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最弱錬金術師の“再配合”スキルが世界を作り直す件〜ゴミも命も、混ぜれば輝く〜

作者: 桜木ひより

すべての錬金術師が、生まれながらに授かるスキルによってその価値を決められる世界。

王都の片隅、埃と薬草の匂いが混じり合う路地裏に、アルド・フィーンの小さな工房はあった。

陽の光もろくに届かないその場所は、彼の境遇そのものを表しているようだった。


「また失敗作のゴミいじりか、アルド」


工房の前を通りかかった同年代の錬金術師が、嘲るように言った。

彼の手には、スキルガチャで引き当てた《宝石生成》の力で作られた、まばゆい輝きを放つルビーが握られている。


それに比べて、アルドの目の前にあるのは、同級生が調合に失敗して捨てた、どろりとした粘液状の「硬化薬の残骸」だ。


アルドが持つスキルは《再配合》。

錬金術の歴史において、最下位と断じられたハズレスキル。

その効果は、文字通り「失敗作を混ぜ直す」だけ。

成功作を生み出すことはできず、ただ価値のないものをこねくり回し、また別の価値のないものを作り出すだけの、無能の代名詞のようなスキルだった。


「ゴミじゃない。まだ、使える成分が残ってる」


アルドは顔を上げずに、錬金釜の中の粘液をかき混ぜながら答えた。

道端で摘んできた雑草を放り込み、微弱なマナを注ぎ込む。

釜の中では、鈍い光が明滅するだけだ。


「無駄なことだ。失敗作から生まれるのは、さらなる失敗作だけ。それが世界の理だろう?」

男は吐き捨て、きらびやかな大通りへと消えていった。


残されたアルドは、ふぅ、と小さなため息をつく。悔しくないと言えば嘘になる。

だが、彼にはどうしても捨て置けない信念があった。


「どんなものにも、まだ使い道があるはずなんだ。終わりじゃない。形を変えるだけだ


ぶつぶつと呟きながら作業を続ける。

やがて、釜の中の粘液は分離し、底に指の先ほどの大きさの、緑色の軟膏が沈殿した。

これは虫刺されに少しだけ効く、ただの薬草クリームだ。

店で買えば銅貨一枚にも満たない。


だが、アルドはそれを丁寧に小瓶に詰めると、満足そうに微笑んだ。

0から1は生み出せない。でも、マイナスを0に戻すことはできる。

それが、彼のささやかな誇りだった。


「アルドさん、こんにちは」


その時、工房の入り口から、パンの焼ける香ばしい匂いと共に、柔らかな声がした。

振り返ると、村のパン屋の娘、アイラが籠を抱えて立っていた。

彼女の亜麻色の髪が、薄暗い工房の中で太陽のように輝いて見えた。


「これ、少し形が崩れちゃったから。よかったら食べて」


「いつもすまないね、アイラ」


アルドは差し出された温かいパンを受け取った。この村で、彼のことを嘲笑わずに、当たり前のように接してくれるのはアイラだけだった。

彼女の屈託のない笑顔が、ささくれだったアルドの心をいつも癒してくれる。


「また何か作ってたの?」

アイラが興味深そうに、アルドの手元にある小瓶を覗き込む。


「ああ。失敗した薬の残りカスから、薬草クリームをね」

「すごい! 捨てるものから、役に立つものを作るなんて。アルドさんの錬金術は、優しい魔法みたいね」


優しい魔法。

その言葉が、アルドの胸に温かい光を灯した。誰にも理解されなくてもいい。

ただ一人、こうして自分を信じてくれる人がいる。

それだけで、彼はまだ錬金術師でいられる気がした。




しかし、世界はアルドのささやかな日常が続くほど、優しくはなかった。

「灰病」と呼ばれる現象が、世界を静かに蝕んでいた。

空は次第に色を失い、大地は痩せ、草木は理由もなく枯れていく。

人々はこぞって原因を究明しようとしたが、誰にも解明できず、世界は緩やかな死に向かっていた。


その日、アルドとアイラが暮らす村に、決定的な絶望が訪れた。


村の中心に聳え立ち、何百年もの間、人々の営みを見守ってきた巨大な世界樹が、ついに最後の葉を落としたのだ。

完全に生命活動を停止した樹皮はひび割れ、まるで石像のように静まり返っていた。


村人たちは天を仰いで嘆き、アイラもその傍らで静かに涙を流していた。

希望の象徴だった世界樹の死は、彼らに世界の終わりを予感させた。


「……もう、切り倒して薪にするしかないのか」

村長の諦めに満ちた声が響く。


だが、その言葉を遮るように、アルドが前に進み出た。


「待ってください。その前に、少しだけ僕に時間をいただけませんか」


村人たちの訝しむ視線が、一斉にアルドに突き刺さる。

「最弱スキルのお前に何ができる」

「死んだものは生き返らない。世界の理だ」という人々の囁きが聞こえる。


それでも、アルドはまっすぐに村長を見つめた。

「お願いです。この木の根を、少しだけ僕にください」


彼の真剣な眼差しに気圧されたのか、あるいはもうどうでもよくなったのか、村長は小さなため息をつくと頷いた。


アルドは斧で枯れた根の一部を切り出すと、そのまま村の墓地へと向かった。

アイラが心配そうに後を追う。


墓地では、亡くなった人々を弔うために撒かれた「死者の灰」が、風に吹かれて白く舞っていた。

アルドは持ってきた革袋に、その灰を少量だけ、祈るように丁寧に集め始めた。


「アルドさん、何を……?」

「不謹慎だ!」


村人たちの非難の声が飛ぶ。

だが、アルドは気にせず作業を続けた。

彼の頭の中には、一つの純粋な問いが浮かんでいた。


『死』と『死』を混ぜ合わせたら、何が生まれるんだろう?

絶望のどん底で、二つの終わりを掛け合わせたら、そこから何かが始まるんじゃないか?


