファに腰を下ろす。
「しっかしお前の家は変なものがあるよな……」
その瞬間、ギルフォードがソファの後ろからこうつぶやいた。
「何、今日も片付け掃除をさせるつもり?」
「昨日、一日中費やさせてやっただろ。悪魔か俺は」
振り返った先、リビングと廊下の境界線で止まったギルフォードは両手それぞれに、スポンジ作りのシンプルなデザインの剣を持っていた。
構えてはいない。刃にあたる部分を握っているのだから。
僕はうっすらと怒りをにじませて口を開く。
「なんでそんなものを持ってくるんだか……」
「昨日、俺がこの家で一番面倒そうな物置部屋を片付けしてた中で、見つけてたんだ。
これはあれか? パーティーグッズみたいなものか?」
僕は首の向きを戻し、両手を顔に置いた。
「違う。僕の子供のころのおもちゃだよ……」
小学一年生の頃、当時の母に勧められるがまま、『ミラキリー』なる魔法少女が題材の女児向けアニメを観ていた。
その中に登場する、他のメンバーとは違って杖ではなく剣をメイン武器にする人を、当時の僕は応援していた。
だから僕はあの剣を親に買ってもらった。
アニメ本編にデザインを寄せたおもちゃも売ってははいたが、プラスチックと精密機械の塊を振り回したら危ないという僕の自覚と、高くて賞味期限が現行シリーズの放送期間しかないものを買いたくないという親の意見の交差点が、無関係のスポンジ剣になったのだ。二本あるのは母親がライバルキャラになりきる用だった……はず。
「テメェにも子供らしい時期があったんだな。俺はてっきりあの小説に憧れて、最近買ったものかと思ってた」
「それは……ありかもしれない」
よくヤクザ映画をみたあとはみんな肩をいからせてでてくるというが……あの小説をよみなおした時の僕が、ちょうどそんな感じだ。
あの小説の主人公のように、内気で臆病になった少女が、守るべきもののために殻を脱ぎ捨て、戦女神の如く剣技と才気を発揮させる姿……それを見届けた後の興奮は、それに憧れを抱かせるには十分過ぎるんだ。
ああ、こんなこと思いついていたら、またあの小説を読みたくなってきたじゃないか。
そう思い、僕は浮き上がるようにスッと立ち上がる。
その瞬間、ギルフォードが片方の剣を僕にゆるい放物線を描くように投げてきて、
「じゃあちょっとばかし、俺とチャンバラでもして遊んでみるか?」
【完】




