Slump! Slump! Slump!
マーロン・ブランドという役者をご存知だろうか?
戦後期のアメリカ映画で最も尊敬される俳優だ。
代表作は、タイトルだけは誰もがご存知の『ゴッドファーザー』。
彼はヴィトー・コルレオーネというマフィアのボス役だ。
夏休み中の死ぬほど暇だったある日に、『II』と一気観したときに知ったくらいなので、他の出演作はよく知らない。
さて、このマーロン・ブランドという御方、実は『II』には出演していない。ヴィトーというキャラ自体は出れたにも関わらず。
原因は、何やら元々の素行不良とギャラの額面が飲み込めなかったことらしいという。
しかし、それが『II』の映画的価値を高めることに転じた。
彼が出演できなかったことが、逆にラストシーンの描写をより深化させたのだ(詳しくは各自で観てね)。
ここで俺が言いたいことをまとめると、こう。
――ふとした偶然性が、作品に予期せぬ輝きを与えることになるんだ。って。
そして今、俺はそれを願いながら、蓋を開けていない弁当箱へ目線を落としていた。
「あぎゃー! この肉団子、時空ごと歪んでるよー!」
「そういうと思ってましたよ、ヘヘヘイ」
机をくっつけて一緒に飯食ってる大野と駒井は、俺のことを気にせず、裏声で会話している。
こいつらの常用語彙にはないワードの数々からして、五日前のクリアーリバティの公式生放送で、声優さんが発した台詞で遊んでるんだろうな。俺はその時は絵描きに忙しくて、まともに内容が聞けてないからわからないけど。
結局、俺はあの時描いていた絵を、二日おいて投稿した。
それくらいなら、新キャラ登場の衝撃が薄まっていて、前作との投稿間隔も程々に離れすぎていないだろうと考えていたんだ。
が、結果は普段と変わらず、三桁くらいのPV数しか稼げなかった。しかも普段よりも増加のペースが遅い。
くどいようだが、俺は他人からチヤホヤされたいとか、商業デビューしたいとかいう野心があるわけでもない。ミア・ロマネスク様を応援したいだけ。
だけど、あれだけ悩みに悩んで描ききった作品を、こんくらいしか見てもらえないとなると、心底萎える。
コミュニティの一線級の絵師と比べて同等のテクニックを持つとは決して言えないが、俺の頑張りは何だったのかと思ってしまう。
今俯いている先にある、お弁当箱の蓋の黒みがかった透明プラが、まるで俺の先行きを示すようにも思えてきた。
……まずいな。こんなことしてると、なんか病んでるみたいになって心配されてしまう。
俺は蓋を開けて、ようやく昼食に取り掛かった。この最中に、何か次の作品を生み出す偶然性が発生しないかと願いつづけて……
……も、意味はなかった。
五時限目、六時限目、掃除、HR。その全ての時間、本作業と並行して作品のアイデアを考え続けていた。
けれどもダメだ。ダメすぎる。どう頑張っても穏当で無難で普遍的なアイデアしか出てこなかった。
その苦しみが最も大きくなったのは、美術部での時だ。
描きたいものがないから、何もすることがないんだ。
左隣にいるマンセルさんは、クリバテのコンビニコラボの画像を模写する、イラストの勉強に夢中になっている。
でもって俺はまっさらなスケッチブックの上でB鉛筆を握っているだけ。
もう既に部活内ノルマの絵こそ提出したからいいものの、これでもやる気のないヤツでしかない。お前は何部にいるんだよ三浦ゼン。
って、自分を傷つけても、何のメリットもありゃしないか。復讐も狂乱も今のところ後継作に実装されてないし。
行き詰まった時にするべきことは、一旦止まる。
お弁当と一緒に持ってきた水筒内の麦茶が底を尽きたところだし、俺は美術室を出て飲み物を買うことにした。
ペットボトル入りで、炭酸じゃなくて、カフェイン系でもない、甘い飲み物というフィルターをかけて、レモネードを購入。
せっかく立ち上がって、部室を出たということだから、俺はトイレにも寄る。
ここの個室でスマホをいじり、アイデアをどうにか出そうというわけだ。
うちの部活はゆるいからスマホ触ってもお咎めないけど、あんまし印象は良くないからな。
放課後というわけで、どの個室も誰も使っていなかった。俺は一番安心感のある奥のそれに入る。
と、トイレットペーパーなどを置く棚的なところに、黒一式の地味なリュックが置いてあった。
トイレに忘れただけでもかなりのもんだが、チャックが全開になっていた。
カラオケ行った時に先客の履歴を見るときよろしく、俺は悪いと思いつつも中を覗いてみる。
教科書類、弁当箱のバック……だいたいは俺とあまり変わりない、平均的な高校生の持ち物だ。