工房に戻ったアルドは、錬金釜に「死んだ世界樹の根」と「死者の灰」を静かに入れる。


二つの素材は互いを拒絶するかのように、不気味な黒い煙を上げた。

釜がガタガタと震え、今にも砕け散りそうだ。


普通の錬金術師なら、ここで調合を中止するだろう。

これは失敗だ。禁忌の組み合わせなのだ、と。


だが、アルドは諦めなかった。

彼はナイフで自らの指先を小さく切り、祈りを込めて一滴の血を釜に垂らした。


「お願いだ……思い出してくれ」

彼は目を閉じ、マナを注ぎ込みながら、釜の中にあるはずの“概念”に語りかけた。


《再配合》は、ただ物質を混ぜるスキルではなかった。

物質に残された記憶や想い、その根源にある概念すらも混ぜ直す力。

アルドは、本能的にその真実に気づき始めていた。


「緑豊かだった頃の記憶を。太陽の光を浴びて、風にそよいだ日の喜びを」

彼は世界樹の根に残る、遠い過去の記憶に呼びかける。


「誰かを愛した記憶を。生きたいと願った想いを。この大地で生きた証を」

彼は死者の灰に残る、人々の切なる願いに呼びかける。


生と死。光と闇。始まりと終わり。

相反する概念が、アルドのマナを触媒として混じり合い、渦を巻く。

釜の中が眩いほどの白い光に包まれた。


それは工房の隙間から漏れ出し、夜の闇を真昼のように照らし出す。あまりの光量に、アルドは思わず腕で顔を覆った。


光が収まった時、錬金釜の中は空になっていた。根も、灰も、跡形もなく消えている。

また失敗か――アルドが膝から崩れ落ちそうになった、その瞬間。


釜の底、焦げ付いた金属の上に、一粒の黒い土塊が残されていることに気づいた。そして、その土塊の中心から、信じられないものが顔を出していた。


生命力に満ち溢れた、力強い緑色の、小さな双葉。


「……すごい」


いつの間にか工房に入ってきて一部始終を見ていたアイラが、息を呑んで呟いた。彼女の瞳には、驚きと畏敬の念が浮かび、涙の粒がきらめいていた。


「アルドさん……すごい……! あなたの力は、魔法なんかじゃない。奇跡だわ!」

アイラは涙ながらに微笑んだ。

その笑顔は、アルドにとって何よりも価値のある成功の証だった。


最弱と言われたスキルが、絶望の果てに、新しい生命の始まりを告げていた。





世界樹の根元に植えられた小さな双葉は、驚異的な速度で成長し、その周囲から大地を浄化し始めた。

枯れていた草花が色を取り戻し、乾いた土が潤いを取り戻していく。


「死と死の再配合による再生」という奇跡の噂は瞬く間に広がり、ついに王国の耳にも届いた。

アルドは王宮に召喚され、居並ぶ王国の最高峰の学者たちの前に立たされた。


「素晴らしい! まさに神の御業だ!」


学者たちはアルドのスキルを解析し、興奮を隠せない様子だった。

だが、彼らの瞳に宿るのは純粋な探究心だけではなかった。


それは、強力な力を手に入れた者の、剥き出しの欲望の色だった。


「アルド・フィーン君。君のその力、国家のために役立てる気はないかね?」

一人の学者が、ねっとりとした声で言った。


「例えば、枯渇したミスリル鉱山に廃鉄を混ぜ、希少金属を無限に生成するのだ。あるいは、敵国の兵士の亡骸と、この国に仇なす呪詛を再配合し、無敵のアンデッド兵団を創り出すことも可能かもしれん!」


