女子バスケ部に属してるけど
アタシが部活練習に参加できない理由。
簡単に言うと、これは悲しい不運の連鎖だった。
「六月あたりに他校の女バスと練習試合があって、そこの後半に『お前見込みあるから試してやる』って先生に言われて、交代して試合に出たの。
先輩たちに混じってもレベル低く見えないくらいのプレイはしてたんだ。むしろちょくちょく他校サイドからもオーって聞こえてた。
けど、途中で自チームの三年生を突き指させちゃったの。それも当時のチームの要の先輩をさ」
『なんと……それは運の悪い、事故でございます……よね?』
「もちろん事故だよ!
……なんか言い訳みたいだけどさぁ、ここでその先輩にパスすれば試合が一気に動くって瞬間があって、アタシは迷わず出したの、パスを。
そしたらその先輩、まさか自分に来るとはと思ってなくて一瞬ボケーとしちゃって……で突き指したんだ」
『それでその罰として部活に参加できないようにされた』
「まさか。バスケは身体接触が多い分だけ怪我しやすいスポーツだから、この程度じゃそんな罰は受けないよ。
なんならその先輩も『ごめん、私の気が緩んでなかったらこんなことになんなかったよね』って許してくれたし。
本当に優しい人だったよ。アタシのせいで高校生活最後の試合に出れなかったってのに……」
『では、ではどうしてリョウカさんは部活に……』
「それは……」
「お邪魔しま〜すッ!」
鉄製の引き戸が両側ともガシンと豪快に開いた。
アタシは慌ててスコルケト入りのクロスをボールのカゴに突っ込む。
外の逆光を浴びながらでもその嫌味で偉そうな笑顔はよくわかる。
同じ女バスの貴崎イカルガだ。
「ああ、貴崎さん。どうしたんですか急に?」
「練習に使うボールが足んないから、一、二個貰いに来たんでしょ? 察しなよ、ボール係さんさぁ」
「はい、すみません」
アタシはカゴから磨きたてのバスケボールを二個、両脇それぞれに抱えて、イカルガの足元にしゃがみつつそっと置いた。
するとイカルガは片方のボールを蹴ってアタシの顔面にぶつけ、もう片方は拾ってすぐ後頭部に叩きつけた。
「うし、空気チェック完了! じゃあお邪魔しました〜!」
アタシは顔をかかえる両手の指の隙間から、イカルガが、鉄戸を来たときと一緒の勢いで閉ざすのを覗いた。
特に血とかは出てなかったので、アタシはボールのカゴに戻る。
(そうだ、ここに隠しといたんだ)
さっき慌ててたから意識してなかったけど、ここに入れてたんだ。
アタシはボールの隙間に挟まっていたクロスを取り出す。
(あれ、スコルケトがない。突っ込んだ途端に分かれてカゴ底に落ちたのかな)
と、思った次の瞬間、ズザッ! と何か重めのものが着地した音がする。
「何もう今度は誰ぇー? って!?」
アタシが事務的に振り向くと、そこには紫色にちょくちょく金縁がついた高さ二メートルくらい甲冑が……いや、けど質感が着ぐるみっぽい……というより、騎人バスターっぽい……という、まさしくそれじゃん!
アタシはこの騎人バスターっぽいヤツをもうちょい凝視する。
右腕にはサソリの尻尾っぽい剣が、ベルト的なものには、カード状態のスコルケトが張り付いていた。
っていうことは……
「これがホントの、騎人バスタースコルケト!?」
その鎧から、ついさっきから聞き続けていた声が、どこからともなく聞こえてくる。
『御名答! これが私をエンヂェントドライバーにセットして変身できる、騎人バスタースコルケトでございます!』
「わぁ。なんか思ったより毒っぽい見た目……あれ、けどスコルケトさん? あなたいつ変身者を調達したの?」
『私たちはいざという時のために自前のパワーを使ってごく短時間だけ、単独で騎人バスターに変身できるのでございます』
「そりゃ便利だね……でも、何故にここで変身したの?」
『言うまでもなく、ヒーローとしての役目を果たすためでございますよ!』
スコルケトは剣がついた腕をあっちこっちへ、ヒーローの決めポーズっぽく振り回した(備品に気を使って小さめの動きで)後、締まりきった鉄戸へ走る。
「まーてまてまてーい!」
アタシは咄嗟にその前に回り込んで、大の字に立つ。
『なぜ立ち塞がるのです!? 私はこれから貴方へ暴力を振るった無礼な少女へ鉄槌を下そうと……!』
「絶対アレ以上のヤバいことするつもりでしょ! やめてよ! この格好じゃますます騒ぎになるだろうし!」
『ご安心を! 私はそれくらいの節度は弁えますし、それに都合の悪いことだけ忘れさせる毒の生成も可能で……』
「だとしてもアタシごときのためにこんなことするなってのーッ!」
アタシは備品倉庫の防音性能を過信して、スコルケトへ全力全開でそう訴えた。
するとスコルケトは一瞬にしてカードになって、床に落ちた。観念したのかさっき言ってた制限時間が来たのか……
「ちょっとボール係さーん、貴方男連れ込んでるんですか〜!? さっきからうっすら変な声聞こえてますよ〜!?」
反射神経でスコルケトを速攻蹴っ飛ばして隠してから、アタシは開いた戸の方向――本日二度目のイカルガとのご対面をする。
「あ、す、すみません。ちょっと作業中に足の小指をぶつけちゃいまして」
「それで、突き指したの?」
「いや、そこまでじゃないです」
イカルガは電撃みたいな速さで、アタシの足の小指を踏んづけて、離す。