特徴的なのは、俺のスケッチブックに該当する枠として、メッシュ素材のファスナーバッグが入っていることか。
さらにその中には、三冊くらい文庫本が入っている。全部ブックカバーがついてて何の本かはわからないけど。
通学カバンを忘れて気が気でいられる奴なんていやしない。
俺はスマホいじりという浅はかな行為を取りやめた。
トイレの本来の用途と手洗いを済ませてから、リュックを持って出ていく。
こういうのは職員室にでも届ければいいのかな。とか考えていると、
「……あの、それ」
ナイフか銃を持っていたら、俺、驚く暇すらなく始末されてただろう。と、思うような、出入口付近の死角に、ナイフか銃を持っていてもおかしくない暗い雰囲気の男子……いや、声色が高めだから女子……? いやいや、声高い男もいるだろうから……というより性別云々言うのって良くないだろうってことで……
「……僕の、リュックです、それ……」
どちらでもええやろ、困ってる野郎は助ければそれでええんじゃあ! すべこべ考えず渡さんかいテメェッ!
「ああ、すみません。はい、どうぞ」
俺がその人にリュックを差し出すと、取引相手がジュラルミンケースを引き取るくらいの勢いで取ってきた。
その人はすぐにあのファスナーバックを取り出し、一つ一つブックカバーの裏側を確認する。
「よかった無事だ……」
俺もよかった。さっき毒を喰らわば皿まで式に本三冊も覗こうとして、なんかヤバい本だったらまずかったな。
とか安心していると、その人は教室一個の幅くらい遠ざかっていた。
ま、まあ、礼には及ばないさ。人助けなんて俺のガラじゃない。
「ありがとうございます!」
その人は急旋回して俺に近づいて、頭を下げてくれた。
「ど、どういたしまして……」
ま、まあ、礼には及ばないさ。人助けなんて俺のガラじゃない。とかキザい発言をカマすのも俺のガラじゃないもの。
*
あんなちょっといいエピソードがあったけど、本題には何も進展してない。
どうすれば、どうすれば今までの三桁台の呪いを祓えるんだ。
俺は考えて、考えて、考えて、残りの部活動時間を過ごし、マンセルさんと一緒に電車に乗り、最寄り駅からまっすぐ帰宅した。
「はぁ、結局今日も何も出来なかった……」
「そのリュックの子に感謝されただろう」
「絵師としては。って話ですよ……」
防弾仕様に変えたのかな。と錯覚するほどやけに重たく感じる玄関ドアを開けて、先にマンセルさんを通す。
「何だ、見慣れぬ靴が一足あるが……」
続けて俺も屋内に入ると、見慣れた黒パンプス、初見だけど誰のものかは見当がつくスニーカーがあった。
「ただいまー!」
「ただいまデース!」
と、同時に挨拶しつつ、俺たちはあのスニーカーの主の答えを求めてリビングへ。
「おかえり、ゼン、マンセルちゃん!」
「おかえりー。ああ、この人が噂のホームステイか」
俺を上下に少し引き伸ばして、清潔感と落ち着きを足したような青年――俺の兄さんだ。
兄さんはソファから起き上がって、
「ハーイ、マンセルサーン。アイム、見浦ヨシ。ナイストゥーミートゥー」
引くほどカタコトの英語で挨拶し、マンセルさんと俺に手を差し出してきた。
「どうも、見浦ヨシさん。アルバータ・マンセルです」
マンセルさんは逆に自然な日本語で名乗り、差し出された左手を握った。
俺は特に何もせず、二人の握られた手を見つめる。
すると兄さんは、俺に向けてる右手をブルブルさせる。
「で、お前は?」
俺はスッと返す。
「もう俺のこと知ってるからいいだろ」
兄さんは仰々しく首を前に傾けてから一気に上げて俺を睨みつけて、
「なんとなくそろそろ顔見せた方がいいと思って来てみればこんな仕打ちとはなー……
だとしてもこうして俺が握手しようってんだから、応えろよボケェー」
俺は片目をガン開きして兄貴を睨め上げ、
「やなこったい。いちいちこんな格式張っていられるかってんだよタココラァー」
「い、いきなり喧嘩しないでくださーい!」
そっから俺と兄さんはしばし目線でバチバチいわせる。
次に台詞を発したのは俺。
「……オチは考えてないの?」
「……うん、開幕から全部とって出しでやってたもん」
そして二人でクスっと笑いあった。
「な、何だ……険悪な訳では無いのか……デースね」
「急にびっくりさせてごめんなさいね、マンセルちゃん。いっつもこんな馴れ合いばっかりやってるの、この人たち」
今、母さんが超わかりやすく説明した通り、俺と兄さんはそういう関係だ。
とびっきり仲良しってわけではないけど、ふざけ合えるくらいの距離感ではあるんだ。