富と、軍事力。彼らが求めるのは、世界の再生ではなく、自国の繁栄と支配だった。


アルドは静かに首を横に振った。

「僕の力は、何かを終わらせるためじゃありません。もう一度、始めるための力です」


「愚かな。理想論で国は守れんのだぞ!」


学者たちの怒声が飛び交う中、アルドは彼らに背を向けた。

アイラの手を取り、監視の目をかいくぐって王宮を抜け出す。

彼のすべきことは、こんな欲望と策略が渦巻く薄暗い玉座の間にはない。


こうして、アルドとアイラの、世界を再生するための旅が始まった。


彼らが最初に向かったのは、かつては豊かな森だったが、今では工場からの廃液で毒の沼と化した土地だった。

紫色の泡が浮かぶ水面からは、生命を拒絶する腐臭が立ち上っている。



アルドは沼のほとりに膝をつき、汚泥を手に取った。

そして、懐から取り出したのは、かつてこの森で採れたという「清らかな森の記憶が宿る石」。

それはアイラが、旅立つ前に村の長老から譲り受けたものだった。



アルドは汚泥と石を錬金釜に入れ、静かにマナを注ぎ始める。

《再配合》――『汚染された現実』と『清らかだった記憶』を混ぜ合わせる。


釜から放たれた光が波紋のように広がり、毒の沼に触れると、まるで絵の具が水に溶けるように、紫色の汚染が浄化されていく。


やがて、そこには鏡のように空を映す、澄み切った水面が広がっていた。

魚たちが戻り、水辺には新しい草の芽が生え始めている。


「やった……!」

アイラが歓声を上げる。だが、アルドはふらつき、その場に片膝をついた。


「アルドさん!?」

「……大丈夫。少し、力が抜けただけだ」


アルドは微笑んでみせたが、アイラは見てしまった。

彼の左腕が、一瞬だけ陽光に透けて、向こう側が見えたのを。


この力の行使は、強力すぎるがゆえに彼の存在そのものを削り取っているのだ。


次に向かったのは、何年も作物が育たず、人々が飢えに苦しむ不作の村だった。痩せ細った大地は、ひび割れ、生命の温もりを失っている。


ここでは、物質的な触媒はなかった。

アルドは村人たちを集め、ただ一つだけ頼み事をした。


「この土地が、豊かだった頃の話を聞かせてください」


最初は戸惑っていた村人たちも、やがてぽつりぽつりと語り始めた。

黄金色の麦畑が風に揺れていたこと。採れたての野菜で作ったスープの味。

収穫祭で、みんなで笑い合った夜のこと。



アルドは、その一つ一つの「思い出」を、まるで宝石のように丁寧に受け止めた。

そして、ひび割れた大地に手を触れる。


《再配合》――『疲弊した大地』と、人々の『豊穣だった頃の記憶』と『もう一度笑い合いたいという祈り』を混ぜ合わせる。


目に見える光は放たれなかった。

だが、大地が、静かに、そして深く息を吸い込んだのを、アルドは感じた。乾いた土が潤いを取り戻し、生命の温もりを取り戻していく。


翌朝、畑には小さな緑の芽が無数に顔を出していた。


村人たちの歓喜の輪の中で、アルドは一人離れた場所でこめかみを押さえていた。


「アルドさん、顔色が……」


「アイラ……僕、子供の頃に好きだった絵本のこと、思い出せないんだ」


彼の声は、ひどく穏やかだった。

だが、その言葉に含まれた意味に、アイラは背筋が凍る思いがした。代償は、彼の肉体だけでなく、記憶や魂にまで及んでいた。



「もうやめましょう、アルドさん! このままじゃ、あなた自身が消えてしまう!」


アイラの悲痛な叫びに、アルドは困ったように笑った。

「大丈夫だよ。僕が僕じゃなくなっても、僕が再生したこの世界は残る。君が笑ってくれるなら、それでいいんだ」


その笑顔はあまりに優しく、そして、あまりに寂しかった。

アイラは、彼の覚悟の深さを思い知らされ、ただ涙を流すことしかできなかった。




旅を続けるうちに、アルドの力は世界中に希望の光を灯していった。

しかし、それは同時に、世界の崩壊という巨大な闇を浮き彫りにする行為でもあった。


アルドが一部を修復すれば、別の場所でさらに大きな崩壊が起こる。

空に不吉な亀裂が走り、大地が断末魔のような悲鳴を上げる。

まるで、死にゆく巨人が最後の抵抗をしているかのようだった。


やがてアルドは、ついに世界の真実にたどり着いた。


この世界の崩壊――「灰病」の正体は、かつて古代の錬金術師たちが生命創造という神の領域に手を出し、世界の理そのものを歪めてしまった「原初の失敗」の成れの果てだった。


