表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/29

Smooth Sailing…?

 マンセルさんは人の心を読むのも上手い。しかもなんだかんだ一週間近くビッタリくっついて生活してた関係だ。

 だからきっと、俺がこの計画を思いついた理由も、薄々気づいているはず。なら余計なラリーを減らしたほうがいい。


 どうしてですか? の、『ど』の口をしかけたところで、俺は一度言葉を飲み込んで、答える。

「……だって、ここ最近、絵を描くのが楽しくないんですもの。どんなに頑張って描いた作品も、誰にも評価されずにネットの海に流されていく。

 俺はもう、何の得もなく延々と虚無の暗黒の中を歩きたくないんですよ。

 だから、次の作品はもう少し話題性があるように……」


「君は、数字や評価のために絵を描いていたのか?」

 先程のトーンはまだ続いており、内容も相まって、まるで『尋問』のような問いかけだった。

 けれどもそうとは言い切れない。


 だから俺は、マンセルさんに委ねるように、正直ベースで答える。

「そうだったら、ミア様のイラストなんて描きませんよ。残酷な話ですけど、需要がないのはわかってますから。

 絵……というより創作物全部は、誰かに認められないといけないんです。

 だから俺は、次こそは、まともな数字と評価が付くような作品を作りたいんですよ」


「それがゼン氏の今の気持ちか」

 マンセルさんは嘆くように口を開いた。

 その後、マンセルさんは抜かり無くパジャマを着ていても装着していたサイドポーチから、一本のボールペンを出して、俺に見せてきた。


「このボールペンは何の用途のものか覚えているか」


 俺は僅かな時間で、記憶を初対面の時までさかのぼらせ――だからなんでこんなことに気づけるんだ俺――答えた。


「美術館に収蔵してもいいものかどうかを鑑定するヤツですよね」


「……そ、そうだ。あなたが説明したとおりのものだ」


 当たるとは思ってなかったんかい。正解したのにちょっとショック。


「このアイテムの作品を鑑定をする基準は、技法の巧みさや、細部に至るまでの作り込みなどがある。

 中でも、アルストリーノ側が比重を置いているのはこれだ。

 ――作者個人の感情を詰め込んだかどうか。

 一つの創作物には収まるギリギリまで思いを乗せ、鑑賞するものにさえ感情を乗り移らせる。それくらいの代物だ」


「究極に言えば、その思いを味わうためなら、所在する世界を滅ぼしてでも欲しくなるようなものですか」


「そうだ。それがアルストリーノの収蔵対象だ。

 ……ゼン氏、君の作品が突き抜けていなかったのは、そこだと私は分析している。

 あの日、君のイラストデータを一つ一つ見た時、私は絵のクオリティ自体は、収蔵品に不足ないと、私個人は思っていた。

 けれども、君がこの六日で、一つ一つの作品を仕上げていく中、何度も、時には大幅にやり直してまで悩む姿を見ていてわかった。

 君は、真の意味で自分の描きたい作品を仕上げられていなかったのだろう……現段階で何か反論があれば遠慮なく話して欲しい」


 何故これを自力で言語化できなかったんだ俺は、最近、推しの言語化に関する新書買ってただろコイツ。

 俺が推しているミア・ロマネスク様の魅力を広める。という目標の元、俺は好きな絵描きを続けてきた。


 その目標を意識しすぎたがあまり、俺は細部に至るまで数字や評価のことを考えて、過剰にこだわり過ぎていた。

 結果、無駄に時間を浪費し、ストレスを溜め、一番の趣味と満足に向き合えなくなった。


 数分前に戻って俺を殴りたい。あるのならデロリアンが欲しくなる。ちょっと戻るだけだから三輪車型のヤツで。

 人気キャラを描けば楽しさもPV数も取り戻し、悩みを全て解決できる。そう考えるなんて、ミア様への背信行為ではないか。


 俺は椅子を後ろにさげ、両膝を床につき両膝に手を置いて、マンセルさんをミア様に見立て、懺悔するように、ゆっくりと頭を下げる。

「異議ありません」


「少しくらい反論してくれてもいいのだが」


「いえ、全て貴方様が仰る通りでございます」


「そうか。私にしては珍しく、私個人の感情を含めての意見だったのだから……問題があったのではと思っていたのだが」


「ないですよ、全然」

 逆に問題があるのは俺過ぎる。早いところ絵を持って帰らないといけないマンセルさんを、不慣れな感情まで使わせるくらいまで振り回しているんだから。


「ありがとうございます。おかげで目が覚めました。これでようやく俺の作品を描けます」


「こちらこそ。君のような創作家を失わなくて何よりだ」


 時刻は午後九時三二分。

 絵描きとしての迷いから助けてもらい、信心を取り戻したところで、俺は再びデスクに戻った。

 