*
「ローマ神話の神様は、元々あった土着信仰や神話に、ギリシャ神話の神様を関連付けて再構築された説がある。
ギリシャ神話だと情けないイメージの強いアレスと、ローマ神話の英雄的軍神マルスとかみたいに、こじつけがましく同一視されてる神もちらほらいるんだ」
そう言いながら兄さんは手札からカードを出した。
ご飯が出来上がるまでの間、俺たち三人は俺の部屋で雑談しつつ、久々にカードゲームを引っ張り出して遊ぶことにした。
「大学ではそういうことを学んでいるんデスネー、ヨシさん!」
マンセルさんは、兄さんが山札から表にしたてのカードに、自分の手札を二枚置く。
「なんとなく教員免許取っとけば安心だと思って、一番得意な歴史関係の講義受けてる。で、前回はプロテスタントの発足、今回はローマ史がブームなんでしょ、兄さん?」
出せるカードがないので一枚引き、それも出せないので、兄さんに手番と質問を渡す。
「そうだよ。けどためになるんだから動機はこの際どうでもいいだろ」
兄さんはカードを一枚出した……もうこっちの説明しなくてもいいか。
「ところでゼン、最近の創作はどうよ」
「フォローしてるんだから随時把握できてるでしょ」
俺のSNSのフォロワーは四十人。そのうちの一人が身内とはそこそこ情けない。
「裏事情を知りたくて聞いてんの。なんかここ最近、じりじりと間隔が空いてきている気がするけど、さてはスランプか?」
うまい方へ転がってくれることを期待して、白状する。
「そうだよ。次こそ伸びそうなイラストにしたいと思ってるんだけど、まるでアイデアが浮かばないんだ」
「そもそも根本的にって話じゃないか。あのキャラでは伸びないだろう。別に貶してるわけじゃないけど、あそこの界隈じゃ人気ないんだろ」
「知ってる。けど、俺は絵師として、推しを絵師なりの術で推し上げたいんだ」
「とは言いつつも、それにこだわってた結果、お前今メチャクチャ行き詰まってるじゃないか」
「ちょっと投稿頻度が下がったくらいしか知らないくせによく言うな」
「あと顔と、カードを置くときの『ペチン!』に激にじみしてる」
俺はここから、カードのことを思いやって優しく表にしたそれに、手札を重ねた。
「……ゼン、お前最近楽しんでるか?」
「楽しんでるよ。なんか棚ぼたに異……国から美少女が来たし」
「ごめん、質問がアバウトすぎた。絵描きとしてって話よ。
最近の作品にもそれが激にじみしてるぞ。なんていうか、試行錯誤とか計算とかの作業量がものすごく多い気がするんだよ。なんとなく」
俺はここだけ悪ふざけ無しで舌を打ってしまった。
「かれこれ十五年の付き合いだからわかるだろ、『自分の興味関心がある物事に対しては、その時できる限りの努力は全部する』っていう俺の性格」
「その言葉借りると、今のお前は出来ないことまで手を伸ばそうとして疲れてるように見えるんだが」
「あの、ヨシさん。私にターンくだサーイ……」
「あ、すみません……で、あのな。このままダラダラ続けてると説教臭いから、それっぽいこと言って締めるぞ」
兄貴は自分の手札を床に置いて、両手を胡座で曲げている膝に移して、真っ直ぐ俺を見て言った。
「いいか、ゼン。
お前は俺と違って、一個これって言える特技とか趣味とかあるし、なんとなく良さそうというものに安々と引っ張られて生きてない。芯のある人だと思ってる。
だからこそ、自分を見失うなうんじゃないぞ。世の中色々あるから多少の補正は必要になってくるけど、根本、原点、基礎の部分は決して忘れるなよ」
「……お、おお。わかったよ、兄さん」
本当にそれっぽいこと言ってくれるじゃんか、兄さん。
「じゃ、早くカード出せよ。お前の番だぞ」
「え?」
「え? じゃなくて、俺、マンセルさん、ゼン、俺……の順でやってたの忘れたか?」
「ああ、悪い悪い。急に話題が変わったもんだから……」
俺は今四枚持ってる手札の中から、黄色の五を二枚同時に出した。
「……」
「……次は兄さんの番だろ?」
「ゼン、何か足りなくないか?」
「そうだった」
俺は自分の手札から緑の十を、場に出した。
「はい、兄さんの番」
そう言うと、兄さんは手札を顔に近づける。何か次の出方を考え始めたようだ。
「……ヘイ、ゼンさーん」
マンセルさんが、俺を人差し指と中指で突っつく。
「どうしたんです、マンセルさん」
「言って忘れてマースよ、アレ」
……俺は眉間に銃弾を浴びたみたいな衝撃を食らった気分になった。
なーに言われたそばから忘れてるんだよ、このゲームの根底のルールをよぉ!