この世界そのものが、巨大なひとつの「失敗作」と化していたのだ。


小手先の修復では、もう間に合わない。

残された方法は、ただ一つ。

この「失敗した世界」そのものを素材として、もう一度、すべてを混ぜ直すしかない。


アルドは、アイラと共に、すべての始まりの場所へと向かった。

かつて枯れた世界樹が聳え立ち、今は巨大なクレーターだけが残る、世界のへそと呼ばれる場所。


そこで、彼は最後の錬金術を執り行うつもりだった。


彼らが世界の中心にたどり着いた時、後を追ってきた王国の学者たちが立ちはだかった。


「待て、アルド・フィーン! それ以上は何をする気だ!」

「まさか……世界そのものを再配合しようなどと……。狂気の沙汰だ! 下手をすれば、世界そのものが消滅するぞ!」


学者たちの制止の声も、もはやアルドの耳には届いていなかった。

彼の瞳は、世界の崩壊の果てにある、新しい始まりだけを見据えていた。


「お願い、行かないで!」

アイラが、涙に濡れた声で彼の腕にすがりついた。

「アルドさんがいなくなったら、世界が救われたって意味がない! あなたのいない美しい世界なんて、私はいらない!」


彼女の言葉は、アルドの心を鋭く突き刺した。一瞬、彼の決意が揺らぐ。

アイラと共に、このまま世界の終わりまで静かに過ごす未来も、悪くないのかもしれない。

だが、彼は首を振ると、アイラの頬を伝う涙をそっと指で拭った。


「ありがとう、アイラ。君が最初に信じてくれたから、僕はここまで来れた。

僕の無能なスキルに、価値を見出してくれたのは君だ」


アルドの声は、風のように穏やかだった。


「だからこそ、君が生きていく世界を守りたいんだ。僕がいなくても、君の笑顔が咲く未来を。……僕の最後の作品を、どうか見ていてくれ」


彼はアイラをそっと離すと、クレーターの中心へと歩を進めた。

そして、天を仰ぎ、両手を広げる。それは、世界そのものを抱きしめるような、荘厳な姿だった。


「――《再配合》」


アルドが呟くと、彼の身体が淡い光の粒子となって、少しずつ崩れ始めた。

それは、自らの存在そのものを触媒として、世界という巨大な錬金釜に溶かしていく、究極の自己犠牲の儀式だった。


「僕の身体を、新しい世界の大地に」

足元から崩れ、光となった粒子が大地に吸い込まれていく。ひび割れた地面が癒え、温かい生命力が脈打ち始める。


「僕の血を、新しい世界の川に」

腕が透き通り、赤い光の筋となって空に昇る。枯れた川筋に清らかな水が流れ始め、海が本来の青さを取り戻していく。


「僕の呼吸を、新しい世界の風に」

胸が光に変わり、穏やかな風となって世界を駆け巡る。淀んだ空気が浄化され、心地よい大気の流れが生まれる。


「そして――アイラを想うこの心を、新しい世界を照らす光に」

最後に残ったアルドの顔が、優しく微笑む。その笑顔が弾けると、世界は眩いほどの光で満たされた。