いたがって思わず下げた頭を、イカルガさんは髪を引っ張って無理くり持ち上げ、
「そういうところだと思いますよ? 榎本リョウカさんのよくないところって」
と、不気味なくらいの作り真顔を、唾かけてやるくらいの近さで言ってきた。
「はい、すみません。貴崎さん……」
「わかったなら今日はもう帰れ! 貴方みたいなヤツは、いるだけでもアタシたちの足引っ張ってるんだよ! この気持ち悪いオーラ的ななんかでさぁ!」
今度は本当に飛沫を食らった。
そしてアタシはイカルガに倉庫から引っ張り出され、おまけにカバンを投げつけられた。
「クスクス、本当に立派だよね、リョウカさんって」
「あんなゴミが近くにいると相対的に私たちが立派に見えるものね」
「帰りなよこの恩知らず。女バスの恥。先輩殺し」
そして女バス内の半数から、ヒソヒソと悪口を言われながら、アタシはカバンを片手で持って、体育館から退散した。
「先輩、やっぱアレはやり過ぎじゃないスか?」
「しー。ここは協調性が大事なの」
「ああはい。そりゃすいませんっス。どっちも」
その時アタシは、これ以上惨めに見えないように、必死に笑顔を作って、残り半数の戸惑っている勢へ手を振った。
*
仕方ないとはいっても、早めに部活からあがった罰なのか、最寄り駅の階段を駆け下りたタイミングで、天気雨が降ってきた。
幸いにもカバンに仕込んでいた傘をさして、スタスタと歩いて帰る。
「ただいまー」
「おかえり、リョウカ」と、お父さんはノートパソコンと向かいつつ無難に返事して、
「おかえり! 今日は早いね! 退学にでもなったの?」と、小さい方の弟のタケヒロは、スマホでゲームしながらキツイ冗談をかましてきた。
「ならもっと早いってば」
アタシはお決まりの返し文句を言って、二階の自分の部屋に行く。
ささっと私服に着替えて、アタシは机に、通学カバンにある問題集をドサッと投げた。
ここに常備されているタブレットで動画アプリを開き、『過去に見た動画』欄から、四週間前に上げられたNBAの試合ハイライトを流す。
この動画は五十回近くは見ている。誰がどうして、ああするかみたいなのも順序で覚えてるくらいだ。だから正直に言うと、もう見飽きている。
かといって新しい動画を見る気がまるでない。もう既に新作ハイライト動画は引くほど出ているっていうのに、どうも食指が動かない。
けど、飽きるくらいの内容が、作業用のBGMとしては丁度いいのかもしれないよね。なんかどっかの教科の先生が、『勉強中には歌詞のない曲を流せ、特にクラシック!』とか言ってたはずだし。
そんなことを思いながら、アタシは問題集の上にスマホを置いて、SNSをスワイプしていた。
小さい頃から続けていたバスケを続けるには、お兄さんみたくスポーツ系の大学に行くしかない。けど今の部活の扱いじゃ、推薦は無理。だからアタシは勉強しなきゃいけない。
けど、勉強はしんどい。真っ赤になるくらいの点こそ取ったことはギリない。けど、アタシはどっちかっていうとバスケ優先の生活をしてきたもんだから、勉強なんてさっぱりしたことない。英語はNBA見るのに軽く必要だからかじってる方だけど。
だからアタシは、このスマホの下にあるだろう、イオンの化学式なんか見てられない。だいたいイオンって急に現れたけどなんなのって話。原子と何が違うんだか……
そんなこんなでアタシは十分くらい、SNSアプリを見て、再読込して、見て……のループにハマっていた。
途中、普通のアカウントのメッセージの合間に、それを装った広告が映ってくる。
近いうちに、お硬い美術館で古代エジプトの博覧会をやるって広告だ。
ははん。さては午前中、スコルケトのことを調べるついでに、エジプト神話のことをちょいWikiで見たから、それでCookieが反応したんだな。
スコルケトが出ることもあったかもしれない、騎人バスターイヌビスの世界は、全体的にエジプト関連の話が多い。
騎人バスターの名前は全員、エジプト神話の神様をもじってるのもそうだ。イヌビスはわかりやすく『アヌビス』だ。
で、スコルケトは『セルケト』っていう女神を元にしてるとか。サソリの神様ってのもまるっきし合ってる。
あれ、けど冷静に考えたら、アイツも元は女神なんだから、女性の変身者でよくない? とか思ったけど、そういやこれまた午前中に調べたら、元は女神のエンヂェントパピルスをごっつい男が使ってたパターンもあるから、その辺は気にされてないのかな。
そうだ。そういう時は当事者に聞いてみたほうがいいか。
アタシは通学カバンの中に手を入れて、スコルケトを探る、探る、探る……
「るびゃあああああ!? しまったああああッ!?」
「どういう仕返しのつもりだよ! 姉ちゃん!」
薄汚れたジャージ姿からして、部活上がりたての大きい方の弟、タダカツが、アタシの部屋のドアを開けて怒鳴りつけてきた。
アタシは目を限界まで開いた状態で、タダカツへ言った。
「……ヤバい……エンヂェントパピルス忘れたかも……」
「エンヂェントパピルス……なにそれぇ?」
ここでアタシは、話すべきことと話す相手を盛大に間違えたことに気づいた。
「……ごめん……今の、忘れて?」
「おお、忘れるよ。こんな話、マジでヤバすぎてどこにも使えねーもん」
【完】