 相変わらず筆は進まない。

 次こそは周りを気にせず、自分のやりたいように絵を描くのは確定している。ただそう振り切っても、これまで封じていたアイデアがあるわけでもない。次は何を描けばいいのかわからない状態は続いたままだ。


 もう一度、俺はここ最近の出来事を整理する。

『根本、原点、基礎の部分は決して忘れるなよ』


 やっぱりこれも中々刺さるよなぁ、兄さんのでまかせ。ただこれを料理しないで使うのはいけない。生食しようとしたばっかりに、あんな迷走したんだから。

 それこそ、食材に別な食材か調味料を足すように、別のアイデアとかけ合わせればいいんだ。


 なんかないか。兄さんと、ついさっきのマンセルさんの話以外に、名言系の発想の種はないか……

『それが一番スムーズに事が回るんだよ。落ち度をイジったりするのをベースに話を進めていくのがさぁ』

 これは、昼間の三大将の……オウマさんが言ってた台詞か。


 どうしてここでこれが出たのかわからないが、使ってみる価値はある。

 根本、落ち度、原点、落ち度、基礎、落ち度……そうだ。俺にはあれがあった。


 俺は財布から小さい簡単な作りの鍵を取り出し、マイデスクの引き出しにある鍵穴に刺して回す。

 中にある黒い書類ケースを開け、一枚のルーズリーフを取り出す。

 デッサン狂いまくり、色塗り激薄、完全死した目――俺の最大の落ち度の『しかみ絵』。俺はこれを、デスクの横に堂々と置く。


 ベッドに座っているマンセルさんが、それを覗き見して気づく。

「ん、そのイラストは私と初めてあった日の……」


「俺がまともな絵を描くことを誓った、マンセルさんとの思い出の原点でもあるこれを使って……俺の純粋な絵師としての力を見せてあげます。

 だから、期待していてください」


 しかみ絵を置いた瞬間、俺の脳内にて、兄さんとオウマさんの言葉を回路に、電流が走った気がした。

 この電源を元に、これまで足踏みしていた分を一気にパワーとして放出し、スケッチブックに鉛筆を走らせる。



 こっからの俺はノンストップだった。

 翌日、学校での自由時間はほぼ全てスケッチブックでの下書き作業に集中した。


 昼休みだってもちろんそう。一緒にいる大野と駒井のことは無視――いつもそんな感じだけど、今日は存在を認識しないレベルでの強い無視――し、作業を進めた。


 心底どうでもいい余談だけど、飯食う時間すら惜しくて、母さんに昨日の内に『明日のお弁当はおにぎりかサンドイッチにしてください』と書き置きを残していた。

 そしたら塩むすび二つにおかず六品くらい入ったしっかりめの弁当を渡された。お母さんの料理への凝り性には敵わないと思った。


 俺は美術部の活動中に、その下書きを完了させた。

 あとは家に帰ってこいつをスキャンし、正式な線描きと色塗りをテキパキと済ませる。作業用のBGMを選んで再生するのも忘れるくらい、集中して作業に取り組む。

 そして夜十時頃……


「できた……!」

 俺はクスクスと笑い声を漏らしながら、出力し終えたイラストデータを眺めた。我ながらやってくれたな、これ。


 後ろで俺の本を読んでいたマンセルさんも、ベッドにそれを置いて、俺の隣から完成品を見る。


「ほほう、これは……思い切った構成だな」


「でしょ〜。昨日までの俺だったら、こんな遊び、絶対にしなかったでしょうに」


 俺の最新作は、しかみ絵のキャラを、ミア様に置き換えて、現在のレベルで描いたらどれくらいの出来になるかを現実化したイラストだ。

 単なる専門学校のバナー広告でよくあるような、ビフォーアフターではない。

 色塗りや細部の書き込みは、俺の最高レベルで施してはいる

 しかし、全体のデッサンは、しかみ絵のものを再現しつつも、現在基準で微調整を施す。