崩壊していた空、枯れた大地、汚れた海。

絶望、悲しみ、憎しみといった負の概念。

そのすべてが一度、原初の光の中に溶けていく。

そして、アルドの再生への願い、アイラへの愛、未来への希望と混じり合い、新しい世界のことわりとして、再び編み上げられていく。



アイラは、涙で滲む視界の中、光に包まれて消えていくアルドの最後の笑顔を、ただ見つめることしかできなかった。






どれほどの時間が経ったのだろうか。

眩い光が収まった時、そこに広がっていたのは、完璧に再生された世界だった。


空は、生まれたての赤子が見上げるような、どこまでも澄んだ青。

大地には生命力に満ちた緑が芽吹き、その上を流れる川は陽光を浴びてきらめいている。世界は、かつてないほどの美しさで輝いていた。


だが、そこにアルドの姿はどこにもなかった。



アイラは一人、新しく生まれ変わった大地の上に立ち尽くしていた。


悲しくて、寂しくて、胸が張り裂けそうだった。けれど、不思議と絶望は感じなかった。


そっと頬を撫でた風に、彼の優しい温もりを感じたから。

足元に咲いていた、見たこともない可憐な花に、彼の穏やかな笑顔を見たから。


世界そのものが、アルドの最後の作品であり、彼が存在した何よりの証となっていた。彼は消えたのではない。世界と一つになったのだ。





――そして、数年の時が流れた。


世界はすっかり美しさを取り戻し、人々は平和に穏やかな日々を送っていた。


アイラは、すっかり緑豊かになった村の丘の上で、集まってきた子供たちに古い物語を語り聞かせていた。


「昔々ね、この世界は一度、死にかけたことがあったの。空は灰色で、大地は枯れて、みんな希望を失くしていたのよ」


子供たちが、固唾を飲んで彼女の言葉に耳を傾ける。


「でもね、一人の錬金術師がいたの。誰もが『最弱』だって、『役立たず』だって笑った《再配合》っていう不思議な力で、この世界ぜんぶを優しく混ぜ直して、私たちにこの美しい世界をプレゼントしてくれたの」


一人の少年が、キラキラした瞳で尋ねた。

「その人の名前は?」


アイラは、どこまでも青い空を見上げた。まるで彼がそこから見守ってくれているような気がして、愛おしそうに、そして誇らしげに微笑んだ。


「彼の名前はアルド。世界で一番優しくて、偉大な錬金術師。彼のスキルはね、本当は“始まり”を創るための力だったのよ」


アイラの言葉に応えるように、丘を風が吹き抜けていく。

それはまるで、遠い誰かの優しい囁きのようだった。


風に揺れる花々が、彼の想いを奏でるように歌っている。

ゴミも命も、絶望も希望も、混ぜれば輝く。


世界は彼の最後の作品として、彼の想いを乗せて、今も静かに、そして美しく呼吸を続けていた。



~完~

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