「はいはいはい! ウノ! ウノ! ウノ!」
「今やってるのはドスだぞ、ゼン。もう時間切れだ、ペナルティで二枚引け」
「く、くうう……さては兄さん、さっきの長話は俺のプレイを狂わせるために……」
「いや、そういうノリ」
*
兄さんは本当に『そろそろ顔を見せとかないと思ったから』家に帰ってきたらしく、家族四人とマンセルさんとで夕飯アンド団らんを過ごしてから、すぐに寮へと帰っていった。
「いい兄がいるじゃないか、ゼン氏」
「客前だからカッコつけた感は否めないけどね。普段はもう少しだらしない人ですよ」
「だとしても人柄は優しいと私は感じた」
「それは結構で何よりです」
そう雑にマンセルさんに言って、俺は椅子を回転させ、作業デスクへ向く。
兄さんの来訪により、絵のことを考えない時間が生まれて、頭の中がリフレッシュされたような気がしているが、かといって一気に別軸の打開案が生まれる気配がない。
俺は美術室にいたときと同じ白いままのスケッチブックに、同じようにB鉛筆を向けていた。
こうして固まっていると、マンセルさんがふとつぶやいた。
「根本、原点、基礎の部分は決して忘れるなよ。なかなかいい言葉だな」
「なんで同じような言葉くり返したのかは謎ですけど」
「そういう表現方法なのだろう。
この三ワードで思いついた。ところでだが、どうしてゼン氏は絵を描くようになったのだろうか。その起源を聞かせてくれないか?」
「そりゃ単純に絵を描くのが好きだったからですよ。暇さえあればその時好きだったアニメやゲームのキャラの絵をトレスしてました。
例のゴミイラストでしくじった以降は、きちんと勉強し直して、己の芸風を確立しました。
でもって、今の俺は絵師人生最大の壁にぶち当たりつつあります」
「あと一歩のところで、アルストリーノに収蔵するに値する傑作を仕上げられるというところで、か」
アルストリーノ……そうだ、マンセルさんは異世界にあるドデカ美術館に置く、見浦ゼン作の作品を取りに遥々遠くからやってきたんだ。
色々ありすぎて飛んでたわ。兄さんの言葉が遅れて染みてくるぜ。
「大変申し訳ございません、マンセルさん。俺がグズグスやってるばかりに、こんなところに長居させてしまって」
「いいんだ、ゼン氏。私も、家族という温かみに触れられて、新鮮な気持ちを学べて嬉しい」
「でも、あまりにも長くいたらマズイでしょう? アルストリーノ側から『仕事が遅いやつ』って人事評価されたりするかもしれませんし」
「そこは任務の難易度を加味して判断してくれるから、君は絵に集中してくれて構わない。
ただ、何があってもいいように、なるべく急いで仕上げてくれたほうが助かるというのが、こちら側の本音ではあるが」
「何があってもいいようにですか……例えば、どんなことです?」
「そうだな、これは、関係者に何らかの危機が起こり得る場合、最も重篤なものを伝える。というルールに基づくものだから、過剰に心配しなくて構わない」
「難病の手術前の警告みたいで怖いですね。それで、一体どんなことです?」
「最悪中の最悪の場合、この世界が滅ぶ」
「え」
俺の口からはこの一文字しか言いようがなかった。
【完】




