なすりつけ
『最初の一枚がこれです。左が私で右が友人なんですけど、分かります?笑』
怪談、心霊関係の蒐集を趣味とする俺のもとにはSNSを通じて様々な話や画像が送られてくる。
Iさんという女性から送られてきたのは二人の女性が並んだ画像だった。目線やぼかしの加工が全くされていないプライバシー意識の低さに若干の恐怖心を抱きながら、画像の中にある異変を探す。
女性二人が外で自撮りをした何の変哲もない画像。左の少し丸顔でかわいい系のIさん、右のシャープな顔立ちの美人系が彼女の友人。その画像の左上。ちょうどIさんの上に黒く細い線の束が垂れていた。
『髪の毛ですか?』
そう送るとすぐにIさんから返信がきた。
『さすがですね笑 でもそれだけじゃないんですよー笑』
Iさんから続けて何枚か画像が送られてくる。二枚、三枚。場所や人数は違うが、どれも被写体の中にはIさんと一枚目と同じ友人がおり、Iさんの上からは黒い髪が垂れ下がっていた。そして送られてきた順に開いていくと、それだけじゃないと言った理由にも察しがついた。
『直近で撮ったのがこれなんですけど笑』
枚数を重ねるごとに垂れ下がる髪の長さが変わっていた。まるで日毎に髪が伸びているように見えたが、どうやらそうではない事が最後の写真ではっきりと分かった。
長くだらりと垂れ下がる髪の生え際から、額と思われる部分の肌色が映り込んでいた。
『逆さ女みたいですね』
それは某ホラーゲームに現れるトラウマ級の画像を彷彿とさせた。そこから俺のホラー脳は瞬時にストーリーを組み上げていく。
『もしかして女性が飛び降りる場面を見たりしました?』
『すごっ、その通りです笑 それからなんか映るようになっちゃって笑』
Iさんが言うには数週間前、住んでいるマンションで飛び降りがあった。運が悪い事に、そこで飛び降りた女性とIさんは、部屋の窓越しに目が合ったのだそうだ。
そこから撮れるようになった心霊写真。怪談としてはあまりに出来過ぎているし、どこかで聞いたような話の組み合わせだ。作りかもなと俺は興がそがれ始めていた。
『お祓いした方がいいですかね?笑』
こっちの気も知らずIさんはメッセージを送り続けてきた。最初から気になっていたが何がそんなにおもしろいのか、ずっと文末に”笑”をつけてくるのも鬱陶しい。どうもこの女はおかしい気がする。プライバシー保護をかけないあたりから違和感はあったが、直感は間違っていなかったのかもしれない。
『でも撮り続けたら、彼女の顔が写ったのも撮れるかもって思うんですよね笑 そうなったら見たくないですか?笑』
『見たいですね』
怪談への温度は急激に冷めていたが、Iさんという人間の滑稽さがどこか面白くなってきていた。
『分かりました笑 楽しみにしてて下さい笑』
次にIさんから連絡が来たのは一ヶ月後だった。
『責任取ってくれます?笑』
DMと共に画像が添付されていた。
Iさんとまたあの友人、そして後ろに垂れ下がる長髪。しかしその髪の先は以前額までしか見えていなかったものが首の下まで写っていた。
戦慄の形相。落下の恐怖かはたまた人生への絶望か。凄まじい形相の女の顔がそこにあった。あまりに出来過ぎた心霊写真にやっぱり作りかと鼻で笑いかけたが、妙な違和感があった。何だと思い画像を上下ひっくり返してみる。
ーーどういうつもりだ。
落下する女の顔は、Iさんの顔そのものだった。通知音がしてまたIさんからDMが来た。
『これ、私死ぬやつじゃないです?笑』
本物ならそうかもなと思いながら、お祓いでもいったらどうですかと素っ気なく返した。
そこで一旦返信が途絶え、三日後にまた連絡が来た。
『ちょっと別の方法を試してみます笑』
別の方法?
一体どうするつもりだろう。やはりこの女、おかしいがなかなかに面白い。
『また連絡しますね笑』
オカルトとは違う方向で楽しみにしていたが、しばらく彼女からの連絡は止まった。
『見てもらいたいものがあるんですけど、直接お会いできます?笑』
Iさんから再び連絡が来たのは更に一ヶ月が過ぎてからの事だった。
直接は少し気が引けたが、Iさんの存在そのものが一つの怖い話としてネタになるかもと思いマスクだけ着けて顔を隠した状態で会う事にした。指定された喫茶店に入るとマスクをしたIさんがいた。
「うまくいったみたいです」
マスクはしていたが、彼女は笑っているようだった。
「うまくいったとは?」
「ほら、生きてる」
彼女はアピールするように両腕を広げた。
「お祓いは受けなかったんですよね?」
「受けてないですよー胡散臭いですし」
お前がそれを言うかと呆れそうになったが「で、どうやったんですか?」と聞くと、
「あ、これです」
と言いながらさっとIさんはマスクを取った。
「え」
思わず声が漏れた。
「うける。めっちゃびっくりしてる」
Iさんは俺を指差しケタケタ笑ったが、俺の頭はそれどころではなかった。
ーー誰だこいつ。
目の前にいる女の顔は、写真に写っていたIさんとは全く違う顔だった。
「こうすれば勘違いしてくれるかもって。ちなみに引っ越しもしたんですよ」
Iさんはこっちの気も知らず笑い続けている。
ーーまさか。
途端寒気がした。おかしいとは思っていたがここまでとは思わなかった。
この女は狂ってる。全く理解できない。そんな事をするならお祓いを受ける方が胡散臭かろうがよっぽど筋も通っているし理解出来る。だがこの女はそれを選ばなかった。
「ね、そっくりでしょ? 急いで手術お願いしたんです」
Iさんの顔は、いつも写真の隣にいたあの美人の友人の顔そっくりだった。
「ほら、私じゃないよって。お前が呪うのはこいつだよって。勘違いさせてやろうと思って」
何を言っているのか分からないが、この女の理屈では顔を変えてしまえばIさんにかかるはずの呪いを逸らせる事が出来るんじゃないかという事のようだ。引っ越したとも言っていたが、もしかしたらあの友人と同じマンションに引っ越したのかもしれない。
「同じ写真の中にいるなら私じゃなくてこいつでいいじゃん。そう思いません?」
笑いながらIさんは自分の顔を指差す。この女はとにかく、自分にふりかかった呪いをあの友人になすりつけたいらしい。
「また送りますね。今の所まだあの女写ってるんで」
もうIさんの言葉は頭に入ってこなかった。
何かを想い飛び降りた女性も、美人のあの友人も、俺も、関わってはいけない人間に関わってしまった事だけは間違いなかった。
「あなたが見たいって言ったんですから」
友人の顔をしたIさんはずっと笑っていた。