第8話 猫探し②
「あ、あんた捕まえなさいよ!」
「いやそんなこと言われても、俺サーモン手づかみしてんだけど!」
お前が手ぶらなんだから、捕まえろって……。
心の中で悪態をついた瞬間、
「って、うわあ!」
サーモンが、俺の手からスルッと抜け落ちた。
一瞬のきらめき。
そして、肉厚な切り身が見事な弧を描いて、猫の口の中へと消えていく。
「……サーモン、とられた……」
俺が呆然と立ち尽くしていると、隣の占い師が肩を怒らせて叫んだ。
「ちょっと! 私の夜ご飯にしようとしてたのにぃ!」
……いや、猫をおびき寄せる用のサーモンを夕飯にする気だったの?
さすがにそれはやめといたほうがいいだろ…
「って、そんなこと考えてる場合じゃない! 猫!」
俺は反射的に走り出した。
石畳の上で靴音が乾いたリズムを刻む。
オレンジ色の夕暮れの光が細い路地の奥に差し込み、三毛猫の尻尾がちらりと揺れた。
「ま、待てってばぁぁ!!」
息を切らしながら追いかけ続け、
気づけば空は瞑色に染まりかけていた。
──そして、数十分後。
「っよし! 捕まえたあ~!」
猫を胸に抱え、俺はその場にへたり込んだ。
腕の中の三毛猫はふてぶてしく尻尾をパタパタさせ、いまにもまた脱走しそうな勢いだ。
……ちなみにサーモンは、きれいさっぱり食われてしまった。
「やるじゃない!」
占い師が鼻息を荒くしてドヤ顔。
“フンスッ”って音が本当に聞こえた気がする。
どの口が言ってんだ、このインチキ占い師。
……でも、正直ちょっと可愛いんだよな。
月明かりの下で見る黒髪は、絹糸みたいに光っていて、
一重なのに瞼が薄くて、目元が妙に印象的だ。
服装はどこにでもいる量産型のクリーム色ワンピースなのに、
彼女が着てると、どうしてこんなに“映える”んだろう。
……って何考えてんだ俺。
「……なに? なんか視線が気持ち悪いんだけど」
「うるさいなぁ。協力してやったんだから悪口言うなよ。
……ほら、猫も捕まえたし、飼い主のとこに届けるぞ」
「……そっそうね……」
占い師はなぜか目を泳がせ、斜め右を見つめていた。
額にはうっすらと冷や汗。
「おい、なんだよその顔」
「えっとぉ……怒らないで聞いてくれる……?」
「なんだよ。初対面の人間をこき使っておいて」
「実は……聞いてないのよ……家……」
「はあ!? なにしてんだよ!」
「だってぇ……家の場所を直接聞いたら、占いっぽくないじゃない?」
「いやもう占いとか関係ねえだろ! 普通に聞けよ!」
「失礼ね! ちゃんと占いしてるわよ!」
「じゃあなんでこんな原始的な方法で猫探してるんだよ!」
「そ、そんなことより! 今は猫ちゃんの家を探さなきゃでしょ!」
……話、完全に逸らしたな。
けどまあ、確かに猫が優先か。
「しゃーねぇな……俺の人脈を使って探してやろうじゃねえか」
「あなた、そんな人脈あるの!?」
占い師が目をキラキラさせて顔を近づけてくる。
距離近っ!
「まあな! 三日も日雇いバイトやってれば、そこそこ人脈ができるってもんよ!」
「ええ!? 三日!? そんなんで人脈なんてできないでしょ!」
「そう言わずに信じてみろって。俺の田舎村で鍛えたコミュ力、なめんなよ」
「うーん……いまは何の手がかりもないし……。
ま、あなたを信じてみることにするわ」
そう言って彼女は、ふっと微笑んだ。
月の光に照らされて、まるで占いの水晶みたいにその瞳が光っていた。
……やっぱり、ちょっと可愛いのが悔しい。