 それで完成したのは、新手のSD化イラスト。あるいは上手いとは言えないが、下手とも決して言い切れないくらいのイラスト。


 なんとも言えない脱力感と吸引力、こいつはそれを開けたての年代物ワインのように(年齢的にもそうだし、一族全員酒飲みじゃないからわかんないけど)醸し出していた。


 殻を破って放たれた一品。それがこのイラストへの俺の短評だ。


「では、早速、精査してみるとしようか……」

 そう言って、マンセルさんはあのボールペンを取り出した。


 俺はそっと片手を出して遮る。

「昨日みたいなことじゃないが、先にネットの評価を見ておきたい。ちょっと待ってて欲しい」


「……わかった」


 俺はこのイラストに最終調整を施し、サイトにアップロードした。

 タイトルは『今基準で過去作のリメイクしてみました』。丁寧に、過去に挙げた元しかみ絵へのリンクも、キャプションに添付しておいた。


 たとえ万単位のフォロワーを持つ絵師でも、数分でドドンとPV数が出るわけではない。

 果報は寝て待て。この言葉通り、俺とマンセルはさっさと支度をして、今日は寝ることにした。


 でもって翌日。

 朝食と歯磨きと着替えを済ませ、後は靴を履いて学校に行くだけの状態で、俺はようやくサイトのアナリティクスを見た。


 起床後からスマホを見ないで、少しでも数字の大きさを実感できるようにしておいたが、果たしてその結果は……一、万!?


「い、いいいいい一万ンンッッ!? んおっと!」

 驚きのあまり、俺は人が朝出すにしてはデカすぎる声を出してしまった。ニワトリなら鼻で笑うくらいだろうけど。


「どうした、ゼン氏!?」

 下の洗面所で着替えを済ませていたマンセルさんが、慌てて俺の部屋に入ってくる。


「一万PVいきましたよ!」


「何だと!?」


 俺は手の震えを抑えて、マンセルさんにも自分のスマホのアナリティクスを見せた。

 昨日の十時〜十二時の時点でもう二千PVを超え、深夜を経てじわじわ伸び、現在の数値となっていた。恐らくこのペースなら、昼までにはもう五千くらい増えるだろう。

 

 見てくれた人のコメントもチェックする。

『違う、そうじゃない』、『半周り余計にうまくなってんの草』、『×二次創作 ◯前衛美術』『これがミア姐さんへの愛の果てか』、『なんかもう五回見ちゃってるんだけど』……などなど、イラストの意図が伝わり、いい意味で困惑されていたようだった。

 狙い通りで嬉しいし、そもそも五件以上コメントが突いてるだけでも涙が出そうだ。


「ゼン氏……ようやく報われたな」


「はい……どうせなら正統派のイラストで売れたかった気持ちはありますけど……」

 と、俺は二重の意味で肩を震わせながら言った。


「じゃあ、マンセルさん。ボールペン出していいですよ」


 いや、三重の意味だ。ここまで俺のことを応援してくれたマンセルさんにやっと恩返しできるかもしれないんだから。


 俺はアナリティクスを閉じ、かのイラストの画面全体表示に変える。

 そこにマンセルさんは、鑑定用のボールペンをかざす。

 文字起こししづらいが、軽やかで明るい効果音と共に、ノックボタンが発光した。


 これを見聞きして俺は、ゴールを決めたサッカー選手よろしく、床に座り、ガッツポーズを掲げた。


「ゼン氏、この表示の意味はまだ説明していないぞ」


「もうほぼほぼわかってますよ! これが収蔵対象ってことくらい!」


 マンセルさんは目を細め、口元を緩める。

「ほんの少しヒヤリとさせようと思ったが、無駄だったな」


 この後、マンセルさんは自分のスマホ――っぽいエージェントデバイス、見た目は普通にスマホだったから、日常的にもスマホ同様に使ってたが、実際は違うらしい――で、俺の絵をスキャンし、次元間転送システムによって、アルストリーノの美術館本部に送付した。


