第12話 五番通り
「うぉー……ちょっと朝は冷え込むな」
ノーウェンはもう四月だというのに、長袖一枚だと少し肌寒い。
パンの焼ける匂いと、果物屋の甘い香りが混ざって通りを包んでいた。
朝にもかかわらず人通りは多く、商人の声や子どもの笑い声があちこちから響いてくる。
「そう? いつもこんなもんじゃない?」
「俺は南の方出身だから、寒さには弱えーのよ」
「ふぅん。そうなの」
ミライアは興味なさそうに、自分の爪を眺めていた。
……ちょっとは興味持てよ。
「ていうか、今日は占い営業しないのか?」
占い小屋の赤い扉には、“本日休業”の札がかかっている。
「まぁね。こういうこともあるから、うちは不定休なのよ」
「さては……今回みたいなことが、わりとよくあるんだな?」
「う、うるさいわね! さっさと歩くわよ!」
そう言ってミライアは早足で歩き出す。
図星じゃねえか。
俺も苦笑しながら、その背を追った。
通りには焼きたてパンの香ばしい匂い。
朝の日差しに照らされた石畳が、やわらかく光っている。
「そういえば、昨日“人脈がどうの〜”って偉そうなこと言ってたけど、何か伝手でもあるの?」
ミライアが、ほんの少し俺を見上げながら言った。
こいつ、元々の発端は自分なのにえらそうに〜!
「ま、見てろって。田舎出身のコミュ力ってやつをな」
そう言って俺は、五番通りの雑貨屋へ向かった。
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「おっす、おじさん。ちょっと聞きたいことがあるんすけど」
店の前では、店主のおじさんが箒で掃除をしていた。
年の頃は四十前後、無精髭ににこやかな目元。いかにも人の良さそうなタイプだ。
「ん? ああ……なんだ、一昨日ジオルドのとこの外壁掃除してたにいちゃんじゃないか?」
「え! ちょっと挨拶しただけなのに俺のこと覚えてるんすか!」
「まあ、今どきこんな愛想いい若者も珍しいからな」
「……愛想がいい?」
ミライアが疑うような目でこちらを見つめてくる。
うるせえ。
「実は猫の飼い主を探してて。昨日この通りで見かけたって話を聞いたんですけど」
俺はミライアから聞いた女性の特徴を伝えた。
「茶色い髪で、青いストールを巻いた人です。たぶん二十代くらいで……」
おじさんはほうきを止め、少し考えるように眉を上げた。
「ふむ……ああ、なんとなくわかったぞ。その人なら、この通りの角にある赤い屋根の家の女の人じゃないか? 青いストールってことは、たぶんあそこの家の姉ちゃんだな」
「まじっすか!助かります!」
「人の猫を探してあげるなんて、若者の鏡だな。ま、頑張れよ」
おじさんが笑いながら手を振りかけ――ふと、ミライアのほうを見て目を丸くした。
「……ていうか隣の姉ちゃん、その黒髪……噂の“国一番の占い師さま”じゃねえか? なんでも占えちまうって有名な!」
ミライアはびくっとして、咳払いをした。
「ま、まあ……そうだけど」
「いやいや、にいちゃん、別嬪さん見つけたな! お似合いだぞ!」
「い、いや付き合ってねえし!」
「そうよ! なんで私がこんなお子ちゃまと!」
「……すみません、こいつちょっと性格に難ありなんすよ」
「なっ……!? 誰がよ!!」
「ははっ、にいちゃん、口も立つな! 仲いいじゃねえか!」
「どこがだよ!」「どこがよ!」
おじさんは腹を抱えて笑いながら手を振った。
「ま、赤い屋根の家だ。仲良く頑張んな!今度はうちに買い物に来てくれよ」
「おう! また行くよ! おじさんありがとう!
……こいつとは仲良くねえけどな〜!」
「ありがとうございました!今度は一人で買い物しにきます!」
と、続けてミライアが言う。
……こいつ〜!
通りの風がパンの焼ける匂いを運んでくる。
ミライアがふんっと顔をそむけて歩き出す。
「さっさと行くわよ、ぼうや」
俺は小さくため息をつきながら、その背を追った。
……だから、ぼうやじゃないっての。
でもまあ、こいつと歩く朝は意外とほんのすこしだけ楽しいかもしれない。