「あとはあちらで事務手続きが行われ、正式に収蔵となる。ここに来た時と同じく、時空の歪みもあるから、長くてあと一週間、私はまだ君の元で厄介になるだろう」


「いいですよ。ここでいきなりお別れっていうのも何ですし」


「期間までの間、私はまたあちこちへ回って、この世界から去る『辻褄合わせ』をしなければいけないから、ゆったり余韻に浸るわけにもいかないがな。

 ゼン氏、貴方に二つ伝えておきたいことがある」


「はい、なんでしょう?」


「まず一つ目だが、報酬は私の期間後、それらしい自然な理由をつけて君のもとに送られる。金額は今の時点で具体的には言えないが、まあ期待しておいてくれ」


「はい。では二つ目は?」


 マンセルさんは、見慣れかけてきたはずの部屋を一度見渡して、

「……私との記憶は単なるホームステイとして改ざんするか、墓までしまっておくようにするか、好きな方を決めておいてくれ」

 エージェントとしての冷たい通告を、どうにか温める演技をしながら言った。


「はい、考えておきます……」

 マンセルさんは異世界から来た少女。あと最大一週間で別れたら、三輪車型デロリアンすらも用意できない俺は、彼女に会える手立てはない。

 その事実が、俺の胸を締め付けてしょうがなかった。


 俺は嗚咽を抑えるべく強く閉ざしていた喉をほんの少し開き、

「そろそろ家でないと、電車乗れませんよ……」


「そうだ。いくらあと数日で帰るとはいえど、自然に日常を送らねばならんな。教えてくれてありがとう、ゼン氏」


 どうにか話題を逸らすことに成功した。



 学校に行くまでの間に、俺はマンセルさんとの別れを一旦頭のやや脇へ送ることに成功し、普段の気持ちを取り戻した。

 特に再実感したのは、ついに自分のイラストが一万PVを達成した嬉しさだった。


 あまりにも喜びが抑えきれなかったので、俺は自慢家みたいで悪いと思いつつも、オタク仲間の大野と駒井、それと美術部のメンツなど、話してまともに反応してくれそうな知り合いに話した。

 大野と駒井は言わずもがな、美術部の面々も陰寄りの人たちだったので、大喝采とまではいかなかったが、そこそこ拍手を送って祝福してくれた。


 アルバータ・マンセルちゃんが初登校した日の注目度とは程遠いが、自力で人の興味を引けて嬉しかった。


 帰宅してすぐアナリティクスを見ると、PV数は二万に達していた。

 どうやら俺がやったような、大昔の作品を当時の風味を残しつつ今のレベルで描いてみる。というフォーマットがミーム化し始めたようで、関連作が六つ現れていた。


 一大ブームには行きそうな気配はしていないが、俺が一つの水源を作り出したという事実は、俺を有頂天にさせた。


 それからはいつもどおり、四人で夕食を囲み、お風呂に入り、絵描き作業に忙しくてやれてなかったクリバテのミッション消化を行い、兄さんと『見たぞお前のイラスト! とりあえずおめでと!』というお祝いから始まった小一時間通話を経て、俺はとことん満足して寝た。


 まるで期末テストを終えた金曜日の夜みたいな気分だった。

 一切のストレッサーが消え失せ、後には楽しいことしかない。とことん開放的な気分だった。


 ……いや、微妙にあった。ほんっっと今更だけど、この布団寝づらいんだよなぁ。

 お客さんのマンセルさんをベッドに寝させる関係で、俺はたまたまスペアであった布団一式セットを地面に敷いて寝てるんだけど、これが全部寝具にしては粗末なんだ。特に枕の綿が足りなくて、有って無いものになる。

 女子のマンセルさんと一緒にベッドで寝るなんて、表では国際問題、裏では異世界間問題になるから、決して、絶対に、金輪際できないから、仕方ないんだけど。


 あと、マンセルさんが帰ったら、本来の俺の布団セット、全部きっちり洗っておこう。匂いとか残ってる状態だと、我ながら変なイメージが付きそうだからさ。


 という些細な心配事を考えながら、俺は眠りに落ちた。


 全く、些細な心配事だった。

 この後待ち構えていた、この一年で最も苦しかった悲劇と比べたら、寝床どうこうなんて量子の領域だった。


 翌日、過去作のミア様のイラストにまでPV数とコメントが増え、俺は浮かれた様子でマンセルさんと学校に行った。


 すると俺の1−A教室の黒板や掲示板、いたるところに俺のしかみ絵のコピーがあった。

 一昨日描き上げた、バズリ中のリメイクしたものではない。

 その元のもの。デッサンも色味も何もかもが悲惨な出来栄えのしかみ絵が、そこら中にあった。


【完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